【マジンガーZERO INFINITISM】プロローグ 1976
2022.09.03マジンガーZERO INFINITISM 月刊ホビージャパン2022年10月号(8月25日発売)
新たなるマジンサーガ始動!
柳瀬敬之リデザインによるスーパーロボットモデルの作品群を、原点の輝きを残したままフォトストーリーとして再構築する人気企画。ついにその最新作『マジンガーZERO編』が今月よりスタート!! 兜十蔵とDr.ヘルとの因縁から始まった兜甲児とマジンガーZの歴史は幾多のマルチバースを飲み込み混沌の渦と化す! 果たして大いなる力を求める先に待つのは宇宙の滅亡でしかないのか!?
原作・企画
ダイナミック企画
ストーリー
早川 正
メカニックデザイン
柳瀬敬之
協力
BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン
ホビージャパン
模型製作
只野☆慶
プロローグ
1976
霊峰富士が視界に広がる国道139号線。
学生服姿の青年がヘルメットも被らず、長い黒髪を靡かせバイクを北に飛ばしている。
兜甲児は18歳の誕生日に祖父から送られたバイクで青木ヶ原の別荘を目指していた。
別荘には祖父の十蔵が一人で暮らしている。祖父と同じく科学者だった彼の両親は五年前、実験中の事故で他界していた。甲児と七歳年下の弟・志郎は、富士の南、静岡県側で暮らしていたが、バイクを手に入れた甲児は遠乗りを兼ね、ときどき祖父の顔を見に別荘を訪ねた。
祖父の改造した中型二輪はすこぶる快調だ。
そこらの雷族が勝負を挑んでも、持ち前の甲児の度胸と運動神経もあいまって、軽く数秒で引き離した。祖父の趣味なのか、アクセルが右ハンドルでなく、フットレバーに変えられていたり、一部の操作系がとんでもない場所に変えられていたが、それがまた、慣れた今となれば、しっくりと甲児の身体に馴染んだ。
不意に、背後から気配を感じた。
「んっ……?!」
後ろ――というより後方の上空だった。
甲児は路側帯にバイクを止め、シートを跨いだまま腰を曲げ、空を見上げた。うろこ雲を散らした秋空に、微かに透明な波紋が揺らいだように見えた。
「UFO……?!」
何となくそう思った。
――まさかなぁ……?
最近はTVをつければ〝宇宙人〟に〝ネッシー〟に〝スプーン曲げ〟だった。甲児は弟の志郎と昨晩観たTVの『UFOスペシャル』を思い出して自嘲した。
次の瞬間――富士山を含む広大な大地が突然ぐわん!とバウンドした。
「んんん――!?」
続いて、低い地鳴と共に激しい横揺れが来た!
――地震だっ……!
139号線から見える景色が一変した。
車道のアスファルトは所々崩れ、隣接する木々は押し倒された。遠くに見える市街地から炎が上がる。揺れは凡そ五分間続き、甲児はその間、シートに跨ったまま腕と足とでバイクの重みに身を委ね、何とか持ち堪えた、
「こりゃ……、関東大震災なみの、大地震かも……!」
後に発表されたニュースによれば、マグネチュード5の中規模地震に属するもので、エネルギーとしては小規模だが、震源地が富士山のほぼ直下だったため、影響範囲こそ狭いものの山梨県南部・静岡県北部では震度6に達していた。
――お爺ちゃん……!
