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日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)/改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)【岩重多四郎】

2021.09.21

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)/改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)【ヤマシタホビー 1/700】 月刊ホビージャパン2021年10月号

最新キットで作る日本海軍最後の駆逐艦

 太平洋戦争後半に戦時建造計画で登場した小型駆逐艦「松」型(丁型)および「橘」型(改丁型)は、簡易設計とありあわせの装備品の組み合わせで戦力的には劣る上、二等駆逐艦の植物艦名を適用したことから俗に「雑木林」と呼ばれたが、対空能力やダメージコントロールなど長所を生かし、終戦までしぶとく戦った。ヤマシタホビーの1/700駆逐艦シリーズ最新作となる「松」型駆逐艦「竹」と「橘」型駆逐艦「橘」は、それぞれの特徴の再現を前提とした設計で決定版間違いなし。考証からパッケージイラストにも携わった岩重多四郎氏が両艦をレビュー!

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)

日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)

日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)

「松」型(丁型)駆逐艦 竹

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)
フロント
▲キットはこれまでのヤマシタホビー駆逐艦と同様、船体は左右貼り合わせ式、高角砲、魚雷発射管はスライド金型で一体成型。四連装魚雷発射管の砲室は新規考証を加えたパーツとなった
日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)
リア
日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)
艦首右側
▲「竹」の艦首右側。シンプルな艦影を再現した船体は、内部の補強リブ入り船底パーツで水平に組み上がる

「松」型(改丁型)駆逐艦 橘

日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)
フロント
▲船体パーツは「松」型とは異なり、艦尾をクルーザースタンにするなど量産性を高めるために直線を多用した船体形状の特徴を可能な限り再現。特に艦首部の舷側鋼板貼り合わせ部分の表現に注目
日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)
リア
日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)
艦首右側
▲「橘」の艦首右側。船体形状はもちろん、艦橋構造や対空機銃増備の状態などの細部の相違点も克明に再現
日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)
艦尾左側
▲「橘」の艦尾は直線形状となっている他、レーダーを装備した後マスト、爆雷投射機などが「竹」と異なる

■キットについて
 特型、「睦月」型に続いてヤマシタホビーが発売する3タイプ目の駆逐艦で、「睦月」型のバリエーションより先になった。既存のタミヤ丁型とピットロード改丁型がそれぞれ単独商品化だったのに対し、当初から丁型と改丁型の発売を前提として開発され、コレクションの整合性の点でも価値が高い。
 設計がかなり煮詰められており、共有パーツと固有パーツの見極め、細密度と作りやすさといった複数のベクトルの狭間で慎重に落としどころを探っている印象。主砲シールドの金型分割などにマニアックなこだわりが見出せる。魚雷発射管室の左側下部の張り出しは筆者の指摘が反映されたもので、1/700では初出(形状は不正確だがタミヤの1/300「雪風」「夕雲」にある)。細かい部品の紛失にさえ気を付けていれば、誰もが最高級の丁型・改丁型を手に入れられる。

