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【極鋼ノ装鬼 外伝】 第2話「テストパイロット」【境界戦機】

2023.07.03

境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 月刊ホビージャパン2023年8月号(6月23日発売)

【極鋼ノ装鬼 外伝】 第2話「テストパイロット」【境界戦機】

紡がれる物語ストーリーズ
その先にあるものは…

 SUNRISE BEYOND×BANDAI SPIRITSのタッグで2023年夏の配信に向けて企画進行中の映像最新作『境界戦機 極鋼ノ装鬼』。本編公開に先んじて、公式外伝『境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 』が「月刊ホビージャパン 7月号」よりスタートとなった。
 南海に浮かぶ孤島を舞台とした本編に対して、本作はそこにリンクしたストーリーがいくつかの視点で描かれる。篠塚智子氏が手掛けるシナリオに本編スタッフが参加することで描かれる新たな物語。ビャクチをベースとした次世代機開発計画は新たなフェーズに移行していく。

STAFF

 企画
SUNRISE BEYOND
 シナリオ
篠塚智子
 キャラクターデザイン
大貫健一
 メカニックデザイン
海老川兼武
 協力
BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン
ホビージャパン

境界戦機 極鋼ノ装鬼

公式サイト https://www.kyoukai-senki.net/kyokko-no-souki
公式 Twitter @kyoukai_senki

BANDAI SPIRITS 「境界戦機」プラモデル公式サイト https://bandai-hobby.net/site/kyoukai-senki/

CHARACTER FILE 02

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS三澤ジン

三澤ジン

 傭兵。世界各地の紛争地域を渡り歩いた歴戦の兵士で、人一倍運動能力が高い。開発中AMAIMのテストパイロットをシャーリーに任命される。


第2話「テストパイロット」

 三澤ジンは工場に到着するなり、開発中のAMAIMを確認したいと言い出た。
 早速、整備待機中のビャクチ局地戦用検証機ver.2のコクピットに入って基本動作をチェックすると、支部長のシャーリーから現状説明を受ける。


「おおよそ組み上がって、今は脚と頭部の最終調整中だ。売り先はまだ決まっていないが」

「装備はあるのか?」

「武器は複数用意している。ビャクチ用ライフルも開発した」


 シャーリーはそう言うと、点検中のアサルトライフルなどの武器が並ぶ製造ラインに案内した。三澤はそれらを眺めながら、細かい仕様について尋ねだす。発射方式や装弾数について、シールドの重さや防御機能について……長年機体周りの整備に携わってきたシャーリーの知識に引けを取らない三澤の対応を見て、ベンヤミンは呆気にとられていた。


「……あいつ何者なんだ?」

「さぁ。俺も詳しくは知らないんだ」


 やはりベンヤミンの隣で一連のやりとりを見守っていたフィリッポは肩を竦める。


「けどシャーリーが直接交渉したってことは、よっぽど腕のいいパイロットなんだろうよ」

「三十代? にしては若くみえるわね」


 いつのまにか休憩を終えたルビーも話に加わった。


「ん。ルビーも知らないヤツなのか」

「知らない。けど結構いい男じゃない」


 わかりやすく弾んだ声を聞いて、フィリッポは半笑いでベンヤミンに目配せするが、ベンヤミンは険しい顔でじっと三澤の横顔に見入っていた。
 引き締まった体躯、切れ長の鋭い眼差し……。三澤ジンはまるで野生動物のようにしなやかなオーラを放っていた。



「世界中を旅してるの?」

「傭兵ってのはどうやってなるんだい?」


 果たして三澤はベンヤミン以外の人間にとっても謎めいていたようで、その晩の食堂でスタッフ達に質問攻めにあった。
 三澤は慣れた様子で淡々と答えていく。


「要請に従って各地を点々としている。今やどこの組織も兵士不足だ。表立って招集されることはほぼないが、人づてに頼まれることが多い」


 エンジニアやプログラマーもフリーランスだらけだ。特にここブレンゾン社第四支部の大半はシャーリーやフィリッポが掻き集めた人材で、正社員は半数にも満たない。そんな彼らであっても、傭兵の生活というのは、聞けば聞くほど別世界の話のように思えて引き込まれた。
 一度傭兵となれば危険な紛争地域が日常となり、あらゆる文化や宗教様式に対応しなければならない。AMAIM操作が出来る人材は貴重なので、基本的にどんな国の軍隊、レジスタンスであっても丁重に扱われるが、なかにはていよくスパイに使われそうになったり、捕虜として人質交換させられそうになったこともあるらしい。


