HOME記事キャラクターモデルバンダイ模型と『ウルトラセブン』プラモデルの歴史をプレイバック!【バンダイプラモ60年史】

バンダイ模型と『ウルトラセブン』プラモデルの歴史をプレイバック!【バンダイプラモ60年史】

2026.10.10

バンダイプラモ60年史●五十嵐浩司 月刊ホビージャパン2026年11月号(9月25日発売)

バンダイプラモ60年史2サムネイル画像

 『ウルトラマン』シリーズ60周年ということで、今回はバンダイ模型と『ウルトラマン』シリーズの最初の接点である『ウルトラセブン』について検証していきたい。そこにはイマイとバンダイ模型の過渡期を思わせるアイデアが存在した。

[構成・文/五十嵐浩司(TARKUS)、協力/BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン ホビークリエイション部、川田鉄男]

※本連載は現在収集可能な情報をもとに構成しておりますが、記事の中に気になる部分があり、それに関する史料をお持ちの方は当編集部までお知らせください。


バンダイ模型とウルトラ警備隊メカニックの邂逅

2 BUILD

 『ウルトラマン』シリーズプラモデルの競作時代 ──バンダイグループの参入 

 バンダイが『ウルトラマン』の商品化に関わり始めたのはいつのことだろうか? 少なくとも『ウルトラQ 』『ウルトラマン』(いずれも1966年放送開始)や『ウルトラセブン』(1967)の頃は見当たらない。あえて商品化の範囲を「円谷プロ作品」まで広げれば、『マイティジャック』(1968)の完成品玩具をバンダイ本社がトイマーク、マルザンとの競作で商品化している。なお、プラモデルという視点でフォーカスすると、1960年代の『ウルトラマン』シリーズの組み立て模型商品はマルサン商店(1967年にマルザンへ社名を改称)の独占市場であり、他社は関わることのできないポジションにあった。
 かような状況が変化するのは1970年代となる。1971年放送開始の『帰ってきたウルトラマン』はマルザンの事業を一部継承したブルマァクが、玩具や模型の展開を行っている。しかし、ブルマァクだけでなくマルイ(マットアロー1号から3号、空とぶウルトラマンの4種)、日東科学(ウルトラマンや怪獣のミニキット)も同時期にプラモデルを発売していた。すなわち、このタイミングより『ウルトラマン』シリーズのプラモデルは競作時代に突入したのである。
 1972年、『ウルトラマンA(エース)』の放送タイミングより、バンダイグループも参入を開始した。具体的には当時10社存在したグループ会社のうち、ポピー(玩具)とバンダイ模型(プラモデル)の2社である。ポピーは1971年7月6日に設立されてから間もない頃であり、『仮面ライダー』の「光る回る電動変身ベルト」を1971年の12月末に発売。玩具メーカーとして勢いを付けてきたタイミングだった。ポピーは『ウルトラマンA』からブリキ製「あるくあるくロボット」、フリクション走行するタックメカや自転車アクセサリー「TVのりものブザー」などを商品化している。これが、現在は『ウルトラマン』シリーズ玩具展開の中核をなすメーカーとなる、バンダイの第一歩であった。
 もう一方のバンダイ模型は最新ヒーローの『ウルトラマンA』ではなく、『ウルトラセブン』のプラモデルをチョイスしている。これは、同作品のプラモデルをブルマァク、ばんそう、マルサン(1969年に再建)の3社で競作しており、参入のポイントが無かったことがひとつの要因かもしれない。しかしながら、1972年当時は「ウルトラマンシリーズ」の再放送が全国的に行われていた時期でもあり、『ウルトラセブン』もその例外ではなかったのだ。そのため、キャラクターとしてのポテンシャルは十分に備えていたのである。

3 BUILD

 オリジナルテイストを活かした展開 ──ウルトラセブン 

 バンダイ模型の『ウルトラセブン』プラモデルは「ウルトラホーク1号 秘密基地」「ウルトラホーク2号 秘密基地」「ウルトラホーク3号 秘密基地」「マグマライザー 秘密基地」の4種に加えて、ウルトラホーク1号から3号、マグマライザーの単品売りも行われている。また、いずれの商品も飛行ポーズのウルトラセブンが付属していた。これらがバンダイ模型における『ウルトラマン』シリーズの初商品化であり、メカと基地は4種とも新規に起されたものであった。

