外伝小説『勇気爆発バーンブレイバーン 未来戦士ルル』2話 【期間限定公開】
2024.06.24勇気爆発バーンブレイバーン 未来戦士ルル 月刊ホビージャパン2024年7月号(5月24日発売)
──東京湾:埠頭付近──
ヒビキ・リオウは烈華の中から、静かに佇むスペルビアを見つめていた。
絶望的だった戦闘は思いもよらぬ結果となった。
突如乱入したスペルベアによる、一方的な戦い。最終的にはただ見ているだけであったが、スペルビアの行動から少なくとも敵でないことは読み取れる。
あの『スペルビア』が助けてくれたなら、その理由はきっと──そんな希望が生まれ、ヒビキの中に思いが募っていくが、迷いを断ち切るまでには至ってはいない。スペルビアまでの距離は500mといったところだ。ここからならばいっそのことスピーカーで直接交信を試みてはどうかと考えるも、待機を命じられている中で勝手なことをすれば命令違反になる。だが同時にこんな状況は想定外だろうとも考えていた。
「うーん、どうしたものか」
機体の状態を確認しつつ、いったりきたりの思考を繰り返すうちに、ヒビキは自分を落ち着かせるように一度深呼吸した。
すると、先程までが嘘のように思考がクリアになっていく。
勇気を出して進んでみる。
何度も思い出していたのに、肝心な時には頭の中からさっぱり消えてしまっていた。大事な時に勇気を振り絞らなきゃ、どうするのだと。
少しの勇気で何かを変えることができるなら、進むことを恐れずにいたい。
あの戦いで私達が生き残ったのは、そういう奴がいたからなのだから。
それに、相手は一応知り合いだ。いきなり攻撃してきたら、それは運が悪かったということだとヒビキは割り切った。
「まぁ、こういうときは進まないとだよね」
迷いは吹っ切れたとばかりに、ヒビキはあっけらかんとそう呟いて──
「おーい! ルルちゃーん!」
スピーカーを全開にして、思いっきり叫んだのだ。
静寂。
『ガピー…? ヒビキ?』
しばらくしてスペルビアから聞こえてきたのは、拡声器のように拡張されてはいるが聞き馴染んだ声だ。間違いなく、あのルルだった。
「そうだよ! ルルちゃん、もしかして寝てた?」
『ん……戦うの、結構疲れる……ふぁ……』
「だから動かなかったわけね……」
『まだ戦闘での消耗に慣れておらんのだ、仕方あるまい』
「スペルビア!? 喋れたの!?」
今までスペルビアに反応がまったくなかったため、ヒビキは必要以上に驚いていた。
『お主らブレイブナイツは我が会話できることを知っておるだろう』
「いや、それはそうなんだけどさ……っていうか覚えてたんだ、ブレイブナイツのこと」
『ヒビキ、何か飛んできてる!』
「へ?」
話すことに意識を向けていたヒビキはルルの声ですぐにセンサーを確認しようとする。だが、そこに映る機影を目にする前に、空気を裂くような音が響き渡っていた。
そのままゆっくりと視界に現れたのは、ヒビキが見たことのない大型のTS輸送機。
「なんだありゃ……ん?」
知らない場所から通信が入っている。これは司令部や管制ではなく、十中八九、あの輸送機からだろう。
『心配ありませんよ。応答してあげてください』
状況を察したかのように耳元から聞こえたホノカの声に、ヒビキは気持ちを落ち着ける。
『ダイダラ2、こちら地球外生命体対策機構司令官、ハル・キングだ』
「へ? キングって……あ、こちらダイダラ2! ヒビキ・リオウ2等陸尉です!」
『リオウ2尉。これより先はこちらの指示に従ってもらいたい』
「はい?」
かつて毎日のように聞いていた声に、ヒビキの声は思わず裏返ってしまった。
──東京:横田基地:格納庫──
〈ゾルダートテラー〉を退けたのが〈デスドライヴズ〉だという噂は、基地内でまたたく間に広まった。
それが真実であることは、東京湾にも出現した〈デスドライヴズ〉と思しき未確認兵器をここへ移送するという伝達により、一部の人間には既に知れ渡っていたのだが。
「スペルビア……」
伝達を受けたミユ・カトウはその名前を思い出すように呟いた。
ブレイバーンの死後、回収されたブレイバーンのコアを見てスペルビアは真実を教えてくれた。
『恐らくクーヌスの時空転移の力と融合し、一個体となったのだな』
〈デスドライヴズ〉の一体『淫蕩のクーヌス』を、ATFのルイス・スミス中尉はその命をなげうって相打ちに持ち込んだ。その結果──
「つまり、スミス中尉はクーヌスと共に爆縮した際、魂と体が結合し、時空を超えて……最初にオアフが襲撃された時間軸に、ブレイバーンとなって現れた……と?」