「判断は数秒。でないと手遅れになる」


 ほんの少し酒で滑らかになった三澤が呟くと、周囲が感嘆の溜息をついた。


「それなのになんでこんなに平和な森の中に来たんだ?」


 一滴も酒を飲んだことがない十四歳のベンヤミンが斜め向かいから切り込んだ。


「それはたまたまだ。夏の間は休暇にしようと思っていたら、昔馴染みのシャーリーからテストパイロットの打診が来た。タイミングが良かったんだ」


 三澤は事も無げに言う。
 味気ない野菜スープを喉の奥に流し込みながら、ベンヤミンはビャクチのことを思い浮かべていた。ここ三ヶ月ほど、毎日眺めてきたAMAIM。自分が生み出したAI・ミャアを適合させるべく試行錯誤した日々──そのことを、三澤は知らないのだ。テストパイロットとしてコクピットの仕様を調整し、数回ほど演習でもこなせば、そのまま次の任務に流れてゆくのだろう。自分は気にせず開発を完了し、やはりまた割のいい元のプログラマーに戻るだろう。仕事とはそういうものだ。胸騒ぎの邂逅は一瞬のことでしかない……。
 ベンヤミンが食器を片付けて部屋に戻ろうとしたところにシャーリーがやって来た。


「ベンヤミン、三澤」


 シャーリーの呼びかけに反応したふたりが顔を向ける。


「いよいよ開発も最終段階だ。そこで、ふたりに協力してもらいたい」

「協力って……?」

「ミャアのブラッシュアップだよ」

「でも……そいつは兵士だろ!? AIのことなんか、わかるはずがない」


 思わず声を張るベンヤミンの頭頂部に、シャーリーはげんこつをくらわせた。


「この生意気小僧が!」


 脳天に響く激痛に思わず声が漏れ、向こう側に座る三澤が目を見開くのが見えた。


「なにも、別にふたりでプログラミングしろと言ってるわけじゃない。模擬戦だよ。三澤が操縦するビャクチとAIを載せた別機体を戦わせ、より本格的な戦闘を学習させたい」

「模擬戦……」


 ひりつく頭をさすりながら、ベンヤミンは小さく反芻した。



 自律思考型AIはどうやって完成するのか? その方程式は未だブラックボックスだ。いち早く安定生産出来るようになれば市場を席巻出来る、と世界中のAI研究所や軍需工場が開発に勤しんでいるものの、押し並べて難渋していた。


「くそ~……。このレベルだって充分すごいんだけどな」

「ありがとう。私もそう思うよ」


 自画自賛するミャア。既にベンヤミンとの意思疎通は滑らかだが、シャーリーが「まだ足りない」と感じているのは恐らく、自ら能動的に判断し、局面局面で戦術を編んでゆく精度の部分であろう。
 ベンヤミンは毎日のルーチンであるデータ学習に加え、ブレンゾン社から取り寄せた歴代AMAIMのモデル演習データを読み込ませた。他にも幾つかの軍事機関の機密情報にアクセス。各地で勃発する戦闘を捉えた記録映像の分析を試みた。さすがにドローンや外部車内からの映像は鮮明でないものが多く、時間をかけて解析をしてもラーニングに適したものは殆どなかった。それでもベンヤミンはミャアやモンド、メェが自律思考を会得する可能性を全て試したかった。なんとしてもシャーリーに、自分の功績を認めさせたかったのだ。
 遂にベンヤミンは大ユーラシア連邦の実験機関に所以があると噂される『自律思考の種』というデータの入手に成功した。それはあまりに膨大かつ変則的なデータだったが、三匹は淡々と平らげ、しかし別段の変化は見られなかった。
 そうこうしていると朝から晩までが一瞬で過ぎてゆく。疲れきったベンヤミンはデスクで寝落ちすることもしばしばあった。


