【完全版】『機動戦士ガンダム サンダーボルト』作者・太田垣康男インタビュー!! クライマックスの舞台裏や完結後の心境など語ってもらった!【HJメカニクス28】
2026.07.31HJメカニクス28 (6月30日発売)
『機動戦士ガンダム サンダーボルト』
太田垣康男 インタビュー
13年にわたる長期連載が、ついに完結を迎えた『機動戦士ガンダム サンダーボルト』。読み返してみると、最終話までいっさいのブレなく、イオとダリル、そして各勢力に生きる人々のドラマが描かれていたことが強く実感できる。そして人、メカ、世界が見事に結び付き、『ガンダム』を題材とした魅力的なエンターテインメント作品として結実していることが伝わってくる。今回は完結を記念し、作者の太田垣康男先生にクライマックスの舞台裏や現在の心境をうかがった。
(聞き手・構成/河合宏之)
宇宙世紀という舞台の
大きな可能性を広げる
──まず太田垣先生と『ガンダム』との出会いについてお聞かせください。
太田垣 多くの『ガンダム』ファンと同じく、私も(1979年の)中学2年生のときに衝撃的な出会いを果たしました。印象的だったのは新番組の予告で、ザク・マシンガンを構えるザクのモノアイが光るシーンには驚きました。ただ、当時は部活もあったので、夕方の放送はほとんど見ることができなかったんです。本編を見たのは、夜7時のゴールデンタイムに再放送されたときでした。最初に見たのが「迫撃!トリプル・ドム」で、「うわ! すげぇ!」と思いました。そのころにはアニメ雑誌でも特集が組まれ、「ガンプラブーム」も起きていましたからね。そして、その人気を決定的なものにしたのは、やはり劇場版だったと思います。
──『ガンダム』の人気を実感したエピソードはありますか?
太田垣 やっぱりホビージャパンの『HOW TO BUILD GUNDAM』の衝撃は大きかったですね。中学校に友だちが持ってきて、それを囲むように人だかりができていたんですよ。「何だろう?」と思って見にいったら、もう「すごい」としか言いようがなくて。そこから絵に描いたように、ガンプラにもハマっていきました。
──その後、『ガンダム』は太田垣先生の人生にどんな影響を与えましたか?
太田垣 『ガンダム』以後、『重戦機エルガイム』あたりまではロボットアニメを観ていたのですが、その後、漫画家になるために上京して修行に入ると、漫画の技術を身につけることに精一杯でした。漫画に集中しようと決めて、プラモやアニメを断っていたんです。それから何年か経ち、漫画家としての生活も落ち着いてきたころ、スタッフの子から教えてもらったのが『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』でした。映像の緻密さに驚いて、「今の『ガンダム』はこんなにすごいことになっているんだ!」と衝撃を受けました。
──『サンダーボルト』は13年にわたる長期連載となりましたが、どのような経緯で連載がスタートしたのでしょうか?
太田垣 もう14、5年前になると思いますが、当時のTwitter(現在のX)で、漫画家さんが『ガンダム』のファンアートを描くというムーブメントがあったんです。私も『ガンダム』を描くのが楽しくて盛り上がっていたんですが、なぜか小学館から「『機動戦士ガンダムAGE』の応援企画で、漫画を描いてみませんか?」という依頼がありまして。最初は「読み切りでいいですよ」と言われたのですが、さすがに『ガンダム』という大きな作品を、読み切りの規模では描き切ることはできません。「せめて単行本1巻ぐらいならやってみたいです」とお伝えしたのですが、プロットを書いているうちに、とても1巻じゃ収まりきらないボリュームになりまして。その間に、結構人気なコンテンツになって「終わらせないでこのまま続けましょう」ということになり、そのまま10年以上続いてしまったという流れですね。
──最終的には、地球圏全土を巻き込む壮大な展開となりました。
太田垣 本来、イオとダリルの物語は、サンダーボルト宙域で終わるはずだったんです。それを続けることはまったく想定していませんでした。そこで担当と話し合った結果、3巻まではプロローグとして、そこから大河的な物語が始まるという展開になりました。まさか27巻まで続くとは思いもしませんでしたが……。南洋同盟やニュータイプを扱うかは、第2部の構想に入るまで、影も形もありませんでした。
──終わってみると、一貫してニュータイプというテーマを描き続けてこられた印象があります。
太田垣 連載がスタートした当初は、市井の人々や一般兵士の物語として終わらせようと思っていました。ですが、大河ドラマとして描く以上、ニュータイプは避けて通れないテーマです。もちろん、自分が描くニュータイプは、富野(由悠季)監督がイメージされるものと違いますし、自分なりに考えを広げた結果、「これほど危険な兵器はない」という結論に達しました。たとえば日常生活のなかで、自分の心に他者の声が聞こえたら奇跡じゃないですか? 間違いなく神の存在を信じて、抗えなくなってしまう。
