【コモリプロジェクト】 ジャイガンティス
2021.10.24「共闘実働演習」
深まる季節を撥ねつけるように富士山東麓の御殿場市、小山町、裾野市にまたがる陸上自衛隊の東富士演習場には実戦さながらの緊迫した熱気が張り詰めていた。演習を行っているのは陸上総隊の直轄部隊である水陸機動団。先頃、IAS撃滅の主力として対馬奪回作戦を遂行した第3水陸機動連隊である。水陸両用車(AAV7)が放つ12.7mm重機関銃の射撃音と中距離多目的誘導弾の炸裂音が絶え間なく鳴り響き、「ドーン! ドーン」という地鳴りが身体を震わせる。観覧席の中ほどに座った内閣危機管理監の水之江は、斜め前にいる中年の女性に視線を向けた。大場留美子、役職は総理大臣。言わずと知れたこの国のトップである。「総理、大丈夫ですか」と声をかけると、大場は軽く手を挙げた。自衛隊側から渡されたイヤーマフラーは膝に置いたままだ。
「あなたもしてないじゃない」
「私は慣れていますから」
大場は水之江の答えに一瞬眉をひそめたが、思い出したように「あぁ」と答えた。近隣住民は常日頃から雷鳴のように轟く着弾音を耳にしており、多少の衝撃では驚かないほど慣れっこになっている。かく言う水之江もそうだ。進学の為、生まれ育った御殿場を離れるまでの18年間、常にこの音と共にあった。内閣官房に席を置いてからは富士総合火力演習に複数回招かれ、日米豪三ヵ国で行われた「南のジャッカル」という演習にも帯同した。
「後になって頭痛が起きる時などあります。ご無理はなされないように」
こういう時、「分かった」とは決して言わない。大場は稀に見る勝気な女性だ。歯を食い縛ってでも我を貫き通す。確かにそういう性格でなければ生き馬の目を抜く政治の世界で頂点にまで上り詰めることは出来ないであろう。
「例のはまだなの?」
大場は隣にいる防衛大臣、その奥にいる鋭い目をした壮年の男に尋ねた。花門陸幕長は軽く頷き、「もう、間もなくです」と答えた。その時、無線から太い男の声がした。
「次、フォメーション7に移る。目標、右正面」
山の中腹に的が現れた。そこにはIASと思わしき生物の画が描かれている。号令を待っていたかのようにAAV7が車列を組んだまま一斉に走り出した。700mほど走ったところで急停車すると、素早く旋回して砲塔を的に向けた。
「用意、テ!」
一斉射撃が始まる。重機関銃が火を噴き、オレンジ色の閃光が目標に向かって飛んでいく。黒い土煙が舞い上がり、数秒遅れで炸裂音が聞こえてくる。その時だった。突如、観覧席の陰から巨大な影が踊り出た。大場が息を呑むのが分かった。だが、水之江の意識が大場に向いたのはそこまでだ。そこから先は巨人の姿に釘付けとなった。身長は10mほどだろうか、全身は筋肉ではち切れんばかりに膨れ上がり、後頭部から背中に連なる突起からは絶えず蒸気が立ち昇っている。身体に密着した黒色のスーツの上から迷彩柄の装甲が取り付けられている。巨人はいとも簡単に駆けた。僅か数歩で観覧席前面の広場を横切ると、そのまま跳躍してAAV7の車列を飛び越える。地響きを立てながら的に向かうと、勢いのまま右肩から的に向かって激突した。ミサイルが着弾したかのように高々と土煙が舞い上がり、衝撃波がビリビリと伝わってくる。
「目標、粉砕」
再び無線から男の声がした。
「あれが我々の切り札、ジャイガンティスです」
花門が言った。
「呆れた……」と大場が溜息を漏らす。水之江は即座に答える事が出来なかった。土煙の中に立つジャイガンティスのまるで神話のような姿をただ呆然と見つめていた───。
文/小森陽一 構成・製作・写真/土井眞一
ジャイガンティス加筆修正版
小森陽一 インタビュー
構成・写真/土井眞一 インタビュアー/編集部
G本格始動
Q. 今回はお忙しいところお時間をいただきまして誠にありがとうございます。早速ですが、「ジャイガンティスvolume1 Birth」についてお話しを伺わせてください。まずはこの作品の着想から。
A. まるっきり「ウルトラマン」です(笑)というのも理由があって、元々円谷プロさんから海外向けに「ウルトラマン」の小説を書いてほしいという依頼があって、版元はハヤカワ書房さんだと。それで関係先に取材をしたり資料を集めたりして、プロットを何通りか作りました。いざ執筆という段階になって円谷プロさんと北米のほうで裁判が持ち上がりました。それで海外案件はしばらく無理だということになり、企画がぽっかりと宙に浮いてしまったんです。このまま何もしないのももったいない気がして、「折角こうしてご縁もいただいたわけだし、僕なりのウルトラマンを書いてみたいと思います」と。そこから生まれたのがこの作品です。
