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【ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE】
8U-英雄- 編 Episode 24 恐怖のルート89 前編

2021.11.16

ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE 月刊ホビージャパン2021年12月号(10月25日発売)

【ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSE】 8U-英雄- 編 Episode 24 恐怖のルート89 前編

 ULTRAMAN SUIT ANOTHER UNIVERSEフォトストーリー、新シリーズ突入!
 アメリカ・アリゾナ州で発生した奇怪な事件の調査に赴いた薩摩次郎は、現地でジャックと出会う。ジャックに見せられた映像に映っていたのは、男性が突然発火死する姿。異星人の関与を示唆された次郎は曰く付きの“ルート89”へと車を走らせる。UAUクライマックス“8U編”開幕!

ストーリー/長谷川圭一 設定協力/谷崎あきら ZERO SUIT/製作:只野☆慶

8U-英雄-編
Episode 24 恐怖のルート89 前編

 アリゾナ州北部に伸びる国道ルート89。暗闇の中を一台の車が猛然と走り抜ける。
 運転するのはモールズ・ウィルソン。彼は今とても不機嫌だった。
「くそ! あの女! バカにしやがって!」
 何度そうして毒づいただろう。だがいくら喚き散らしても煮えくり返った腹の虫は一向に収まる気配がない。それほどまでモールズが受けた屈辱は許しがたいものだった。
 今から5時間前、モールズはフェニックスにある地方裁判所にいた。妻キャサリンとの離婚を巡り一年以上争っていたのだ。その判決が今日くだされた。あろうことかモールズは裁判に負け、しかも妻と子供に対する接近禁止命令と多額の慰謝料を言い渡されたのだ。
 全くありえない判決だ! 俺が罰せられるなんて絶対に間違ってる!
 離婚の原因はモールズの妻と子供に対する暴力、いわゆるDVというやつだ。だがモールズは自分のした行為に一片の後悔もなかった。何故なら自分は妻と子供を愛していたし、もっと理想的な家族でいるため、仕方なく暴力を振るったのだ。
 モールズはグランドキャニオン国立公園近くのホテルで働いていた。だが気に食わない女上司に仕事のことをあれこれ責められ、ついカッとなり殴ってしまった。お陰で仕事を失い、暫くバー通いが続き、新しい仕事も決まらなかった。そのことをキャサリンは責めたのだ。あのいけすかない女上司と同じように。気が付いた時はキャサリンを殴っていた。それを止める子供も殴った。当然のことだ。父親は家の中で一番偉く尊敬されるべきなのだから。そのルールを破ったのは妻と子供だ。俺が責められるのはお門違いだ。なのに法律事務所のいつもニヤニヤ笑う弁護士も、裁判所の連中も、みんな俺に非があると決めつけやがった。
「くそくそくそくそくそ! ふざけるなっ!」
 怒りのあまりモールズは怒鳴り散らし更にアクセルを踏み込む。
「お前らの思い通りにはさせはしない」
 キャサリンは今、ユタ州デービスにある実家に子供達といる筈だ。車の時計を見るともうじき深夜二時。恐らくとっくに眠っているだろう。俺と別れられると思い込み、安らかに寝息を立てているに違いない。だがそれも今夜が最後だ。二度と目覚めることはないのだから。
 モールズの車のトランクにはポリタンク一杯のガソリンが積まれていた。以前働いていたホテル近くのガソリンスタンドで購入したのだ。その時、ホテルにも火をつけてやりたい衝動を何とか抑え込んだ。もしここで捕まってしまったら元も子もない。
 まず最初に火をつけて焼き殺すべきは妻と子供たちだ。俺をバカにしたあのクソ女とクソガキどもだ。俺を一緒になって責め立てた妻の両親もついでに焼け死ぬだろう。いい気味だ!
 妻と子供が恐怖に泣き叫び死んでいく様を想像すると不思議とさっきまでの怒りが収まってきた。それどころか何ともいえぬ愉悦と快感につい頬がにやけてしまう。
 知らずアクセルを踏む足も緩み、車のスピードが落ちた、その時だった。
 ヘッドライトの光の中に白い影が浮かんだ。
