【B★★RS BEFORE DAWN】第三話「平和構築軍」
【ブラック★★ロックシューター外伝小説】
2022.05.01
ブラック★★ロックシューターBEFORE DAWN ●ストーリー/深見真、イラスト/友野るい 月刊ホビージャパン2022年6月号(4月25日発売)
ストーリー/深見真
イラスト/友野るい
第三話「平和構築軍」
二〇三〇年代。新しいタイプのテロ組織が生まれた。アンチ巨大企業、アンチ超富裕層を掲げたグローバルなテロ組織──「義賊主義集団」──通称CTG。CTGは無政府主義者や各地の反政府ゲリラ、麻薬カルテルなどを取り込んで武装化した。
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メキシコのチワワ州、シウダー・フアレス。そこで生まれた、すべてを奪われた少女。彼女にはカミラという名前が与えられらた。
カミラはチワワ州山間部の研究所に拉致され、CTGに所属するゲオルギウス博士によって強化改造手術を受けた。
ゲオルギウス医学博士。再生医学と分子生物学の専門家。
突然変異によって生まれる特殊な遺伝子を見つけた──ヘーミテオス遺伝子。ヘーミテオス遺伝子が生み出すタンパク質があれば、人間が直感的にDNAコンピュータを制御することが可能。
DNAコンピュータ、大量の分子ロボット、そして強化された生体素材のナノマシンによって、カミラは超人になった。闇の精霊、ツィツィミメ。黙示録の騎士。
研究所近くの山林で、ゲオルギウスとカミラはピクニックをした。ゲオルギウスは、自分の研究成果であるカミラに愛情を注いでいた。それが一般的な愛情とはまったく違うものだったとしても、カミラにとって不快なものではなかった。
砂っぽい殺風景な山に、マツとライブオークの木が並び立っている。
ライブオークは一〇メートルを超える高さで、夏の雲のような豊かな樹冠を被っていた。その樹皮には、生きることに疲れた老人の皺のように割れ目が入っている。
マツの種類はメキシコ落羽松で、ライブオークよりも一回り大きい。アステカの王、モクテスマを象徴する木。横に長く伸びた枝がゆったりと垂れて、鳥の羽を思わせる美しい葉を茂らせている。
木々は七月の強い陽射しを浴びて輝いている。しかし気温はそれほど高くなく、ピクニックにはうってつけの日だ。
カミラはゲオルギウスとともに飲み物や食べ物を持って、険しい山道を飛ぶように進んでいった。ゲオルギウスは研究者だが趣味は射撃とロッククライミングで体力があったし、カミラはもう人間以上に強化されていた。どんな坂道でも苦労することはなかった。
ゲオルギウスは半袖シャツにミディアムパンツ、カミラはショート丈タンクトップにホットパンツという軽装。ゲオルギウスのほうは、天候の変化に備えて何枚か予備の服をバッグに詰め込んでいた。
やがて、二人は山林を抜けて頂上に近い岩場に出た。大きな岩が積み重なって、山の中にさらに小さな岩山があるような雰囲気だった。その岩山を見てゲオルギウスは「アステカの生贄の儀式に使う神殿みたいだ」といった。カミラはアステカの神殿を見たことがないので返事はしなかった。
岩山をよじ登って、そこで食事をすることになった。高い場所からは遠くまでがよく見えた。ゲオルギウスとカミラは、持ってきた食材やクーラーボックスを平たい岩の上に置いた。
ゲオルギウスはドリンクカップを取り出し、そこにかち割り氷を突っ込んだ。氷にライムの汁と塩をかけて、トウガラシなどのスパイスを振って、コロナビールを注ぐ。美味そうな音を立てて泡が膨らむ。仕上げにクラマト(トマトジュース)とビーフジャーキーをたっぷり突っ込んで、ゲオルギウス流のミチェラーダの完成だ。メキシコのビールカクテルである。メキシコ人は「二日酔いにはミチェラーダが効く」と言う。
ビールを吸収してより刺激的な味になったビーフジャーキーをかじりながら、ミチェラーダを飲む。ゲオルギウスはこのスタイルを愛していた。
カミラは自分用にハンバーガーを持ってきていた。
