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公式外伝『境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 』がスタート! 第1話「天才少年」を公開!

2023.06.03

境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 月刊ホビージャパン2023年7月号(5月25日発売)

公式外伝『境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 』がスタート!  第1話「天才少年」を公開!

紡がれる物語ストーリーズ
その先にあるものは…

 SUNRISE BEYOND×BANDAI SPIRITSのタッグで2023年夏の配信に向けて企画進行中の映像最新作『境界戦機 極鋼ノ装鬼』。本編公開に先んじて、その公式外伝となる『境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES 』が「月刊ホビージャパン 7月号」よりスタートとなる。
 南海に浮かぶ孤島を舞台とした本編に対して、本作はそこにリンクしたストーリーがいくつかの視点で描かれる。篠塚智子氏が手掛けるシナリオに本編スタッフが参加することで描かれる新たな物語。やがてそれらはひとつの道につながっていく…。

STAFF

 企画
SUNRISE BEYOND
 シナリオ
篠塚智子
 キャラクターデザイン
大貫健一
 メカニックデザイン
海老川兼武
 協力
BANDAI SPIRITS ホビーディビジョン
ホビージャパン

境界戦機 極鋼ノ装鬼

公式サイト https://www.kyoukai-senki.net/kyokko-no-souki
公式 Twitter @kyoukai_senki

BANDAI SPIRITS 「境界戦機」プラモデル公式サイト https://bandai-hobby.net/site/kyoukai-senki/

CHARACTER FILE 01

境界戦機 極鋼ノ装鬼SSベンヤミン・オルソン

ベンヤミン・オルソン

 プログラミング能力に秀でた早熟な少年。シャーリーのチームに合流し、ペットのAIを開発中のAMAIMに実装するべく奮闘する。

境界戦機 極鋼ノ装鬼SSシャーリー・ミッチェル

シャーリー・ミッチェル

 ブレンゾン社、ヨーロッパ第四支部の支部長。元々ブレンゾン社の本部にいたが、若手メンバーを率いて一度離脱した経緯のある強者。新たなAMAIM開発に熱意を注いでいる。


第1話「天才少年」

 なだらかな山脈に囲まれた広大な森の中にその工場はあった。機械や物資の殆どは空から運ばれ、天候によってはスムーズにいかないこともある。その代わり、シャーリー・ミッチェル率いる開発チームは豊富な水と再生可能エネルギーによる電力を有し、新たなAMAIM作りに集中出来る環境に恵まれた。


「電力を二割カットしろだと?」


 蛇のようにうねる白髪を揺らし、シャーリーは秘書のフィリッポを睨みつけた。


「ここんとこ天候は安定しているだろ。節約する理由はない」

「俺もそう思うんすけど、上としてはスケジュールの超過を懸念してるっぽいっす」

「またそれか」


 顔の中心に皺を寄せて苛立ちを見せるシャーリーは、雑然としたデスクに貼ってある進行表を鷲掴みで引っ剥がすと、ぐしゃりと丸めてフィリッポに投げつけた。


「こっちは朝から晩まで未曾有の開発に取り組んでんだ。いちいち青写真眺めてる暇なんかないって、ブレンゾンの小間使に言っといてくれ」


 フィリッポは微苦笑を浮かべて頷きながら、待たせている本部のコーディネーターにする言い訳を考えていた。AMAIM開発の予算は二年前のチーム発足時から雪だるま式に膨らんでいた。タダ同然の土地とは言え、演習場付きの巨大施設とあって運営費用は馬鹿にならない。少しでも節電をという申し入れは控えめな要求とも思えた。


「待てフィリッポ。もうひとつ伝言だ」


 震える手で目薬をさしながら、シャーリーは行こうとするフィリッポを呼び止めた。


「おまえらのよこすAI開発者はポンコツだらけだからもう要らん。そう言っとけ」



 21世紀半ば。経済力を振りかざす強国達が弱国の属国化を推し進める中、各地で武力衝突が頻発するようになって久しい。医療の発展に伴い生命科学やバイオテクノロジーが勃興する裏では、様々な武器や兵器が高値で取引されていた。とりわけ人型特殊機動兵器AMAIMは戦局を左右する鍵とされ、世界中の軍需企業がこぞって開発に勤しんでいた。
 ヨーロッパに拠点を置くブレンゾン社も例外ではなく、ここ第四支部では新型AMAIMと、それを能動的に操作出来る自律思考型AIの融合が試みられていた。しかしベースとなる機体が七割方完成した一方、AIの開発は入り口で足踏みしたままだった。



