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【ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE】
Episode 17 最後の約束

2021.04.23

ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE 月刊ホビージャパン2021年5月号(3月25日発売)

「月刊ヒーローズ」連載中の大人気コミックス『ULTRAMAN』。その新たな物語を紡ぎ出す「ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE」フォトストーリー。マヤの裏切りに激怒したムキシバラ星人は、超弩級の決戦兵器「岩鉄城」を起動させる。科特隊とマヤの命を賭した戦いの結末は――。ZERO編最終回!

ストーリー:長谷川圭一 設定協力:谷崎あきら ULTRAMAN/ZERO SUIT〈SC仕様〉/DARKLOPS ZERO SUIT/ACE SUIT 岩鉄城製作:只野☆慶

Episode 17 最後の約束

 マヤが《岩鉄城》と呼んだその超ド級大型戦艦が、サイレンのような唸りを上げて足を踏み出す。そう、岩鉄城には長く頑強な鋼鉄の脚が四本生えていた。突然至近に出現したからくりはそれか。ここまで「歩いて」来たのだ。完全に常軌を逸している。まるで木に竹を接いだがごとく、設計思想にまったく一貫性が感じられない。どこか異星の兵器を鹵獲し、野放図に改造と増設を繰り返してきた結果なのだろう。
 吹き飛ばされたダメージから回復し、何が起こったかを察した一同の頭上で、露わとなった時空侵徹トンネルが揺らいでいる。維持限界が近い。今すぐにでもそこに飛び込まなければ、ダイブハンガーに帰還する手段は永遠に失われる。
 そんな彼らを、岩鉄城の檣楼から満身創痍のムキシバラ星人が見下ろしていた。
 満を持して取っておきの強化スーツを着ての出撃。敗北の可能性など皆無だった。愚かにも仲間の救出にのこのこ現れた奴らを楽しみながら、じわじわなぶり殺すはずだった。最高の至福の時間になるはずだったのだ。それなのに……
「あの電子人形が! この私を裏切るとは!」
 そう、ムキシバラ星人にとっては全く予想外の出来事だった。マヤはムキシバラ星人がかつて侵略し滅ぼしたマゼラン星人の生き残りだ。正確にはマゼラン星人の遺伝子を改造し、特殊工作員としての能力を特化させて生み出した人工生命体だ。
 それらは誕生と同時に侵略対象の星に適した姿と言語と疑似記憶が与えられ、それぞれの任地へと送り込まれる。マヤと名付けられた人工生命体はヒューマノイド型の幼い少女の姿として、星団評議会が運営する訓練施設へ派遣された。勿論己の意思などなく、環境に応じた自然なリアクションを選択することで周囲に馴染み、任務を遂行する。マヤが感情だと理解していたものは全てプログラムであり、行動は完全に管理されていた。
 つまりはムキシバラ星人の操り人形に過ぎない。そのマヤが裏切ったのだ。あろうことか拉致した地球人――早田進次郎と結託し、ムキシバラに罠を仕掛け、こうして深手まで負わせた。いや、下手をすればムキシバラ星人は死んでいた。それがマヤの狙いだったことは明白だ。
「ありえない! 人形の分際で造り主であるこの私に歯向かうなど! なぜだ! なぜなぜなぜなぜだ!? 何故アイツは私に牙を剥いた!」
 ムキシバラは湧き上がる疑問と怒りで四つの脳髄が沸騰し、それを収める尖った頭が今にも爆発しそうだった。
「消してやる! 跡形もなく消し去ってやる!」
 もはや、あのお方に献上する予定だったウルトラマン因子など関係なかった。今まで一度たりとも感じたことのない屈辱と怒りの前には与えられた任務すらどうでもよく思えた。
 今こうして岩鉄城を操縦するムキシバラ星人の目的はただ一つ。皆殺しだ。

