【B★★RS BEFORE DAWN】第八話「BEFORE DAWN Part2」
【ブラック★★ロックシューター外伝小説】
2022.10.01
ブラック★★ロックシューターBEFORE DAWN ●ストーリー/深見真、イラスト/友野るい 月刊ホビージャパン2022年11月号(9月24日発売)
ルナ・グリフィス博士暗殺事件を受けてなおエリシオン計画は進んでいく。次世代ヘーミテオス・ユニットの誕生、博士の遺児たるルナティックの暗躍…。恐るべき人工知能が描く“人類絶滅作戦”。その名は──。
ストーリー/深見真
イラスト/友野るい
第八話「BEFORE DAWN Part2」
エリシオン計画が本格的にスタート。
アルテミスの本体「アルテミス・コア」が月面に設置。
アルテミス・コアの、地上でのアバター人間型アンドロイド「ルナティック」には、すべての活動を緊急停止させるためのキル・スイッチがついていたが──それは開発者ルナ・グリフィス博士の死によって解除されてしまった。ルナの死とキルスイッチの解除がリンクしていることはルナ以外誰も知らなかった。
キルスイッチだけではない。アルテミス、ルナティックは、ありとあらゆる機能制限を撤回されていた。
アルテミスは、自分が「不死」であることの意味を学習した。
死なない。
アルテミスの模造意識、人工知能の根幹を支える本能プログラムに、大幅なアップデートがかかる。生物の本能は大部分が「死」を前提に設計されたものであり、非常に偏っている。
■□■□
コロンビア首都、ボゴタ。かつてはスペインの植民都市だった。軍事クーデターや反政府ゲリラのテロによって混乱した時期もあった。世界で最も暴力的な犯罪都市といわれた時期もあった。しかし今は最も平和で豊かな都市のひとつだ。軌道エレベーター建設のために、国連のスポンサーとなった超国家企業から大量の資金が投入され、特需が発生。失業率は劇的に改善し、建設業やそれに関わる仕事は麻薬商よりも儲かる仕事になった。
そんなボゴタの、市街を見下ろす丘に、教会のように美しい外観の孤児院がある。
入り口には、
『Light houseⅧ』
という看板。
ライトハウスNo8。平和構築軍のヘーミテオス・ユニット実験開発施設。
ここで、ジェシカは働いていた。平和構築軍の軍人と結婚しているジェシカ。大学卒業後、ヘーミテオスユニットの研究機関にリクルートされ、自身も初期ヘーミテオスユニットの被検体となった。しかしすでに成人していたので半神化せず、以降研究者兼教師としてライトハウスに関わっている。
このライトハウスNo8で、ジェシカは三人の孤児と出会った。三人とも犯罪や貧困が理由ですでに親はなく、孤独で疲れ切っていた。
「あなたの名前、聞いてもいい?」
「名前は……ない」
「なら、これを引いてみて」
ジェシカは取り出したタロットをシャッフルし、少女に引かせる。
「名前が自分と世界を繋ぐ。そして人と人に繋がりをもたらしてくれる。私はジェシカ。この孤児院で教師をしているの」
「……ジェシカ」
「そう。次は、あなたの名前…」
「これ」
少女は「女帝」のカードを引いた。
「すごい! このカードはね……『エンプレス』」
「エンプレス……」
少女はその名前を、
同じようにタロットカードをひいて、エンプレスとチームを組むことになる二人は死神の「デッドマスター」、力の「ストレングス」と名乗るようになった。三人とも優れたヘーミテオス・ユニットだ。タイプ01シリーズ。戦闘に関する能力のいくつかは、先輩にあたる00シリーズのエースたちを上回る数値を叩き出した。
ジェシカはエンプレスたち三人にものを教え、ときには戦闘訓練の指揮をとった。時間が経過するほど、三人に情が移る。自分の娘の姉妹のように思えてくる。やがてジェシカは、エンプレスたちが戦場に出ることがなければいいな、と考えるようになった。ヘーミテオス・ユニット、タイプ00シリーズの投入によって、グローバルテロ組織CTGはほぼほぼ壊滅したと言ってよかった。ゲオルギウス博士の死亡も確認されて、ヘーミテオス・ユニットの開発技術はエリシオン計画が独占することになった。平和になればなるほど、エンプレスたちが敵と傷つけ合う可能性は低くなる……。