アンブルゲサ、ダブリ・ケソ(ハンバーガー、チーズたっぷり)。ハラペーニョとチーズ、最高にジューシーなグリルハンバーグ。アンブルゲサにかぶりついて口の中に濃厚な脂があふれる。その後に飲む冷たいハイビスカスティー──アグア・デ・ハマイカが最高なのだ。
「チワワ州の治安は二〇一〇年代後半に一時回復、代わりにミチョアカン州が麻薬戦争の激戦区に。自警団まわりのトラブルが果てしなくカオス化し、最近になってまたチワワ州で抗争が激化──。こういうことが、永遠に繰り返される」
ミチェラーダを飲みながら、ゲオルギウスは唐突に語りだした。
「なぜお前の家族は殺されたと思う?」
「わからない」カミラは頭を振った。
「世の中の仕組みが、お前の家族を殺したんだ」とゲオルギウス。「巨大なシステムだ。麻薬をコロンビアで作ってメキシコを経由してアメリカで売る。すべてが歯車みたいにぎちぎちに固くハマってる。これを破壊するのがお前の仕事だ」
「…………」
カミラは戸惑った。少し前はストリートで飢えていた少女にとっては、スケールの大きすぎる話だった。
ゲオルギウスはカミラの戸惑いを無視して、マイペースに続ける。
「お前の家族を殺したのは、遠回しにはスペイン人かもしれない」
「スペイン人?」
「昔、メキシコはアステカと呼ばれていた」
「それくらいは知ってる」
「鷺の地と呼ばれる伝説の土地があった。そこからウィツィロポチトリ神の導きで旅に出たから、アステカ人という。ウィツィロポチトリがアステカ人に『メシーカ』と名付けて、これがメキシコの語源になった」
「それは知らなかった」
「ウィツィロポチトリは戦いの神で太陽の神だ。生贄を喜ぶといわれた。アステカと戦って負けた捕虜は、生贄にされた。黒曜石のナイフで心臓を取り出され、皮を剥がされた。宗教的な社会においてはよくあることで、別に野蛮というほどのものでもない」
──別に野蛮というほどのものでもない。
その言葉にカミラは、このゲオルギウスという博士はアステカ人のことが好きなのだな、と感想を抱いた。
ゲオルギウスは最初のミチェラーダを飲み干した。そして電子タバコを取り出す。
「まあだいたい五〇〇年と少し前に、スペイン人コルテスのアステカ侵略が始まった。スペイン人はアステカに天然痘を持ち込んで大勢を殺した。コルテスは財宝のために、クアウテモク王を拷問して処刑した。スペイン人アルバラード、そしてモンテホによるマヤ征服はもっとひどかった。スペイン人の兵士たちはマヤの女を殺し、死体を木に吊るし、死体の足にはその子供の死体をさらに吊り下げた。スペイン人の兵士たちは捕虜の首を縄でつないで移動させ、足が遅くなったものはその場で斬り殺した」
ゲオルギウスは電子タバコの本体にスティックをさしこみ、電源ボタンを押し込んだ。スティックが十分に加熱されたところで、口にくわえて煙をゆっくり吸い込む。
ゲオルギウスは眉間にシワを寄せ、美味そうに一度溜めた煙を吐いた。
「……メソアメリカはヨーロッパの植民地主義に支配された。これもシステムだ。植民地主義が麻薬戦争に入れ替わっただけ。常にメキシコはシステムによって出血を強いられている」
「……つまり?」
「お前はどんどん破壊していけ。明日、最初のテストだ。かつてお前の家族を殺した麻薬組織が、CTGへの参加を拒んだ。皆殺しにしていい。そのあとは、麻薬中毒の金持ちを殺していく。破壊がお前の仕事で、存在意義になる。お前には、それができるだけの力を与えた。存分にやれ」
「わかった」
こくりとうなずいて、カミラはアンブルゲサのソースがついた指をぺろりとなめた。いい天気。最高のピクニック。
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黙示録の騎士。チワワ州、シウダー・フアレスにおいて実戦テスト。
この街を支配する麻薬組織の本拠地に、カミラはCTGのテロリストが運転する車で運ばれていった。ゲオルギウスも別の車でついてきて、ノートパソコンでカミラの状態をモニタリングしていた。
