【モスピーダ外伝】 01 侵入者 ─イントルーダー─ 【GENESIS BREAKER】
2022.09.14機甲創世記モスピーダ外伝 ジェネシスブレイカー●柿沼秀樹、マーシーラビット 月刊ホビージャパン2022年10月号(8月25日発売)
新 連 載 !
ジェネシスブレイカー始動!!
機甲創世記モスピーダ、新たなる胎動
TV放映より来年で40周年を迎える『機甲創世記モスピーダ』。本作のメカニックデザイナーである荒牧伸志、柿沼秀樹両氏を迎えた公式外伝小説『GENESIS BREAKER』が、ついに今月より連載スタート! スティックら人類軍がレフレックス・ポイントを目指して冒険を続けるその裏で暗躍していた情報局部隊『特務隊ブレイカーズ(BREAKERS)』。決して表に出ることはなかった彼らの戦いの結末とは———。タツノコプロ×千値練×ホビージャパンで贈る新たなる『モスピーダ』サーガが、いまここに開幕。
STAFF
原作/タツノコプロ
企画協力/千値練
キャラクター原案/湖川友謙
小説・ストーリー構成・設定/柿沼秀樹(DARTS)
メカニカルデザイン・設定/荒牧伸志
メカニカルデザイン協力・設計/前野圭一郎(T-REX)
イラストレーション/マーシーラビット
スペシャルサンクス/戸張雄太(T.E.S.T)
01
侵入者 ─イントルーダー─
| ラージスケールオペレーション2083
本作戦の統合司令部たるアーケロン機動司令船が、月公転軌道上の定位置に着くと、もはや全ては後戻りできない段階となった。とうに覚悟を決めた参加兵員たちは、アーケロンからの作戦発動サインを受けると、持ち場に着いた。艦隊総司令から戦艦の床拭き係までが。
参加将兵82万3000人、参加艦船1200隻。空母に戦艦、重巡洋艦、駆逐艦、揚陸艦、大質量降下艇、輸送船、兵員輸送船に病院船。あらゆる種類の宇宙船が一つの目的のために投入された、人類史上最大規模のラージスケールオペレーションが開始されようとしていた。
80年ぶりの火星の最接近は去年の8月31日だった。同月出港した大艦隊は、それから約4か月後の本日、2083年1月、地球圏に到達したのだ。目的はただ一つ。地球を侵略者たちから奪還するためだ。
1000ft級母船の陰で待機していた小型駆逐艦サンダーチャイルドも戦闘速度へと加速した。第一次降下作戦時には主力として戦った歴戦の勇士も、とうに耐用年数を過ぎた老艦となっていたが、装甲と新型核融合エンジンを増設・搭載し、機動性は新造艦にも引けを取らなかった。
白髪の目立つトーマス・R・ワイゼット艦長と、そして訓練生のような若いクルーたち12名がその操艦デッキに居た。三方を覆っていた防護シールドが開くと、青い惑星の放つ暖かい光がデッキを満し、クルーたちの強張った表情も、一時だけ綻んだ。
戦艦たちは、巡航時の隊形を解くとコンバットボックスに再編成し、後続の降下部隊のための突入回廊を確保する防壁となった。その直後だった。脅威を確信した敵は、宇宙と大気との境界線、カーマン・ラインの円弧の向こうから恐ろしい速度で襲来すると、数万の単位で最前線に布陣した艦艇に襲い掛かり―――砂鉄が磁石に吸着するように纏わりつくと、――――寸暇を置かずに自爆した。
爆発はたちまち艦船の外殻を貫通し、砲弾庫と動力ユニットに至ると連鎖的爆発を誘発。巨大艦船たちは小太陽のような眩しい火球となって次々と散って行った。この一瞬に置いて、恐らく人類が火薬を有して以来の爆発エネルギーの総量を遥かに超える、そんな規模の壮大な爆発のラッシュが巻き起こったのだ。
| 突入
続いて小型カニ型ディバイス、タイプE、通称“イーガー”の群体が、帯状動体となって波状攻撃を掛けて来た。戦艦たちが全方位砲撃を行ったとしても、とても排除できる数ではなかった。視界が全て、敵で埋め尽くされる勢いだ。