『然り。また同じ力を起こすことが出来るならあるいは……』
「ブレイバーンさんを復活させることもできる?」
『可能かもしれぬ。今のままでは何もわからぬがな』
ブレイバーンのコアを研究すれば、何かが変わるかもしれない。こんな結末もなかったことにできるかもしれない――だが、そんな希望はすぐに打ち砕かれた。
それからすぐ、スペルビアはルルちゃんと一緒にハワイに向かい、そのまま消息を絶った。残されたコアはアメリカに押収され、研究機関へ預けられることになったのだ。ミユもそこに加わりたいと懇願したもののATFの解散も重なって自衛隊に戻ることになり、コアの研究も、ルルとスペルビアの消息を追う道も、閉ざされてしまっていた。
「来てくれたんですね。私たちを助けに……」
言葉とは裏腹に、浮かんでくるのは安心感とほんの少しの懐疑心。
ブレイバーンがいない今、デスドライヴズと同等の戦力はスペルビアのみだ。スペルビアが再び敵に戻れば、地球側に対抗する戦力は存在しない。でも、もしかして――
「ブレイバーンさんのコアを狙ってる……とか? いや、そんなことない……そもそも、それならあの時に持ち出せたはず。やっぱり助けに来てくれた……うんうん! 絶対に、そうです!」
ブレイバーンのコアは〈デスドライヴズ〉にとっても有益なものだろう。でも、スペルビア自身はそこまで興味も無さそうであったし、それがどういったものなのかもわかっていなかった。クーヌスに由来する時空転移の力があるということ以外は。
地球上の技術では、時空間への干渉など夢のまた夢の話。だが、元よりその力を持つブレイバーンが残したものとなれば話は違う。もし、過去を変えることができるならば――
「そうしたら、みんなとまた……」
ミユの頭に浮かんだのは、若干の懐かしさすら覚え始めた空母の格納庫。そこには笑顔のパイロットやATFのメンバーたち――いや、一人だけ仏頂面がいるのだが。
「でも、今の私は……」
ただの整備要員であるミユにできることは何もない。そんな力があったなら、どんなに良かったか――不安な考えを振り払おうと携帯端末を見る。そこには、この基地に来てから初めての緊急命令が届いていた。
「これって……」
──東京:横田基地周辺:上空:大型輸送機<ペイブエクスプレス>内──
「ふぁ……」
『集中するのだ。今は眠っている場合ではない』
「ん。でも動いたあと、やっぱり眠い…」
東京湾に飛来した〈ゾルダートテラー〉を一掃したルルとスペルビアは、ヒビキの機体と共に大型輸送機MCV-7A――通称〈ペイブエクスプレス〉へと収容されている。
そうなったのは東京湾での〈ゾルダートテラー〉との戦闘後、大型輸送機と共にハル・キングが現れたことが契機となった。
「姿を隠していた理由が我々にあったなら非礼を詫びよう。しかし、いまは私を信じて、ついてきて欲しい。スペルビア、そしてルル」
現在キングが所属する地球外生命体対策機構はスペルビアの対応について横田基地と協議を続けていた。しかしスペルビアが敵対しないと証明するには至っておらず、一度協力して欲しいと伝えたのだ。そのために司令官であるキング自らが輸送機に同乗してきたとも。
スペルビアはキングの提案を承諾し、ルルを乗せたまま〈ペイブエクスプレス〉で横田基地へと移送されることとなった。
『ハル・キングといったか。なかなか見どころのある――ぬ?』
スペルビアは喋っているうちに相手の反応がないことに気づいた。いや、正確には既に聞こえてきていた――ルルの寝息が。
『まったく、不思議なものだ』
不思議という感情を、スペルビアが本当に理解したのはつい最近のことだ。
ブレイバーンという好敵手を失ったスペルビアが新たな目的を与えられた。本来ありえない感情を持った〈ルル〉から、だ。
自らのパーツの一部に過ぎないと思っていた〈ルル〉が地球の人間という生命体に酷似した存在へ変化した。それは〈デスドライヴズ〉に記憶された数ある歴史上で一度も観測されなかった事象だ。
『これもまた、ブレイバーンによるものかもしれんな』
変化が起きたのは〈ルル〉だけではない。スペルビア自身もまた、ブレイバーンやルルとのコミュニケーションにより以前とは変化している。
『変わったのは……我が、かもしれんとは』
そう、スペルビアは自嘲した。その声色は少しだけ優しさを含んだものだったことに、気づかないまま。
『〈ルル〉ではなく、ルル……か』
揺り籠のような振動の中、スペルビアを乗せた〈ペイブエクスプレス〉は、横田基地の滑走路へ降下を開始した。
©「勇気爆発バーンブレイバーン」製作委員会