 激しい砲撃が周囲を炎と爆煙で覆う中、SEVEN=諸星は、躊躇うLOPS=マヤの手を掴む。そして――
 一緒に来い。
 言葉ではなく精神に直接語り掛ける。この場所に到着するまでの間、既に二人はずっと、そうやって会話を交わしていたのだ。
 今から十数分前、マヤによって進次郎が救出され、時空トンネルへ向かう道中、諸星の問いにマヤはずっと無言だった。代わりに進次郎がマヤと一芝居打った経緯を語り、まるで他人ごとみたいだと次郎が突っ込みを入れていた。
 その時、諸星は考えていた。マヤと進次郎の行動が甘すぎると。
「確かに、そうね」
 諸星の心に直接、マヤが語り掛けた。
「でも信じてた。きっと、こうなるって」
 マヤは工作員として上海のダイブハンガーに置かれた仮設指令所に潜入したのち、ZEROのデータ、諸星の記憶、そして進次郎の記憶を全て見た。
 そしてマヤと別れた後の諸星がどう生きて来たのか、進次郎たちが諸星をどう感じているのか、全て知った。どれだけ諸星が孤独で、でも、どれだけ進次郎たちが諸星を信頼しているのかを。それは次郎も――次郎と共にあるZEROも同じだと知った。
 だからこそ、甘すぎる行動に出たのだ。必ず上手くいくと信じて。
 雲霞の如く襲来するトガラメ星人とレギオノイドと戦いながらも、精神世界でマヤと諸星だけの会話は続いた。
「ごめんなさい。ダンのこと、心の弱い人間なんて言って」
「……気にするな。事実だ」
 諸星はマヤと共に過ごした訓練施設での日々を思い返す。
 復讐に囚われた孤独な心。癒してくれたのはマヤの存在だった。どんな時もふと気づくとマヤは側にいて、適度な距離感で諸星に寄り添ってくれた。まるで本当の兄妹のように。
 頑なに他人を遠ざけて来た諸星もいつしか心の鎧を解き、マヤにだけは素直に本心を吐露した。誰にも見せることの無かった弱い自分を。
「僕こそ、すまなかった」
 諸星は、マヤがずっと待ち続けていた両親が戻らないという連絡を受け、心が砕けそうな時、それを察することもなく冷たく突き放した。
「あれは……全部ウソ。元々、私に親なんて――」
「いや、いたんだ」
「……え?」
「君には愛する両親は確かにいた。だからずっと迎えが来るのを君は待っていた。その気持ちは嘘じゃない」
 黙り込むマヤ。諸星は続ける。
「僕も心のどこかで、マヤ、君のことを待っていた気がする」
 マヤの返事はない。暫くの沈黙が流れたのち、諸星が言った。
「君が生きていて……こうしてまた会えて、本当に良かった」
 そして何とか追撃を躱してカプセル設置地点に到達した四人。脱出へのタイムリミットまで残り少ない。諸星は有無を言わせず進次郎をカプセルに押し込み、マヤとの会話を続ける。
「さあ、行くぞ」
「でも私、工作員として取り返しのつかないことを――」
 後ずさるLOPS=マヤの手をSEVEN=諸星が強く掴む。
「お前は利用されただけだ」
「でも……」
「過去のことは忘れろ。未来を生きよう。……僕と一緒に」
「……ダン」
 ドカン! 轟音が二人の会話を断ち切り、四人の前に出現する超ド級巨大戦艦。
「……おいおい」
 あまりに野暮な敵の出現に諸星がため息をつく。
 同時に感じる。傍らに立つZEROが発する強烈な怒りの感情を。
「……チュー吉……」
 SUITの中の次郎もそれを感じ取り、戸惑っていた。
 ZEROに宿る戦士は、この巨大戦艦を知っている。いや、激しく憎んでいる。
 その感情を理解し、諸星と次郎は同じことを思う。
 どうやらこのバカでかい鉄の塊とは、きっちり決着をつけなければならないようだ。