「あんまり根を詰めないでね」


 ルビーはたびたび、ベンヤミンの研究室を訪れては労いの言葉をかけた。


「全然食堂にも来ないし。シャーリーも心配してたわよ」

「シャーリーが?」

「うん。『模擬戦間近なのに、奴は何してるんだ』って」

「あぁ……」


 一瞬シャーリーが自分の体調を心配しているのかと過ったベンヤミンは笑って頭を掻いた。


「基本的に食事は栄養剤で済ませてるから問題ないよ」

「やだ、育ち盛りなんだからもっとガツガツ食べなさいよね!」


 豪快に笑いながら背中を叩くルビー。


「一番合理的なんだよ。いろんな栄養素が一度に摂れて。どんな国にも持ち運べるし」

「もう。ベンヤミンてば……」


 一体、いつからそんな生活をしているのかと尋ねそうになったルビーは、数日前に知ったあることを思い出して口をつぐんだ。ベンヤミンをフィリッポに紹介したデレクが言うには、彼は児童養護施設育ちだったそうだ。早くからAI開発者として自立をしたのは必然で、どこか周囲を寄せ付けない雰囲気も、そんな生い立ちに起因しているかもしれない。


「ねえ、それよりさ」


 ベンヤミンがおもむろに口を開いた。


「……三澤はどうしてる?」



 三澤ジンには落ち着いた大人の色気があった。煙草をくわえ、顔を顰めながら整備チェックをする彼を眺めながら、年の頃は自分とそう変わらない筈なのに、どうしてここまで違うものかとフィリッポは呆けていた。


「あの関節部分の塗装は途中か?」

「えっ? あ、ああ……」


 呼び掛けら、慌てて駆けつけたフィリッポは、ビャクチに接合予定の脚部の説明をし始めた。


「えーと、その箇所は塗料を変える予定だ。表面温度を下げる設計にするらしい」

「摩擦熱対策か。細かく考えられているな」


 三澤は、白く輝く機体に感心して見入っている。


「シャーリーもルビーもマニアックなんだ。新しい素材や研究実験に糸目をつけない」

「それであの子も?」

「あ? ああ、ベンヤミンも確かに新素材だな。普通なら青春真っ盛りのお年頃だが、今や立派なAI開発リーダーだよ」

「……わからないな」

「何がだ」

「初めて会ったときから、彼に睨まれている気がするんだが……。俺の気のせいだろうか」


 真顔で呟く三澤を見て、フィリッポは思わず吹き出しそうになった。



 工場周辺の森を進むと、輸送機用のヘリポートや備品倉庫がある開けた場所がある。塗装や修理に対応可能な設備が一通り整っており、コーティング中の資材やガラクタが並んでいた。
 そこでシャーリーはブレンゾン社に依頼して入手した中古のAMAIM、ジョーハウンドの整備を進めていた。ジョーハウンドは主に北米軍が常用することが多いAMAIMで、受け取った機体も実際に軍事利用されていたものだ。大きな損傷はないものの、ビャクチとの模擬戦に備え、シャーリー自らチューンアップしたいと言い張った。


「へぇ、三澤がそんなこと言ってたの!」

「案外気にしてたぜ。ベンヤミンのこと」

「中途組同士、仲良くなればいいのにね」


 補助役……もとい、シャーリーの手足として呼ばれたルビーとベンヤミンは時間が経つと共に無駄口が多くなっていた。シャーリーはとっくにふたりのことを無視していたが、話題が三澤に及ぶとぶっきらぼうに口を開いた。


「どっちも一匹狼だからな。仲良しごっこは無理だろう」


 ルビーとフィリッポはフッと目配せし合った。聞くのは今だ。


「三澤とはいつからの知り合いなんです? 本部に居た頃からっすか?」

「奴の存在を知ったのはずっと前だ。連れ合いが北米同盟に雇われて戦争に行った時だから……十年以上前になる」


 思わぬ言葉にルビーは目をしばたかせた。


「その当時の三澤はまだ傭兵になったばかりの若造だったが、現地のレジスタンスに拘束されたパイロットや負傷者を救い出す任務に成功したんだ」

「もしかして……その中にお父さんが?」

「ああ。助けられたことをキッカケにあの頑固者が奴を気に入ってな。パイロット見習いのようなことをさせたり、色々と三澤の世話を焼いたらしい」


 シャーリーの死別した夫は傭兵上がりのAMAIMパイロットで、危険な戦闘地域に赴いていた。シャーリーは元々ヨーロッパの軍需工場に勤めながらルビーを育てていたが、夫の影響で開発者の道を歩きだしたのだった。