「旗艦イズモより入電!! 空母、揚陸艦は第二列へ後退! 駆逐艦は盾となって前進!! 突破口を確保! …戦術の変更です!」と通信士が叫んだが、しかし。
「構うな、進路ゼロ。前方の戦艦の下を潜って大気圏を目指せ」
と、この不測の事態にそぐわない、落ち着き払ったワイゼット艦長の声に、18歳になったばかりの操舵手はオートパイロットを解除し、コントロール・コラムを握り直すとサンダーチャイルドを小舟のように操ってそれを実行した。敵は大きい順に襲って来る。まずは巨大な空母、戦艦たちを排除し、次に火力の大きな一等駆逐艦、次は大型強襲揚陸艦の順で、幸い古ぼけた小型駆逐艦は後回しだった。無数の敵の群体がサンダーチャイルドの横をかすめると後方で列を成す空母に襲い掛かかる。
操舵手はモニター内に可視化された大気圏上層との相対位置表示だけを注視し、船尾を大きく振ってドリフトさせて転進。艦長の指示どおり巨大な戦艦の腹の下をすり抜けると、突入回廊に飛び込んだ。構造強度の限界を超える酷使に、老朽艦の船体は聞いたことのない悲鳴を上げてきしむ。しかし理想的な突入コースに乗る直前に、船体はより激しい振動と悲鳴を上げた。
「艦長…今のは?」
スピーカからの声は、若い女のもので、しかし艦長に対して明らかに対等なもの言いだった。
「後続の戦艦が爆裂・大破、その煽りを受けた。お陰で突入角が大分狂ってしまった。補正を試みるが…間に合わなければ予定よりも早く切り離す公算が高い。その準備を」
艦長が業務的に返した。
サンダーチャイルドは使命を帯びていた。
万難を排し使命を全うする。その事がクルー全員に徹底されていた。船体下に半埋没式に搭載された降下用カプセルと、その搭乗員たちを無事に地上に届けること。それがサンダーチャイルドのミッションの全てだった。
不測の事態に、操舵手と機関士は必死で突入角度の補正を試みたものの、しかしサンダーチャイルドは理想的でない姿勢のまま、高度をどんどんと失って行った。振動は激しさを増し、そして限界は予測よりも早く到来した。艦長は全搭乗員に告げた。
「船殻がもう持たない。33秒後に高度6800で切り離す」
予定より遥かに高い高度だが、それが唯一の選択だった。返答はすぐに返って来た。
「艦長、感謝する。あとは任せてくれ」
と、女の声は冷静に告げた。
「Godspeed」
艦長は挨拶を送ると、任意のタイミングでカプセルの切り離しを実行した。カプセルはサンダーチャイルドから分離すると、緩やかに自転しながら地上へと向かって落下を開始した。そして愚痴や、状況を呪うスラング、場違いのジョークも言う間もなく、カプセルの搭乗員たちは5つのシリンダーに隔離されると鳳仙花の種が弾けるように空中で分離、四散した。AIが最適解に従って実行した手荒い対処だ。そのうちの一つ、シリンダーNo.1は、ジャイロ・スタビライザーの働きにより、致命的な姿勢となる事だけは避けられたものの、地上に向かって急角度で、隕石のように落下を続けた。爆音が空に響いたのはその直後だ。サンダーチャイルドは数千の金属片となって砕け散り、唯一、クルー達を載せたデッキユニットだけが原型を留め、しかしそれは火の玉となって世界で6番目に大きな大陸目掛けて落ちて行った。
| 夜
青黒い夜空を映した湖面に、黒いシリンダーが突き立っている。加熱していた炭化ハフニウムの耐熱外殻も冷えて、漏れ出た推進剤が水面に虹色の波となって漂い、対岸の暗い森には切り離されたパラシュートが見える。