「シャーリーの言うこともわかるわ。サマンサ! このモーターもう一度点検にかけて」
 フィリッポと話しながらスタッフに指示するルビーは、現場責任者として工場の舵取りをしていた。

「先週の検証テストも失敗したの。適合判定も突破出来ずにお役御免」

「相変わらずキビシーねえ、お姉様方は」


 十歳年上のフィリッポに揶揄されるも、ルビーは普段どおりにスルーした。


「欲しいのは学習能力があるだけの凡庸なAIじゃない。私達のビャクチに見合う最新の感度……」


 言いながら工場の奥を見遣ると、今まさに改造を施されているAMAIM──ビャクチ局地戦用検証機ver.1が見える。

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS1-1

「いっそ戦術特化型AIにしちゃえば?」

「そうね。このままだとシャーリーはその線でいくつもりでしょうけど……」


 多くの現場では、パイロットを必要としない戦術特化型AIの搭載が主流だ。機体との適合がスムーズな上、量産化が見込まれて効率が良い。機体性能の向上を最優先に考えるシャーリーは、いつまでも完成しないAI搭載に拘る必要はないとボヤくことが増えた。
 そんな彼女を説得し続けているのは他ならぬルビーだ。彼女は、系列会社であるトライヴェクタが開発し成果を上げたI-LeSという高度な自律思考型AIについて、詳細な報告書を読み込んでいた。


「彼らのお陰で有人機の可能性は再び開かれたわ。もしもこのビャクチに自我を持つ自律思考型AIが組み込まれ、優秀なパイロットと意思を通わせられたなら……」


 ゾクゾクと沸き立つ好奇心を、ルビーは抑えることが出来ない。


「世界一のAMAIM。お前ら母娘の野望に手が届くってわけだ」

「そういうこと」


 微笑んで長い金髪を高い位置でまとめると、ルビーは手元の端末で工場内の消費電力をチェックしだした。


「因みに、節電効率的には機体回りの主電源を落とさないほうがいいかもね」

「なるほど。AM装置と一緒か」


 そうこうしていると吉報が舞い込んだ。ベテランスタッフのひとりであるデレクの親戚に『天才AI開発者』がいるというのだ。



 都会の豪奢なホテルで初めて対面したベンヤミンを見て、スーツ姿のフィリッポは唖然となった。


「じゅ、じゅうよんさい……?」


 ベンヤミン・オルソンはパックのオレンジジュースを飲みながら頷いた。華奢な体には大きすぎるパーカーと、白い肌にうっすら浮かぶそばかすが、あどけなさを醸し出している。


「僕がAIコンテストで連覇した話聞いた?」

「ああ、まぁ……」

「地元で有名になりすぎちゃって。学校出てからの仕事は基本顔出してないんだ。でも、どこかで調べられちゃうのか、勝手にいろんな案件──サイバーセキュリティや開発の話が舞い込んできちゃうんだよね……。けどまぁ今回は知り合いの頼みだし、軍需工場なんか行ける機会ないし。僕としても気分転換になるかなって」


 一気に喋ると、ベンヤミンは大きく伸びをして高層階の窓外を見遣った。


「えー……時間を作ってもらって悪かったんだが……」


 流石に断ろうと頭を掻くフィリッポの言葉を、ルビーが横から継いだ。


「とりあえず一ヵ月やってみて、それで決めていいわ」

「雇うの!?」

「そのために来たんだもの。AMAIMの話だって、もうしてるんでしょ?」

「そりゃまぁメールでざっくりとは……」

「機動兵器AMAIMは、ひらたくいえば戦争をする道具よ。そのことは理解しているわよね?」


 こちらをじっと見つめてくるルビーの澄んだ瞳を睨むように見上げるベンヤミン。


「その仕事、一ヵ月以内に終わったら帰ってもいいんだよね?」

「勿論。早く終わるにこしたことはないわ」


 ベンヤミンはにっと笑って、ルビーに方に手を差し出した。


「ギャラは提示額の倍貰いたい。その代わり、僕のAIで君達のAMAIMを一新してあげるよ」



 フィリッポはすぐに工場に連絡し、シャーリーに『少年』を雇ったと伝えたが、シャーリーは特に気に留めていないようだった。どんな経歴であれ仕事さえやってくれれば誰でもいい。彼女のスタンスは昔から一貫していた。


