YAMAHA TZR250 ベースモデル解説

2021.06.13

YAMAHA TZR250ベースモデル解説 月刊ホビージャパン2021年7月号(5月25日発売)

 1980年代中盤になってサーキットでは、市販車をベースとし、小改造を施して競われる“プロダクションレース”が人気を高めていた。そんなユーザーの動きに対し、1986年からSP(スポーツプロダクション)クラスが設定され、全国統一レギュレーションでレースが行われることが発表された。そうしてスタートしたSP250クラスを席巻したのが、初代TZR250だった。開発にはファクトリーレーサーYZR500のスタッフが加わり、ピュアレーサー『TZ250』を彷彿とするフォルムと走りで、レーサーレプリカそのものとして多くのファンを惹きつけたモデルだ。

構成・文/川上滋人
協力/ヤマハ発動機

TZR250 TZR 250 SPEED BLOCK 1985
▲シートはタンデム可能なダブルタイプとされているが、リア側は高さが低く抑えられており、ここにカバーを載せるとシングルシート風になり、それがよりレーシーなフォルムになった
JP TMS TZR250 TZR 250 26th Tokyo Motor Show MC 1985
▲バリエーションモデルとして発売されたゴロワーズカラーは86年発売
▲マルボロカラーの特別仕様車(2AW)も販売された。このほかにブラックモデルもあった
▲ライバル勢の台頭により、88年にはラジアルタイヤが装着され、メッキシリンダーやCDI化された点火系などにモデルチェンジされた(2XT)
▲89年には後方排気型が登場(3MA)。フロントブレーキはダブルディスク化された
▲90年にはエンジン特性をより扱いやすくするためにキャブレターを小径化し、フロントフォークは倒立タイプとされた
▲91年型TZR250R(3XV)。エンジンはV型2気筒とされ、市販レーサーTZ250との同時開発が最大の売りとされた
▲86年型TZ250。この年からTZもアルミフレームが採用された。フォルムは同時に発表されたTZR250と同じであることが分かるだろう
▲3XVと同時開発され、発表された91年型TZ250。多くのパーツがTZRと共用された

時代を作ったレーサーレプリカを代表する1台

 軽量、高出力というバランスから、250ccクラスにおいて2サイクルエンジンはスポーツバイクとして必須とも言えるパワーユニットと言えた。創業当時から2サイクルエンジン搭載のスポーツモデルを作り続けてきているヤマハにとって、250ccオンロードスポーツモデルは、絶対に譲れないカテゴリーとも言えた。
 実際にヤマハはRZ250をこのクラスに投入。4サイクル400ccモデルを超える走りを備え、さらにはプロダクションレースでも速さを誇るヤマハらしいホットモデルとして高い人気を誇っていた。
 時代はさらにハイパフォーマンスモデルを求め、スズキからRG250Γが83年に発売されて大ヒットモデルとなった。フロント周りを覆うフルカウル、セパレートハンドル、アルミフレーム。それらはすべてレーシングマシンのみに装備されてきたものばかりであり、街乗りライダーにとって憧れのもの。それが市販車として販売されたのだから、スポーツモデルファンの心をくすぐらないはずはなかった。
 そうしたタイミングで、SP250レースの開始がアナウンスされた。満を持し、ヤマハから発表されたのがこのTZR250だった。
 同社はこの250ccクラスに、純粋なレーシングマシン『TZ250』を持っていた。国内外のロードレースシーンにおいて、GP250クラスの戦いはほぼ、このTZ250を用いたライダーによって競われていた。レプリカを作るのにあたり、手本となる最高のレーシングマシンをヤマハは持っていたのだ。
 86年型TZ250も同じタイミングでアルミフレーム化され、ピボット部からヘッドパイプに向けて縦方向の幅が太くされたデルタボックス形状など、デザインイメージは共有された。TZR250のフロントフォークはφ39と大径化され、ブレーキはφ320のフローティングタイプのシングルディスク。フロントホイールは、18インチから他メーカーは軽さを求めて16インチ化したりしていたが、ヤマハはレーシングマシン含め、一貫して17インチを採用。このTZRでも17インチがチョイスされ、高い旋回性を備えていた。
 エンジンは新設計のクランクケースリードによる吸入方式で、低速から高速まで、アクセルワークに対してリニアにレスポンスした。
 軽快で安定性もあり、アクセルワークにリニアに反応する走りはサーキットでも正にTZ譲りのもので、プロダクションレースのパドックにはTZRが溢れかえった。TZRに乗らなければ予選通過は不可能とまで言われ、実際にスターティンググリッドのほとんどをTZRが占めた。
 一般ライダーのみならず、サーキットユーザーをも虜にしたTZR250のスポーツ性の高さは、開発陣に究極のレーシングマシンであるYZR500が加わったことが大きな理由として挙げられるだろう。単なるスペックだけでなく、速さを極限まで求めたファクトリーマシンの思想がフルに投入され、造り上げられたのだ。
 この初期型が1KTとされ、当時はSP250での成績がそのまま市販車としての売り上げに直結していたことから、このクラスのベンチマークとし打倒TZRとして、ホンダNSR250RやスズキRGV250Γ、カワサキKR-1らが、市販車として脅威とも言えるイヤーモデル(1年毎のモデルチェンジ)という異常な開発合戦に入っていったのだった。
 そうしてライバルの追い上げに対し、88年には前後ラジアル化された後期型(2XT)が登場した。
 しかし、ライバルはすでにイヤーモデル化してパフォーマンスアップを図り、TZR勢は苦しい戦いを強いられていた。その状況を打開すべく、89年型として並列2気筒エンジンの排気系を後ろ出しとした、いわゆる『後方排気』タイプが採用された(3MA)。もちろんTZ250は後方排気レイアウトとされており、その最大のメリットは2サイクルエンジンの特性を大きく左右する排気チャンバーのレイアウトを、理想的とされるストレート化できることだった。
 しかし時代は更なる進化を求め、TZRもTZと同じタイミングとなる91年型でV型2気筒エンジンとされた(3XV)。フロントフォークは倒立タイプとされ、排気チャンバーの容量を稼ぐために湾曲されたスイングアームが採用されるなど、よりTZとの距離を縮められた。このモデルから車名の後ろに『R』が入れられているのも、その性能をより強くしている証と言えるだろう。サーキットユースを前提としてフルアジャスタブルタイプのサスペンションや乾式クラッチ、クロスミッションを装備した『SP』モデルもラインナップされた。
 ピュアレーサーであるTZ250と同時開発というレーサーレプリカの先陣を切ったモデルであり、思想、マシン造りともに、エポックメーキングなマシンとして歴史に残す名車と言える。

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川上滋人

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