ウルトラホーク1号カンプ
▲マスコミシリーズNo.52「ウルトラホーク1号」のデザイン確認用のカンプ
ウルトラホーク2号カンプ
マグマライザーカンプ

▲左からマスコミシリーズNo.53「ウルトラホーク2号」、No.55「マグマライザー」のカンプ

 特筆すべきは、ウルトラ警備隊のメカを基地とセットでリリースした点にある。各基地はそれぞれが別々の商品として作られており、基地のプラモデルとしても楽しめる作りとなっていた。基地のデザインはプラモデル独自のデザインのもので、ビルが開くと各メカのカタパルトがせり上がるなど、基地としての遊びに重点が置かれている。これにはバンダイ模型がイマイから受け継いだ『サンダーバード』の影響が如実に感じられるはずだ。イマイ時代の設計ノウハウを活用する形で、バンダイ模型の「ウルトラマンシリーズ」の第一歩は刻まれたことになる。

ウルトラホーク2号パッケージデザイン
マグマライザーパッケージデザイン
ウルトラホーク3号パッケージデザイン

▲左からマスコミシリーズNo.40「ウルトラホーク2号 秘密基地」、No.38「マグマライザー秘密基地」、No.54「ウルトラホーク3号」。ホーク3号はNo.41「ウルトラホーク3号 秘密基地」からメカのみ単品発売されたものだ。また、のちに基地パーツのみ「グレンダイザー基地」(1号)、「バリブルーン秘密基地」(3号)、「ゴッドバード秘密基地」(マグマライザー)にそれぞれ転用された

 「秘密基地」の各メカが単品売りされたことは先にも書いた通りだが、1978年の『ウルトラマン』シリーズのリバイバルブーム下において、ウルトラホーク1号、ウルトラホーク3号、マグマライザーが再発売された。この時は、バンダイ模型で新たに作り起こしたウルトラセブン、バルタン星人、レッドキング、ゴモラとのセットとなっている。ラインナップはいささか変則的であり、「ホーク1号とセブン、ゴモラ」「ホーク3号とバルタン星人、レッドキング」「マグマライザーとレッドキング、ゴモラ」というセット3種の他に、「セブンとバルタン星人」「レッドキングとゴモラ」の2体セット、さらにはセブンと怪獣4種の単品販売という結構な数のバリエーション展開が行われた。これには1978年当時の『ウルトラマン』シリーズの商品のニーズが多く、できる限り多くの商品点数を投入することが目的だったと思われる。その裏付けとして、ブルマァクの金型を用いた商品もこの時期にバンダイ模型より復活を果たした。「かいじゅうシリーズ」として、ゼンマイ動力のレッドキング、ゴモラ、アーストロンが登場。同時にウルトラ怪獣の他に東宝怪獣4種も出ている。また、1979年にはブルマァクのマットアロー1号と2号(1971年の50円キット)が「マットアロー1号 マットアロー2号」として『ザ☆ウルトラマン』のカテゴリーで発売となった。この時、マットアロー2機には新たにゼンマイボックスが取り付けられている。余談だが、この時に復刻されなかった50円キットのマットジャイロは1985年にマスター製マットビハイクルのオマケとなっていた。

再販マグマライザーパッケージ
再販ウルトラホーク1号

▲1978年に再販された「マグマライザー」と1982年に再販された「ウルトラホーク1号」。いずれもセブンや怪獣のキットが付属している

 また、1982年には「ホーク1号とセブン、ゴモラ」「ホーク3号とバルタン星人、レッドキング」が新パッケージで発売されている。この時も、ウルトラホークの付属デカールは流用されており、「秘密基地」の商品名が印刷されていた。この「ホーク1号とセブン、ゴモラ」に関しては1985年に再販、また、1999年には単品メカがゼンマイ抜きで4種復刻となった。
 なぜこれだけのロングスパンで『ウルトラセブン』のプラモデルが展開されたのかを考えると、それはウルトラ警備隊はメカニックのラインナップが豊富であり、作品中で活躍シークエンスが魅力的に描かれていたからだろう。同じバンダイグループのポピーも1978年にはダイキャスト製玩具「ポピニカ」でウルトラホーク1号、3号、マグマライザーを新規商品として発売しており、その人気ぶりがうかがえる。1972年、バンダイ模型があえて『ウルトラセブン』の商品化を選択したことは、のちのちの僥倖につながったのである。

ブルマァク商品の復刻

ブルマァク「アーストロン」

 本文で触れたように、1978~1979年にかけて、ブルマァクの怪獣やメカのプラモデルがバンダイ模型より発売。マットアロー1号、2号セットには「スーパーマードック」付属のザ☆ウルトラマンが同梱されていた。

ブルマァク「マットアロー」

 TO BE CONTINUED NEXT BUILD 


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