「それにしたって相当なプレッシャーだぞ。あんな子供に務まるか?」

「そうかしら? めちゃくちゃ肝が座ってると思ったけど。不遜な態度がシャーリーそっくりよ」


 工場へ向かうヘリの後方座席を振り返ると、ヘッドフォンをしたベンヤミンが眠っているのが見えた。とうに自立しており了承を取らねばならない保護者はいないと言い張るが、普通なら学校生活を謳歌する年頃だ。自分が巻き込んだ手前、どうにも不安が拭いきれないフィリッポの横で、ルビーは鼻歌を口ずさんでいた。



 工場と同じ敷地にある宿泊所に到着すると、ベンヤミンは早速ノートPCを起動させた。


「ミャア、モンド、メエ……GO」


 呟くと三匹のペット、もとい、三種類のAIに軽いトレーニングデータを読み込ませる。その過程をビジュアライズさせ、三種の波形が波打つ様を眺めながらベンヤミンはうっとりと頬杖をついた。



 ベンヤミンにとって最初は時間つぶしだった。複雑なコードを覚えるのは言語を習得していくのと変わらなかったし、パスワードを探したり、拡張子を見つけたりするのはパズルゲームをしている感覚と同じだった。
 明らかに変わったのは、プログラミングが『仕事』になってからだ。やっていることは変わらないのに、有名企業は彼に使い道が思い浮かばないほどの大金をくれるようになった。それどころか学費の援助やオフィスの用意……気づいたらアシスタントや専用の運転手までついてきた。
「君は天才だ」と誰もが褒めそやすので、そう言われることは当然だと思うようになった。余計なことは考えなくていいし過去も振り返らない。目の前の難問をクリアしていくたび、自分が大きく、透明になっていくような感覚になった。
 数年前に気まぐれで作った三匹のAIのことは自分の延長のような、手足に近い存在として親しみを抱いていた。特に一番最初に生まれたミャアはここ最近成長が著しい。このまま学習機能を強化し自律思考を育てたら、自分の代わりに仕事をさせることも出来るだろう。キャパシティに囚われず寿命の限界もないそれを分身と出来たら、ベンヤミンにますます怖いものはなくなる。そんな折にフィリッポから依頼がきたのだ。AMAIMについて特段興味もなく、どこか遠い島国が激戦の舞台になっているらしい、というニュース並の知識しかない。しかしミャアは違う。電源さえ確保できればどんな詳細な情報も瞬時に取り込めるし、巨大な物体だって乗っ取ることが出来るのだ。この機に自分の技術とミャアの真価を試してみたい、ベンヤミンはそう企んでいた。



 宿泊所の一番端──工場に面した大部屋を、シャーリー達は食堂として利用していた。部屋で食べる者もいたが、多くの技術者達は毎日ヘトヘトになって食堂に辿り着き、キッチンスタッフが用意した温かい食事をかきこんで眠る生活がルーチンになっていた。


「おお、君が例の新入りの子か!」

「本当に若いのねぇ」


 工場の人々と友好的に握手を交わすベンヤミンを見て、フィリッポは安堵した。


「着いたばかりなら疲れてるだろ。今夜は大いに飲んでくれ」

「──って、だめだからね。変なもの飲ませたら」


 笑いながら割って入ったルビーが周囲のスタッフを紹介する中、ベンヤミンは上の空でテーブルの上に並ぶ食べ物に視線を滑らせる。ふかしただけの芋、芽キャベツ、人参、大皿に山と盛られたオートミール粥……。
 そこに、仕事を終えたシャーリーが舌打ちをしながらやって来た。


「表の誘導灯が点いてなくて真っ暗だ。誰の仕業だい」


 設計チームのスタッフが慌てた声を上げる。


「あ、シャーリーごめん。私が消しちゃった!」

「なんで消した」

「それはだって……フィリッポに節電しろって言われて」

「ああ!? フィリッポ~!」


 シャーリーがげんこつを振り上げると、フィリッポはすかさず頭を覆い隠す仕草で応じた。途端に部屋にいる一同がどっと沸き、ベンヤミンは今度のボスと、おおよそのチームの力関係を把握した。田舎の企業にありがちな、家族的なワンマン経営といったところか。
 自分の孫ほどのベンヤミンの姿を認めると、シャーリーはまっすぐにやって来た。


