『マグマ大使』魚澄鉄也氏と『ウルトラマン』古谷敏氏奇跡の共演! 『仮面ライダー555』芳賀優里亜氏も登壇の「特撮アーカイブ」アフターレポート【スーパーフェスティバル89】
2024.10.12大盛況の「特撮アーカイブ」レポート!
9月29日(日)東京九段下・科学技術館で「スーパーフェスティバル89」が開催された。今回の特撮レジェンドゲストを招くトークショー「特撮アーカイブ」ではなんと『マグマ大使』スーツアクター・魚澄鉄也氏と『ウルトラマン』スーツアクター・古谷敏氏が初対談! さらに『仮面ライダー555』園田真理役・芳賀優里亜氏のトークショーも行われ、大盛況となった。貴重なお話たっぷりのトークの一部を写真とともにお届けしよう。
奇跡の共演! 『マグマ大使』魚澄鉄也氏×『ウルトラマン』古谷敏氏 トークショー
1966年7月から1967年9月にかけて放送されたピー・プロダクション制作の特撮テレビドラマ『マグマ大使』。そして同じく1966年7月~1967年4月にかけて放送された円谷プロダクション制作の特撮テレビドラマ『ウルトラマン』。同時期にテレビ放送された二大巨大特撮ヒーロードラマで、ヒーローのスーツアクターを務めたふたりが58年の時を越え、本イベントで初めて並び立った。
まずは盛大な拍手で迎えられたふたり。魚澄氏は「約60年ぶりに、久々にみなさんの前に顔を出しました。この何年かは病気で半身不随になっていましたが、やっとここまで来ました。これからまたひとつ、よろしくお願いします」、古谷氏は「今日は楽しい夢日になりますように。素晴らしい夢をお持ち帰りください」とそれぞれ挨拶し、夢のトークショーが始まった。
まず司会から魚澄氏がマグマ大使のスーツアクターに決まった経緯について質問された。『マグマ大使』実写化にあたって、体格がよく顔が原作のマグマ大使に似ている人物として選ばれたのだと言う。「パイロット版では仮面を被らず、顔に金粉を塗って演じてたんです。でも金粉が目に入ったり、制作側の思うようなマグマ大使にならなかったので仮面を被ることになりました」(魚澄)。
マスクを被ることによる苦労について尋ねられると魚澄氏は「鼻のところにしか穴が空いてないから、息を吸うのが大変でしたね。激しいアクションをすると頭の中が真っ白になって倒れそうになることもありました」と語る。『ウルトラマン』でのウルトラマン役の以前に『ウルトラQ』ではケムール人、ラゴンを演じた古谷氏は「どのマスクも苦しいですよ。息ができないのもそうだし、マスク自体の重さとか、精神的な苦しさもありました」と返答。
話は次第にそれぞれのスーツやマスク、撮影の違いの話に。ウルトラマンのマスクはとにかく視界が狭く正面以外ほとんど見えないと言う一方で、マグマ大使については「視界は比較的よかったですよ。足元も見えました。あの瞳のところから見えてたんです。だから放送でも黒い瞳の奥に僕の目が映ってたんじゃないかな?」と語られ、観客から驚きの声があがった(当時作品を観ていたという観客の中にも気づいていた者はいないようだった)。
水に入ることもあったウルトラマンと爆破や火薬がとにかく多かったマグマ大使。さらにマグマ大使は高所での撮影も多く、魚澄氏は苦労したそう。「そこから飛び降りてと言われるんだけど、マスクで視界も広くはないしもう足が震えちゃって……」(魚澄)。高所が苦手だという魚澄氏の一面には古谷氏も意外だと語った。
また、それぞれのスーツの着脱の違いも面白い。マグマ大使のスーツは着脱は簡単なのだと言う。「その代わり一度着たら自分では脱げない。だから苦しくなったら暴れて助監督に助けを求めてました」(魚澄)。一方ウルトラマンは着るのも大変。スーツに入るまでに20分ほどかかり、手袋は毎回付けてからスーツと同じ銀色に塗装をし、ブーツも境目の塗装が必要だったため着た後も動かずじっと待っている必要があった。「画面にはかっこいいヒーローが映ってますけど、僕らは死に物狂いでやっていましたね」(古谷)
この日初対面だったというふたりがお互いの印象を聞かれると、魚澄氏は「当時の写真の印象しかなかったんですが、全然皺のない若々しい人でびっくりしました」。古谷氏は「やっぱり素敵な優しい方だった」と語った。
最後には「今日はほんとうにありがとうございました。次に会えるときはもう少し身体を治して、元気に会いたいと思います。これからもよろしくお願いします」(魚澄)、「今日魚澄さんとご一緒できて、僕も今まで生きてきてよかったなと思います。これからも魚澄さんと僕を応援してください」(古谷)とそれぞれの挨拶に、盛大な拍手でトークは締めくくられた。
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