 最初は鹿か何かの野生動物だと思ったが、近づくと、それが白い服を着た若い女だと分かった。モールズは更に車のスピードを落とし考える。
 こんな場所に、こんな時間に、何で……女が……?
女は暗闇の中にじっと佇み、モールズの車に向けてすっと片腕を上げる。
 ヒッチハイクか? それにしても、何でこんな場所で?
 さっきと同じ疑問を抱きつつ、モールズは女の傍らで車を停めた。
 月明りに浮かぶ女の顔は白く美しかった。
「どうかしたの?」
 窓をあけモールズが女に声を掛ける。すると、
「家まで送って」
 そう女は言うと、ドアをあけるようモールズに憂いげな目で訴える。
「……いいよ」
 モールズがドアを開けると、女は迷うことなく助手席へと体を滑り込ませ座る。馴れてる身のこなしだとモールズは思った。何度もこうしてヒッチハイクをしているに違いない。いや、もしかしたらこの女、そっちの商売をしてるのか? そうに違いない。
「じゃあ、行くよ」
 モールズは静かに車を発進させると、真横に座る女を改めて見つめる。髪はブロンド、切れ長の瞳と、白い肌に赤い唇が妙に艶めかしい。ぞっとするくらい妖艶な色香が漂っている。この美貌で今までどれほど多くの男をたぶらかし金を稼いで来たのか。再び胸に怒りが湧き上がるのを感じながらモールズが聞く。
「家はどこ? この方向でいいのかな?」
 だが女は答えず、ただ赤い唇に微かな笑みを浮かべる。バカにした態度だ。
「どこに送ればいい? 行き先を教えてくれないか?」
 苛立ちを抑えもう一度訪ねたが、がやはり女は無言で微笑みだけを浮かべている。
 無視か。なるほど、やっぱりそういうことか。この女、自分の美しさを鼻にかけて心の底では俺を見下しているんだ。俺を鼻先に餌をぶら下げれば喜んで尻尾を振る犬ころとでも思っているんだろう。間違いない。こいつも一緒だ。こっちが甘い顔をすればつけ上がる、あの女上司やキャサリンと同じ種類のくそ生意気で鼻もちならない女だ。その美しい顔で女王様みたいに微笑めば男はみんなやにさがると思ってるんだろうが残念ながら俺はそうじゃない。乗る車を間違えたことを今からたっぷり教えてやろう。いくら謝ろうが泣き叫ぼうがもう手遅れだ。
 周囲はどこまでも暗闇に包まれ、対向車がくる様子もない。どこかで車を停め、俺をバカにした報いと罰を十分与えてから、生きたままガソリンをかけて……
「ふふっ」
 モールズが残虐な妄想をした時、不意に女が笑った。
「……なんだ? 何がおかしい?」
 だがやはり女は質問に答えることなく、更に愉快そうに笑う。
「笑うな。笑うなと言ってるだろ!」
 またもモールズの頭に血が上り、強烈な殺意が湧き上がる。
「黙らせてやる!」
 ブレーキを踏み、車を停めると真横にいる女の首を両手で掴み、渾身の力で締め上げる。
「どうだ、これでもう笑えないだろう」
 だが首を絞められても女は微笑みを浮かべ、モールズを見つめると、言った。
「行き先を教えてあげるわ。お前がこれから行くのは……地獄だ。はは、あははははは!」
 狂ったように笑う女。刹那、モールズを眩い光が照らす。
「……何だ……これは!?」
 愕然とするモールズ。車の真正面の闇、巨大な青白い炎が揺らめいていた。
 そして視線を戻すと助手席から白い服の女が消えていた。
 どういうことだ? 何がどうなってる? 俺は夢を見ているのか?
 混乱するモールズを飲み込もうとするかのように青白い炎がどんどん近づいてくる。
「く、来るな……来るなっ!」
 モールズは車体を急回転させ、青白い炎から猛スピードで逃げ出した。だがどれだけ速度を上げようと青白い炎はどこまでも追いかけてくる。あの炎に飲まれたらどうなってしまうのか? 俺は車ごと焼き尽くされてしまうのか? ついさっきまで妻と子供を、そしてヒッチハイクの女を焼き殺そうとしていたモールズが今は逆の立場となり、追いつめられていた。
「や、やめてくれ! 悪かった、俺が悪かった! 二度と妻や子供には近づかない! だから! だから──」
 完全にパニック状態のモールズ。その前方に青白い炎が浮かんだ。
「うわああああああああああああ!」
 思わずハンドルを切ったモールズの車が道路から外れ岩だらけの荒れ地へと突っ込み、横転した。その数秒後、大爆音をあげ車が紅蓮の炎に包まれた。
 その様子を白い服の女が見つめていて──。