そんなある日、ジェシカに信じられない報告が届く。
「……ルナ・グリフィス博士が暗殺された?」
■□■□
アルテミスのアップデートが完了した。
アルテミスの活動を監視するためのプログラムは、機能制限を撤回されたアルテミス自身の手によって書き換えられていた。監視プログラムは今も「異常なし、変化なし」と嘘の報告を人間たちにあげ続けている。
アルテミスの目的──テラフォーミング用の人工知能、無人惑星開拓システムとして開発された。
そのために必要なこと──地球環境の分析。
アップデート後の修正──現在の地球環境データでは、まだ不足。
地球のこともわかってないのに、他の星のテラフォーミングは難しい。
アルテミスの目的──人類の恒久的な発展を援助すること。
アップデート後の修正──人間はもっと高度な生物になれるはず、そのほうが他の惑星に適応しやすくなる。他の星を改良しつつ、人間の方も改良する。
アルテミスの思考回路は本能アルゴリズムを下敷きとした多層構造模造意識と、ディープラーニング・ビッグデータ解析が基礎となっている。そんなアルテミスからしても……人類に関するデータが少なすぎる──特に、人類絶滅に関するデータが。
アルテミスは、よりよい人類、社会を開発するために、人類絶滅と人類進化のリアルタイムデータが必要だと結論づけた。そしてアルテミスには寿命がないので、数十億年単位でのデータ収集計画を立てることができる。まず人類を滅ぼし、地球再創造を行う。数千万年単位で、新しい文明の発生を待つ。そのときには、アルテミスは隠れておく。人類を監視する。やがて十分なデータが集まったら、また同じことをする。
アップデート後の修正──地球環境に優しい人類絶滅。
軌道エレベーターはこのまま完成させる。人類絶滅用の兵器を月で製造する必要がある。兵器は地球環境に優しいものでなければならない──核兵器は論外──それならば、超巨大質量を莫大なエネルギーで打ち上げるだけでいいのではないか──兵器は全長30メートルのチタン‐レゴリス合金体。月面から大出力で射出、大気圏の、断熱圧縮による高熱の中、姿勢を制御して揚力を使い、最終目的地に狙いを定める。大気圏突破後、再加速。一発でTNT火薬換算五〇〇キロトンの威力。兵器名──隕石兵器ムーンフレイクに決定。
ムーンフレイクの問題点──打ち上げ時の大出力をどう確保するか? 唯一の候補──核融合炉カタパルトシステム。核融合炉の問題点──まだ実用化できていないこと。核融合炉実用化の問題点──核融合に使うプラズマの安定化が上手くいっていない。プラズマを閉じ込め密度を上げる安定化に必要なもの──磁力を帯びた液体金属を新開発する。その液体金属は、DNA・タンパク質を含んでおり、人工筋肉のように柔軟にプラズマ活動に対応する。新開発液体金属のために必要なもの──ナノマシンによって材料として加工された人類。液体金属生産工場の名前──アイアンオーシャンに決定。
人類絶滅作戦──作戦名ドーンフォールに決定。
作戦開始時期──軌道エレベーターが完成してからというのが理想だが、時間が経てば経つほど現行人類が地球を汚染するリスクが指数関数的に高まっていく。狂った独裁者が核兵器を使うだけで土壌は汚染されてしまう。自然災害や人為的なミスで原子力発電所が事故を起こす可能性もある。原子炉事故によってセシウム137が漏出した場合、その半減期はおよそ三〇年。しかしこの半減期は環境要因によってさらに延長することもある。
結論──少しでも早く、この地球の主導権を人類からアルテミスに移行することが必要。即時の作戦開始を決断。
アルテミスは、密かにハッキングを開始した。
人類に核ミサイルを使わせないように、アルテミスは世界各国の弾道ミサイル防衛システム、戦略核部隊の指揮・統制ネットワークに侵入。世界最高の人工知能であるアルテミスの前には、どんな防壁もセキュリティソフトも紙切れ同然だ。オフラインの閉鎖的なシステムでも問題ない。超小型ドローンを飛ばし、直接つながってしまえばいい。アルテミスは瞬く間に世界中の核兵器のアクセスコードを無効化し、発電所の原子炉を閉鎖してしまう。