 カプセルの中の進次郎が内側からハッチを叩く。
「開けてください! 俺も戦います!」
 だがそれは、取りも直さず帰還を諦めることを意味する。
 かといって、怒り狂うムキシバラ星人が彼らの撤退を許すはずもない。
「跡形もなく消し飛べええええええ!!」
 逡巡している余裕さえなかった。
 ムキシバラ星人の怒号と同時に、岩鉄城の主砲が火を噴いた。それこそ発射の衝撃だけで人間は消し飛び跡形も残らないだろう。ULTRAMAN SUITを装着していても到底耐え得るものではない。
 が、それをLOPSが防いだ。
 胸のスペシウムコアが開放され、直径十メートルはある円形の障壁が現出している。
 その中心に、一抱えもある巨大な被帽付き徹甲弾が突き刺さっていた。
 ディメンジョンストーム。かつて宇宙恐竜ゼットンを葬った無重力弾の原理を応用し、物体の運動エネルギーを瞬時に熱に転換して平面上に放射するパーソナルバリヤーシステムの一種だ。LOPSはそれを最大出力で展開していた。コアの冷却が追い付いていない。障壁自体の輻射熱でSUITの表面が融解し始めている。もし内部に人間がいたら一瞬で炭化していただろう。SUIT自体も長くは持たない。
「ダン! 早く行って!」
「マヤ……」
「大丈夫。約束は……守る」
 その言葉に促され、SEVENとZEROは進次郎を収めたカプセルのグリップを掴む。そしてワイドショットを推進力に、頭上の時空侵徹トンネルへと飛び立った。
「逃すかあああああっ!!」
 岩鉄城が砲口を上げる。しかし近すぎることが仇となった。照準が定まらず、砲撃ははるか後方のせり上がった地盤に大穴を開ける。穴の向こうに漆黒の宇宙が見えた。やはりここは人工天体の内側だったようだ。穴から急速に大気が吸い出される。その影響でトンネルの揺らぎが激しくなった。さらに岩鉄城の対空砲群が弾丸の雨を見舞い始める。
「ダン!」
 カバーしようと、LOPSが限界を超えてディメンジョンストームの出力を上げる。
 次の瞬間、LOPSは火花を上げて爆散した。負荷に耐えられなかったのだ。
「マヤッ!」
 諸星の叫びと、彼らがカプセルと共に時空侵徹トンネルへ飛び込んだのが同時だった。
「なめるなゴミカスが!!」
 後を追う岩鉄城が、跳躍した。鋼鉄の脚を屈伸させ、十五万トンはあろうかという巨体を、揺らぎ消えかけているトンネルに無理やりねじ込んだ。タイムリミットを迎え、遂にトンネルが崩壊する。はみ出した岩鉄城の巨大な脚が切断され、轟音を立てて落下した。穴の開いた人工天体も構造の均衡を失い、自壊を始める。数万のトガラメ星人とレギオノイドを抱えたまま、やがてその天体は希薄なガスと細かな塵と化し、果てしなく拡散して消え去った。

「帰還予定点の論理座標が虚数解を示しています!」
「波動が収縮しません! 振幅増大中、二千、三千、まだ拡がっています!」
「グランドームから半径十キロの海域を封鎖、船舶も航空機も一切入れるな!」
「プラットホームにいる職員を全員退去させろ!」
 上海のダイブハンガー仮設指令所と東京の科特隊本部は大わらわだった。
 HR-1ハイドランジャーが維持していた時空侵徹トンネルがタイムリミット直前にオーバーフローを起こして座標系が反転、半球型の時空界面の内側と外側が入れ替わってしまったのだ。つまり、帰還者がどこに出現するのかわからない。空中ならまだいいが、海中や壁の中だったら即死だ。額の汗を拭うのも忘れて井手は報告への対応と指示に忙殺されていた。
「収縮します! 座標特定、予定ポイントから北東約四キロの海上、プラス一五〇!」
 カメラのひとつが、空気を電離させて出現する巨大な影を捕えた。
「なんだ……これは?」
 井手と早田が呆然とスクリーンを見つめる。
 高々と水柱を上げて着水したそれは、まさに戦艦だった。その砲口に閃光が閃き、遅れて遠雷のような音が低く響いた。発砲したのだ。砲弾はダイブハンガーを飛び越えて対岸にある再建中の市街地を数ブロック吹き飛ばし、土煙を上げた。
「封鎖範囲を半径五〇キロに拡大! 湾岸再開発区画に緊急避難命令を──」
 我に返ってまくし立てる井手の指示は、割り込んできたコール音により遮られた。
『こちら諸星。現在敵性大型機動兵器と交戦中』
 戦艦の甲板上に、強行突入装備の黒いSEVEN SUITの姿があった。SC仕様のZERO SUITも健在だ。早田が井手からひったくったタブレットに叫ぶ。
「進次郎は!?」
『……父さん』
 死んだものと思っていた息子の声に、早田は言葉もなくその場でくずおれた。
 祝福も謝罪も後回しだ。
 友の肩を支えつつ、井手は最低限の状況把握に努め、各部門にてきぱきと指示を出した。
 現在優先すべきは、この馬鹿げた巨大戦艦《岩鉄城》とやらの撃退である。