「どこだよ……ここ?」
 デイパック一つの軽装で成田発のアメリカン航空エアバスA321に放り込まれた薩摩次郎は、乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎ、総計二十時間以上に及ぶフライトの末、北米メリーランド州キャンプスプリングスにあるアンドルーズ空軍基地の一角に置き去られた。疲労と時差で朦朧とする頭を振り、なぜこうなったのかを思い出す。
 二日前、上海のダイブハンガー建設現場で作業中だった彼は、井手の呼び出しを受けてTPC機に乗り単身日本に帰国した。
 さる筋からの特命で、次郎は海外に派遣されるという。先方には上海の事件の報道管制を筆頭にいくつも借りがあり、断るわけにはいかない事情があるらしい。次郎が国際免許を持っていることも理由のひとつだそうだが、どこへ行って何をすればいいのかさえ「行けばわかる」の一点張りで、最低限の着替えと航空券だけを持たされ強引に送り出されてしまった。別れ際の井手の言葉はこうだ。
「現地に案内人が待っている。一目でわかるよ。ものすごく怪しいから」
「ものすごく怪しい案内人……うわ」
 次郎が見回すと、プロレスラーのような筋肉を黒スーツに包んだ金髪グラサンの大男が近寄ってきた。左手首には金属製のブレスレット。……絶対あれだ。
「ミスタ・サツマ? コールミー・ジャック!」
「ナ、ナイストゥミーチュ、ミスタ・ジャック。アイム・ジロー・サツマ……」
「ジャックでいいよ。ジローか、ジロー君と呼んでも?」
 日本語できるんじゃないか、とむくれる次郎に、ジャックは馴れ馴れしく肩を組んでくる。サングラスを取り、耳元で囁いた。
「大きな声じゃ言えないが、NSA──国家安全保障局の秘密機関・MATの一員さ」
 鋭い眼光が放つプロフェッショナルの怜悧さに、次郎も思わず息を飲む。
「マッチョ……」
「マットだ。Machanized Armoursuit Team」
 ジャックがすかさず訂正した。

 次郎は別の格納庫に案内された。機体左右に大型ダクテッドファンを持つ見たこともないティルトローター機が発進準備を進めている。まだ移動するのか……。
「グランドキャニオンまで、ほぼ大陸を横断することになる。中で話そう」
 ジャックに促され、次郎もキャビンに乗り込んだ。
 ローター音が高まり、Gの変動を感じる。離陸したようだ。

「ジロー君。あんたにはある事件の真相を究明してもらいたい」
「ある事件……」
「今から三日前、アリゾナ州からカナダまで北に伸びる国道89号線で車の横転事故が起きた」
 そう言うとジャックは事故現場の画像をモニターに映す。
「大量のガソリンを積んでいたようで車体はご覧の通り丸焦げだ。当然、運転手も鉄の棺中で綺麗に火葬された」
 画像が切り替わり、車内に残された白骨死体が映る。
「うっ!」と思わず口を押える次郎を呆れたようにジャックが見つめ、
「え? こういうの苦手か?」
「す、すいません。突然だったもんで……もう、大丈夫です」
「そうか、よかった。なら他の白骨死体も見て貰おうか」
「他の……?」
「この国道では、ここ一カ月の間に類似の自動車事故が四件起きている。いずれの場合も運転手は白骨状態となって死亡した」
「四件全て、車が炎上したんですか?」
「いや。車が燃えたのは三日前の一件だけだ」
「……」
「どうした?」
「いえ。よく意味が解らなくて」
「そうか。だったら、これを見れば解るはずだ」
 モニターに動画が再生させる。
 病院だろうか。一人の男がベッドに横たわっている。全身に包帯が巻かれ数本のチューブが医療機器から延び、男に繋がれている。自動車事故の運転手に違いない。
 男が何かを呟いている。包帯で半分しか見えないが、その顔は明らかに怯えていた。
「何か言ってますね」
 次郎がそう言うとジャックがボリュームを上げ、男の声が聞こえる。
「……女が……白い服の女……青い火の玉だ……青い火の玉が追いかけてくる!」
 突如、男が大声で叫び、激しく体を痙攣させる。医療機器の非常ブザーが鳴り響く中、男は絶叫すると、その体が青白い炎に包まれた。
「!」モニターを見つめ、愕然の次郎。どれくらいの時間か、恐らく三〇秒ほどで青白い炎は消え去り、そこには完全に白骨化した男の死体が横たわっていた。
「うううっ!」
 またも次郎が口を押え、体を前に折り曲げる。
「何だ。大丈夫だって言っただろ」
「……す……すいません……」
 何とか吐き気をこらえた次郎を見つめ、ジャックが淡々と語り出す。
「今回の不可解な自動車事故の被害者は全員が同じ証言をしている。深夜二時、白い服の女を車に乗せ、青白い火の玉に襲われたと。そして事故を起こした数時間後、白骨化して死亡した」
「あの……俺の勝手な印象かもしれませんけど……」
「何だ? 言ってみろ」
「これって、もしかして……幽霊が人を殺したってことですか?」
「かもしれないな。昔からこの国道ルート89にはそんな噂話があったようだ」
 大真面目な顔でジャックが次郎を見つめ、語り出す。
「真夜中にヒッチハイカーの女を乗せた男は行方不明になり、数日後に白骨死体で見つかる。その女はかつてこの国道で轢き殺された女の幽霊で、自分が死んだ時間、深夜二時にその場所を走る車の運転手を呪い殺すそうだ」
 あまりに迫力満点のジャックの話に次郎はまたも強烈な吐き気と眩暈に襲われた。

