【B★★RS BEFORE DAWN】第四話「エリシオン Part 1」
【ブラック★★ロックシューター外伝小説】
2022.06.01
ブラック★★ロックシューターBEFORE DAWN ●ストーリー/深見真、イラスト/友野るい 月刊ホビージャパン2022年7月号(5月25日発売)
まったく新しいテロ組織「義賊主義集団(CTG)」が跋扈する二〇三〇年代。各地で破壊活動を繰り返す「黙示録の騎士」カミラと狂気の科学者ゲオルギウスは反社会的存在の象徴となっていた。その一方で産声を上げた「エリシオン計画」。計画の立案者である天才博士ルナ・グリフィスが語る、人類再発展のカギとは──?
ストーリー/深見真
イラスト/友野るい
第四話「エリシオン Part1」
二〇三〇年代。新しいタイプのテロ組織が生まれた。アンチ巨大企業、アンチ超富裕層を掲げたグローバルなテロ組織──「義賊主義集団」──通称CTG。CTGは無政府主義者や各地の反政府ゲリラ、麻薬カルテルなどを取り込んで武装化した。
CTGの幹部でもある狂気の科学者ゲオルギウス博士と、その傑作である人間兵器カミラ。CTGとカミラは、殺しに殺しまくった。全世界の反社会的組織が結集した規模のCTGに対して、それぞれの国家が単独で対応するのは不可能だった。
■□■□
ルナ・グリフィス博士による、国連主導の人類再発展プラン「エリシオン計画」──。
彼女には、国連事務総長特別顧問、エリシオン計画総責任者という肩書が与えられた。
安全のために、関連会議はすべて秘匿回線のリモートで行われることになった。
最初のリモート会議で、ルナは、国連事務総長、国連安保理理事会の首脳を相手に具体的なプランを説明した。理事会は一五カ国。そのうち常任理事国五カ国(中国、フランス、ロシア連邦、イギリス、アメリカ)。
「『エリシオン計画』の目的は三つあります。目的A、CTGを叩き潰すこと。目的B、二度とCTGのような組織が生まれないように世界から貧困をなくすこと。目的C、国連の権限を強化すること。以上、三つです」
ルナの言葉に、反論はなかった。反論するほどの余裕がなかった。それほど、どの国もCTGに打ちのめされていた。首相、大統領がCTGに暗殺されて、代替わりしたばかりの国もいくつかあったほどだ。
「目的A達成のために、平和構築軍の結成と発展が必要です」ルナは続ける。「CTGのゲオルギウス博士は、het‐1遺伝子──いわゆる『ヘーミテオス遺伝子』を使った強化人間兵士の実戦投入に成功しました。対抗するには、こちらもヘーミテオス遺伝子が発現した人間による強化人間兵士──『ヘーミテオス・ユニット』を開発する必要があります。そしてこの私、ルナ・グリフィスは、ゲオルギウス博士以外にそれができる、唯一の人間です」
「ヘーミテオス遺伝子発現の技術を、各国に提供して量産化することは可能か?」
会議に参加していたフランス大統領から、そんな質問があった。
「ノン。それは不可能です」
「なぜ?」
「私はこの技術を広めたくありません」
「それは独占欲ではないのか。私権を強化するためではないのか」
「私欲ではなく、国連の平和構築軍でヘーミテオス・ユニットの力を独占するためです。目的C達成のために必要です。核兵器の拡散がこの世界に重大な危機を何度ももたらしてきた。同じことを繰り返すくらいなら、私は降りる。CTGにこの世界を破壊してもらうほうを選びます」
ルナの言葉に、各国首脳が押し黙った。
「では、目的ABCの達成について説明を続けます。三つのなかで最も重要なのが目的Bです。CTGを叩き潰しても、すぐに次の組織が誕生したらまったくの無意味です。あのようなグローバルなテロ組織が生まれる土壌を無くします。そのために月と火星のテラフォーミング……史上初の国連直轄地とします」
ざわめき。会議の参加者が「やはり飛躍しすぎでは」とうめく。