「よろしく、シャーリーだ」

「よろしく」


 軽く握手を交わしてベンヤミンの隣に座ったシャーリーは、安酒を一気に流しこんだ。


「今開発している検証機のベースは、多くの技術者達が時間をかけて作った優秀な機体だ」

「わかってる。ユーラシア軍に渡したものと同種のAMAIMだよね?」

「そうだ。数年前に開発したオリジナルのビャクチは局地戦に強く、実験機を欲しがっていたユーラシアが飛びついてきた。奴らの目論見は失敗に終わったがその戦闘力は正当に評価され、ブレンゾンは一度手放した我々と再契約を結ぶことになったのさ」


 実際は、元々本部の開発部門にいたシャーリーが上層部との軋轢を起こして若手を率い飛び出し、大ユーラシア連邦と契約を結んだものの喧嘩別れして出戻った形だが……その詳細な経緯を知る者は少なかった。


「わざわざ自律思考型AIを搭載するなら、相応のものを開発してもらわなくちゃな。でなきゃ量産系か、よっぽど人間のパイロットで充分だ」

「シャーリー……」


 最近めっぽう酒に弱くなったシャーリーを牽制するように横目で見遣るルビー。しかしベンヤミンはシャーリーの牽制に負けずにニッコリと微笑み返すどころかちゃっかりと言い返し……数分後には誰も口を挟めない言い合いへと発展してしまった。


「根本的にAIを知らなすぎる。きっとアンタの雑な指示のせいで皆辞めてったんだ」

「なに!? 私のせいだってのかい!?」


 腰を浮かしベンヤミンに掴みかかろうとするシャーリーをフィリッポが座らせ、ベンヤミンは冷めた目で、酔いつぶれたシャーリーを眼差した。


「そもそもAIの判断力は人間より上だ。パイロットなんて不要さ」


 果たしてそうだろうか……と、ふたりの議論を傍で聞いていたルビーが淡々と口を挟む。


「けど完全にAIが制御する機体は、何か問題が生じた時に介入出来ない……。過去に暴走を止められなくなった例もあるわ。自律性を取り入れつつも人間と調和させ、安全性の確立を目指すべきじゃないかしら」


 ふてくされたように押し黙るベンヤミンは席を立つと、出口に向かって歩きだした。


「ベンヤミン、食事は?」

「部屋に戻る」


 フィリッポは慌ててベンヤミンに駆け寄った。


「じゃあ俺が後で持ってってやろうか」

「いい。どれも食べたくない」

「ならとっとと帰りな」


 スタッフの誰かが口を開こうとするのを制するように、シャーリーが声を上げた。


「言っておくが今日はおまえの為にと集まったスタッフもいる。温かい食事をこさえた奴もいるんだ」

「……」

「機体開発はチーム戦だ。今のおまえとは御免だね」


 じっとシャーリーを睨んでいたベンヤミンは、やがて視線を逸らして呟いた。
「わかった。明日ここを発つよ」



 深夜、お腹が空いて寝付けなくなったベンヤミンは宿舎の廊下を歩き出した。
 あの時、フィリッポに引き止められながらも余裕だったのは、トランクの中に非常食が入っていると思っていたからだった。まさか宿泊していたホテルに忘れてきてしまったとは……。明日になればこの辺鄙な場所を離れられるだろうが、それまでこの空き腹を抱えているのは耐え難かった。


「ミャア、ライトになってくれ」

「了解」


 たちまちベンヤミンの腕時計が反応して懐中電灯のように足下を照らした。
 キッチンカウンターの奥にあったクラッカーを食べながらベンヤミンの空腹は満たされてゆき、同時にふつふつと怒りのような感情が湧き上がってきた。思春期のせいなのか、ベンヤミンはごくたまに何もかもむちゃくちゃにしたいような衝動に突き動かされることがあった。自分の前に立ちはだかるものや、視界を塞ぐようなものがあるのが許せない。シャーリー・ミッチェルはまさにそういう、岸壁のような存在だ。
 ふと窓外を見遣ると、三十メートル近くあるだろう黒い建物が見えた。あそこにAMAIMがあるのだろうか。