 昔から怪談話は苦手だった。幼なじみのアンナはそれを喜び、わざと幽霊やら呪いやらの話をしては次郎を大いにビビらせた。
 何でよりによって、こんな事件を俺が……。
 ぶつぶつ泣き言を言いながら次郎は今、事件のあったアリゾナ州フラッグスタッフに向かい車を走らせていた。64年型のシボレー・コルヴェア。ジャイロが着陸したグランドキャニオンの地下拠点で、次郎に与えられた特装車だ。
 さんざん次郎を脅したあと、ジャックは白骨化の原因は呪いなどではなく、被害者たちの体内で検出された未知のバクテリアだと説明した。そのバクテリアは宇宙から来た可能性が高い。
 しかも事故車両のドライブレコーダーには、青い火の玉や若い女の姿も記録されていた。幽霊がカメラに映った可能性は捨てきれないが、ジャックは女も青い火の玉も実体があると考えていた。つまりこの事件の裏には異星人がいるということだ。
「そうじゃなきゃ科特隊に調査依頼なんてしやしないさ」
 次郎の脳裏にジャックの笑顔が浮かぶ。どこまでがジョークでどこまでが本気か分かりづらいが、次郎はジャックに、全く雰囲気は正反対だけど、どこか諸星と似たものを感じていた。

「どうだ?」
 雑多な部品や工作機械に埋もれるように作業していた男が、油の染み付いたワークエプロンの背中を向けたまま、入ってきたジャックに聞いた。
「どうだろうね」
 ジャックは片隅の冷蔵庫に直行し、六缶パックのハイネケンを取り出して早速プルタブを起こす。
 ワークエプロンの男も作業の手を止めて顔を上げた。赤い甲殻に覆われている。地球人ではない。ヤプール。この世界では名の知れた異星人技術者だ。
「どうだろうね、じゃ解らねえ、何かカンかあったろう?」
 取り出した煙管の火皿をバーナーで炙ると、旨そうに吸い付けた。
「普通だったな。別の意思の存在は感じなかった。何かあるとしたら、やっぱりスーツの方なんじゃない?」
 ジャックはもう三缶目を開けている。
「異界の戦士の意思が宿る唯一無二のスーツ……何としても見てえもんだ」
「見られるさ。ヤツに出くわせば、嫌でもね」

 次郎のコルヴェアは事件が多発するルート89を走る。時間はもうじき深夜二時だ。
 事故の多発現場まであと数キロ。次第に次郎は緊張し、心臓の鼓動が早くなるのが解る。額や手に冷や汗もにじんでいる。
 落ち着け。相手は幽霊なんかじゃない。幽霊なんかじゃ──
 すると前方に佇む女が。
「で、出た!」
 事故現場はまだ先のはずだ。だが間違いなくヘッドライトに浮かぶのは白い服を着た若い女だ。次郎はスピードを落とし、女のすぐ脇にコルヴェアを停めた。
この女を車に乗せれば、次に青白い巨大な火の玉が現れるはずだ。
「あの……」次郎は乱れる呼吸を必死に落ち着かせ、女に話し掛ける。インカムに備わる自動翻訳機能により、英語での会話も問題はないはずだ。
「こんな時間、こんな場所で、どうしたんです?」
「戻れ」
「……は?」
「この先には行くな。Uターンして早く戻れ」
「乗らないんですか?」
「乗るわけないだろ。変態か、お前」
 女は次郎を鋭く睨み、きっぱり言い放った。
 一体どういうことだ? ジャックから聞いた話と違うんですけど。てゆーか何でいきなり変態呼ばわりされなきゃならないのか。
 すっかり困惑する次郎に、白い服の女はしびれを切らしたように助手席のドアを開け、
「お前、私の警告を無視すると、死ぬぞ」
 今にも殴りかかりそうな勢いで女が次郎に顔を近づけた時、背後から別の赤い車が猛スピードで走って来た。それに気づいた女が再び車の外に出るが、既に赤い車は次郎たちの横を通過し、走り去る。
「サノバビッチ!」
 女は口汚く叫ぶと今度は完全に助手席の乗り込むと、「あの車を追え!」と次郎に命令した。
「追えって……どうして……」
「今の車にあの女が乗っていたからだ!」
「あの女……?」
「決まってるだろ! 青い炎を呼ぶ女だ!」
 青い炎を呼ぶ女? それって目の前にいるこの白い服の女のことじゃないのか? いや、そもそも次郎も動体視力には自信があるが、周囲は暗く、しかも一瞬で通過した車の中に乗っていた人間などまるで認識できなった。なのに──
「何してる! 早く追え!」
「は、はい!」
 女に言われるがまま次郎は車をスタートさせ、さっき走り去った赤い車を追跡した。
「急げ! もっと速く! 間に合わないぞ!」
 次郎の真横で女が苛立ち、叫ぶ。本当に殺されるかもしれない迫力に次郎がアクセルを強く踏むと、やがて前方を走る赤い車が見えた。
「よし、間に合った。あの車を追い越して停めろ! 早くしろ変態!」
「はいっ!」
 俺は変態じゃないと心の中で愚痴りながら更に次郎がスピードをあげ、赤い車まで数メートに迫った時だった。
「あ。あれは……!」
 前方の闇に突如、赤い火の玉が出現し、赤い車へと迫った。
「まずい!」
 瞬時に危機だと判断した次郎は急ブレーキを掛けると路肩にコルヴェアを停め、ZERO SUITを装着。女を車に残し、赤い火の玉へと向かった。

