【『境界戦機』特集】BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン クリエイション部 奥野彰文インタビュー
2021.10.26BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン クリエイション部 奥野彰文インタビュー 月刊ホビージャパン2021年12月号(10月25日発売)
まったく新しいデザインを、立体として魅力的に再構成するにはどうすればいいのか──? ケンブのデザインは、BANDAI SPIRITS ホビーディビジョンに突き付けられた挑戦状といえる。突破口を切り開くのは、これまでの経験から蓄積されたノウハウとプライドに他ならない。はたしてデザインの過程から商品として成立するまでに、どのような苦闘があったのか。BANDAI SPIRITS ホビーディビジョンの奥野彰文氏に、その開発の舞台裏をお聞きした。
聞き手・構成/河合宏之
Profile
奥野彰文
BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン所属。『境界戦機』プラモデル開発担当。『86─エイティシックス─』、Figure-rise Standard『ULTRAMAN』シリーズなど、メカものからキャラクターものまで幅広いアイテムを担当。
革新的デザインを立体化するために、
固定観念を切り捨てる
新しさとかっこよさを両立させるための取り組み
──『境界戦機』という新しいロボットアニメを作り出すうえで、BANDAI SPIRITSからはどのようなリクエストがあったのでしょうか?
奥野 簡単に言えば「新らしくかっこいいメカを作ってください」というリクエストをしました。ただ、かっこよさにも、ヒロイックやファンタジック、リアル、ミリタリーといったカテゴリーがあると思うのですが、今回はリアル+ヒロイックという方向性でお願いしました。それはデザイン的なかっこよさだけではなく、たとえば装甲の隙間からフレームが露出するような、メカ的なチラリズムを感じられるような要望も出しています。
──最終的にケンブのデザインが採用されましたが、その他にはどのような案があったのでしょうか?
奥野 4、5パターンのコンペ案の中には、カーボン装甲のメカや、侍をモチーフにしたメカなどがありましたが、最終的に現在のケンブのデザインに落ち着きました。ただ、その中でケンブから感じたのは、「今までになかったデザイン」ということですね。これを立体にしたら、きっと面白いものになると思いました。
──プラモデルの関節構造の主流が二軸関節やボールジョイントという中で、あの一軸式の関節構造は凄く新鮮に映りますね。
奥野 そこはKEN OKUYAMA DESIGNの小柳さんの工業的なデザインが素晴らしかったこともあって、大きなリクエストはしなかったですね。脚の構造についても、かなり詳細にデザインされていたので、絵を見ているだけで「これを商品にできたら、きっと新しいだろうな」と感じさせてくれました。
──立体化に際しては、どのような方向性を意識して進めましたか?
奥野 プラモデルは設定画をそのまま立体化するわけではありませんから、「どうしたら立体でカッコよく見えるのか?」という点についてのバランスの調整は難しかったですね。もっとも大変だったのは、胴体のバランス。そして脚が特徴的なので、太モモとスネの形状の捉え方が苦労しました。そこは設計担当と何度もコンセンサスを取りながら、バランスを調整していきました。
──脚は曲がっている状態が基本ですから、バランスは相当難しそうですね。
奥野 脚自体はサスペンションのような構造になっているデザインですし、特徴でもありますからね。そこは新しいメカの個性としてとらえてほしいです。
──顔のデザインについても、キャラクターというよりは、カメラアイという印象が近いですね。
奥野 たしかに顔の形状は難しかったですね。立体化にあたっては、カメラアイのバランスも若干両サイドの目を大きくしていますね。そうすることで、アゴを引いたときにかっこよく見えるんです。やっぱり立体になると印象が変わるんですよ。アニメで見た正面顔と、立体顔は全然違いますし。そこはこれまで培ってきたノウハウをしっかり投入して、「立体としてかっこいい顔」の作り方を踏襲しています。
実在するメカニズムとして構造を意識すること
──デザインがフィックスするまでに、小柳さんにはプラモデル的な要望は出されたのでしょうか?