夜の繁華街。車が停まったのは、チワワ州でもっとも高級なクラブ『ラ・アビタシオン・デ・アンヘル』──天使の部屋の前だった。コンクリートの塊のような建物が、メタリックな黒色の金属外壁で包まれている。
店名と羽ばたく天使のロゴが、LEDのネオンサインで外壁に掲げられていた。
正面エントランスに分厚い防音扉があり、両脇に一人ずつプロレスラー並みの体をした用心棒が立っていた。その用心棒が、客をVIPと一般客に選別している。VIPは麻薬商かその家族、あるいは汚職役人。一般客はナルコとのコネを求めるチンピラや女たち。一般客のほうは長い列になっている。
「使え」
運転手が、カミラに拳銃とパドルホルスターを渡してきた。
拳銃は、ウィルソンコンバットというガンメーカーのものだった。四五口径の弾丸が一〇発装填できるカスタム・ガバメントだ。カミラはこの銃を研究所での訓練で何千発も撃ってきたので、扱い方は熟知していた。
パドルホルスターは二種類。拳銃を収納するものと、予備マガジンを二本収納するもの。カミラは、ホルスターのパドル部分をパンツの内側にさしこみ、フックをベルトに引っ掛けて固定した。受け取ったカスタム・ガバメントの弾数を確認し、マガジンをもとに戻してスライドを引いて薬室に初弾を装填。ハンマーが起きた状態でセフティをかけて、いわゆるコック&ロックでホルスターに突っ込む。
「ハンマー起こしてセフティかけてホルスター? いずれ自分のケツを撃つ」
運転手の男が眉をひそめて言った。
「そんな間抜けじゃないし、仮に自分のケツを撃っても傷一つつかない」
カミラは答えた。ゲオルギウスがそういう身体にしてくれた。
車を降りたカミラは、まっすぐ高級クラブの扉に向かっていった。中に入ろうとしたら用心棒に制止され、順番待ちの客がブーイングをあげた。用心棒はすぐに、カミラが拳銃を持っていることに気づいたが、持ち主が小娘だったので油断していた。用心棒は言う。迷子か? ケガしねえうちに帰りな嬢ちゃん。カミラは何も言わずに、声をかけてきた用心棒の膝を蹴った。見た目は小娘でも、中身は最先端の技術で改造されている。凄まじい威力のカミラの蹴りで、用心棒の膝関節が通常とは逆側に折れ曲がった。悲鳴をあげて倒れる用心棒。カミラは残った用心棒の腹にパンチを一発(本当は顔を殴りたかったが、身長差がありすぎて届かなかった)。食らった用心棒が血を吐きながら数メートル吹っ飛んで、周囲の一般客が悲鳴をあげて逃げ始めた。
カミラは防音扉を開けて店内に入った。
『ラ・アビタシオン・デ・アンヘル』は吹き抜け構造の二階建て。ダンスフロアで爆音が鳴り響き、大麻の煙が充満していた。ナルコはコカインを売るが、自分たちはコカインではなく大麻を楽しむ。クラブの演出用レーザーがけたたましく明滅し、金持ちそうな男に軽薄そうな女が群がっている。浴びるように酒を飲み大麻をふかし自慢話をするナルコと汚職役人。ナルコの周囲には用心棒や殺し屋。二階の一番奥にあるVIPルームに麻薬組織のボスがいるはずだ。
一階にいたナルコの一人がカミラに気づいた。
「なんだこの小娘は? 誰か追い出せよ!」
そう怒鳴ったナルコに、カミラは拳銃を抜いて狙いを定めた。セフティを押し下げて、引き金を絞る。胸と頭に一発ずつ、二発撃ち込む。
どんな大音量で音楽が鳴っていようと、銃声はもっと大きい。ダンスフロアはたちまちパニックに。麻薬組織の男たちが銃を抜く。ベレッタやグロックといった拳銃だけでなく、スコーピオンサブマシンガンやAKS-74U短銃身アサルトライフルを構えたものもいる。
カミラは撃ちまくった。ゲオルギウスの強化改造によって、動体視力や反射神経も大幅に向上していた。大抵の敵は、動きが止まって見える。八発撃って五人を殺して、弾丸切れの拳銃がホールドオープン。空になったマガジンを落として新しいものを差し込む。ダンスフロアの床はすでに血の海だ。