「そんな若造がいたことは聞いていたが私は忘れていた。ある時ブレンゾンの現場に奴がテストパイロットに来て驚いたんだ。『お前があの三澤か』ってね」

「へぇ~! 旦那さんが繋いだ縁なんすか」


 フィリッポは興味深そうに声を上げたが、ルビーは押し黙ったままだった。


「偶然の出会いが人を変えちまうんだ」


 別段感慨もない様子のシャーリーだったが、何か目算が浮かんだのか、磨き上げた機体に手を伸べると小さく呟いた。


「さぁて。どんな化学反応が起きるかね……」


 指揮官車に乗り込んだベンヤミンは耳元のインカムの微調整をした。


「ミャア、風向きは?」

「現在南西より軟風、風速約3m/s……30分後には強まる見込み」

「了解。それじゃ作戦通りに」

「了解。グッドラック!」


 晴天の下──演習場と地続きになった平原で、シャーリーによって整備されたジョーハウンドは、新たな脚部を接続したビャクチ検証機ver.3と対峙した。
 ジョーハウンドとミャアとの同調訓練は三日程だったが、ルビーがつきっきりでレクチャーをしたおかげで、最終日にはミャアもすっかり機体の特性を掴んだようだった。ベンヤミンの指示とタイムラグなく動けるようになったジョーハウンドは、その無骨な見た目に反して機動力もあり、何より剛性に優れている。専用武器も新品の用意が間に合い、対ビャクチ戦に何ら不足はないとルビーは断言した。
 とはいえ相手はこの工場の威信を掛けて開発してきた新型AMAIMである。用心深いベンヤミンは通信をオープンにするとモニター越しにビャクチに話しかけた。接続音がして、コクピット内の三澤は僅かに顔を上げた。


「三澤ジン。対戦前にこちらからひとつ提案させてくれ」

「……なんだ?」


 三澤以外にも、指揮官車に同席しているルビーは勿論、演習場のモニター前に集まってきている工場のスタッフ達も通信音声に耳を澄ませた。


「ライフルを使わないでくれ」


 モニターを見守っていたシャーリーとフィリッポは顔を顰めた。ベンヤミンの要求はつまり、ビャクチの手持ちの武器を制限させてほしいというものだった。専用ライフルを置き、パイルバンカーとマチェットの二種類のみを使用すること。


「こちらも武器はふたつ。ナイフとアサルトライフルだけで臨む。つまりこれで丁度互角だ」


 それを聞いたフィリッポは思わず口笛を吹いた。


「そりゃまぁハンデは欲しいよなぁ! 相手は来たばかりとは言え歴戦の兵士だ。お得意のライフルひとつ取り上げられたところで、ジョーハウンドに劣るはずがない。けど」


 と、苦笑して視線を遥か先の指揮官車に移すフィリッポ。


「今日の今日言い出すところが、なかなか食えないっつーか」


 シャーリーがその言葉を継いだ。


「あいつは本気で勝つ気なんだよ。歴戦の兵士に」



 大方の予想通り、三澤はすんなりとベンヤミンの要求を飲んだ。


「まったくもう! これはミャアとビャクチ、それぞれの性能をフル点検する試みなのにっ」


 ライフルの調整を手掛けたルビーは残念そうにボヤくが、ベンヤミンは気に留めずミャアに指示した。


「ミャア……GO!」


 スタッフが開始の合図するよりも先に動き出したジョーハウンドが、ビャクチに向かって駆け出し、ナイフで襲いかかった。奇襲だ。


「ふん、いい度胸してるな……」

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS 2-1

 三澤は左手に携えていたパイルバンカーで防御すると、すぐさま右手でマチェットを取り出して反撃を試みた。
 大小の木々や、荒々しい岩肌が見える森をバックに、二機の巨体がぶつかり合う。


「ミャア! 関節を狙うんだ」

「オーケー!」


 鋭利なナイフを突き刺すように差し向け、ジョーハウンドはビャクチの脚部を狙った。
 完成したばかりの両脚のジョイントを損傷させん勢いに、思わずルビーが叫びを上げた。


「ベンヤミンてば! 何度も言うわよ! これは模擬戦!!」

「へへっ、やっぱりミャアの反応速度、良くなってるね」


 連続するジョーハウンドの刺突をパイルバンカーと右腕のシールドで受け止め続けるビャクチ。反動でナイフの切っ先がジョーハウンド自身に当たったが、軽い衝撃音がするだけで傷ひとつつかない。
 ジョーハウンドの全身が非常に硬質な素材で出来ていること、シャーリーの加工によってアームの動きが滑らかになったことを数日前にベンヤミンはルビーから聞いていた。