奥野 細かい部分では、顔の色分けがシールにならないように、パーツと色の構成についてやり取りを重ねました。一方で、大きい部分は腰ですね。ケンブは、本当は腰がもっと大きく動く予定だったんです。ただ小柳さんから「これ以上可動範囲があっても意味がない」ということで、逆に可動に制限をかけています。
──実在するメカニズム的な観点で言えば動きすぎ、ということなんでしょうね。
奥野 ええ、実際に小柳さんの頭の中には、ケンブという実在するメカの構造があるということですね。メーカーやユーザーさんから見ると、「いっぱい動くほど正しい」という意識になりがちですが、そこに「あえて可動制限を設ける」という考え方は学びになりました。
──具体的に1/72のケンブのポイントになるのは、どんなところでしょうか?
奥野 やはり今までになかった可動構造と可動域は、とても新鮮だと思います。また片持ち構造の一軸関節に目がいきがちですが、腰や肩の関節構造もかなり見どころだと思います。たとえば腕を上げた時に外装に干渉しないように、絶妙なクリアランスが設けられている点もそうですね。元々のデザインがかなり作りこまれているので、その良さを感じていただけると思います。
──組み立て方という意味でも、今回は新鮮に映るのではないでしょうか?
奥野 僕はテストショットをたくさん組んで、ようやく見慣れましたが、きっとガンプラを中心に作っているファンの方には新鮮だと思いますよ。第1弾として発売されたビャクチのSNSでの反応を見てみると、脚から組み上げる流れに新鮮さを感じている方が多いみたいです。ガンプラは頭や上半身から作るケースが多いですからね。
──まったく新しいデザインということで、作画面でもプラモデルの果たした役割は大きかったのではないでしょうか?
奥野 昨今は作画参考用としても、プラモデルは大事なアイテムですから、テストショットが上がった段階でチーフメカアニメーターの久壽米木(信弥)さんにお送りしています。プラモデルがあることで、ポージングの可能性やそこから生まれるアクションもあると思います。そこはBANDAI SPIRITSとSUNRISE BEYONDのプロジェクトであるメリットだと言えますね。
──第1話の放送と同時発売ということで、スケジュールもタイトだったのでは?
奥野 連携している作品はどこも大変だと思いますが、やはりオンタイムで開発を進めるのはなかなか難しいところです。プラモデルとしてのデザインオーダーはあるものの、優先すべきはアニメの作業ですので。そこはSUNRISE BEYONDと調整しつつ、進めていますね。
──設定全高約10mという機体サイズについては、どんな印象をお持ちですか?
奥野 ガンプラは1/144スケールで実際には18mというかなり大きなサイズのロボットですけど、『境界戦機』の機体は実際にあってもおかしくないサイズ感なので、その点は意識しています。ガンダムの実物大立像をはじめ、みなさん18mサイズを実感する機会が多いじゃないですか? あれを目にしてしまうと、リアルを追求するならば、もう少し小さくなるという想像をしてしまいますね。
──1/72スケールというサイズ感もポイントになると思いますが、立体面で意識している点は?