「驚く人がいるのもわかります。テラフォーミングは突飛かもしれない。しかし、技術的にはすでに可能です。月と火星が国連直轄地となれば、巨大な鉱物資源産出地・財源を国連が抱えることになる。──なぜ今まで国連が世界に平和をもたらすことができなかったのか? それは、金と資源と直属軍を持っていなかったからです。これから、それが変わります。残念ながら、地球の資源は有限であり、それらをめぐって争いが起きている。国連が他の星から採掘したレアアースを安価で供給するようになれば、大きな平和への第一歩です。国連が稼いだ金を、世界中の紛争地域、貧困地域に大量投入する。目的Bと目的Cを同時に達成します」
「国連が資金源を持つメリットは理解した」と首脳の一人が発言する。「しかし、テラフォーミングのための資金源は? 資金源を開拓するのにも資金がいる。国連加盟国が出すのか?」
「みなさん懐は厳しいでしょうから」とルナ。「国民の税金は必要ありません。すでにいくつかの超国家企業から莫大な資金提供のオファーがありました。売上高二〇兆ドル(約二二〇〇兆円)を超える巨大なスポンサーです。彼らは社員、幹部をCTGに虐殺されて怯えている。気前よく払ってくれる」
「で──」とアメリカ大統領。「きみは今、何が欲しい?」
「研究所をひとつ。アメリカ国内に」
ルナの目論見通りに、会議は円満に終了した。
──そしてルナは、アメリカ航空宇宙局──NASA、エイムズ研究センター内に、自分の研究所を用意してもらった。
カルフォルニア州、マウンテンビューのエイムズ研究センターには、もともとモフェットフィールド空軍基地の広大な敷地を利用しているため、巨大な実験施設がそろっていた。最先端の航空宇宙部門はもちろん、人間の構造・認知・感覚に関するヒューマンシステム、人工知能やロボット工学の分野でも最先端の研究が行われていた。ルナにとっては、このエイムズ研究センターが、ペタフロップスケールのスーパーコンピューター四〇台以上を保有していることも重要だった。彼女の計画には、巨大な規模のシミュレーターが必要なのだ。
研究所には常にルナがいた。そしてもう一人、国連副事務総長のナイジェリア人男性、四五歳のアーメド・カヌ(Ahmed Kanu)が一年の半分以上を研究所で過ごし、彼女の政治的な補佐をした。国連副事務総長は決して暇な仕事ではなかったが、エリシオン計画がスタートした今、ルナを補佐することは世界屈指の重要事だった。アーメドは元駐米大使、元ナイジェリア外務大臣、そして元サッカー選手。
エイムズ研究センターは、大きく、そして機能美にあふれた建物で構成されている。敷地内には緑も多く、よく管理された公園のようだった。スプリンクラーが豊かな芝生に自動的に水をまき、晴れた日には草の上で水滴が結晶のように輝いた。そんな風景を眺めながら、ルナとアーメドはランチをしながら話し合った。
その日、アーメドはサンフランシスコから送られてきた新鮮なシーフードを使ったチョッピーノを食べていた。カニ、エビ、イカなどの海鮮をトマトとワインのスープで味付けした料理だ。フランスパンと一緒に食べる。濃厚な海鮮の旨味が楽しめる、アーメドの好物だった。
ルナのランチは、にんにくと赤唐辛子が効いたボンゴレ・ビアンコ。アサリのパスタ。ルナはどんな食事のときもキャラメルマキアートを愛飲した。
「明日は各国の科学顧問とミーティングだ。テラフォーミングのコアとなる、人工知能システムについて説明しなきゃいけない」とアーメド。「俺も、ある程度事前に把握しておきたい。具体的なプランは?」
「開発中の新しい超高度人工知能を、私は『アルテミス』と呼んでる」とルナ。「『彼女』は人間に近い意識を持ち、人間よりも優れた知能、そして数百ヨタバイトのデータに瞬時にアクセスできる」
ヨタバイトは一〇の二四乗バイト。ギガバイト、テラバイト、ペタバイト、エクサバイト、ゼタバイトのさらに上の単位だ。
「そこが疑問だ」
アーメドは、フランスパンにチョッピーノをつけて食べながら言った。
「人工知能に意識を持たせるのは夢物語だ。意識に近いものを再現するのは可能だが、あくまで模造品にすぎない。そもそもテラフォーミングに意識──模造意識を持った超高度人工知能が必要なのか?」
「必要よ。というか、エリシオン計画の要ね」
ルナはキャラメルマキアートを飲んで、答える。
