【鋼鉄ジーグ INFINITISM】第1回 鋼の心
2022.10.29スーパーロボットINFINITISM 月刊ホビージャパン2021年3月号(1月25日発売)
ダイナミック企画×BANDAI SPIRITS ホビー事業部×月刊ホビージャパンで贈るフォトストーリー『INFINITISM』。『グレンダイザー』編、『マジンカイザー』編、『ゲッタードラゴン』編に続き本格スタートしたシリーズ第4弾『鋼鉄ジーグ』編。ジーグとなった宙に立ちはだかるハニワ幻神・琉呉羅。ジーグより遥かに巨大なハニワ幻神の拳がジーグを軽々と吹き飛ばす!!
原作・企画
ダイナミック企画
ストーリー
早川 正
メカニックデザイン
柳瀬敬之
協力
BANDAI SPIRITS ホビー事業部
ホビージャパン
第1回
鋼の心
草薙教授は大学の階段教室で古代日本史の講義を行っていた。
七十を過ぎた白髪頭の老人だが話が面白く、真面目な学閥からは煙たがれていたが学生たちの受けは良く、講義はいつも満員だった。
「次は『古事記』の一文です。ここなんか、面白いですね。ほら――」
草薙教授は正面の大型スクリーンに自分でまとめた『古事記』の訳本を映し出した。
そこにはこう書かれていた。
建御雷之男神が大国主命に『国譲り』を問うと「異議を唱えるのは、後は息子の建御名方神くらいであろう」と答えた。
現れた建御名方神は巨大な岩を担ぎ上げ、「話しがあらば、力比べで負かせろ――」と建御雷之男神を挑発した。
建御名方神は巨大な岩を投げ捨てると襲い掛かり、建御雷之男神の腕を強く握った。
だが、その腕は固まった氷のように微動だにも動かず、次の瞬間、振り下ろした剣の如く素早く動き、建御名方神の腕を逆に捩じ上げた。
「――どうです。ざっと見ただけでシーンが浮かびますね。力比べ。どう見ても、お相撲のシーンです。これがまあ、相撲起源説の正史とされる野見宿禰のエピソードと二分する、私が推すもう一つの相撲の起源ではないかと思われる部分なのですが、学会では余り拾われておりません。まあ、それはいつものことなのでいいのですが、そもそも、この力比べが象徴しているのは高天原から分裂した二つの勢力、天孫族と出雲族の戦いだと考えられるわけです」
草薙教授はいつものように講義を続けていたが大型スクリーンに大きく映った〝建御雷之男神〟の文字面を何となく見詰めているうちに、この歳にして尚、また、突然、新たなる閃きが舞い降りて来た。
――そうか……! そうだったのか……!
草薙教授は一刻も早く講義を終え、研究室に帰りたいと思いながら、それを学生に悟られぬよう、笑顔でゆっくりと老眼鏡のレンズを拭いた。
▼ ▼ ▼
岩塊の巨人――ハニワ幻神・琉呉羅 はジーグの出現を歓迎するかのように両腕を高々と挙げた。
宙もジーグに変ったがハニワ幻神の方がまだ頭三つ分ほど高く、胴回りも太い。まるで聳え立つ岩山のようだった。
怯んだら負ける。喧嘩と同じだ。迷うと一歩目の足が出なくなる。
宙は自らの怯えを捨て去るように、一気に駆け込んだ。
――ん?
嫌な予感はした。駆け出した瞬間、頭の奥で軽い立ち眩みを感じたが、構わず接近し、ハニワ幻神の左脇腹を狙って拳を打ち込む。
「そらよッ!」
シュッ――!
相手が避けたわけでもない。確実に当たると信じて踏み込んだ拳は僅かにズレ、擦れた音を響かせた。
――外しただと……?!
そう思った瞬間、上体を捻ったハニワ幻神の拳がジーグの腰を跳ね上げた。
――なにッ……?!
グワシッ!!!
