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『機神幻想ルーンマスカー』誕生秘話!【第4回】「 ARTPLA スレイプニール」開発秘話その2 &『機神幻想ルーンマスカー』ネクストアイテム

2023.11.27

スレイプニールで得たARTPLAの進むべき方向性

海洋堂ARTPLAのスレイプニールの画像

 2023年4月に海洋堂から発売されたARTPLA スレイプニールは、原型製作を担当した谷明の造形による絶妙なニュアンスを含んだ装甲の局面や緻密な細部のディテール、そして繊細さを持ちながら躍動感を演出するたてがみや尾の表現など、これまでのインジェクションキットによる立体表現の限界を大きく凌駕。

これまで長年にわたって海洋堂が培ってきた原型師の個性である造形的魅力をダイレクトに伝えるガレージキットのような精度を持つ立体物が、ついにインジェクションキットとして表現できるようになったことは、目の肥えたモデラーほど大きな衝撃を受けたはずだ。そして、スレイプニールが見せたインジェクションキットとしての完成度の高さは、ARTPLAに新たな可能性が示され、シリーズ内の新ブランド「ARTPLA SCULPTURE WORKS」が立ち上がることにつながっていった。


 ARTPLA スレイプニールは、出渕裕が描くデザインを見事に立体化した谷明による原形の素晴らしさと海洋堂の開発陣のこだわりに目が行ってしまいがちだが、その製品化を実現させるのに関わった、さらなるスタッフたちの見事な仕事ぶりが加わらなければ、この満足度の高い商品化も実現していなかった。今回は、そんな関係スタッフスポットを当てていこう。

 工業製品としての商品化に向けた功労者としてまず挙げられるのが、商品のベースとなる金型の開発とキットの生産を担当する中国の「一拓漫画有限公司」。同社は、2020年に中国東莞市で創業し、模型・フィギュアメーカーから発注を受け、インジェクションキットや完成品フィギュアの商品生産に向けた作業を請け負っている開発会社兼工場だ。

社長の章彩鳳にARTPLA スレイプニールの製品化に向けた取り組みについてコメントをいただいた。最高峰の商品化に向けてモチベーションを上げるきっかけとなったのは、やはりクオリティの高い原型の存在が大きかったそうだ。

「原型データを受け取った時に、スレイプニールの置物としての立体感や美しさに工員を含めてみんなが圧倒され、驚きました。この外観造形の美しさを最大限に維持し、パーツ分割で造形の良さが損なわれないよう、社内のエンジニアの意思統一を行って作業をしていくように心がけていきました」

製品化に向けては、谷が仕上げたデジタル原型をもとにFree/Fromという設計ソフトで、大きいパーツから小さいパーツへ、外部から内側へ向けてパーツを分割していく。パーツ単位になった際にも外観造形が崩れないようにしつつ、金型からパーツがきちんと離型できるように形状を微調整する形で、デジタルによる金型化へ向けた作業が進められた。そして、そこには海洋堂のこだわりと、それに応えようとする工場側のプライドがあった。

エンジニアチームの画像 その1
エンジニアチームの画像 その2
▲ 一拓漫画有限公司のエンジニアチーム。ここで原型データをもとにパーツ分割とインジェクションキットとして離型できるよう調整が行われている

「海洋堂は造形が原型に近い形で保つことにとても厳しく、妥協はまったくしてくれません。そのこだわりにしっかり応えるべく、インジェクションキットで原型造形のまま再現するデータ分割するのはすごく大変でしたが、互いの協力もと、造形師のこだわりを尊重した美しいキットを作りあげることができたのは大変喜ばしいことです」

製品化に向けたこだわりとしては、キットを組み立てた際に目を奪われるポイントに加え、目立たない部分までもしっかりとした作り込みにあったと言う。

「たてがみと尾の毛は、原型の再現性が甘くなるような修正はせず、シャープな造形をしっかり残すよう、離型方向も含めて細かく調整しています。首部分のマスクにある角の基部にあるリング状のディテールも0.01mmレベルで表現しました。また、足裏のディテールも組み立て後は見えなくなりますが、そこも簡略化せずに再現することで、ユーザーが組み立てながら視覚的満足感を得られるように尽力しています」

また、ARTPLAの特徴的な四角いランナーも精密造形の表現を行うために生まれていったそうだ。

「海洋堂のARTPLAは造形の良さを重視するがゆえにパーツの起伏が大きく、厚みも均等ではないため金型に原料のプラスチックを流す際にスピード調整が必要になります。そのためには、丸型のランナーよりも太く四角いランナーの方がそうした調整に適していると考えて採用しました。また、金型もより繊細なディテールと精度の高さを出すため、一般的な鋼製のものではなく、素材がアルミ合金のものとなっています。そうしたこだわりによって、造形ディテールの美しさを追求することができました」