状況の安定を感知すると、エスケープハッチが自動で爆破開口し、そこから這い出してきた人影は、頭から湖面に落下した。しばらくしてようやく湖畔に這い上がると、彼女は膝を突いたまま進んだ。そして行き当たった大きな岩に体を任せて持たれ掛かり、深いため息を漏らした。200ヤードほど離れた鬱蒼とした黒い森の木陰からは、2頭の灰色狼が、別の星からやって来た異星人の挙動を見つめていた。
本来ならまず、なにを置いても実行しなくてはならない——直轄本部への報告も、装備の点検も、周囲の状況の把握も、―――全て後回しで、岩を背にして座り込んだままのゲイトは、ゆっくりと周囲を見渡した。
彼女を取り囲むものはと言えば、小さな湖と森と岩だけで、その風景は黒と青の絵の具だけで描写できる、そんな様子だった。そして星空を映した湖の畔にこうして座り込んでいると、宇宙の闇の中に放置されたような、そんな錯覚にも陥った。冷え切った体は、このまま周囲の風景に同化してしまいそうでもあった。
髪の毛の先端から滴る水滴を拭う事もせず、果たしてどれほどの戦力が無事に地上に降り立ったのか、と思いを巡らす。戦局を一番把握していないのは最前線に置かれた者たちなのだ。湖面を見つめていると、やがて「イズメイア一族の血を引く者こそが、世界の唯一の支配者である」と語る、叔父の演説風景が、その顔の皴の一本一本までが明瞭に思い出され、再生された(1※)。彼女を突き動かす原動力であると同時に、束縛する源泉が、この一族の誇りにこそあった。「我らの意思と行動とで世界は変わる」とする家訓とともに。
しかし瞬きをして我に返ると、ゲイトは自身の腕や足の関節を確かめるように動かして見た。半分が人工物の体だが、最大で16Gの重圧が掛かったことが、彼女の脳内レコーダーには記憶されていたからだ。しかし幸い重大な損傷は認められなかった。続いて網膜にMAPを呼び出すと、降下予定位置からは2000マイルもズレていることが判明し、部下たちに関しては果たしてどこへ落下したのかすら判らなかった。
短い休憩は終わりだ。
ゲイトは失った時間を憂い、行動を開始した。彼女は密命を負っていた。地球全土を占拠しているインビットを制圧し、北米大陸にある敵の拠点と目される“レフレックス・ポイント”へ侵攻する事を唯一の使命とする一般の機械化歩兵とは異なり、彼女たち“ブレイカーズ中隊”は特殊任務遂行のために送り込まれたのだ。そのための訓練を行い、その為の特殊装備を持って、今、地球と言う最前線に着任したのだ。
彼女は立ち上がるとシリンダーに戻り、耐火繊維に包まれた積載コンテナから、必要な物資だけを取り出し、そして最後にアーマー・サイクルを引っ張り出した。
それは火星の軍産複合体が開発した可変戦闘バイク、モスピーダ・イントルーダーのプロトタイプで、近接戦闘仕様を更に極近接戦闘用とし、アクチュエーター、サーボモーターの反応速度を極限まで上げ、探知・解析センサー類を増設した、かなり偏った特性を有する、言わば特殊任務のためのカスタム仕様だ。
鈍く赤く光る車体表面は、耐熱の限界を超えた光学エネルギー兵器の攻撃に対しては、表層が解けて対応する最新の“融溶装甲”だ。これによってドライバーの生残率は格段に向上した。動力源は複合水素をバッテリーとするHBTシステムだ。
「地上に降りたら5分と同じところに留まるな」と言う教訓を思い出したゲイトが、メットを被ろうと頭上に翳したその刹那、ヴァイザーに何かが光った。
| 出発
太陽だ。
気が付けば空が、続いて周囲の風景が色を帯び始めていた。一陣の風が吹くと、湖面に細波が生まれ、空虚な闇の中に取り残されている、と思っていたのは、大きな誤りである事を、ゲイトは知った。空の一隅にはまだ月は残っているが、間違いなく夜が明けたのだ。
