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【本日発売】スピアヘッド【軍事選書シリーズ】

2022.02.17

第三機甲師団“スピアヘッド”に所属した戦車兵の物語

スピアヘッド 表紙

 軍事選書シリーズ最新刊は、ニューヨークタイムズ2019年2月期ベストセラー3位を獲得したストーリー「スピアヘッド」を初の邦訳!
 アメリカ第3機甲師団に所属してヨーロッパ戦線の戦いに参加し、第二次大戦の終末期にケルンでの有名な戦車戦を戦った戦車兵の物語です。

 アメリカ第3機甲師団に所属する砲手クラレンス・スモイヤーは、はじめ自分たちの戦車は無敵だと思っていたが、極めて強力なパンター戦車と相対する。バルジの戦いではパンター戦車の前に次々と仲間が撃破された。その後それを打ち破ることができるパーシング戦車を与えられる。この戦車にのるには大きな義務が課せられ、部隊の先頭に立ちドイツ第四の都市ケルン攻略の先陣を務めた。ケルンでは絶望的な後衛戦闘に投入されたドイツの若き戦車兵グスタフ・シェーファーの乗るIV号戦車とある交差点で対峙し、ひとつの悲劇を分かち合うことになる──



CONTENTS



第一章  優しい巨人
第二章  洗礼バプテスマ
第三章  赤ん坊ブービ
第四章  戦場にて
第五章  襲撃
第六章  防壁の向こう
第七章  休息
第八章  4輌目の戦車
第九章  希望
第一〇章 何か大きなもの
第一一章 アメリカのティーガー
第一二章 2マイル
第一三章 狩り
第一四章 西方火消し部隊
第一五章 先頭に立つ
第一六章 勝利かシベリアか
第一七章 怪物
第一八章 征服者
第一九章 突破
第二〇章 アメリカの電撃戦
第二一章 孤児
第二二章 家族
第二三章 出てきて、戦え
第二四章 巨人
第二五章 帰郷
第二六章 最後の戦い

あとがき
謝辞
出典
Photo Credit


試し読み

第一章 優しい巨人

1944年9月2日
第二次世界大戦中、占領下のベルギー

 田舎の十字路に黄昏が訪れた。
 周囲の青い野原の虫の声と、何かの機械的な音だけが聞こえていた。長い運転の後にようやく停止した、熱いエンジンが発するカチカチという音だ。
 静寂の中、戦車の乗員たちは、空から最後の色が消え去る前に、消耗したM4シャーマン戦車に弾薬と燃料を補給するために働いていた(監修者注:基本的に戦車の乗員は、簡単な整備や弾薬と燃料補給、そして清掃などを行なう必要があった)。
 左端に停車した戦車の砲塔の後ろにしゃがみ込んだクラレンス・スモイヤー伍長は、75㎜砲弾を砲塔内で待ち受ける装填手の手に、注意深く渡した。少しでも音がすると、敵に位置を悟られてしまうため、慎重に作業する必要があった。

クレランススモイヤー
クラレンス・スモイヤー

 21歳のクラレンスは、背が高く細いローマ鼻で、ニット帽の下はカールしたブロンドの髪。青い目は用心深く、穏やかだった。背は高かったが、戦士ではなかった。喧嘩を好まなかったのだ。ペンシルベニアの家では、一度だけウサギ狩りをしたことがあるが、それも気が進まなかった。3週間前、車長に次ぐ副指揮官である砲手に昇進したが、それは彼が望んだ昇進ではなかった。
 小隊は所定の位置についていた。クラレンスの右側には、さらに4輌の〝オリーブドラブ〟に塗られたM4シャーマン戦車が、それぞれ18mの間隔を開け、弓状になって散開していた。視界の向こう側の北方には、産業革命によって発展したモンスの街があった。
 左側の戦車と並行して未舗装の道路があって、暗くなった畑を通り抜けて森の尾根まで続いていた。その木陰の向こうに陽が沈みつつあった。
 ドイツ軍はそこにいたが、その人数や、いつ到来するのかは、誰も分からなかった。ノルマンディー海岸への上陸から3ヵ月近く経ち、今、クラレンスと彼が所属する第3機甲師団の将兵は、敵軍の背後にいた。 
 すべての砲は、西を向いていた。
 総勢390輌の戦車を擁するこの師団は、敵とモンスの間に指揮下のすべての戦車を分散して、到達可能なすべての交差点を封鎖させていた。
 その夜の生存は、チームワークにかかっていた。クラレンスの所属中隊の司令部は、彼の所属する第2小隊に対して、単純だが重要な任務を与えていた。それは道路を守り、何も通過させないことだった。
 クラレンスは車長のハッチから、身長180㎝の体を砲塔内に滑り込ませた。そして砲尾の右側から砲手席に腰を沈め、照準ペリスコープを覗き込んだ。自分用のハッチは備えられていなかったので、この12・7㎝幅のプリズム式ペリスコープと、その左側に備えられた倍率3倍の直接照準望遠鏡だけが、外の世界への窓だった。
 これで前方視界は整った。
 その夜は、車外に出ることはできなかった。排尿すら危険すぎた。これが彼らが専用の空薬莢を持つ理由なのだ。
 クラレンスの足下は、砲塔内部と同じドーバー海峡のような、白いエナメル塗料で塗られた内壁に、3個の半球灯を備える戦車の車台が広がっていた。前部には、左側に操縦手、右側に機銃手兼副操縦手がいて、座席の背もたれを後に倒して、彼らが一日中乗っていた場所で眠っていた。
 クラレンスが収まる砲尾の反対側では、装填手が砲塔の床に寝袋を伸ばしていた。戦車は油や火薬、そして更衣室のような匂いがしていたが、その香りは馴染みがあり、心地よいものだった。ノルマンディー上陸以来3週間、陸軍が備える2個の重戦車師団のひとつである、第3機甲師団第32機甲連隊傘下のE(イージー)中隊に所属するM4A1シャーマンが、彼らの家だった。
 今夜は、すぐに眠りにつくだろう。男たちは疲れ果てていた。
 第3機甲師団は、18日間にわたり、第1軍の先陣となって、他の2個師団を従えて突撃し、フランス北部を横断していた。パリはすでに解放され、ドイツ軍は1940年に通った道を敗走していた。第3機甲師団はその韋駄天ぶりから、〝スピアヘッド(急先鋒)〟師団と呼ばれるようになった。
 そして、新しい命令が通達された。
 偵察により、ドイツの第15、17両軍(原文ママ)が北に向けてフランスからベルギーを急速に移動し、モンスの多くの交差点を通過しようとしているのを発見したからだ。そこで第3機甲師団は急転身して北に向かい、2日間で172㎞進撃して、待ち伏せ態勢をとるのに間に合うように到着した(編注:アメリカ第1軍によってモンス近郊で閉じ込められたドイツ軍はエーリッヒ・シュトラウベ歩兵大将が指揮する第58装甲軍団、第74軍団、第81軍団、第1SS装甲軍団、第2SS装甲軍団の残余。ほとんどが第7軍所属で、壊滅状態だった)。
 車長は砲塔の中に身を潜め、ハッチも空気が通るだけの隙間を残して下げていた。彼はクラレンスの後ろの座席に座り、まだ幼さの残る顔にはゴーグルの跡が残っていた。フロリダ州ジャクソンビルのポール・フェアクロス軍曹は21才で、寡黙でのんびりしていて、頑強な体格、黒髪、オリーブ色の肌をしていた。