■「竹」のパッケージイラスト
 丁型・改丁型の違いをわかりやすく対比するため、意図的に右舷中央寄りの比較的近いアングルで描いている。丁型の商品名は「竹」とされており、ふつう艦船模型で新製品を出すときは1番艦から出すものなので、18隻中の2番艦からというのは珍しい。
 実は丁型の場合、メーカー・ユーザー双方が基底資料として重視する舷外側面・平面図が舞鶴工廠製と横須賀工廠製の2種類あり、現在のところ舞廠1番艦「松」の図面が知られておらず、横廠1番艦「竹」のものが現存するので、資料的にはむしろ合理的。しかし何といっても、「竹」は丁型で唯一敵駆逐艦を撃沈したタイトルホルダーであり、ある程度戦史を知っているファンにとって我が意を得たりの選択だったはず。当然箱絵も多号第七次輸送作戦しかありえない。艦長へのインタビューが収録されている「艦長たちの太平洋戦争・続編」(佐藤和正著・光人社)の記述中で印象的だった「海面から撃沈された僚艦「桑」の生存者らしい「竹頑張れ!」の声が聞こえた」という部分をモチーフとして、この人物から見た「竹」の雄姿を描くことにした。
 具体的には「槇」の試運転写真を用い、主光源となるべき敵艦の発砲炎の側に視点を置き、背景と艦姿の明度差をつける(製品では原画よりやや全体が暗め)。この時点で「桑」は完全に海没していた可能性もあるが、副光源として「竹」の艦橋正面を浮き上がらせる。位置関係はフィクション。当時の速力24ノットに対し、艦首波は元写真に近いまま誇張気味に表現。
 キット自体は図面通りの新造時だが、イラストは所定の戦時改正を反映し、キットに取り付け指示のない一三号電探や25mm単装機銃4基(画としては2基)も描いてある。部品はいずれも入っているので、オルモックの状態にしたい方は後部マスト前方に電探、1番砲後方と2番砲前方の左右に機銃を追加すればいい。魚雷は戦闘開始前に1本誤射し、雷撃に使ったのは2または3本(故障のため1本撃たなかった、または1回撃ち直したという記述がある)とのことで、イラストでは1本なし、2本目海面射入、3本目発射中とした。また、自艦の主砲の発砲炎は箱絵としては邪魔なので描かず、記述から機銃を撃っている。オルモック湾はちょうど柱島と岩国の間にすっぽり収まる程度のサイズで、最高700m程度の山に囲まれた地形も似ており、個人的にはイメージしやすかった。海面は「天霧」と同じく陸岸に近いことと、「竹」のイメージカラーとしての印象付けも考慮し、わざと明るい青緑を使った。

■「橘」のパッケージイラスト
 横廠製改丁型1番艦「橘」の舷外側面・平面図は、以前からトレースが刊行物に掲載されている。改丁型でもっとも有名な「梨」は「回天」搭載艦となっているため(バリエーションキットを出すかどうかは別として)敬遠し、順当に「橘」が商品名となった。
 イラストは1945年7月14日朝、函館山を背景に対空戦闘準備中の状況。こちらも文字通り柑橘の木のイメージカラーを考慮して、夜明けの時間帯とした。旧ウォーターラインシリーズの上田毅八郎氏のイラストでも、戦闘中は避ける傾向が強い。時間帯と空の状態、艦の位置と風景の相互関係は土地勘がないので何とも言えない。ただし、この日の空襲は青函航路が壊滅した事件として知られており、貨車渡船の動向をすべてチェックしたうえで画面中央に「第4青函丸」を描き、時計代わりとした。また、「橘」も緊急出港のため錨を切り捨て、魚雷も投棄している。
 艦は「椎」の写真を左右反転させたものを若干アレンジ、基礎資料として呉海事歴史科学館所蔵の「蔦」(横廠2番艦、実質「橘」と同一)の図面を使用。記載によると、キットから右舷中央の25mm単装機銃1基と三式二型爆雷投射機4基を省いたものを第1状態、左舷カッターと右舷小発、両者のダビットを撤去し、その下にモールドされている台座3ヵ所と前記の1ヵ所、艦首旗竿直後の計5ヵ所に単装機銃を増備したものを第2状態と規定。丁型に対し1944年に増備訓令が出されていた三式投射機は示されていない。筆者はこのあたり実艦がどうなっていたか確認できなかったため、第1状態として描いている。

ヤマシタホビー 1/700スケール プラスチックキット

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)

製作・文/岩重多四郎

日本海軍松型駆逐艦 竹(1944)
●発売元/ヤマシタホビー●1650円、発売中●1/700、約14.3cm●プラキット

ヤマシタホビー 1/700スケール プラスチックキット

改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)

製作・文/岩重多四郎

日本海軍改松型駆逐艦 橘型駆逐艦 橘(1945)
●発売元/ヤマシタホビー●1650円、発売中●1/700、約14.3cm●プラキット


大戦末期に奮戦した戦時急造駆逐艦
駆逐艦「松」/「橘」型概説(前編)