「現時点、月や火星と行ったり来たりしながらのテラフォーミングというのは現実的ではない。時間がかかりすぎるから。私たちにはそんな時間はない。じゃあどうするのか? アルテミスと高機能3Dプリンターをセットで直接他の星に送り込むの。アルテミスは『現地』で資材を調達し、テラフォーミングに必要な装置を作り出す。最も安価で時間のかからない方法。ただし、関連する作業は複雑かつカオスで、通常の人工知能では対応できない。人工知能が最も苦手とする『臨機応変さ』『突飛な想像力』『直観的行動力』がなきゃいけない。そういったものを生み出すのは、意識よ」
「そもそも人間の意識とはなんだ? それさえ我々は完全には解明できていない」
「そこが長年の問題だった。人間は、意識とはなにかもわからないまま意識を作り出そうとしていた。上手くいくわけがない。私は、これを解決できた」
「さすがは現代のダ・ヴィンチ。万能の天才」
「茶化さないでよ。解決できたのは本当。さてここでアーメドに質問。どうして今まで人工意識は成功しなかったのか?」
「再現不可能なものだから」
「違う。正解は『アプローチが間違ってたから』よ。人工知能には『体』が必要だったの。意識の進化には身体感覚と密接に結びついている。生物の進化は高度な『眼』を持ってから始まったという学説があり、私はそれに同意している。つまりインシリコ(コンピューター内)でアルゴリズムとデータだけ整えてもダメ。ボディもセットじゃなきゃ」
「ふむ」アーメドは曖昧にうなずいた。理解したとも理解できないとも、どちらともとれる態度だった。
「あなたは意識を『再現不可能なものだ』と言ったけど、それは違う。逆に、人間の人間らしさなんて簡単になくすことができる。世の中には何割か、頭が悪く、他人に暴力をふるって喜び、まったく更生や成長する可能性がないクズがいるでしょ。そういう人間は人間らしさなんて持ってない。意識と呼ぶほどのものは持ってないも同然」
ルナの言葉に、アーメドはたしなめるように眉間にシワを寄せた。
「わかってる」ルナは大げさに肩をすくめてみせる。「大丈夫。今みたいな発言は公の場ではしない。科学者として、人間として倫理的に不適切な発言。気をつける。でも言いたいことはわかるでしょ? たとえば昔から『狼に育てられた子』という伝説がある。様々なトラブルによって、人間ではなく動物に育てられた少年少女たち。彼らの伝説には捏造も多いけど、一部真実のデータもあった。人間社会から長い間隔離されると、人間らしさなんて簡単になくなってしまう。そして人間社会への復帰は難しい。再現不可能、なんて大層なもんじゃないの」
「わかった。本当に発言には気をつけてくれ。で、人工知能にボディをもたせる。そして?」
「人間の情動は、学習や身体感覚のフィードバックによって高度化していく。特に重要なのが共感能力。日本、京都大学の実験で、前言語期の赤ん坊でも他の赤ん坊が泣いていると同情的態度を示すことが明らかになった。痛そうにしている人間に、『痛そう』と共感するには自分自身にボディがなければいけない。痛みを知るということは、不安を知るということ。不安は推論能力を飛躍的に高める。ボディこそが知能爆発の鍵。
そもそも学習とはなにか? 生物の脳を構成する神経細胞──ニューロンは、感覚系からのフィードバックによって特定の経路が強化されていく。この過程こそが『学習』。人工的なニューロンにも、同じ機能をもたせることができる。同じ機能でも、もちろんアルテミスのほうが性能がいい。人間の脳がニューロンで信号をやり取りする速度は、最高秒速一二〇メートル。それに対して人工ニューロンは秒速一五万キロ。思考速度人間の一〇〇万倍の人工ニューロンの脳を搭載したボディと、専用のソフトウェアを搭載したスーパーコンピューターのセット。それでアルテミスは完成する。もうプロトタイプはできてる。あとは発展、進化させていくだけ」
「そのソフトウェアは、どんなデザインになる?」
「そこが従来の人工知能と同じでは、意味がない。私はアルテミスの専用アルゴリズムに特殊な多層構造を採用した」
「つまり? 多層構造とは具体的には?」