衝撃と共に数十メートル跳ね飛ばされ、ジーグは内輪山の荒野に頭から落ちて転がった。
――んくッ……。チェ、なんだよ……しまんねえな……。
意識が――遠退いた。
〝――何をやっとる、宙!〟
けたたましい遷次郎の声が脳の中で響いたが、宙の意識は完全に途切れた。
▼ ▼ ▼
宙は走馬灯のように幼い日の光景を見ていた。
目の前に十歳くらいの女の子と顔だけは良く覚えている小父さんが立っていた。女の子は妹のまゆみではない。これは、まゆみが生まれる一年前の光景だ。
小父さんは、父・遷次郎の趣味の考古学仲間で、時折家へ遊びに来ていた下関の〝草薙〟という人物だった。子供の頃はすごく大人に見えたが、当時はまだ三十代だった。
今より少し若い遷次郎が宙にいった。
「美和は、今日からうちの家族の一員だ」
――ああ、あの日か……。
あれからもう十年だった。
確か小父さんの説明によれば、美和は山口県にある麻布都珠勾とかいう舌を噛みそうな神社の末裔・珠城家の者で、時が来れば宮司になるが、ある理由があり、預かって貰いたいとのことだった。
子供だった宙は深い理由までは覚えていないが、それ以来、美和は一緒に居た。
するとまた、不意に場面が変わった。
今度は――五年前の光景だ。
下関の小父さんと遷次郎が奥熊野の発掘現場から戻って来ると新しい家族が増えていた。
美角美夜と美角鏡。あの不思議な姉弟だ。
その頃の宙は、もう殆ど家を離れていたので、そうなった事情についてはよく分からない。だが、一つだけ確実なのは〝草薙の小父さんが現れると家族が増える〟という奇妙なジンクスだった。
司馬宙は団塊世代の最後の年といわれる1949年に生まれた。
この時代の若者たちの多くは希望と閉塞感を背中合わせに抱えていた。第二次世界大戦の焼け跡の時代は終わり、人々の暮らしは希望の未来に向け歩み始めていたが、大人たちは戦争を知らない子供たちを守るため、いつまでも子供扱いし、彼らの発言に耳を貸さなかった。
その結果、成長した子供たちは理論武装し、自分たちの存在を証明し続けなければならなかった。
また一方――戦中派の遷次郎も波乱の人生を送っていた。
遷次郎と大利敏継は戦時中は帝国理化学研究所の外部機関として国の支援を受けて研究をしていたが、敗戦でGHQ《連合国軍最高司令官総司令部》によって解体され、放り出された二人は九州に基礎科学の砦として〝ビルドベース〟を開所した。
遷次郎の専門は電磁波と量子物理学と趣味の考古学。医学博士でもある大利博士の専門は先端医学と量子物理学。二人の研究から導かれる応用学にはサイボーグ工学、磁流派エネルギー、磁気性形状記憶など共通する開拓分野があり、二人は堅実に成果を重ね、研究に勤しんできた。
研究に邁進する遷次郎と反骨の宙。
戦争経験を起点にする親子の典型的な巡り合わせのスパイラルだ。
安保、反戦、空港闘争に学生運動……インテリほど顕著に反発し、己が信じる正義を為そうと闘争を始める。
そんな時代の風に晒されて育った司馬宙は、子供の頃から喧嘩に明け暮れ、バイクに夢中になり、親から独立したくてモータースポーツの世界に自分の居場所を見付けていった。
1972年、23才にして国際A級ライセンスを取得した宙は、翌年の1973年にはオーナー兼ドライバーとして独立し、二輪と四輪の開発とマネージメントを行う〝チームSIBA〟を山口県の厚保サーキットに近い下関に立ち上げた。
そして一年前の1974年――春に長崎の軍艦島が閉山したこの年の夏、あの事故が起こった。
▼ ▼ ▼
うだるように暑い日だった。
初優勝の懸かった阿蘇スピードシティ第4戦――。招待席には母の菊江と妹のまゆみ、それに美和が居た。
「宙さん、頑張ってね」
「ああ」
「宙兄ちゃん、ファイト!」
「ああ、ファイトだ」
美和とまゆみに笑顔で応えてから、宙は母に尋ねた。
「親父は?」
菊江は優しく微笑んだ。
「いつもの通りよ」
大きなレースの時は父親にも必ず招待状を送っていた。母はその都度に間に入り、遷次郎の返事を聞く役目をしていた。
〝行けたら行く――〟
遷次郎の応えはいつも同じだった。
当然ながら、来た例はない。
だが、その日は違った。
「宙――!」
観覧席のスタンド口から遷次郎の声がした。
半袖の開襟シャツの上にヨレヨレの白衣を纏ったまま遷次郎が駆けつけた。
「……親父」
晴れの舞台だが、遷次郎が来てくれることをそれほど期待していたわけでもなかった。
「宙、いいとこを見せようとして、無理をするなよ。安全運転だ――」
「いや、レースだから……安全運転ってわけにはな・・・・・・」
父親らしいことを精一杯いおうとしているのは伝わった。
菊江もまゆみも美和も、そのやり取りを見て微笑んでいた。
また、意識が跳んだ。
ピッ、ピッ、ピッ……と正確に心拍を刻む、医療機器の電子音が聴こえる。
何も見えない。横たわっている自分の体の感覚だけがあった。
――そうだ、地震だ……。レース中に地震が起きたんだ……!
