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好評発売中!「パンツァー・エース」より 東部戦線にて 一九四一年 ~ 一九四三年

2022.01.21

 初の能力実証:「バルバロッサ」作戦
(一九四一年六月 ~ 八月)

 
出動準備

 六月一一日一九〇〇時、中隊はヴァルテラーガーを出発し 、最寄りの駅に向かった。そこで夜中の〇三〇〇時まで積み込みが行われた。完全な灯火管制をせねばならなかったので、暗闇の中でこれをするのは本当に難しかった。だが、またも滞りなく行われた。朝方に出発し、ポーランド総督府領をそっくり通過した。一九〇〇時にワルシャワの前に立った。灯火管制が全くなされておらず、われわれ全員が奇妙に感じた。背の高い建物や往来する路面電車など、あらゆる場所に灯が見えた──戦争二年目にして、見慣れない光景だった。翌朝〇三〇〇時、独ソ境界線から七〇キロメートル離れたシェドルツェに到着した。〇四三〇時、戦車の卸下が始まったが、荷役ホームが最適だったので、半時間で完了した。〇七〇〇時、境界線に向かって進軍した。ポーランドの埃っぼい田舎道を半日かけて移動した。われわれのほとんどにとって、ここの光景は全く目新しかった。それに対し、ポーランド戦役の参戦者には珍しくもなかった。家屋は全木製で、屋根は藁だけで覆われていた。ここには石造りの建物はなく、つるべ井戸は非常に風変りだった。全ては、後にロシアで何週間も見ることになるものとまるで同じだった。小さな町も全て木でできていた。ここでは特に多くのユダヤ人が目についた。彼ら全員に黄色い星の目印が付けられていた。
 われわれの出動準備区域は厳密に定められており、果てしない大きな森が部隊の集結場となった。ここにはいくつもの師団が並んでおり、空中偵察に対して完璧に偽装されていた。われわれの戦車連隊はヴォヒン地区におり、わが第1中隊は森の中央に本部を構えた。



 「パンツァー・エース」より“東部戦線にて 一九四一年 ~ 一九四三年”冒頭をご覧いただきましたが、いかがだったでしょうか。当時の情景や状況などが鮮明かつ細部にまで目が行き届いた描写で、回想録としては文句の付けようがない一冊となっています。
 また、

パンツァー・エース 写真
▲森で休息中の第35戦車連隊第1大隊本部の兵員とトレーラー付きアインハイツディーゼル。
パンツァー・エース 地図
▲ 1941年6月22日(1)にスタリ=ビホフ(2)をロスラヴル(3)の手前まで達した第35戦車連隊(第4装甲師団所属)の前進ルート。フォン・ローゼンは1941年8月3日に負傷し、第1中隊を離れなければならなかった。その後、第4装甲師団は南下した。[※地名の訳出については、地図が雑然となるのを防ぐため、大都市と本書に登場するもののみに限定した]。

このような当時の写真や、著者が前進したルートを記した地図なども共にお届けしております。

 第二次世界大戦中のドイツ戦車部隊の活動を明らかにした、リヒャルト・フォン・ローゼン男爵の全記録を初邦訳した「パンツァー・エース」。続きが気になる! という方はぜひ、実際にお手に取ってじっくりとご堪能下さい。

パンツァー・エース表紙

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