奥野 スケール感に見合ったディテールは意識していますね。逆にディテールを入れ過ぎてしまうと、このサイズ感では情報量が増え過ぎてしまうので、バランスは考慮しています。1/144スケールなどの機体設定サイズの大きなメカとは、ディテールのアプローチが変わっていると思いますので、そのあたりも注目してほしいですね。
新しい世界観を想像することで楽しみ方も広がっていく
──1/72スケールは世界観も広がりそうですね。その意味では今回、特大型装甲特殊運搬車やストークキャリーがキット化されたのは驚きでした。
奥野 今回は「リアルなアニメを作るんだ」という意識をもって作品を作っていく中で、現実感が持てるものといえば、生活に身近にあるものや、現実にある乗り物だと思うんです。実際の人との対比や、スケール感が伝わりやすいじゃないですか? そこで『境界戦機』の世界に没入してもらうべく、よりリアルに世界観を深堀りするのであれば、ビークル類を立体化するべきだろうと。ただ、そのまま立体化するだけでは面白くありませんので、ロボットとの連動感も出せるようなチョイスにしています。具体的には機体を運ぶ運搬車、ロボットを懸架して飛んでくるキャリーですね。「今回はここまでやるんだ」という、強い意気込みを感じていただけたのではないかと思います。
──ロボットも世界観の一部ですから、こうした周辺アイテムと組み合わせてイメージを広げてほしいですね。
奥野 SNSでは想像以上にいい反応があってよかったです。BANDAI SPIRITSからこういった商品が出るのは珍しいので、楽しんでいただけたらと思いますね。
──機体のラインナップが充実していることも、そういった意気込みの表れでしょうか?
奥野 オリジナル新作ロボットアニメということで、ユーザーさんからすれば「最初に少しだけリリースして終わりじゃないの?」って思われてしまっていると思うんです。この商品展開に関しては「BANDAI SPIRITS、SUNRISE BEYONDは本気なんだ!」という意気込みを見せるという意図もありますね。
──今回は四大経済圏があることで、その国ごとの方向性を楽しめることもポイントになりますね。
奥野 メカデザイナーさんごとの特徴もあり、さらに設計を担当している設計者の個性もありますからね。そこはうまくまとめていかないと、同じHGシリーズなので、シリーズとしての統一性は持たせています。バンイップ・ブーメランなんて、もう人型ですらないですからね(笑)。ただ、「楽しみ!」というユーザーさんの声も多く、ケンブ以上に面白いプラモデルになっているのでぜひ手に取ってほしいですね。
──ケンブと同系列であるジョウガン、レイキ、ビャクチでかなりデザインやパーツが変わっていることに驚きました。
奥野 共通部分が多過ぎると、ユーザーさんが商品を組んだ時に「また同じか……」と思われてしまいますよね。それなら形状が違うパーツが多く、新鮮な気分を味わっていただけるほうがいいですね。
──BANDAI SPIRITS的には、どのように『境界戦機』のキットを楽しんでほしいですか?
奥野 個人的にはみんなが考えるオリジナルメイレス、アメインを見てみたいと思いますね。たとえばカラーリングが変わるだけでも、かなり印象が違ってくると思うんですよ。実際にテストショットの段階では、設定のカラーではなく、たまたま工場に残っている原料を使うこともあるのですが、紫のバンイップ・ブーメランが出てきたことがあるんですよ。これが意外にかっこよかった(笑)。ケンブも青と赤のテストショットが来たことがあって、これも印象が違いましたね。
──ジョウガン、レイキ、ビャクチも色が変わるとかなり印象が変化しそうですね。
奥野 ビャクチとケンブは赤と青で対照的な機体なので、色を入れ替えてみるのも楽しいかもしれませんね。またレイキは、設定ではあまりないカラーリングの機体ですので、オーソドックスな色を使うことで、意外な魅力を発見できるかもしれません。
──機体の構造や新しい世界観によって、プラモデルに抱いていた固定観念が覆されそうですね。
奥野 新しい発見は多いでしょうね。まずはアニメを楽しんでもらって、ストレートに作ってもらい、関節構造と可動域に驚いてほしいです。振り返ってみると、自分も最初は「この形状はどこかに引っかかるはず」と思っていたのですが、まったくそんなことはなく(笑)。自分の常識がひっくり返された感じがしました。今後は1/48スケールのFULL MECHANICSも控えておりますので、ぜひ『境界戦機』の世界観を楽しんでください。
──本日はありがとうございました。
(2021年9月下旬、オンラインインタビューにて収録)
HG 1/72 メイレスケンブとHG 1/72 メイレスビャクチを比較してみる!
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