「何でもいい、武器をくれ。もうこっちには──」
「へいお待ち!」
 諸星の要請を遮ったのは、両腕にメタリウムハンマーを装備し降下したACE SUITの北斗だった。ダイブハンガーからジャンプしてきたのだ。L型兵装コンテナを両手に提げている。フルチャージされたワイドショットとEXライフル、スペシウムソード、ゼロランス、エネルギーパックが満載されていた。
 カプセルから這い出た進次郎を、北斗がまじまじと見る。
「よく生きてましたね。命、二つ持ってるんですか?」
「オマエなあ……」
 いつもながら北斗の冗談は笑えない。

「止めましょう、こいつを」
 ランスとワイドショットを手に、ZEROが敢然と立ち上がる。
 次郎は理解していた。このSUITに宿る意思、ZEROが故郷の星を滅ぼされた時、愛する家族を奪ったのはムキシバラ星人が操縦するこの岩鉄城だったことを。
 残忍に、無慈悲に、岩鉄城は全てを踏み潰し、焼き払った。
「これ以上、何も奪わせはしない!!」
 四人のULTRAMANが、各々の最大火力をもって岩鉄城に挑む。そもそもこの戦艦は対人兵器ではない。巨大な砲塔も無数の高射砲も、自らの甲板上に侵入を許した敵を狙うことは不可能だ。しかし発砲の衝撃は殺人的であり、砲弾の破壊力は絶大である。建設中のダイブハンガーなど、掠めただけで吹き飛ぶだろう。そこには今も大勢の職員や作業員たちがいる。

 そして故郷で帰りを待つ家族たちも。
 ──奪わせはしない!
 大木のような砲身を断ち割り、砲座を叩き潰し、給弾装置を破壊する。
 探知装置を灼き、鉄扉を貫き、まっしぐらに艦の心臓たる機関部を目指す。
 今のZEROを動かしているのは、怒りだけではなかった。守りたいという強い意志。
 次郎との出会いと交流を経て、ZEROの心には変化が生まれていた。
 独断ではなく、諸星や進次郎、北斗と連携し、岩鉄城と戦うZEROと次郎。
 そんな彼らを、約四キロ先のダイブハンガーの病室から見つめる目があった。
 マヤである。

 LOPSが爆散する直前、マヤは切り離しておいた意識の一部へ、思考の主体を移していた。この場所から極寒の惑星に待機させておいたLOPSを目覚めさせたのとちょうど逆だ。
 病室で彼女が目を開いた時、周囲は騒然としており、病室で眠る捕虜に注意を払う者は誰もいなかった。どうやら戦闘が始まっているようだ。
 マヤはベッドの上に身を起こすと、裸足の両脚を床に降ろす。
 ひやりと冷たい感触が足の裏から伝わった。
 ――生きてる。
 マヤはかりそめの肉体に命を感じる。
 訓練施設襲撃の夜、ムキシバラ星人の元に連れ戻されたマヤは自分の本当の姿を知った。
 いや、姿はなかった。電子生命体に改造されたマヤは肉体というものを失っていた。任務に応じて侵略対象惑星の生命体と同じ疑似肉体を与えられ、偽りの記憶を元に着実に淡々と任務をこなしてきた。いつしか訓練施設での記憶も薄れ、肉体に対する特別な感情も消えた。
 ――でも、今は……。
 今回の任務で諸星弾と再会し、マヤはかつての記憶と共に失っていた感情を思い出した。
 最初は疑似記憶に障害が生じたのかと戸惑った。任務遂行の妨げになるのではと恐れを抱いた。だがそれに従い理解不能の現象が起きた。ただ忠実にムキシバラ星人の命令にだけ従っていたマヤが、命令以外の行動をしたいという衝動に駆られたのだ。
 そして自分の判断で諸星の記憶を読み、知ったのだ。
 本当の自分が誰だったかということを。
 そのことが更にマヤを混乱させた。特に諸星を前にすると胸の鼓動が早まるのを感じた。自分の正体を知られてしまうのではないか。だが一番マヤを混乱させたのは、バレてしまってもいい、むしろ知ってほしい。自分が諸星と訓練施設で共に過ごし、離れ離れになってしまった本物のマヤだということを。
 無論それは重大な背任行為でありマヤの気持ちをムキシバラ星人に知られれば処刑されるのは間違いなかった。だからこそマヤは決断したのだ。
 今のこの感情に真っすぐに従おうと。
 窓辺に立つと、暗闇に包まれた海上で炎に包まれ闇雲に対空砲を連射する岩鉄城のシルエットが見えた。今も諸星はあの場所で戦っているはずだ。
「過去のことは忘れろ。未来を生きよう。……僕と一緒に」
 諸星はマヤにそう言ってくれた。
 心が揺らいだ。そのまま諸星の胸に飛び込みたい感情を必死に抑えた。
 何故ならマヤには、それが絶対かなわないと分かっていたから。
 窓外の岩鉄城に、ひときわ大きな爆炎が上がった。