Q. なるほど、立ち上がりからある意味ウルトラCだったわけですね(笑)。
A. ですね(笑)。それに、人間が超人に変化する。最後にやっと出てきて敵を倒す。部隊隊長と呼ばれる人達がいる。そういう部分も最初からありきで踏襲しています。
Q. 人間に敵対する侵略的外来種(IAS)はどういうところからの発想なのでしょうか?
A.「ウルトラマン」は空想科学なんです。そこで語られることはまるっきり嘘ではない。基本となるものが最初にあって、そこに「もしもこんなことがあったら?」という空想を味付けしていく。そこがワクワクするポイントなんです。以前、別作品を下調べしていた時、外来種の定義を見つけました。その中でも侵略的外来種という存在は共存共栄不可能で、先住生物を根絶やしにして新たな環境を作り出すとありました。もし、そんな生物が人間と相対したらどうなるんだろうと。それこそ共存が望めないわけだから、どちらかが生き残るまで争いは続くことになる。世界中を巻き込んだ巨大な物語になるわけです。まさに空想科学です。
Q. 物語の舞台に対馬を選んだ理由を聞かせてください。
A. 大陸と非常に近いという地理的なこと。景色が峻嶮で厳しい雰囲気を醸し出していること。以前、訪れたことがあってイメージしやすいことの三点です。まずは対馬というひとつの島の中で起きる話、狭い距離感でこの事件を展開させることで設定を定着させたいとも考えました。
Q. 対馬というある意味閉鎖空間の中での出来事なので、余計なものが入って来ないから気が散らない感じがしました。
A. そう言っていただけるととても嬉しいです。
Q. 今回、版元をハヤカワさんから集英社に移されました。それに伴って大幅に加筆修正されていますよね。特に対馬の砲台跡に残された人達がどんな風に生活しているのかなどとてもリアルでイメージが湧きました。
A. なんとなく見て見ぬふりをしていたところもあったんですが、せっかくいただいたチャンスなのでちゃんと向き合おうと。それに、コロナウイルスの出現も大きなきっかけとなりました。ハヤカワ版の時はまだコロナは世の中になかった。世界をあっという間に飲み込んでいく未知のウイルス、これってまんまイメージしていたIASじゃないかと思いました。だから、物語の空気感はまるで変化していると思います。
Q. ジャイガンティスになる理由なども以前はありませんでしたよね?
A.「ウルトラマン」を前提としていたので巨人になるのは織り込み済みだったんです。でも、さっきも言ったように見て見ぬふりは止めました(笑)。
Q. 最後に「ジャイガンティス」は続刊になると思ってよろしいのでしょうか?
A. すでに次巻は動き出しています。今回の特集の通りの展開になるかどうかは分かりませんが(笑)。
Q. 期待を込めて待っています。本日はありがとうございました。
A. ありがとうございました。
※インタビュアー/Q 小森/A
小森流創作術 物語は足で書く
取材協力/防衛省 陸上自衛隊西部方面隊水陸機動団
© 集英社
小森陽一(コモリヨウイチ)
●1967年生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業後、東映に入社。その後、コラムや小説、漫画原作や映画の原作脚本を手がける。大阪芸術大学映像学科客員教授。『海猿』『トッキュー!!』『S-最後の警官-』『BORDER66』『ジャイガンティス』など著作多数。