宙は自分に起きたことを思い出した。
一斉にスタートが切られ、トップで迎えた二週目の直線――。ギアを上げスロットを踏み込んだ瞬間、地面が無くなった。
時速二百キロの中、コースが垂直に崩れ、車はその縁にぶつかり、跳ねるようにして空中に投げ出された。
避けようのない災いだった。即死したドライバーたちも大勢いた。
「お気の毒ですが、手の施しようがありません……」
運ばれた先の県立病院の医師だった。
遷次郎は応えた。
「ならば……。このままこちらで引き取ろう――。実の家族だ。問題はあるまい? そちらは匙を投げたのだからな――。うちにも医学博士が居る。些かだが、延命設備も整っている。やれるだけのことはやってみる」
宙の体は家族が望む措置としてビルドベースに運ばれた。救命の医師が診立てた通り、宙の体は通常の治療では、最早、回復不可能なダメージを受けていた。
宙の体と共に、司馬遷次郎、菊江、まゆみ、卯月美和はビルドベースに戻った。
「お父さん・・・・・・」
「……大丈夫だ」
遷次郎はまゆみと菊江に頷くと、美和と共にビルドベースの奥にある医療室へと入った。
医療室では大利博士、美角美夜、美角鏡が宙に施す特別な手術の準備をしていた。
美角鏡が遷次郎にいった。
「司馬博士、彼を救うには、博士が理論物理学として提唱した〝磁気性形状記憶〟と〝磁流波エネルギー〟を応用した生体サイボーグ技術を、ここにある科学力で実現するしかありません」
「ああ――分かってる。しかし、その二つを同時に起動させるには特定の固有振動を発する特別な物質が必要だ。だが、残念ながら、今もってそれは見つかってはおらん……!」
「司馬博士が考古学に熱中したのも、その物質を探すのが切っ掛けだった部分もあるからな……」
大利博士がしみじみといった。
「司馬博士。それでしたらもう、大丈夫です」
美角美夜がいった。
「え?」
「博士はもう、それを見つけています」
「……どういうことかね?」
「私たちの銅鐸です」
五年前――友人の草薙武彦の誘いにより奥熊野で発掘調査を行った遷次郎は、そこで、とんでもないものを発見した。
〝熊襲〟から〝熊野〟へ――。
草薙の発想はいつも冗談めいていたが、稀に大正解を引き当てることがあった。
あの時もそうだった。
遷次郎と草薙らの発掘隊は奥熊野で古代の石櫃を二つ発見した。それぞれの石櫃の蓋の上には彫り込んだ凹みがあり、そこに一つずつ銅鐸が嵌め込まれていた。
その先の発見が余りにも衝撃的過ぎたため、あの時点で報告書として文化庁に申告したのはそこまでだった。
だが実際、吃驚仰天の大発見であり、その石櫃の中にコールドスリープ状態の古代人が眠って居たとなどと報告書に書けるわけもなかった。
かくいう、それが美角美夜と美角鏡であり、それ故に〝私たちの銅鐸――〟という言葉が成立した。
「いや…、勿論、あの銅鐸の固有震動数もチェックしたが、あの時はそんな反応は出なかった……」
「それは、銅鐸が石櫃の状態維持にセットされていたためです」
美夜がそう応えると、鏡がいった。
「博士。私の銅鐸を使って下さい」
「しかし、銅鐸は、君たちにとって……」
鏡と美夜は向き合って共に頷いてから、美夜が司馬博士に応えた。
「銅鐸は二つあります。それに宙さんの命だけでなく、別の意味でも、もう時間がありません。妃魅禍がこの時代に姿を現すのも、あと僅かです」
大利博士も神妙な表情をした。
「そういえば、今日の地震の震源地、中岳の第一火口の真下だそうだ……!」
「その時――誰かが、希望の戦士にならなければ、人々の心は持ちません」
「彼なら出来ると、私たちは信じています」
美角姉弟の意図を遷次郎は理解した。
「治すだけでなく、宙を、ジーグに……!」
「……宙さんが、希望の戦士に――」
美和は司馬家に来た頃、近所の心無いいじめっ子から宙が守ってくれた時のことを思い出していた。
美和にとって、宙は子供の頃からずっとヒーローだった。
▼ ▼ ▼
〝――起きろ宙ッ! 寝てる場合かーッ!〟
遷次郎の怒鳴る声が宙の頭の中で響き渡った。
〝――お前の根性はその程度か! 鋼の心を見せてみろッ、家から飛び出しでも、レーサーになった、あの根性を――!〟
――んッ、なんだ……?!