 次郎たちは遂に機関部に到達し、巨大な高圧缶とタービンを破壊した。煙突と言わず砲塔と言わず、巨大な炎と黒煙が立ち上り、甲板が傾いてゆく。海上に突き出る、かつて上海を彩る摩天楼の一部だった鉄骨の上に立ち、諸星達四人は沈みゆく岩鉄城の断末魔を見守っていた。
 その檣楼で、業火に焼かれ立ち上がる力すらついえたムキシバラ星人が呻く。
「こうなれば……道連れだ。偉大なる……様に、え、栄光あれ!!」
 わずかに燃え残った爪の先で、何かのスイッチを入れる。
 直後、へし折れた柱がその骸を押し潰した。

「!?」
 ムキシバラの死を直感したマヤが病室の機材に手を触れ、ネットワークに電子の指を伸ばす。
 ――やっぱり、
 マヤが確認したのは、プラットホームの片隅にブルーシートをかけ放置されているもの、最初に彼女が乗ってきた小型円盤の制御システムだった。自爆装置が起動している。奴隷の造反に備えて仕掛けられた、保険と呼ぶにはあまりにも強力なマゼラニウム爆弾。爆発時に発せられる放射線は、炭素系生物の精神を生かしたまま肉体を破壊する。マゼラン星人を絶滅させ、精神だけの電子生命体に貶めた禁断の無差別殺戮兵器だ。地球人はもちろん、ごく近い身体構造を持つ諸星も例外ではない。
 爆弾の起動に気付いている者は自分ひとり。
 そしてそれを止める方法を知っている者も。
 一緒にこの星で生きようと言ってくれた諸星の言葉が再び脳裏をかすめる。
 だがその思いを振り切り、マヤは静かに病室を出た。

 鉄骨の上から岩鉄城の轟沈を見届けた諸星が、ふとダイブハンガーを振り返る。
 と、弾かれたように走り出した。海面に点在する僅かな足場を蹴り、脱兎のごとく。
「え? 諸星さん! ちょっと!」
 北斗の驚く声が背後に聞こえる。当然だ。検疫や科特隊本部への報告など、現場の最先任としてやるべきことがある。だが足を止める気はなかった。
 プラットホーム上に、マヤの姿を認めたのだ。彼女が生きていることは確信していた。報告が終われば真っ先に病室へ向かうと決めていた。待っていてくれると思っていた。
 ──何をする気だ、マヤ!?
 猛烈に嫌な予感が、諸星の胸に広がりつつあった。

「……やっぱり」
 円盤のコクピットに乗り込んだマヤは、点検リッドを開き確認する。
 爆弾本体は厳重に封印され、ご丁寧に次元シールドまで施してあった。マヤの電子の指も、次元シールドを貫くことは出来ない。そしてムキシバラ星人が自爆装置のスイッチを入れた時点で、円盤を制御する電装系も残らず焼き切られていた。電子生命体の裏切りに備えての防護策なのだから当然だ。飛ばすには申し訳程度の予備システムである機械式のアナログ操縦装置に頼らざるをえない。
 怒りでどんなに頭に血が上っていても、こういうところの用心には余念がない。ムキシバラ星人の粘着質な性格にマヤは思わず微笑む。
「どこまでも、クズ……」
 マヤはそう吐き捨てると、操縦席へと身を沈め、操縦桿を握ってスターターを回す。
 爆破まで、残り3分を切っていた。
「さよなら……ダン」
 万感の思いを込めてマヤは呟き、小型円盤を発進させた。