サブマシンガンやアサルトライフルが火を噴いた。大量の分子ロボットと生体素材のナノマシンによって強化されたカミラの身体は、なんの防弾装備も身につけていなくても銃弾は通さない。それはわかっていたが、そういえばゲオルギウスが「これは実戦テストだから、たとえ平気な攻撃でもできるだけ避けろ。色々な性能が見たいんだ」と言っていたことを思い出した。
カミラはダッシュして、ダンスフロアのバーカウンターの内側に飛び込んだ。大量の弾丸が追いかけてきて、棚に並んだ酒瓶を粉々にしていく。破片や飛び散る飛沫を浴びながら、カミラはジャンプ。カウンターを越えて横っ飛びしつつ拳銃を連射。確実にヘッドショットでさらに五人殺すが、残った相手が三十人くらいいるので、確実に弾丸が足りなくなる。カミラは最後の予備マガジンに交換してから、拳銃をホルスターに収める。
カミラは近くにあったテーブルを左手でつかんで、軽々と円盤のように投げた。重さ二〇キロ近い角張った黒いテーブルが、二人の用心棒を一気に押し潰して壁に突き刺さる。ぺしゃんこになった人体から内臓がこぼれる。赤い大蛇のような大腸がボトボトと床に落ちて糞便の臭いを漂わせる。
カミラはまた別のテーブルを蹴って用心棒やシカリオたちを動揺させ、その間に敵のど真ん中に突っ込んでいった。階段を駆け上がって一気に二階へ。その途中で殺した敵のサブマシンガンを拾い、乱射。遠くの敵を大量の弾丸で牽制しつつ、近くの敵に向かって蹴りを繰り出す。体をひねって一回転しつつカカトを振り抜く、後ろ回し蹴り。この蹴りで、シカリオの首が千切れて吹っ飛んだ。生首が激突して、脳漿が壁にべしゃっとはりつく。
あっという間にナルコ、用心棒、シカリオを殺して目的のVIPルームにたどり着いた。中に入ると、ソファの陰で組織のボスとその女たちが体を縮めて震えていた。ボスは体中にタトゥーを入れたいかつい男だったが、すでに尿を漏らして拳銃の安全装置を外すことすら忘れていた。こんなやつがこの街を恐怖で支配していたかと思うとカミラは無性に腹が立った。ホルスターから拳銃を抜いてまず女たちを殺し、男の腕を撃った。カミラは死ににくい場所を狙って何発も撃った。男の命乞いが聞きたかった。しかし男は命乞いどころか、悲鳴をあげるばかりでつまらない。
カミラは男の額に銃口を突きつけて、言う。
「さよなら、ベイビー」
昔観た映画のセリフ。まだ家族が生きていた頃、みんなで映画を観るのが楽しみだった。今はもう幻のように感じる、遠い記憶。
カミラは引き金を絞った。
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実戦テストは大成功。ゲオルギウスとカミラは、CTGの幹部が予想していた以上の仕上がりだった。
カミラには、移動用に人工知能や強化パーツでカスタムされたバイクが与えられた。モトグッツィのフライングフォートレス。大型のクルーザー、総排気量は一三八〇㏄。
そして武装も強化された。右手にはブローニングM2重機関銃を手で持ち運べるように改造したものを。左手には工事用の杭打ち機を強化した接近専用パイルドライバーを。
カミラはサンフランシスコで正式にデビューした。CTGのテロリスト、すべてを破壊する黙示録の騎士として、世界中の人々を恐れさせた。
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CTG、そして黙示録の騎士の脅威に、世界中の政府が対応を誤った。この事態を「自分の国の軍隊や警察で解決できる」と勘違いしたのだ。しかしそれは不可能だった。CTGは全世界に協力者がいるグローバルなテロ組織だ。彼らは国境を越えて活動した。国境がある限り、普通の軍隊や警察ではCTGを追跡することには限界があった。国際刑事警察機構──インターポールのような組織もあるにはあったが、権限が弱すぎて何の役にも立たなかった。
CTGと黙示録の騎士は、殺しに殺しまくった。黙示録の騎士カミラがアメリカのFBI本部を奇襲して数百名の殉職者が出て、政治家と大企業の社長があわせて千人近く処刑されたところで、各国政府はようやく今までのやり方ではまったくかなわない相手だと気づいた。