揺れが収まると、甲児は迷わず祖父の別荘に向けてバイクを走らせた。志郎のことも心配だが、今はまだ小学校に居るはずの時間だった。そうなると、一人暮らしの祖父のことがやはり気に掛かる。
甲児はモトクロスライダーさながらのテクニックで大胆にルートを選びながら、慎重にバイクを走らせた。
▼ ▼ ▼
物語は、その十年前に遡る。
1966年――ギリシャの南海、ちょうどエーゲ海と地中海がぶつかる辺りにバードス島はあった。
キクラデス、トロイア、クレタ(ミノア)、ミケーネ……。紀元前三千年以前から数々の高度な文明を築いていたとされるその地に、五千年以上誰にも気付かれなかった遺跡が発見された。
第一次調査隊に選ばれたのは、日本から兜十蔵と兜剣造の親子。フィンランドからラース・ヴァレリアン・ヘルシンク。アメリカからはオリバー・ワトソン。そしてドイツからシュトロハイム・フォン・ハインリッヒといった面々だった。
不思議なことに、彼らの専門は歴史でも考古学でもなかった。どちらかと言えばエネルギー、金属加工、応用物理学、ロボット工学、航空力学、電子計算機のスペシャリストたちで、一見すると古代遺跡とは何ら無縁と思われる顔ぶれだった。
かといって、彼らは世界が認める天才たちであり、専門以外にも造詣が深く、この選抜基準に異を唱える者はなかった。
今回の調査は発見された遺跡を含むバードス島の事実上の所有者であるギリシャ政府からスイスのIUCN《国際自然保護連合》を通じてUN《国連》に依頼があり、発掘作業に長けた民間のデベロッパー会社、ABM《アメリカン・ボーリング・マスター》をホストに立て実現に至った。
ギリシャ政府にしてみれば、元々保護区で人も住んで居ない島。これで新しく見つかった遺跡が観光資源に認められれば御の字という、そのくらいの気分だった。
「ABMのデビッド・エルマンと申します。皆さんを御案内します」
アテネ国際空港で学者陣を出迎えたのはデビットと名乗る金髪のアメリカ人だった。現場の責任者としては若いと十蔵は思った。甘いマスクで笑顔を作ると爽やかな青年のようだが、瞳の奥は笑っていない。サファリジャケットを通してもプロレスラーのような筋肉を纏っているのがわかった。
――案内人というより、調査隊を守る用心棒じゃな……。
バードス島には明日から上陸する。一行はデビットが用意したマイクロバスに乗り、市内のホテルを目指した。
学者陣はそれぞれ見知った間柄であり、元々面識があった。特に十蔵の息子の剣造と、オリバーとシュトロハイムの3名はマサチューセッツ工科大学《MIT》の同期で気心の知れた仲だった。剣造とオリバーはここに着くまでの機内でも互いの子供や家族の話に花を咲かせ、子供の居ないシュトロハイムも友の近況を聴き、穏やかな笑みを浮かべていた。
問題なのは、十蔵とヘルシンクだった。
二人が互いを知ったのは、今から半世紀も前のことだ。最初は共に二十歳そこそこの1916年、日本では大正五年。世界は〝第一次世界大戦〟の真っ只中だった。
その頃、既に日本を離れアメリカで学んでいた十蔵はヨーロッパで発表されたヘルシンクの論文『戦争と兵器』を目にした。
その内容を見た時、十蔵は戦慄を覚えた。
そこには〝大量殺戮兵器の未来〟という項目があり、核どころか、大艦巨砲主義さえ実現していなかった時代に、核《Nuclea》、バイオ《Biological》、ケミカル《 Chemical》からなるNBC兵器の重要性について説かれていた。
科学的論旨に誤りはなく、それがまた、十蔵を凍てつかせた。そして論文は、それらが及ぼすであろう大量の死について、素晴らしい成果を生むだろう――と、結ばれていた。
〝敵は完膚なきまでに殺せばいい――〟
その論文から滲みだすヘルシンクの姿勢が十蔵は恐ろしかった。十蔵は同じ科学者として居たたまれなくなり、大学の伝手を使い、直ぐに抗議の書簡を送った。
返事は来ないと思っていたが、一週間ほどでヘルシンクからの返事が届いた。
〝お前は綺麗ごとを言い続けるがいい――〟
要約すれば、内容はそれだけだった。ヘルシンクの言いたいことは身に染みていた。
科学の二面性は確かにある。それは紛れもない事実だ。
善かれと信じて完成させた技術も、異なる使い方を望めば、易々と兵器に転用される。
どう使うかは、その技術を手にした者の在り方次第なのだ。
以来、何度か顔を合わす機会はあったが、互いに素っ気ない挨拶と事務的な会話をするだけで、十蔵もヘルシンクも、あの時の手紙のやり取りに触れることはなかった。
翌日――第一次調査隊の一行はデビット・エルマンの案内で遺跡を目指した。