「……!」
 プラットホームまであと一歩というところで、マヤの円盤が頭上をかすめるように夜空へと飛び去って行った。まるで諸星に最後の別れを告げるように。
「……どうして」
 飛び去る円盤を見つめ、茫然と諸星が立ち尽くす。
「どうして、待っていてくれなかったんだ。今度こそ一緒に生きようと……約束したじゃないか」

 ――わかっていた。宿命から逃れられないことは。
 円盤を操縦しながらマヤは思う。
 でも一瞬でもマヤは昔の自分に戻れた。諸星と一緒に未来を夢見た、あの時に。
 ――後悔はない。
 ペリスコープの奥で、プラットホームが小さくなってゆく。あそこに諸星はいただろうか? 飛び去る自分の姿を見てくれたのか? だとしたら……
 何を考えているんだろう。まだ自分の中に未練があることを知り、マヤは戸惑う。
 もう覚悟を決めたのだ。二度と諸星に会うことはない。今度こそ本当の別れなのだ。
『――マヤ』
 幻聴だろうか? 諸星の声がすぐ近くで響いた。
『行くな、マヤ。戻るんだ』
 間違いない。諸星が自分に呼び掛けている。でも、どうやって?
 この肉体では、精神による会話も不可能なはずなのに。

「何やってるんです諸星さん!」
 マヤが去ったプラットホームに立ち尽くす諸星が振り向くと、飛翔能力を持つ進次郎の肩を借り、次郎がそこに浮かんでいた。遅れて北斗も跳躍してくる。
「……薩摩?」
「追いかけるんですよ! 今すぐ!」
 と、満タンのワイドショットを投げてよこす。
「クラスターロケットといきましょう」
 北斗がメタリウムハンマーのノズルを吹かして見せる。
「マヤさんは、俺にとっても恩人なんです!」
 進次郎がもう一方の腕を差し出した。迷いはない。自分の命を救ってくれたマヤを救う。彼女が諸星にとって掛け替えのない存在だと知っていたから。
 スクラムを組み、四人は最大加速で上昇した。
 だが円盤との距離は縮まない。
「何とか……ならないのか!」
 呻く次郎に、ZEROが囁いた。
『次郎、ゼロスラッガーを投げろ。俺が繋ぐ』
 裂帛の気合いと共に投擲したスラッガーは、狙いたがわずマヤの円盤に突き刺さり、かくして両者の間に通信回線が開かれた。

『マヤ!』
 また諸星の声が狭い操縦席に響く。
『マヤ。約束しただろ。もう一度、一緒に未来を生きると』
 船体に直接響くその声を聞くと、自然と涙があふれる。涙が止まらない。――生きたい。ダンとの約束を守りたい。
 でも、それは叶わぬ願いだ。
「……ごめんなさい」
 マヤは絞り出すように言うと、ムキシバラ星人が仕掛けた最後の罠のことを打ち明けた。
 爆破を停止させることも、外部から円盤を操ることも出来ない。無論脱出装置など備わっておらず、器となるLOPSも既に失われている。滅亡を回避する手段はただ一つ、自分自身で円盤に乗り込んで大気圏外まで上昇し、ヴァン・アレン帯の外で自爆するしかないのだと。
「爆発に巻き込まれるわ。もう来ないで」
 高度五万メートル。円盤との差がさらに開く。
「これが私の罪滅ぼし。私の運命……」
『諦めるな。運命なんか、変えればいい。』
 諸星の声に、マヤははっとなる。
 ――生きたい。やっぱり私は……ダンと一緒に、生きたい!