ゲイトは岩の上に飛び乗ると、周囲を見渡した。すると、そこは大きな窪地の中心で、外周数マイルほどの火山湖なのだ、という事が把握できた。首を回して森を見渡すと、信じられない種類の色と陰影とが目に飛び込み、黒かった湖面は空を映して眩しく光りはじめていた。詰め込まれた知識の中から植物相の判定を行い、地形の特徴の把握に努めようとしたが、同時に鼻から吸い込んだ大気に含まれる無数の塵を、嗅覚神経が分析を始めてしまった。湿った大地から立ち上った水蒸気には、草の吐き出す酸素、菌類に胞子、バクテリアにウィルス、何かの結晶、土塊を始めとする正体不明のなにか、そして蒸せるような臭気が、処理しきれない情報の洪水となって流れ込んだ。同時に急速に鮮やかさを増す景色に翻弄され、彼女の全ての機能がブラックアウトして、糸の切れた人形のように大地に転がった。
ゲイトが、手首にタトゥのように浮き上がった再起動スイッチに触れた時、すでに数分の時が経っていた。身体モードをニュートラルに固定し1G1気圧仕様に再設定し、それから事態を分析した。すると結果が視界の中に表示された。索敵・交戦などの“戦闘モード”と、環境を人間的感覚で把握する“感性モード”とが同時に起動してしまうと言う、あるはずのない誤作動が生じたのだ。火星の人工都市では起こり得なかった現象であった。踏み締めた大地は想像よりも柔らかく、大気は混ざりものだらけで、気温も光も風も匂いも色も影も、無数に存在し、そして一瞬たりとも一様ではない。そんな複雑な環境は、火星の軍事シミュレーターでは再現されていなかったため、全てが未経験であったのだ。
ゲイトは戸惑った。そして軽いめまいを残したままだったが、しかしこの場から立ち去る事を優先した。バイクに跨りパワーユニットを起動し、加熱を待たずにスロットルを回す。
3秒で60マイルまで加速し、なだらかな斜面を一気に駆け上がった。外輪山の頂点で停止し、腰のブラスターを引き抜くと、振り返ると同時に、精密射撃体勢を取った。そして乗って来たシリンダーの、漏れ出ている燃料バルブに狙いを定め、躊躇なくフルパワーで単射した。光の矢を受けたシリンダーは大爆発し形を失って果てた。自分たちがこの惑星に侵入した痕跡は、敵にも味方にも、誰にも知られないことが最も望ましいからだ。静寂を破る爆音に驚いた鳥たちが、森から飛び去って行くのが見えた。
進行方向に目をやると、そこには無限の荒涼とした大地が広がり、それは彼女の生まれた火星にも似ていた。ヴァイザーを下ろし進路を北北西に定め、本来の降下地点を目指すのだ。部下たちもそこに集まるからだ。
砂と岩屑の混ざった斜面を危険なほどの高速で下り、平坦地に至ると更に加速し、砂塵を巻き上げ必要以上のパワーで疾走する。遮蔽物の無い平坦地ほど危険なものはないからだ。単騎の状態で敵のパトロールに出くわすのは、ありがたくない。
巡航最高速度に達するとパワーユニットの唸りも、そして自身の心も初めて安定した。“侵入者”は登ったばかりの陽光を背に受け、そして地平の彼方へと消えて行った。水に濡れた体に、太陽は…暖かかった。
つづく
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1※ 再生された。
覚醒時、睡眠時を問わず24時間に一度、ランダムなタイミングで、使命を忘れぬように、過去の記憶として一族の長のアジテーションが自動再生される。
【 GENESIS BREAKER 】
01 侵入者 ─イントルーダー─ ←いまココ
09 マイ ネーム イズ ゲイト ─My name is gate─
12 火星人との戦争をとおして ─Through wars of worlds invaded by mars─ new
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