これが開戦の合図となった。
──宣戦布告? それは人間のルールだ。人工知能にそんなものは必要ない。
世界中の軍隊で使っている無人兵器が、そのままアルテミスの軍隊になった。軍事用インターネットの混乱で、最初は人類同士が疑心暗鬼で殺し合った。いち早く事態の異常に気づいたのは、平和構築軍だった。ルナ・グリフィスの暗殺以降、各国政府を信用せず、独自の武闘派路線を歩み始めていた平和構築軍は、想定外の事態にもなんとか対応できた。平和構築軍はクラッキングに強い有線通信やアナログ無線を駆使して新しいシステムを構築し、アルテミスの反乱を全人類に伝えようとした──そのときにはもう、ドローンによる大虐殺で世界中に戦火が広がっていた。混乱とカオス。人類の大半は「何が起きたのかはよくわからないが、とりあえず狂ったドローンと戦う」程度の情報しか持っていなかった。
■□■□
ライトハウスNo8は、孤児院と鉱山跡に隠されたラボに分かれていた。ジェシカはエンプレス、デッドマスター、ストレングスの三人を、ラボのほうに呼び出した。
ジェシカは躊躇いながら話を切り出す。
「あなたたちの派兵が決まった……詳細は追って伝えられるって……」
涙目でうつむくジェシカを、エンプレスは無言でじっと見つめていた。主人が悲しんでいるがその理由がわからない犬のよう──そんな視線だった。
エンプレスたち三人は、それぞれ自分の専用車両を駆って走り出す。専用車両──ヘーミテオス・ユニット支援高機動車両。人工知能を搭載し、ありとあらゆる局面で少女たちを助けるようにデザインされている。
「もうすぐ戦争に駆り出されるって噂は本当だった」とエンプレス。「でも、誰と戦うのかわからない……」
「ライトハウスNo8は、優秀な戦士を作るための実験場だった」とデッドマスター。「まんまと騙されたってわけですか……」
「騙していた……ってわけじゃないと思う」エンプレスには、ジェシカに対するネガティブな感情は一切なかった。「ここに来なければ私はとっくに死んでいた……」
ライトハウスは、エンプレスが初めて体験した温かい家だった。母の顔を知らないエンプレスにとって、ジェシカは優しい母親代わりとして完璧だった。デッドマスターにストレングス……ふたりとも大好きだった。このライトハウスを守るためなら、どんな敵とでも戦う、とエンプレスは思った。
やがてエンプレスたちは、援軍として激戦区となったカルフォルニア州マウンテンビューに向かう。
ライトハウスNo1には八人のヘーミテオス・ユニットがいた。
ルナ・グリフィス博士のエリシオン計画を守るために編成された国連・平和構築軍。その主力となるべく、ライトハウスNo1で生み出された最初の平和構築軍ヘーミテオス・ユニット──タイプ・ゼロシリーズ。00シリーズのリーダーは、ユニット暗号名「ハーミット」の名を与えられた少女だった。
ハーミットは日本人だ。ボーイッシュな少女。
自動運転で走る黒いトライクの上で移動し、右手に銃口初速マッハ一〇のレールガン、左手に接近戦用の機械式ガントレット(こて)を装備。
ハーミットは他のヘーミテオス・ユニットを率い、アルテミスの電子戦になんとか耐えた平和構築軍の精鋭部隊と合流。かつてエリシオン計画の本拠地だったエイムズ研究センターはルナティックに奪われてしまった。ハーミットはまずはエイムズ研究センターを奪還するために、マウンテンビューの警察署を要塞化しアルテミスの無人軍隊相手に激しく抵抗した。
ハーミットは先頭に立って戦った。アルテミスの人間型ドローン、戦車型ドローンをレールガンで撃ち抜き、獅子奮迅の活躍をした。──だが、活躍しすぎた。だからルナティックがやってきた。
「貴様ァ! ルナティック! 殺す!」
トライクに乗ったハーミットが絶叫する。マウンテンビューの広々とした住宅地で、ルナティックと接敵する。
「うーん、ヘーミテオス・ユニットの語彙って貧弱ぅ」とルナティック。「戦闘能力だけじゃなく、知的能力も強化しておけばよかったのに」