 高度八万メートル。円盤ははるか先、もう追いつける見込みはなかった。
 既に大気はほとんどない。宇宙空間といってよい領域だった。ULTRAMAN SUITをもってしても、帰還可能限界ぎりぎりである。
 無言で前方を見つめる四人の視界に、青白い光の円が広がり、そして消えた。
 SEVENは最後までその手を伸ばしていた。
 マヤの手を握り、連れ帰ろうとでもするように。
 二週間後、宇宙ステーションV2が回収したゼロスラッガーが科特隊本部に届けられた。
 高熱で融け、再び冷えたスラッガーは、青い涙滴型に結晶化していた。

 後日、ダイブハンガーの建設が再開される。
 作業用クレーンには薩摩次郎とアンナの姿があった。
『次郎』
 不意に無線でアンナが話しかける。
「何だよ?」
『まだ、言ってなかったから』
 最後に次郎と別れた時からずっとアンナは心に決めていた。もし約束通り次郎が生きて帰ってきたら、自分の本当の気持ちを伝えようと。
 だが次郎がミッションから帰還してから今日まで、なかなかそのタイミングがつかめず、今こうして無線越しに伝えようとしていた。
「何だよ? 言ってなかったことって?」
『えっと……実は、ずっと前から……』
 やや恥ずかしそうにアンナが口ごもった時、
「ああ。わかった。お前も科特隊に入りたいんだな」
『いや、ちげーよ』
「誤魔化すな。俺ばっか活躍してんのが悔しいんだな。アンナらしいぜ」
『何が私らしいだよ! 何も知らないくせに!』
 無線からアンナの怒声が聞こえた直後、真横からクレーンのアームが猛スピードで迫って来た。まさかそのまま殴りつける気か!?
「おい、バカ! よせ!」
 ピタリ。次郎の乗る操縦席ギリギリで巨大アームが止まった。
「……死ぬかと思っただろ」
『死ね! 次こそ死んで戻ってくんな!』
「何怒ってんだ! 俺が何したよ!」
『うるさい! このウルトラ鈍感男!』

「ほんと、仲いいですね、この二人」
 仮設指令所から二人のやり取りを聞いていた北斗が呆れ顔で言う。
「てか、普通気づくでしょ。こことの通信、繋がりっぱなしだって」
「そういう抜けたとこも含めて、大物なんだよ」
 進次郎は楽しげに言う。
「だからZEROは、あの人を選んだ」
「そういうものですか? あれ? ところで諸星さんは?」

 一人慰霊碑の前に立つ諸星。
 ガタノゾーア事件で失われた多くの命。そこにマヤの名前が刻まれた。マヤが大好きだったユリの花を供える諸星の耳に「ありがとう」と声が聞こえた。
 ――幻聴か? いや、違う。
 精神に直接響くこの声……。
 振り向く諸星の前にZERO SUITが立っていた。中に薩摩次郎はいない。無人だ。
 だが――、チュー吉=ZEROに宿る戦士が、諸星のインカムに語り掛けてきた。
『彼女は肉体を失ったが、こうして〝心〟は生きている。俺と共に、ここにいる』
 諸星は瞬時に理解する。宇宙船が爆発する寸前、マヤは円盤に突き刺さったゼロスラッガーの結晶構造の中に思考主体を退避させていたのだ。ZEROは回収されたスラッガーからマヤの情報体をサルベージし、自身のシステム上に展開した。やがて目覚めたマヤは、長い時間をかけて自己修復を行ない、ZEROと共存する独立した機能領域を得るまでに回復した。
 彼女は生き延びたのだ。
 本来の姿である――電子生命体として。
 マヤは諦めなかった。自らの意思で運命に逆らい、未来を掴んだ。最後まで伸ばしていた諸星の手をしっかり掴んだのだ。
『俺は眠る。二人でゆっくり話せ』
 無骨な戦士はそう言うと、ZERO SUITをマヤに譲った。
 装甲の可変波長透過吸収機能がボディカラーをブルーに変える。
 LIberated Maya。長きにわたる呪縛から解放された彼女のために。
「ダン。あなたに色々、話したいことがある」
「僕もだ」
 さて何から話そうか。失われた日々を埋める時間は、たっぷりある。

 その頃、時空を隔てた遥か遠くの宇宙。
 大軍団を従え、また一つ惑星を滅ぼした破壊と暴虐の帝王のもとに報告が届く。
 ムキシバラ星人の死。だが帝王はそんな名前は知らぬと言い放つ。そして配下の四天王に号令した。
 地球という惑星を、わが支配下に治めよと。

ZERO編、完

次回は番外編!


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Ⓒ円谷プロ ⒸEiichi Shimizu,Tomohiro Shimoguchi

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