■戦時急造駆逐艦「丁型」の誕生
 太平洋戦争前の日本海軍は、駆逐艦4隻からなる駆逐隊4個を、軽巡洋艦1隻が率いる水雷戦隊として編成し、この水雷戦隊4個を艦隊決戦用の駆逐艦戦力の主力として太平洋戦争に臨んだ。しかし開戦後、水雷戦隊による敵主力戦艦部隊襲撃という状況は発生せず、1942年後半からのソロモン方面での戦いで、水雷戦用の大型駆逐艦には不適な輸送任務に多用され喪失艦が続出、戦力は一挙に消耗した。
 この消耗は、従来の水雷戦用駆逐艦甲型(「陽炎」型、「夕雲」型)や防空用駆逐艦乙型(「秋月」型)、甲型を強化発展させた丙型(「島風」)の建造計画ではとても補充が間に合わなかった。そこで計画は大きく見直され、戦時急造と護衛任務、輸送任務に適した簡易型駆逐艦の建造が決定された。昭和17年度戦時艦船補充計画(改○五計画)の第2次追加計画で42隻の建造が計画されたのが、丁型駆逐艦であった。計画は急ピッチで進められ、11月に艦政本部が概案作成に着手、翌1943年2月には艦型が決定、基本計画番号F55として設計に着手された。

■丁型駆逐艦の構成、特徴
 従来の日本駆逐艦は、高性能化を期して複雑な曲線で構成された船型に、軽量化を図った特殊鋼(DS鋼)を多用した構造であったが、丁型は戦時急速建造を最優先方針として、艦首のせり上がり(シアー)を直線化、艦首側面の反り(フレアー)も少なくするなど直線を多用した単純な線図に、上甲板部は高張力鋼(HT鋼)、艦底部は普通鋼と入手の容易な鋼材を使用、性能面の低下には目を瞑った。機関部も従来型駆逐艦の高性能機関は量産には不適で入手難のため、「鴻」型水雷艇と同型の艦本式小型タービン2基を使用した。機関の低出力により、計画速力は27.8ノットという駆逐艦としては低速にとどまることとなったが、直線化による船体の抵抗増加は認められなかったという。
 設計で特筆すべきは、機関を日本駆逐艦初のシフト配置とした点である。従来は缶(ボイラー)と主機がそれぞれひとまとめにされた缶/機という配置であったが、どちらか一方が破壊されると一挙に機関停止に陥る弱点があった。これを、左右推進軸を独立させ、缶/機/缶/機という配置とし、一方が破壊されても機関稼働を続行可能とするための採用であった。機関配置構造が複雑化するため、戦時急造による簡略化という方針に反する設計であったが、開戦以降の戦闘被害の状況を鑑み採用が決定された。このため前部機関室から左舷側に伸びる推進軸を避けて後部缶室が右舷寄りとなり、第2煙突が中心線より右舷よりに配置されている。このおかげで低速小型の「松」型駆逐艦は、従来の大型駆逐艦以上の生残性を与えられることになった。もっともフランスやアメリカの駆逐艦では、戦前より採用されていた配置であった。
 兵装は、主砲に40口径八九式12.7cm高角砲、魚雷は九二式61cm四連装発射管、爆雷は九四式投射機(Y砲)と投下軌条を備えた。高角砲は、従来より戦艦、航空母艦、重巡洋艦の対空火器として多用されていた連装砲を1基と単装砲1基の計3門、魚雷発射管は1基のみで予備魚雷なしと数は少ないものの従来の大型駆逐艦と同型であった。計画当初は射線の少なさから53cm六連装発射管に変更されたが、新型の発射管は製造に時間がかかる、53cmでは威力不足であるといった指摘により61cm魚雷に再変更されている。Y砲2基、投下軌条2基、爆雷36個も第二次大戦期の対潜水艦兵装としては不足ながら、日本駆逐艦としては強力であった。
 第二次大戦期にはもはや必須の装備となっていたレーダーも、対水上警戒用の二二号電探が艦橋上に造られた電探檣の頂部に設置された。のちに対空警戒用の一三号電探も後檣に増設されている。敵潜水艦を探知するソナーなどの水測兵装は、九三式水中探信儀(アクティブ・ソナー)と九三式水中聴音機(パッシブ・ソナー)を備えた。また従来の内火艇に替えて揚陸輸送任務用の10メートル特型運貨船(小発)2隻が第2煙突両舷に搭載された。

文/伊藤龍太郎

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岩重多四郎

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