「人工知能の根底に、本能と呼ぶべきプログラムを設置した」
「本能」
アーメドは、その単語を、まるで初めて聞いたかのようにつぶやいた。
「そう、本能。たとえば、私がいきなりライターで火をつけてあなたの手に近づけたら、どうなると思う」
「慌てて手を引っ込める」
「それは意識的に?」
「いや、反射的に手を引っ込める」
「それは本能だと思う?」
「本能じゃないのか?」
「本能ではないのよ。初めて炎を見る赤ん坊は、残念ながら手をそのまま近づけてしまう。『本能的に』火を怖がったりしない。親が注意する、あるいは自分自身が熱い思いをしてようやく『学習する』。だから私は、なにが人間の本能なのか。それを徹底的にデータベース化する作業をしなければいけなかった。これに関しては、スポンサーになったビッグ・テックのおかげで順調だった。赤ん坊が母親の乳を吸う能力は、本能。赤ん坊が泣き声をあげて助けを呼ぼうとするのも、本能。他人の心情を推測しようとするのも、本能。そして重要な本能として性欲もある。性欲は生殖器系だけでなく、体中に様々な器官と密接に結びついている。こういった本能をベースにし、ビッグデータ解析を得意とするアルゴリズムとを組み合わせ、無制限に拡張し人間に反抗しないよう安全装置をかける。──これがアルテミス」
「コアとボディ。どちらもアルテミスだとややこしくないか」
「当然。だからコアはアルテミス、ボディは『ルナティック(lunatic)』と呼ぶ」
「ルナティック(狂気)はまずいだろ」
と、アーメドは苦い顔をした。
「いいのよ。もともとはラテン語だし。私の名前を一部含んでいるのもいい。私は天才だけど、自己顕示欲が強いナルシシストだし」
ルナは、自分の欠点をはっきり自覚していた。
「自己顕示欲の強いナルシシスト、か」
「イエス」
「それで納得がいった。なんでアルテミスが『女性』なのか」
「そう。親は子に、子は親に似るってね」
アーメドは、ルナのために世界中を駆け回ることになる。国連幹部、そして各国首脳や大臣や官僚たち、スポンサーとなった巨大企業の経営者たち──そういったルナの味方であり潜在的には敵になる可能性もある者たちとの連絡調整役がアーメドだった。アーメドは口にこそ出さなかったが、ルナ・グリフィスこそ人類の救世主だと確信していた。自己顕示欲が強いナルシシストの救世主か……困ったもんだと愚痴りつつ、アーメドは世界各国の科学顧問たちとのミーティングのためにエイムズ研究センターを離れていく。
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──同じ頃。午後八時。
伝統と情緒が空気のように漂う、風光明媚な街並み。日没と同時に街灯が数々の瀟洒な建物を照らし出す。夕食時、あるいは夜遊びが始まる時間帯。週末の恋人たちの時間。子どもたちがテレビゲームに熱中する時間。
CTGのゲオルギウスとカミラは、フランスのパリ市内にいた。軍事博物館、アンヴァリッド廃兵院の前。ここからアレクサンドル三世橋を渡って直進すると、大統領公邸でもあるエルゼ宮殿がある。
この夜、カミラの標的はフランス大統領だ。
偽装した輸送トラックの貨物スペースで、ゲオルギウスは最終チェックを行う。
「新装備だ」
カスタムしたモトグッツィのフライングフォートレス。携帯可能なブローニングM2重機関銃。チタン製のハンマーを高速で撃ち出すパイルドライバー。こういった今までカミラが使ってきた武器にくわえて、今回はグレネードランチャーも用意されていた。ダネルMGL改良型。装弾数六発の弾倉回転型。四〇ミリの対人榴弾、あるいは対戦車榴弾を発射できる。
「使い方はわかるな?」
「もちろん」カミラはうなずく。「お祭り用のロケット花火みたいなもの」
カミラの言葉に、ゲオルギウスは思わず微笑んだ。
「そうだ。楽しいお祭りにしてやれ」
つづく
【 ブラック★★ロックシューター BEFORE DAWN 】
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Ⓒ B★RS/ブラック★★ロックシューター DAWN FALL製作委員会