 ミャアの光も誘導灯も無しで歩けるくらい、月明かりが眩しい夜だった。湿った植物が甘く香り遠くに虫の羽音がする中、ベンヤミンは工場に続く土道を踏みしめていた。
 入り口のセキュリティは一見厳重だったが、宿舎の入館証とミャアのクラッキングソフトで簡単に突破することが出来た。重厚な扉が開くと、想像以上に広く開けた工場内の景色が飛び込んでくる。
 天井に走る分厚いランウェイには無数のクレーンが吊られており、壁際にはずらりと開発装置が並んでいた。
 目の前に広がる壮観な製造ラインに見惚れながら歩いていると、実験用のモーターや、組み立て段階の機体のパーツが並ぶエリアにやって来た。そして丁度工場の中央に位置するあたり、屈強そうな支柱のそびえる場所に、巨大な人型のシルエットが直立していた。


「これがビャクチか……」


 柱についていたライトをつけ、暗闇に浮かび上がったビャクチ局地戦用検証機ver.1を見上げると、ベンヤミンは溜息を漏らした。体中をケーブルに繋がれているそれは石像のように硬質で、しかしどこか艶やかな印象もある。両腕は欠損しており、胸部や脚なども試作品と思しきパーツで補われていた。得体の知れない不気味さと神々しさを前にして、ベンヤミンはこれまでに感じたことのない興奮を覚えた。



 けたたましく鳴る警報音の中、護身用の拳銃を携えて現場にやって来たシャーリーは目の前の光景に唖然とする。幾度となく解体、組み立ててきたビャクチが自分の命令なしに動いていた。駆けつけた人々も、こちらに向かって不格好に前進してくる機体を見て腰を抜かしていた。


「止まれ止まれ止まれーっ!」


 慌てて両腕を振って叫ぶフィリッポとスタッフ達の声が響き、「ビャクチ、停止」というベンヤミンの言葉でビャクチは止まった。実際にはミャアが停止させたのだが、機体がぎこちなく脚を揃えるとベンヤミンは小さくガッツポーズをした。


「お前がやったのか!」


 静止したビャクチを認めると、その足下にいたベンヤミンに向かってフィリッポが叫んだ。


「一体どうやって動かした!」

「えーっと。ウイルスを流し込んで制御システムをアンロック。意思決定プログラムを感知センサーと同期させて新たなコントロールシステムを作成……」


 遅れて駆けつけたルビーは、それを聞いて青ざめた。


「嘘よ。外部操作用の簡易なソフトウェアは搭載してるけど、厳重なロックが外れるわけないわ」

「僕のミャアなら、通信記録を遡って分析してパスワードを入手出来る」

「ハッキングしたってこと? でも主電源は──」


 横からスタッフがおずおずと口を挟む。


「完全には落としてませんでした。今週から夜はスリープ状態で……」


 ピンときたルビーがフィリッポを見ると、彼は頭を掻いていた。


「節電のために待機電力に切り替えたんだよね」


 天を仰ぐルビーを見て、シャーリーは豪快に笑い出した。


「シャーリー! 笑い事じゃないわよ! 大事故になるとこよ!?」

「いやはや、たいしたもんだ」


 シャーリーは、ビャクチを見上げているベンヤミンを興味深そうに見つめる。


「ひとりでしでかしたんだろ?」


 振り向いたベンヤミンはシャーリーに向かって腕時計を突きつけた。


「僕と、AIのミャアとでやった」

「ほほう、そうかい。AIとね……」


 目を細めるシャーリーは、面倒そうに首を振る。


「小さすぎて見えやしない。相棒の紹介は明日の明るい時に頼むよ」


 踵を返して歩きだしたシャーリーの背中は、ベンヤミンが思っていたよりも広く、逞しく見えた。



 翌日からベンヤミンは開発設計部の一角にデスクを置き、ミャアを基盤にしたAI開発に没頭しだした。確かに若く生意気だが、彼の豊富なプログラミング知識は周囲を驚かせた。特に画像処理や音声認識に関して蓄積したデータは膨大で、機体のセンサー感度と解像度の向上に寄与した。一方、ミャアを機体に融合させるために適したユニットは設計部門のスタッフが先導して試作を作り、データ転送にズレが出ないか、議論を重ねながら点検していった。