このとき、タイミングを見計らったように、ある研究文書が投稿された。それは著名な国際ジャーナルに送られただけでなく、インターネット上で自由にアクセスできる場所にもアップロードされていた。研究文書のテーマは「新しい形の分断テロリズム対策について」。投稿したのは、イギリス出身の女性科学者ルナ・グリフィスだった。オックスフォード大学の最年少卒業記録を更新し、一〇代後半にはイギリス国防省・国防科学技術研究所の人間能力開発部門のトップに選ばれた。幼少期から世界屈指の天才と呼ばれていた彼女は、まだ違法な人体実験で国際指名手配される前のゲオルギウスの講義を受けたことがあった。
ルナ・グリフィスはゲオルギウスのことを知っていた。だから、早めに手を打たないとCTGとゲオルギウスが世界を破壊し尽くしてしまうと気づいていた。彼女は新しい形のテロリストに対抗するプランを立てたが、普通の方法でそれが実現不可能なのもわかっていた。
ルナの権限を使えば、自分のメッセージを国防省の幹部に届けることができる。だが、そこまでだ。CTGに勝つには世界各国の政府が協力しないとダメだ。そこでルナは自分のプランをネットにアップした。
もちろん、それで終わりではなかった。
「世界各国が協力する」と言うのは簡単だが、そのためには圧倒的な世論の支持が必要になる。そこでルナは、動画配信サイトを活用した。ただし自分自身で配信してメッセージを伝えたりはしない。ルナは自分が有能な科学者であっても一般大衆への影響力が低いことは自覚していた。すでに人気のある配信者、インフルエンサーに依頼したのだ。自分がやりたいことを、自分よりはるかに頭が悪い大衆にも伝わるように。メッセージはわかりやすく。リベラルにも保守にも、陰謀論者にも伝わるように。メッセージは「正しければそれでいい」というものではない。伝わらなければまったくの無意味だ。正しさよりも速度とイメージが重要だ。ルナは自分のメッセージが正確に伝わる必要はない、と思っていた。とにかく自分のプランならば上手くいく、と大勢に思わせることだけが大事だった。
イギリスの国防省と、ルナが技術協力していたアメリカの国防高等研究計画局(DARPA)が後ろ盾になった。政治的な駆け引きもこなしつつ世論を操作しているうちに、ようやく世界各国の首脳が彼女の研究文書──通称「エリシオン計画」だけがCTGへの有効な対抗策だと認めるにいたった。
CTG対策は、国連安全保障理事会主導で行うことになった。
理事会は一五カ国で構成される。そのうち常任理事国五カ国(中国、フランス、ロシア連邦、イギリス、アメリカ)。国連憲章のもと、加盟国への強い権限を行使できるのは安全保障理事会だけだ。
ルナはニューヨークの国連本部で演説した。
のちに、人類の歴史を変える演説になった。
「私が発表した『エリシオン計画』の目的は、ただテロリスト組織──現在重大な脅威となっているCTGを叩き潰せばそれで終わりというものではありません。CTGはなくなっても、すぐに次の組織が誕生するでしょう。それでは我々はどうすべきか? この地球から貧困をなくすという、究極の理想を達成する必要があります。全人類を豊かにし、全人類に未来への希望を抱いてもらうことが大事なのです。私が開発中の超高性能人工知能『アルテミス』と、へーミテオス遺伝子を有する特殊ユニットがあれば、月と火星のテラフォーミングが可能になります。月と火星が生む利益が、一握りの権力者ではなく、全人類を幸福にするのです。
この計画を遂行するには、まったく新しい軍隊が必要です。国連の平和維持軍よりも強い権限を持った、世界各地どこにでも出動できる実戦部隊。私はこの新しい軍隊を『平和構築軍』と名付けたい」
つづく
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Ⓒ B★RS/ブラック★★ロックシューター DAWN FALL製作委員会