意識を失ったのは一瞬だった。
〝――おい、死んだのか? 俺はこれでも、お前が家を出て行った時、お前のことを少し見直してたんだぞ……!〟
頭痛がするほど頭にガンガンと響いた。
「うるせえなッ、親父――。頭ン中で叫ぶなっていってんだろーが……!」
〝――軽い脳震盪だ〟
「脳波通信が壊れてんじゃねえのか!」
〝心配ない――。だが、脳だけは生身だからな。衝撃を受けないよう気をつけるんだ。それから――〟
「だから、うるせえっていってんだろ! 調整不良で脳味噌に直接響くんだよ! わかってる! 眩んでふらついたのは車幅酔いだ――!」
〝――車幅酔い……?〟
去年までレーサーとして活躍していた宙ならではの納得だった。
身長が変化しないサイボーグ宙の時は感じなかったが、体が大きくなった分、脳感覚がズレていた。
――車を乗り変えた時のあの感覚だ……。
どんなに優れた車でも、その車の持つ微妙な車幅の差にレーサーの脳感覚的な肩幅が慣れるまでは、その車の最高の能力を引き出せない。
ジーグの体に意識が宿った感覚は、正しくそれだった。
宙がレーサーとして感覚を鍛え過ぎたせいで、生身の脳が過剰に反応していた。
自分の大きさが変われば情報処理に誤差が生じ、体性反射と自律神経反射の不調和から遠近感や平衡感覚が麻痺し、吐き気をもよおすこともある。
ジーグも同じだった。生身の脳が慣れるまで、その誤差を意識的にレーサーの研ぎ澄まされた感覚で補うしかない。
――原因が分かりゃ、なんてことはねえ!
繰り出したボディーブローがハニワ幻神の鳩尾にズボッ!と炸裂した。
「ダイナマイトパンチだァァァ!!!」
三十メートルの手足のある岩塊が、モロにその衝撃を浴びて、そのまま後ろにすっ飛んだ。
「でかいだけか――! お前が岩のゾンビの大将なら、粉々に砕くまでだ!」
ジーグは少し腕を曲げ、前屈みになった姿勢からのそりと伸び上がり両腕を広げた。
「スピンストームッ!!!」
腹部にある円形の発射口から、赤黒く、指向性を持った磁流波エネルギーの光柱が幾つもの電荷の輪を帯びながら放出した。
ズゴガガガガガーッ!!!!!
それを喰らったハニワ幻神・琉呉羅は自身の組成の中で電子分解を起こしたかのように、内側から粉々に崩れ、まるでブラックホールにシュッと吸い込まれたかのように跡形もなく消えた。
まだ、夜明けにも遠い闇の中だが、静寂は取り戻していた。
〝――よくやった宙。音量はこのくらいでいいか?〟
「……ああ」
調整したのか、少しだけ声は小さくなった。本当のところは地声が大きいので余り変わらなかったが、それは飲み込むことにした。
「それより親父――俺のこと、見直してたって?」
ほんの少しの間があった。
遷次郎は少し照れ臭そうに応えた。
〝――聴こえとったのか……。まあ、お前は嫌かも知れないが、やりたいことは違っても、似た者親子ということだ――。俺も親の反対を押し切って学者になった。好きな研究に没頭できる時代じゃないことが分かっていながらな……。それでもいつか、それが出来ると信じて――!〟
「どんな研究がやりたかったんだ?」
〝――それはまだ分からん〟
「……わからんって?」
〝――ただ、いえるのは、弱い者たちを助ける力になるモノ。それを一つでも多く見つけたい。戦争で使うような武器や兵器ではない。もっと生活に寄り添ったささやかな幸せを約束してくれる科学だ――〟
「ささやかな幸せか――いいじゃないか」
〝――だがな、それを始めるには、これから始まる戦いを乗り越えなければならん。戦う為の準備もせねばならん――! この矛盾した状況でその先の夢を実現させるには並々ならない覚悟がいる――。〝鋼の心〟が無ければこちらが〝闇〟に飲み込まれる……! 戦争中、そういう研究者たちを多く見てきた……!〟
子供の頃以来、父親とこんなに話しをしたのは久しぶりだった。
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