シャーマン中戦車
75㎜砲搭載M4A1
シャーマン中戦車
ポールフェアクロス
ポール・フェアクロス

 フランス人かイタリア人だと思った者もいたが、彼は先住民であるチェロキー族とのハーフだった。ポールは小隊軍曹として、他の乗員をチェックし、夜の見張りを采配していた。普通は小隊長がこれを行なうが、彼らの小隊長は新たに配属された中尉で、まだ学んでいる途中だったからだ。
 ポールはこの2日間、指揮官の立場で振る舞っていた。彼は車長席に立ち、開いたハッチから肋骨のあたりまで上半身を出して、ここから隊列の動きを予測して操縦手の操縦とブレーキ操作を助けた。他車の乗員が戦車から投げ出されたり、泥濘にはまり込んだとき、ポールは常にまっさきに戦車から出てそれを助けた。
「今夜は自分がやりますよ」とクラレンスは言った。「君の分も見張りますよ」。
 その申し出は思いやりだったが、ポールはすぐには頷かない。クラレンスは、ポールが両手を上げて彼が席を譲るまで待った。ついにポールは席を移動し、砲手席で目を閉じた。
 クラレンスは、車体のより高い席である車長の位置に立った。ハッチは、ドイツ兵の手榴弾を防ぐのに十分な位置まで閉められていたが、前面と後面をよく見るための隙間は十分にあった。昇る月明かりを通して、隣のM4シャーマンが見えた。M4A1戦車の風船状の砲塔は、廃品回収場から持ってきた部品をつなぎ合わせたかのような、背が高い角ばった車体の鋭い外観に対して不釣り合いに見えた。
 クラレンスは砲塔の内壁からトンプソン短機関銃を取ると、薬室に銃弾を装填した。これからの4時間は、敵の歩兵が懸念だった。ドイツの戦車兵が、夜に戦うのを好まないことは誰もが知っていたのだ。
 クラレンスの時計が、暗闇の中で機械的にコチコチと動いていた。
 月が雲に覆われ、何も見えなかったが、並木道の尾根を越えて移動する、車列の音が聞こえてきた。
 動いては止まり、また動いては止まる。
 砲塔の内壁にある無線のスピーカーは、空電の雑音を静かに鳴らし続けていた。空を照らす照明弾の明かりはない。第3機甲師団は後に、3万名の敵軍がそこにいたと推定しており、そのほとんどがドイツ国防軍の兵士で、その中には空軍と海軍の兵士も含まれていたが、師団は追撃や攻撃命令を出さなかった。
 それは敵軍のボロボロになった残存兵が、道路の封鎖を迂回する方法を探すことで、貴重な燃料を消費させるためであり、〝スピアヘッド〟師団は彼らを放浪させることに満足していた。敵はジークフリート線として知られる、ドイツ国境に沿って配置された18000個を超える堡塁を持つ、頑強な西方防壁の安全圏に必死に逃れようとしていた。


 ここからというところですが、試し読みはここまで!
 続きが気になる方は、ぜひお手に取って続きをご覧になっていただければと思います。

 『水上爆撃機「瑞雲」』の全容を伝える唯一の著作「瑞雲飛翔」や、伝説的名著「北欧空戦史 ―なぜフィンランド空軍は大国ソ連空軍に勝てたのか」等、数々の名著を出している軍事選書シリーズの最新作。一部始終を米軍が撮影しており、Youtubeでの映像が有名になった、M26パーシング、M4シャーマンとパンター戦車の大聖堂前での戦い。その当事者である戦車兵の物語を描いた本書をぜひご覧ください。
 

 

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