日本海軍 軽巡洋艦 夕張 ソロモン海戦時【春園燕雀】
2021.11.22第一次ソロモン海戦の殊勲艦がニューキットで登場
1942年8月、限られた戦力でみごとな勝利を挙げた第一次ソロモン海戦で重要な役割を果たした軽巡洋艦「夕張」。従来の軽巡洋艦の能力を小型の船体に圧縮した革新的な設計で世界を驚かせた優秀艦だったが、ピットロードのニューキットが登場したおかげで、この殊勲艦を海戦時の状態でストレートに製作できるようになった。キットはフルハルとウォーターラインの選択式、リノリウム甲板など最新の考証が盛り込まれ、シャープなパーツ成型で組み立てもしやすい、最新キットにふさわしい内容だ。1隻のみが建造されたスーパー・クルーザーを手に入れろ!
■老兵、奮闘す
日本海軍の数ある夜戦の中でも屈指の快勝劇、第一次ソロモン海戦。高速の重巡洋艦を基幹とした第8艦隊は、数に勝る米艦隊に対し自軍沈没無し・敵重巡4隻撃沈という大戦果を挙げています。
大正生まれの古参艦「夕張」は同じく老兵の「天龍」、「夕凪」とともに参戦し、艦齢ゆえの不調に苦闘しながらも米重巡2隻に魚雷を命中させ、みごと撃沈に貢献したのです。
■約40年ぶりの新キット
「夕張」の1/700キットは1984年発売のタミヤ製があり、現在でも的確なデッサンに高い評価を得ています。ただタミヤは大戦後期状態でのキット化であり、「夕張」最大の見せ場であった第一次ソロモン海戦時でのキット化が長らく望まれていました。
そうした声を受けてか、ピットロードの新キットでは第一次ソロモン海戦時としてモデライズしており、パーツ分割を見る感じでは、大戦末~竣工時まで各年代へのバリエーションも期待できそうな作りです。
■船体と甲板
船体は基本形状をよく再現しているように思います。作例はテストショットのためか艦首先端のパーツC3が前方に飛び出し気味になっており、削り合わせで馴染ませています。
甲板は近年刊行された写真集に基づきリノリウム敷物の目地が進行方向に並行、いわゆる「縦敷き」でモールドされています。ただ目地の間隔が狭く、写真と齟齬が生じています。実際には敷物材の規格幅が約1.8m、1/700換算で約2.6mmで、船体中心線を基準にその幅で割り付けるとおおむね写真通りの目地位置になります。ただ、手間に見合う効果が得られるかどうかは意見の分かれるところでしょう。作例ではそのままにしています。
■艦橋・上部構造物
艦橋〜前マストはかなり詳細な分割で、複雑な「夕張」の構造をみごとに再現しています。作例では、窓枠をエッチングメッシュに置き換え、プラ成型の限界で太めになってしまう支柱を極細プラ棒で作り直しています。この細密な分割、素組みだといささか大変なのですが、こうした置き換えにおいてはパーツ単位での切った貼ったが最小限で済み、またキットパーツをゲージにした部材の切り出しもしやすく、ディテールアップ派には嬉しい構造です。
パーツD30の甲板には実艦では手すりにキャンバスが掛かっている写真が幾つかありますが、これを再現しようとすると、パーツC22の床面後端にある米粒形の張り出しに干渉してしまいます。公式図面の平面図にもこの「米粒形の何か」は作図されており、キットはそれを床面と解釈したようです。ですが、思うにこれは、直前に位置する測距儀(パーツG1)操作員用の手すりか何かで、同パーツの側壁上端の高さにあるものではないかと考えます。ただし、確証となる鮮明な写真は確認できず、作例ではD30にキャンバス掛け手すりを追加するとともに、それと干渉する部分を切り落とすのみにとどめています。
煙突は上部を開口し、公式図面を参考に内部に仕切り板を追加しました。その他、各甲板断面で厚みが目立つ箇所は薄く削り、前後マストや支柱など棒状で太さの気になるものは金属線や極細プラ棒に置き換えています。
■武装