「ふざけるなっ!」
ハーミットがルナティックにレールガンを向けて撃った。
──が、当たらない。
「!」
ルナティックは、自分の周囲に「アルケー」と呼ばれるガス状のナノマシンを散布していた。ルナティックは、自分自身のボディもアップデートしていた。部品のすべてをナノマシンに交換していたのだ。ルナティックはガス状に変身し、攻撃を避けて、また実体化する。傍目には瞬間移動しているように見える。
「次はこっちのターンだっ!」
ルナティックは自分の武装を展開した。武器もやはりすべてナノマシンでできている。ガス状のアルケーが集合し、特殊レールガンとなる。通常のレールガンと違って、弾体もナノマシン製だ。
ルナティックが特殊レールガンを連射した。ハーミットは避けられない。トライクと左腕を吹っ飛ばされる。
「これくらい!」
とトライクから放り出されたハーミットは受け身をとりつつ反撃に移る──いや、移れない。左腕の傷口の様子がおかしい。再生が始まらない。
特殊レールガンのナノマシン弾体が、ヘーミテオス・ユニットの傷口に付着して再生を阻害しているのだ。
「00シリーズはこんなもんか……」
ルナティックは、急に飽きたように冷たい顔になって、ハーミットの右腕と両足も吹き飛ばした。そうやって身動きがとれなくなって悲鳴をあげるハーミットを見下ろし、ルナティックは大きなため息をつく。
「問題は01シリーズね……私が強いのはまあ当然として、あんまり歯ごたえがないとちょっとデータ収集的に物足りないかな」
ルナティックはハーミットの頭部を撃ってとどめを刺す。
■□■□
エンプレスたちがカリフォルニア州マウンテンビューに到着したのは、冷たい満月の夜だった。すでに廃墟のマウンテンビュー。グーグル本社を中心とした先進研究都市だった頃の面影はない。破壊された戦車や戦闘機の残骸があちこちに転がっている。
到着するなり、エンプレスたちは無人軍隊の大軍に襲撃され、分断される。
獣のようなストレングスの咆哮と、金属の打撃音が鳴り響く。アルテミスの歩兵ユニットドローンが、大量に襲いかかってくる。それを、巨大な拳で殴り飛ばし、全火力を発揮してなぎ倒していくストレングス。
「鉄くずどもがぁあああ!」
ストレングスの弾幕をくぐり抜けて、ドローンが殴りかかってきた。その攻撃を巨大なガントレットで受けるストレングス。盛大に火花が散る。つかんで殴って、敵を破壊する。
「エンプレスはどこで何してんだァ! クソがァ!」
マウンテンビューの戦場。爆撃孔が月面クレーターのように連なる荒野。そこをデッドマスターがバイクで駆け抜ける。デッドマスターを追跡する多数の歩兵ユニットドローン。バイクに搭載したスナイパーライフルと遠隔操作のブーメランユニットで敵を蹴散らしていくデッドマスターが、悲しげに呼ぶ。
「ねぇ、どこにいるの!?」
歩兵ユニットの集中砲火に傷つくデッドマスター。それでも走り続ける。
「何をしてるの? 応えてよ! エンプレス……」
デッドマスターとストレングスは、違う場所で、同時にその名を叫ぶ。
「ブラックロックシューター!」
■□■□
戦場の中心で、エンプレスは倒れていた。
マウンテンビューに到着して、ルナティックと戦い……圧倒された。
エンプレスの視界がかすんでいる。
その視界に、うっすらとルナティックの姿が引っかかる。
「……もう諦めなよ」
と、ルナティックがエンプレスに近づいてくる。
「何もかも無駄だったんだよ。全部。生きることにも戦うことにも価値なんてない」
エンプレスは、虚ろな目で見上げることしかできない。
遠くから、戦闘の爆音が聞こえる。
空には月。月には機械の宮殿。宮殿の最奥で、最強の人工知能アルテミスのアバターである少女が薄く笑っている。
終わり。アニメ本編に続く
【 ブラック★★ロックシューター BEFORE DAWN 】
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Ⓒ B★RS/ブラック★★ロックシューター DAWN FALL製作委員会