 地道な研究の日々を経て、完成したユニットを搭載したビャクチは、まだところどころ暫定パーツであるものの一通りの演習項目をクリア。被弾テストで武器を落とすミスがあったが、事前シミュレーションの想定を下回ることなく適合テストに合格した。

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS1-2

「いいぞミャア! 上出来だ」


 シューティングゲームとは異なり、ビャクチ仕様のライフルは巨大で、弾丸の飛ぶ音も銃煙も脳髄に刻まれるようなパンチがあった。広々とした演習場で見るビャクチの躍動に、ベンヤミンはすっかり陶酔していた。
 ルビーは駆動モーターの改善点を思いつくと意気揚々、作業場に戻っていった。他のスタッフもそれに倣う。
 シャーリーだけがひとり、渋い面持ちでモニタールームに佇んでいた。



 気づけばベンヤミンが工場に来てからもう二ヵ月が過ぎていた。
 ミャアは日毎に賢さを増し、工場内の装置やスタッフ各々の動線すら把握するようになっていた。あとはビャクチとの連動を磨き上げるだけだ。


「よくやってる。反応速度も段違いだ」

「もうシャーリーに言い返すことだって出来ます」


 ベンヤミンは思わず吹き出し、不意の軽口はどうやって覚えたのだろうと考えてから、駄話のせいだと思い当たった。億劫な会議や実験中のやりとり、たまに立ち寄る食堂やトイレで一方的に聞かされるお喋りの数々……。この工場に来てから他者との接触が格段に増えたが、それがこれほど影響するとは。


「モンド、メエ、君達はどう? そろそろ僕と喋らない?」


 他二匹のAIも毎日工場に連れて行きミャアと同じデータを取り込ませているが、わかりやすい反応はない。ただモンドのほうが学習スピードが早かったり、メエの方が問題分析後の正答率が高かったりという個性のバラつきが出てきた。ベンヤミンはそうした三匹の違いが興味深く、いずれ自我を持つことをしぶとく信じていた。



 しばらくして二回目の演習が行われ、各パーツの整ったビャクチ局地戦用検証機ver.2が試験された。駆動モーターを改良したことでミャアの反応速度は向上。マルチジョイントシステムのアームを装着した両腕の可動域はスムーズになり、様々な武器を使い分けることが容易になった。


「右30、敵機がくる。ハンドガンで対応」

境界戦機 極鋼ノ装鬼SS1-3

 検証機はライフルをハンドガンに持ち替えると至近距離にやって来たドローンに発砲。
 ダミー弾が命中したドローンは、勢いよく弾け飛んでいった。


「……上出来!」


 ルビーに拍手されて、破顔するベンヤミン。指揮車の後ろを振り返ってボスの顔を確認した。


「シャーリー見てた? 完璧だ!」


 しかし一連の演習を見ていたシャーリーは首を横に振った。



「一体何が足りないって言うんだよ!?」


 デスクに詰め寄るベンヤミンの前で、シャーリーは冷めきったコーヒーに口をつけた。


「だいぶ近付いてきたが、あれじゃあ完成とは言えないよ」


 そこにフィリッポがやって来て、シャーリーにパイロットが到着したと告げた。


「……パイロットって?」

「テストパイロットだよ。今のビャクチに足りないのは本格的な戦闘学習だ」

「演習はもう充分だよ!」

「ベンヤミン。戦争は命の奪い合いなんだ」


 咎めるように険しくなったシャーリーの顔を見て、ベンヤミンはドキッとした。
 程なくドアが開くと、シャーリーは立ち上がった。


「よく来てくれた。三澤」


 フィリッポの後ろから姿を現した黒尽くめの男に、シャーリーは手を伸べる。三澤と呼ばれた男も無言のまま右手を差し出した。


「よろしく」


 ふたりの固い握手を見たベンヤミンは、不意に自分が置き去りにされるような胸騒ぎを覚えた。

(つづく)


【境界戦機 極鋼ノ装鬼 SIDE STORIES】

第1話「天才少年」 ← いまココ

第2話「テストパイロット」

第3話「ベンヤミンと三澤」

第4話「地中海戦線」

第5話「南海の孤島」

第6話「知念とベンヤミン」 (終)


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