スレイプニールのアルミ合金製金型の画像 その1
スレイプニールのアルミ合金製金型の画像 その2

▲ スレイプニールのアルミ合金製金型。金型の細部を直接彫り込むことができるため、繊細なパーツのインジェクション成形に向いた素材となっている

こうした、中国の工場側の設計・生産に向けたさまざまな試みが加わる事でARTPLA スレイプニールの製品クオリティが高くなったことは間違いない。

 社長は、海洋堂との仕事に関して、コメントの最後を次のように締めくくっている。

「海洋堂のARTPLAシリーズは、接着剤無しで組み立てられ、可動するインジェクションプラスチックキットが一般的になる流れの中で、それとは違う原型の美しさを最大限に再現するという部分にこだわった新しい方向性を持っていると思います。従来のインジェクションキットの認識を覆す試みが世界に広がっていくことを期待しています」


ARTPLAをより魅力的な製品にするボックスアートと組み立て説明書

 インジェクションプラスチックキットは、パーツが生産されるだけでは製品としては完全ではない。成形され、ランナー状態になったパーツを入れる外箱とキットを組み立てる指針となる組み立て説明書が揃うことで、ようやく店頭に並べることができる商品となる。

このパッケージ化に向けた作業の中心を担っているのが、ボックスアートを担当するイラストレーターの中村豪志とパッケージデザインを担当する古賀学のふたりだ。

 まず、製品の顔となるボックスアートに目を向けていこう。ユーザーが店頭で商品を手に取るきかっけになり、さらにキットを作りたくなるように誘導するのがボックスアートの役目とも言える。そうした誘導役に関して、中村はイラストを描くにあたって次のようなことを意識しているという。

「構図的には、原作の劇中シーンをもとに「動く神殿」のような雰囲気を目指しました。ボックスアートでは、「活動想像図」という文言が似合うようなイラストを心がけています」

ちなみに、作業はペンタブレットを使い、写真加工をメインとするアプリ「Photoshop」を使用。「ブラシツールでペタペタ描いています。けっこうアナログ感覚です」とその作業の様子を語っている。

スレイプニールのボックスアートのラフイラスト
スレイプニールのボックスアートの完成版のイラスト

▲ ARTPLA スレイプニールのボックスアートのラフ画像と完成版イラスト。ラフ画像の段階でポージングや色味などのニュアンスがすでに固まっていたことがわかる。絵画的なイメージから、立体物とは異なる「動き出しそうなイメージ」が伝わってくる

こうして描かれたボックスアートを中心に、製品の情報を伝えるパッケージ全体のデザインと組み立て説明書は、デザイナーの古賀が担当。特にインジェクションキットを組み立てるための指針となる組み立て説明書は、古賀自身の強いこだわりが反映されている。それは、説明書用の解説図をCGを使わず線画にトレースすること。

「写真やCGよりも線画の方が整理した情報が伝えられるんです。パーツの形状や方向、合わせる位置など、より把握しやすくなると思います。それから、僕自身がプラモデルの説明書のファンであることも大きいです。1990年代後半に「月刊モデルグラフィックス」で「架空プラモデル」の組み立て説明書を連載していたことを覚えている人もいるかもしれません。ユーザーがキットを組み立てるという三次元の作業(儀式)を行うためには、よりそれを理解しやすくするために二次元の線画が必要であり、その組み立て用の図を、僕はCGを下絵にしつつ、さらにテストショットのパーツを見ながら線画のオブジェクトを組み上げるように描いています。この写経のような作業によって三次元把握能力が高まったのか、実は僕自身の造形能力が上がった実感がありますね。インジェクションキットは金型で成形されるため、工業製品として複雑な彫刻ができないという制約があります。ARTPLAは、その制約を諦めずに突破しているんですが、そのこだわりの結果、パーツの線画を描いてもエッジやスジボリが行方不明にならず、ちゃんと繋がっていく。そうした部分を組み立て説明書のデザインとして見せたいという思いがあります」

架空プラモデルの連載イラスト その1
架空プラモデルの連載イラスト その2

▲ 古賀の「架空プラモデル」連載のイラスト。実際には存在しないプラモデルの組み立て説明書という体裁で描かれており、アート作品的な仕上がりとなっている。このデザインイメージはARTPLAの組み立て説明書にも踏襲されている

CG画像と古賀氏が描いた線画の画像 その1
CG画像と古賀氏が描いた線画の画像 その2

▲ パーツ分割済みのCG画像とそれをもとに古賀が描いた線画。線画にすることで、パーツの細部形状などが理解しやすく、組み立ての際に情報を取り入れやすくなっている

組み立て説明書のレイアウトにもデザイナーとしての大きなこだわりがある。それは、他の製品の組み立て説明書のように四角コマ割り的な形にしないことだ。

「実は90年代の「架空プラモデル」の連載でも同じことをしていました。当時はグラフィックデザインとして余白を減らすためにコマ割りを廃したのですが、結果として図柄を大きくできるというメリットもありました。インジェクションキットのパーツや組み上げた部位の形は各部がまちまちで、極端に細かったり、複雑なシルエットのものが多く、これをコマで分けていくと図が小さくなったり、無駄な余白だらけになってしまいます。コマ割りを廃したことで、組み立ての動線が複雑になってしまうのですが、余白があるなら少しでも図を大きくいれたいという思いがあるんです」