岸壁に待機する船のクルーを除けば、案内人のデビットと荷物運び5名。食事と設営係5名、予備作業員7名、学者が5名。計23名の調査隊だった。
滞在予定は一週間。この調査の手応えによっては調査の打ち切りも有り得た。
バードス島は半径20Km。岩礁に囲まれたほぼ円形の岩島で海岸線の殆どが3メートル以上の切り立った岩に囲まれている。船を着け、上陸するのにも一苦労だった。漸く島に上がると、島の輪郭をドーナツ状に囲む針葉樹の森林地帯が見え、先に砂岩の荒地が広がり、島の中央に標高400メートルの奇岩の山・巨大な丘の岩という意味を持つ〝ゴードン・クラグ〟が聳えていた。
言うまでもなく、この辺りは古代文明の密集地帯であり、成立は現在のところ、キクラデス、トロイア、クレタ(ミノア)、ミケーネの順と一般的にはされているが、余りにも密集している上に悠久の年月を経ているため、影響の相互関係が曖昧な部分もある。
そんな中にあってバードス島はIUCN《国際自然保護連合》により1950年代から保護区に指定されて開発の対象にはなっておらず近年は誰も足を踏み入れなかった。無論、それ以前は隣接するクレタ島と同様に学術調査もなされたが、その際にも、何ら発見されたという記録は残っていない。バードス島はミケーネとクレタの中間に位置している。ここで決定的なものが見つかれば、エーゲ海文明全体の歴史そのものが変わる可能性もあった。
針葉樹の森林地帯を抜け、砂岩の荒地が見えて来た。
70歳を超えている十蔵とヘルシンクを気遣ったのか、デビットが休憩を促し、面々が手頃な岩に腰かけると、今回、新たな遺跡が発見されるに至ったあらましを語り始めた。
予めの資料には〝発見された〟とあるだけで、詳細を聴くのは初めてだった。
「半年ほど前、エーゲ海を定期的に回っている貨物船がこの島の岩礁に乗り上げたのがきっかけです。船の出入りの多い内海の海域ですからね。乗組員たちも落ち着いたもので、船に留守番だけ残し、この機会にと、暇つぶしに島の探検と洒落込んだ訳です」
「勇気あるなぁ~」
学者陣の中で一番若いオリバーがそう言うとシュトロハイムが鼻眼鏡の曇りを手巾で拭いながら口を挟んだ。
「山岳地帯なら熊や狼も出るが、この規模の島なら、陸亀がせいぜいだ」
「でも、ほら、バカでかいゴリラとか、居そうだろ? こういう島って」
オリバーがそう応えるとシュトロハイムは呆れたようにそっぽを向いたが、代わりに、剣造が付き合った。
「エンパイアステートビルヂィングに登った奴か、あれはデカかった」
いつの間にか映画の話になって、一行の顔から自然と笑みがこぼれた。
「あれです」
デビットが、遠くに見える岩山を指差した。
「船乗りたちは、あの岩山の麓まで行き、長年の風雨で崩れたと思われる山の斜面の穴を発見しました」
「それが、遺跡への入口か――?」
そう言って十蔵は遠くに聳え立つ奇岩に目を凝らした。
「まるで……巨大な岩の観音像にも見える……!」
岩山は不思議な形をしていた。ちょうど漏斗をさかさまにしたような姿だった。砂岩で出来た裾は広く、上方に向かうほどゴツゴツした厚みを帯びた奇峭があり、胴や顔に見えないこともない。それが何者かの立ち姿に見えた。400メートルの岩の円錐。所々、植物の緑も見られるが、離れて視た質感はピラミッドのそれに似ている。
同じものを見て、ヘルシンクは独り言のように呟いた。
「わしには――地獄の王に見える……!」
▼ ▼ ▼
船乗りたちが見つけた穴は縦横80cm足らずのものだった。誰もが思うように、もし、ピラミッドのようなものなら財宝があるかも知れない――そう思った彼らは松明を作り中に入った。
しかし、穴に入ってみたものの、そこは狭く、暗く、すぐに進めなくなった。
そもそも、穴が自然のものなのか人工的なものかも定かでなく、ちゃんとした道具の準備もない。船乗りたちは早々に諦め、船に戻って大人しく援けを待つことにした。
それでも船が救出された際、もし、後になって財宝が見つかったときに自分たちが最初の発見者だと主張出来るよう沿岸警備隊に詳細を報告した。
それが巡り巡ってギリシャ政府を動かし、国連まで行き、今回の調査に至ったという訳だ。
穴が遺跡への入口であると確定したのは、船乗りたちの発見から三週間、報告を受けたABMの事前発掘が始まってからだった。
タンデムローターの大型輸送ヘリで運ばれて来た掘削用の重機は見る見る穴を広げ、奇岩の山〝ゴードン・クラグ〟の麓の地下に謎の地下回廊を発見した。それにより、遺跡であることが確定し、今回の第一次調査隊が組まれた。