だからこそ、ニュータイプを利用した宗教は、能力の使い途としてもっとも恐ろしいのではないかと。そこからレヴァン・フゥと南洋同盟という設定が生まれたんです。
──2人の主人公も対照的でしたが、結末も対照的なものとなりました。
太田垣 基本的に『サンダーボルト』のテーマは対比なんです。陰と陽、強者と弱者、ニュータイプとオールドタイプ……。特に初期の2巻ぐらいまでは、イオとダリルの視点を1話ごとに切り替えて、交互に描いていたんです。それは読者の人たちに、「どちらが正義で、どちらが悪か」と、勝手に決めないでほしいなという気持ちがありました。気持ちがシンクロして、両方に感情移入してしまうような、そんな物語にしたかったんです。それが戦争の一番残酷な側面だと思っていますので、最後までそのテーマで伝わったならうれしいですね。
そもそも『機動戦士ガンダム』の魅力って、そこにあったじゃないですか? それまでの勧善懲悪や侵略者に対して戦う、という方程式から大きく離れた深いテーマを描いていた。そのテーマを「現在の視点でやってみたらどうなるんだろう」という、実験的なイメージも込めているんです。
──第2部の展開からは大きくオリジナル展開になった印象がありますが、どの程度まで変更は可能だったのでしょうか?
太田垣 『ガンダム』というコンテンツが広がっていく中で、「こうじゃなければいけない」という考え方は、コンテンツの可能性を狭めてしまうと思うんです。特に連載開始前の時代は、一年戦争は戦記物として、ガッチリ決まっている固定概念がありました。『ガンダム』の歴史には、『機動武闘伝Gガンダム』という飛び抜けた存在があるわけですから、一年戦争も歴史の隙間だけではなく、もっと違う作品があってもいいのではないかと。「これは別世界の『ガンダム』です」という意識は、自分のなかで最初からそう思って始めたものです。結局、宇宙世紀の世界も色々な人たちが考えた設定で作られたのですからね。後付の設定が歴史になってしまった経緯があるので、もっと縛られなくてもいいのではないか、という思いはありました。
──『サンダーボルト』に登場するMSたちは、作品独自のアレンジも魅力的でした。
太田垣 『機動戦士ガンダム』放送当時(1979年)に作られたSF設定は、現代的な視点で見るとあらゆる考え方がアップデートされていて、物足りない部分はあります。たとえば、「これでは推進力が足りないかもしれない」「関節にゴミが溜まったらどうなるのだろう」といった点です。そこで、現実の宇宙開発で課題となっている、最新の要素を作品に取り入れてみようと考えました。それは、これまでの『ガンダム』ではあまり見られなかったアプローチだったので、差別化にもなると思ったんです。連載開始前ですら、すでにさまざまなガンダムが存在していましたから、派手なデザインだけで独自性を打ち出すのは難しい。だからこそ、兵器としてのリアリティ、宇宙機としてのリアリティを実直に描こうと考えていました。
──劇中ではメカニックの機能を劇中で存分に使われていて、漫画としての面白さとして昇華している印象があります。
太田垣 自分が漫画を描くときは、最初にステージを考えるんです。どんな場所で、どんな機能を持ったメカが合うだろうかと。それが決まれば、キャラクターもあとから付いてきますから、まずは舞台を活かしきることを意識してアクションシーンを考えています。おかげさまで13年も続く長期連載になりましたので、存分にステージを描くことができました。そこには、自分の画力の限界に挑戦するという意味合いもあります。『サンダーボルト』で描いたのは、自分としても描いたことのない場所ばかりでしたので。
──第1部はフルアーマー・ガンダムVS高機動型ザクIIという、MSV世代にはたまらない展開でした。その後、第2部にかけては徐々にMSにもオリジナル色が強くなりましたね。
太田垣 おっしゃる通り、MSVが最初のデザインコンセプトではありました。おかげさまで第1部が好調だったこともあって、第2部ではオリジナルのガンダムを作りたいと思ったんです。どうすれば独自性を出せるか悩んだのですが、「そういえば、水中型ガンダムはなかったな……」と思って。そこでアトラスガンダムが生まれました。
──最終的に『サンダーボルト』のMSアレンジは、ファンにも広く受け入れられました。
太田垣 ありがたいことです。当初は「模型にも正史にもならない」と言われましたが、最終的に映像作品にもなりましたし、ガンプラでも発売されましたので、本当にうれしかったですね。
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