「ミャア、左を空けるなよ!」

「了解!」


 ビャクチに左腕を掴まれそうになった寸前、ジョーハウンドは半身を返し逃れた。
 自律思考型AIについては、まだまだ判っていないことが多いが、開発者ならびに育生者に資質が似ることがあるという説があった。実際入力パラメーターを左右均一にしていても、ミャアは左百八十度の反応にエラーが出ることがままあった。これが、普段右利きのベンヤミンに類似しているのかは定かではない。しかしどちらにせよ個性の範疇として表れる習慣については、より自律思考の完成に近づいているためであると、ベンヤミンは前向きに捉えていた。
 それにしても──。ビャクチの動きが一切乱れないことにベンヤミンは驚いた。無駄のない最小の捻りと構えだけで、ジョーハウンドの猛攻を防いでいる。
 コクピットで接触の衝撃を感じつつ、三澤もまた冷静に感心していた。


「並の無人機では、この速さで繰り出せまい……」


 過去、何回かジョーハウンドとまみえたことはあったが、こんな連続攻撃を受けた覚えはなかった。ミャアがよほど正確にベンヤミンの意志を汲み取っているのだろう。


「しかし、もう見切った」


 ビャクチは斜め左から抉るように迫ってくるナイフをシールドで弾くと大きく後ろに跳び、パイルバンカーの柄の方を向けてジョーハウンドの胸を強く突いた。


「──っ!」


 大きくよろけ、その場でたたらを踏んだジョーハウンドに向かって、ベンヤミンが叫んだ。


「ミャア! 後退……! 後進だ!」


 すわ攻防逆転かと、一連を見守っているギャラリーは色めき立った。


「三澤のやつ、わざと泳がせてたんだな」

「いけ! ビャクチ!」


 ジョーハウンドは砂煙を立てながら一直線に森の、切り立った斜面が見える方へと逃げてゆく。追うビャクチに続いて、ベンヤミンとルビーの乗る指揮官車も向かった。
 事前に木々や傾斜の箇所を把握していたベンヤミンは、地形を利用して縫うように逃げながら、斜面の殆ど真下までやって来た。追いついたビャクチは右手にマチェットを構えて迫ってくる。


「勝負ついたか!」


 モニターに見入るフィリッポの真横では、シャーリーがじっと腕組をしている。
 次の瞬間、ドローンが捉える動画が乱れたように不鮮明になり、驚きの声が上がった。
 ナイフをパージしてライフルを手にしたジョーハウンドが真上の岩に連射し、ビャクチの頭上目掛けて大小の土砂を降らせたのだ。
 ビャクチが足止めを食らった形になったところで、すぐさま大きく距離をとったジョーハウンドが、ビャクチに向けてライフル射撃を開始した。


「これで手も足もでないはずだ!」


 ビャクチのシールドで防ぎきれない量のダミー弾が炸裂する。


「なるほど。銃を持たないビャクチは反撃できない」

「やるじゃない。ベンヤミン!」


 予め実力勝負で勝てないことをわかっていたベンヤミンは、対ビャクチの間合いを近距離戦一辺倒でいくと思わせ、その後中距離から射撃する作戦を練っていたのだ。


「見たか三澤!」


 ベンヤミンが勝利を確信した直後──ビャクチは足下に落ちてきた岩を踏み台にして飛び上がったかと思うと、ジョーハウンド目掛けてマチェットを思いきり投げつけた。まるで投擲のようなそれは真っ直ぐ、スローモーションのようにジョーハウンドの顔センサーに向かってきた。


「つ、掴めっ!」


 ベンヤミンが指示するが、しかしミャアは丁度それを避けようと身体を反転させかけていたところだった。判断し損ねたジョーハウンドは、よろけて尻餅をついた。マチェットは頑強な肩のすぐ真上を飛んでいった。
 やがて、立てないでいるジョーハウンドの頭部に、パイルバンカーの切っ先が突きつけられた。
 コクピットの三澤が静かに告げる。


「これで終わりだ」

「ま、まだ……だ! 立ち上がれミャア! テストパイロットなんかに負けるな!」
 ベンヤミンは必死に指示をするが、何故かミャアが反応しない。

「──!? ミャア?」


 ツー……という高温のビープ音が響いた。
 ベンヤミンは、いつの間にかミャアとの通信が不通になっていることに気づいた。

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS 2-2

(つづく)


【境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES】

第1話「天才少年」

第2話「テストパイロット」 ←いまココ

第3話「ベンヤミンと三澤」

第4話「地中海戦線」

第5話「南海の孤島」

第6話「知念とベンヤミン」 (終)


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