発掘調査のための基礎作業には既に三ヵ月を費やし、麓の斜面から地下回廊へのルートには鉄パイプと簡易足場で補強したずい道が作られ、内部は照明で昼間のように照らし出された。
第一次調査隊の目的は三つ――。学術的な指示と、まだ発見されていない可能性のある全島調査の指揮。そして、発見された遺跡の学術的意義から見出した継続調査の判断、第二次調査以降のスケジューリングだった。
休憩はとっているものの、流石の十蔵も歳には勝てず、堪えていた。
「父さん、大丈夫か?」
心配した剣造が声を掛けた。
「ああ――自腹を切ってでもヘリで来るんじゃったと後悔し始めてたとこじゃ」
それに比べ、同世代のヘルシンクは矍鑠とした足取りで、苦虫を嚙み潰したような表情で黙々と歩いている。
「アイツ、わしと同じ七十のジジイには見えんぞ……」
砂岩の荒地を3キロほど進むと、砂煙を巻き上げて迎えのジープが5台現れた。
「……助かった」
十蔵は心底安堵した。
▼ ▼ ▼
静止衛星フォトン・アルファー。
64歳の兜志郎はマリアとデュルゼルと共に、兄である兜甲児からの連絡を待っていた。
正確を期するために補足すれば、ここでの兜甲児とは〝マジンカイザー〟で時空を越えて過去に飛翔した21歳の甲児ではなく、志郎と共に年齢を重ねた71歳の兜甲児である。
71歳の甲児は、21歳の甲児とはまた別の使命を持ち、バースブレイカーとして時空を駆け回っていた。
甲児からの通信が届いた。
〝志郎、見つけたぞ。始まりの時空だ――〟
殆ど加齢を感じさせない、いつものアニキの声がした。
甲児から送られた時空データをデュルゼルが解析した。
「ルート照合――。うむ、ZEROのエネルギー反応だ。この時空に、間違い御座いません」
「兄貴、やったな……!」
志郎は小さくガッツポーズした。
確率で言えば、果てしなく不可能に近い探索だった。
それが実現したのは惑星フリードの高度な科学力の助けと、甲児たちの血の滲むような長年の努力の賜物だった。
「甲児殿、わかっておられますな。決して、介入してはなりませんぞ」
デュルゼルは落ち着いた口調で優しく釘を刺した。
〝了解してる。宇宙の存続に関わる規模の事象には、歴史改変でなく、ちゃんと生み出してからエネルギーを正しく取り除く――だろ。そうでないとエネルギーの修正作用で別のパラレル世界に始まりの時空が移るだけ――。そうなったら、また、始まりの時空探しからやり直しだ。くそっ、だから、マルチバースは厄介なんだ――!〟
マリアが話し掛けた。
「甲児さん、ZEROが生まれるに至った経過を詳しく調べれば、必ず、対処方法は見つかります」
〝ああ、マリアさん――やってみるさ!〟
霊峰富士が視界に広がる国道139号線。
学生服姿の青年がヘルメットも被らず、長い黒髪を靡かせバイクを北に飛ばしている。
兜甲児は18歳の誕生日に祖父から送られたバイクで青木ヶ原の別荘を目指していた。
不意に、背後から気配を感じた。
「んっ……?!」
後ろ――というより後方の上空だった。
甲児は路側帯にバイクを止め、シートを跨いだまま腰を曲げ、空を見上げた。うろこ雲を散らした秋空に、微かに透明な波紋が揺らいだように見えた。
「UFO……?!」
――ヤバイ、見つかったか……?!
バイクの甲児と目が合った気がした。
TFOモードでステルス機能をONにしているタイムパイルダーが見えるはずなかった。
――流石はオレ。勘が良いね……。
そのすぐ後、地震が起きて、若い甲児はバイクを走らせて行った。
〝この時空は、俺たちの世界より、ことが進むのが少し、全体的に早めのようだ……〟
甲児がそう告げると、志郎は立体ディスプレイに投影した時空データを照らしながら応えた。
「そうだね。俺たちの年齢こそ合ってるけど、日本の元号で言えば〝昭和〟の中期か――。まだ、SNSどころか、携帯電話も存在しない時代だ。数十年早いね。へぇー、こんなパラレルもあるんだ……。俺も行ってみたかったな~」
「志郎殿、呑気なことを」
「いや、ごめん。つい……」
〝よっし、通信を切る。じゃ、またなっ!〟
甲児は任務を開始した。
マリアもデュルゼルも、志郎と甲児の気持ちは痛いほどわかっていた。
無限のパラレルワールドから漸く見つけ出した、始まりの時空――。
だが、その世界にも、出来るものなら防ぎたい、悲しい出来事が待っている。
「甲児さんなら、必ず、成し遂げてくれます」
マリアの言葉に、志郎とデュルゼルは力強く頷いた。
プロローグ 1976 完
【マジンガーZERO INFINITISM】
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