“オラザク”ってなに? 誕生のきっかけとなった連載企画「オラがザクは世界一」やバックアップ企画「オラザク選手権への道」など「全日本オラザク選手権」の前史を振り返る
2026.10.01“オラザク”の誕生と「オラザク選手権」前史
“オラザク”の誕生は第1回全日本オラザク選手権が掲載された1998年からさらに2年前に遡ります。それが1996年3月号からスタートした連載企画「オラがザクは世界一」。これは当時発売されて間もないマスターグレードガンダム&ザクを模型としてさらに楽しむための提案として、一年戦争MSファンのモデラーがさまざまな改造作例を製作するというものでした。連載は1996年11月号の特集をはさみ9回まで続いたところでいったんお休みとなりましたが、1997年4月号から特集企画として復活。さらにここで「全日本オラザク選手権」が開催予定であること、レギュレーション案、そして写真審査となること等が発表されています。そして翌月の1997年5月号では連載企画として第10回が掲載されるとともに、オラザク参加者へ向けたバックアップ企画「オラザク選手権への道」がスタート。オラザク参加には写真撮影が必須ということで、撮影法を中心にオラザク選手権に関する情報発信が行われました。
▲ 「全日本オラザク選手権」に向けたバックアップ企画「オラザク選手権への道」。写真はオラザク参加にとって結果を左右する重要な要素だけに、撮影法解説は第1回以降もたびたび企画されています
オラザクの名づけ親は?
命名者はこの連載で第1回の作例も担当されていたMAX渡辺さん。その由来は当時の月刊モデルグラフィックスで開催されていたコンテスト企画に対抗したものだったことが後に明かされました。
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