スレイプニールの組み立て説明書の画像
▲ スレイプニールの組み立て説明書。各部のパーツが大きく配置されることで、コマ割り的な配置とは違うスッキリしたデザインとなっている。完成形のイメージをしやすいのも特徴と言えるだろう

 ボックスアートと組み立て説明書。どちらもインジェクションキットの脇役かもしれないが、それぞれがアート作品と呼べるレベルでこだわった作りになっており、これらも含めてARTPLAという製品となっている。そして、そこまでこだわったものが相乗効果を生んだのがARTPLAスレイプニールだったのだ。


最強の布陣で挑む、ARTPLAの『機神幻想ルーンマスカー』ネクストアイテム

 2023年5月に静岡市で開催された「第61回静岡ホビーショー」にて、『機神幻想ルーンマスカー』のARTPLAネクストアイテムが発表された。そのアイテムとは、銀色に輝く騎士の鎧を思わせる外装と巨大な翼が特徴のナイトマスカー トリスタン。トリスタンは、スレイプニールに並んで『機神幻想ルーンマスカー』という作品を代表する存在であり、連載されていた1990年代当時からそのデザインは高い人気を誇っていた。

原型製作は、スレイプニールに続いて谷明が担当。インジェクションキットとして立体化するにあたり、谷は「月刊ドラゴンマガジン」に掲載された、アニメーターのもといぎひろあきが手掛けたイラストに描かれた盾とハルバードを持った姿で造形したいと希望を出した。しかし、そのイラストには盾とハルバートが一部しか描かれておらず、造形にあたっては新たなデザイン画が必要となった。そこで、『機神幻想ルーンマスカー』の原作者であり、ARTPLAでの立体化にあたって監修を務める出渕裕に相談。その結果、立体化用にイラストを担当したもといぎにデザインを依頼するのがベストだろうとの意見をもらい、ARTPLA用に新規デザインが加わることが決定。こうした新たな試みを加えて、現在商品化が進められている。

 スレイプニールに比べると造形のための資料が少ないトリスタン対して、2度目の出渕デザインの立体化に向けて、原型担当の谷はどのような思いで臨んでいるのだろうか? 「『ルーンマスカー』はコミックスが1巻までしかなく、そこにはトリスタンは登場していません。その他にも、形状が確認できるのは連載時に登場する2ショットと、過去の雑誌のスキャン記事程度しか無く、トリスタンの資料は極端に少ないんです。そこで苦労をすることはわかっていたんですが、それでも造形物として立体化したいという気持ちが勝りました。資料を補強するため、出渕デザインに流れる西洋の鎧のデザインニュアンスと武器の形状を知るために中世の装具の本を読んだ結果、トリスタンは中世ドイツの鎧と武器がモチーフになっていると理解しました。中世ドイツの鎧は装甲自体が厚いわけではなく、動きを妨げない構造になっていて、装飾的でもある。太股上端に帯状に入るエングレービングはそうした優雅さを取り込んでいるのではないか? そうした想像を重ねながらトリスタンの造形を進めさせていただきました」

トリスタン原型の画像 その1
トリスタン原型の画像 その2
▲ 現段階のトリスタン原型

造形にあたってこだわった要素となったのは、やはり機体を象徴する大きな翼だったという。

「翼は当初、ナイフエッジ的な処理をしていたんですが、出渕先生に監修で見ていただいた際に「目に刺さりそうで痛そうだから、エッジを落としましょう」との提案をいただきました。その形状的な仕上がりは、出渕先生の優しさの表れです(笑)。そして、翼はやはり雄々しく広げたいという思いもありました。スレイプニールのたてがみと同じく、トリスタンのキャラクター性を象徴するのは翼だと思うので、左右非対称になる「動き」を意識して表現しています。ちなみに、新たにデザインを起こしていただいたハルバードは、造形がめちゃくちゃ大変でした」

トリスタンは背面の詳細なデザインが存在しておらず、そこは造形を行う谷が自身でデザインを手がけている。

「設定の無い翼の基部と推進装置に関しては、ルーンマスカーの世界観と技術力をイメージして、デザインしています。劇中に登場する人類が使用する物理魔導(テクノクロス)は、物理的なスラスターで浮遊・推進させているようなので、そうした世界観のデザインと違和感が出ないように心がけました」

 出渕裕、もといぎひろあき、谷明という最強の布陣で挑むARTPLAナイトマスカー・トリスタン。スレイプニールで得られたノウハウと開発技術が惜しみなくつぎ込まれたネクストアイテムの詳細に関しては、近々届けられるさらなる情報に期待して欲しい。


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Ⓒ出渕裕/徳間書店

TEXT/構成:石井 誠

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