ZEROと赤い炎人間

 接近すると炎の中にはっきりと人の形が見えた。人間が全身に炎をまとっているのだ。
 ──異星人か。
 ZEROは赤い炎人間と、今も猛スピードで走り去る赤い車の間に立ちはだかった。
「どけ! 邪魔をするな!」
 炎人間はZEROを弾き飛ばし赤い車を追おうとする。
「熱っつ! てゆーか日本語?」
 相手は少なくとも実体がある。幽霊じゃない。
 ZEROは燃える炎人間の後ろ手を取り、引き倒す。
 と同時に、前方からクラッシュ音が響いた。そして複数の悲鳴も。
「しまった!」
 ZEROを振りほどき、炎人間が音の方へ駆け去った。
 ZEROも後を追う。
 無残に横転した赤い車から、三人の若い男女が這い出そうとしていた。
 一人の男の手にはスマホが握られているのが見える。
 救急車を呼ぼうとしていたのだろうか。
 コルヴェアの女に呼ばせようと振り返った刹那、
「!?」
 そこへ今度は青白い巨大な火の玉が出現、若者たちへと迫る。
 ──赤と青の火の玉が二つ!?

葵火の玉と赤い火の玉を眼前にするZERO

 思わず唖然となるZEROの眼前、青い火の玉に赤い炎人間が躍りかかった。
 怯んだかに見えた青い火の玉は、逆に炎人間を包み込み、締め上げる。
『ぼんやりするな次郎! 俺たちもやるぞ!』
 ZEROの声で、次郎は我に返った。
「どっちを?」
『青だ!』
 言うが早いか、青い火の玉にゼロスラッガーを叩き込む。
 手ごたえあり。青い火の玉は苦悶の咆哮を上げると、その場から飛び去った。
「待て! ……くそ!」
 青い火の玉が消えた虚空を見上げ、炎人間が悪態をつく。
 と、全身の赤い炎が収まり、一人の青年が姿を現した。
 驚く次郎もSUITを解除。すると青年が次郎の胸倉を掴み、睨んだ。
「お前は誰だ!?」
「いや。あんたこそ、誰だよ!?」
 睨み合う次郎と青年。不意に青年の手が緩む。
 青年は次郎の背後を見つめていた。
「どうやら……お互い早とちりをしたようだな」
「……え?」
 何だよ、今にも殴りかかりそうな勢いだったくせに急に物分かりのいい事言って、と次郎が思った時、
「俺は東光太郎だ」
 それだけ言うと、青年は次郎の前を立ち去る。
「……訳が分からない……」
 茫然と呟く次郎。その背後から、
「あなた、ひょっとして日本の科特隊の人?」
 振り向くと、あのおっかない白い服の女が立っていた。
「私はレネ・アンダーソン」
「レネ……さん」
「私には普通の人には見えないものが見える。私に協力して」
「……はい?」
 今なんて言った? 兄が見えるって? てかこれ、一体何なんだ? 次から次へと何が何だか……。
 次郎には今起きていることも自分が置かれた状況も、さっぱり訳が分からなかった。

つづく


【8U編】

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