主砲は、単装砲のシールドがやや寸詰まりで違和感を覚えたため、ファインモールドのナノ・ドレッドに置き換えています。また、前部単装砲は同じ砲を装備した「天龍」型や「球磨」型などが昭和16年前後に後端へ波除け板を装備していた事例にならい、波除け付きとしています。
連装砲は砲室天面の丸蓋がリベット状になってしまっているため、極細プラ棒の輪切りに置き換えています。側面の長方形のくぼみは扉なのですが、実物は外側への観音開きで砲室壁面と面一か少し飛び出ているはずなので、プラ板を貼り足して凸モールドにしています。また、砲身も単装砲に合わせナノ・ドレッドのものに置き換えています。
後部単装砲以外の3基の主砲には「俯角(ふかく)制限枠」という、自艦の設備を撃ってしまわないために砲身の可動域を制限する柵状の設備があります。キットでは省略されているのでエッチングメッシュとプラ材で再現しました。作例では強度や技術の問題から多少構造をアレンジしています。正確な形状についてはキット付属の解説に列記されている参考文献や、キットの箱絵などが参考になるでしょう。
魚雷発射管は、抜きの関係で側面のモールドが寂しいので、扉をナノ・ドレッドに置き換え、丸窓を追加しました。機銃は形状そのものはなかなかよいのですがやや大振りで、機銃台に対して窮屈になってしまうため、ナノ・ドレッドに置き換えました。
■ボート
ボート類は架台部分の背が高く、いささか印象を損ねています。パーツC30、C31は下端を削り、F5、F9は筋交いの太さが気になったので、プラ材で自作。いずれもキット状態より約1mmほど低くしています。
ボートダビットF1、F2は太さが気になったのでナノ・ドレッドのラフィングボートダビットに置き換えていますが、「夕張」には小さすぎ調整が大変だったので、キットパーツを薄く削るほうが楽かもしれません。
ボート本体の出来は文句なしです。こだわる方はカッター内にオールを追加するとよいでしょう。
■鉄甲板の塗装について
今まで日本艦キットの塗装指定では、鉄甲板の色を船体のグレーと同色としているものが多かったのですが、近年の同社のキットではメタリック色の指定となっています。当時の日本艦艇の鉄甲板は無塗装の亜鉛メッキ鋼板で仕上げられており、写真を見ると船体や構造物と若干明度が違って見えるのが確認できると思います。
ただ、実際に運用されていると、表面の小キズに汚れやサビがたまったり、メッキ面の化学変化があったりで、銀ピカなのは竣工直後だけだと思います。作例では経年を加味し、やや茶色みに振ったグレーで船体色と変化を付けています。
■駆逐艦サイズの船体に軽巡の強武装
「夕張」は1923年の竣工で、第二次世界大戦に参戦した日本巡洋艦の中でも比較的古めの艦でした。
同世代の「球磨」型・「長良」型軽巡の半分程度の排水量しかない小柄な船体に、同等の砲戦・雷撃能力を備えた革新的な設計は世界を驚かせ、設計者平賀譲の名を一躍轟かせました。しかし、それは裏を返せば、相当に無理をして詰め込んだ設計、ということでもあります。余裕のない船体には大がかりな改装が難しく、「球磨」型・「長良」型のような航空機運用機能や、高角砲や対空レーダーなどの対空装備を持たぬまま、大戦を戦うことになりました。キットを組むと、そういったコンパクトさの代償としての余裕の無さ、が実感できるのではと思います。艦船模型を作り慣れている方なら、駆逐艦を組んでいるような印象を受けるかもしれません。
世代の近い「球磨」型・「長良」型や、「夕張」の設計思想の延長にある特型駆逐艦などと並べ、レイアウトの違いなどを見較べてみるのもこのスケールならではの楽しみかと思います。
ピットロード 1/700スケール プラスチックキット
日本海軍 軽巡洋艦 夕張 ソロモン海戦時
製作・文/春園燕雀
日本海軍 軽巡洋艦 夕張 ソロモン海戦時
●発売元/ピットロード●4180円、発売中●1/700、約19.9cm●プラキット
春園燕雀(ハルゾノエンジャク)
鹿児島は10月になってもまだ真夏日……秋よお主はいずこにありや? 全世界は知らんと欲す。