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【第11回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】

2025.11.03

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

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第32章 説得

 おれは、上野が病室の壁に貼った鈴木のサインを眺めながらしばらく考えていた。
 そして決心した。
 とにかく鈴木に直談判するしかない。
 おれは病室を出て廊下の端まで行き、インテリフォンを取り上げた。鈴木の電話番号を呼び出す。発信ボタンに指を伸ばした。
 ──が、しばらく逡巡して電話アプリを閉じた。重大なことだから直接会うべきだと思った。だがどうやって? 
 鈴木をカリスマ──チャオファンと崇める上野をそそのかして、ハインライン社へ乗り込むことにした。
 病室に戻り、上野に声をかける。


「ちょっと、いいすか」

「ん、何だい」


 上野が後頭部を掻きながら振り向いた。


「外出に付き合って欲しいんですが」


 おれの今回の負傷経験を基にZIMの改良点をまとめたので、逸早く鈴木に進言したいからと説明した。正直言って、味方にタングステンカーバイドの槍で襲われた際の対策など立てようもないのだが。


「そいつはいい。ぜひやるべきだ」


 案の定、上野は大乗り気になった。




「外出許可が下りたよ」


 三〇分後、上野が戻ってきて言った。すでに警予隊戦闘服に着替えている。


「一応おれも訊いてみたんですが、やはり外出はまだ駄目だと言われましたよ」


 と、おれは正直に言った。


「なぁに、ちょっとぐらいならわからんよ。善は急げだ。俺が車を借りてきてやるから、支度して待ってな」


 そう言って上野は飛び出して行った。頼もしい。
 大浜も協力してくれると言う。
 おれは急いで外出着に着替えた。上は戦闘服だが下はジャージとスニーカーだ。
 布団の下に自分の枕と上野の枕を立てて膨らませ、寝ているように偽装する。
 二〇分ほどして上野が入口に顔を見せた。


「〝ジャー戦〟で行くのか? 失礼じゃないのか」


 と、おれを上から下まで見て言う。


「知合いなんで、大丈夫でしょう」

「──そうか。じゃあ行くか。大浜、留守を頼む」

「ああ、まかしとき。帰りにタバコ買ってきてくれ」

「何か増加食も買ってくるわ」

「嬉しいね」


 おれたちはそそくさと病院を出た。
 急ぎ足で歩くと胸の傷が痛む。特にコンクリートの地面を踵で蹴った時の衝撃が響く。思ったより怪我のダメージが大きいのだと改めて気付かされた。
 裏の駐車場に停めてあったレンタカーに乗り込んだ。上野が手配したものだ。
 三軒茶屋の入口から首都高に乗り、代々幡で六本木通りに入る。
 ソフトスキンの運転手だけあって上野の運転は巧みだったが、時折「ヒャッハー!」などと耳元で奇声を上げるのには閉口した。鈴木に会えるのがよほど嬉しいと見える。
 午後五時五分過ぎ。勝手知ったる六本木ハイランドの地下駐車場に滑り込んでいた。
 エレベーターで最上階に行き、帰り支度をしている顔なじみの受付嬢に口を利くと、すぐに社長室に通してくれた。社長秘書がいつもの嫣然とした微笑で迎えた。
 上野が目を丸くしている。


「あんた、凄いな……」


 少し待たされたが、やがてドアが開いた。


「外出できるようになったんだな」


 愛用のアイディアノートを抱えた鈴木は笑顔で迎えてくれたが、おれにはどうしてもいい顔はできなかった。


「こちらは病室のお隣さんで、車に乗せて来てくれた」


 おれは上野を紹介した。上野は挙手注目の敬礼をした。


「上野二等警察士補であります!」

「ああ、ご苦労さん」


 鈴木は面白くもなさそうに挨拶した。


「こないだはサインをどうも!」

「そうだっけ」


 ひとまず上野には社長室の前の応接室で待ってもらい、おれだけ中に入った。




「まあ座ってくれ」


 いつものように高級革ソファを勧められた。


「座る気にならない」


 おれは立ったまま不機嫌に言った。


「そうか……では手短かに頼むよ。病院から急行するほど重要な話とは、何だ?」


 鈴木は持っていたノートをテーブルの上に起き、ソファに腰を沈めながら言った。


「……この部屋は防音か?」

「もちろんだ」


 しかしおれは声を落した。


「スーさんは……おれに隠していたな」

「何のことだ」


 と、鈴木は顔色を変えずに言った。


「時空の〝裂け目〟を見つけていたんだな。君の時空跳躍は地震エネルギーのせいではないんだろう」

「いったい、どこのことを言ってる」

「二子橋の所だ。ちょうどマルゾン処理施設がある。知らなかったとは言わせない」

「……」


 鈴木は黙ってノートのページを繰っている。


「あそこはスーさんが川に飛び込んだ場所だ。そしてこの世界に跳んで来た。つまり、あそこには〝裂け目〟がある。今も開いているんだ。スーさんはその〝裂け目〟にマルゾンを棄てようと考えたな。──特殊な薬品で溶かして放流するなんてのは嘘っぱちだ!」


 鈴木がノートをパタンと音を立てて閉じ、ついに破顔した。


「……ふふふ……そうか、わかってしまったのか。さすがは元相棒だ」

「〝裂け目〟の向こうには、あっちの世界があるんだろう?」


 鈴木は顎に手を当てた。


「本当に元の世界かどうかは知らない」

「だが、確信があるはずだ」

「いや、そこまでじゃあない。確かに〝裂け目〟はある。だが誓って言うが、自身で試したことはないんだ。そんなこと、怖くてできない。──僕はこの世界が好きなんだ。ここからどこか別の場所へ行くなんてことは考えられない。ましてやあのヘドの出るような元の世界へなんか、まっぴら御免だ」


 おれの肩をガクリと落とした。


「……スーさんはそうだろうが、おれは違う。どうしても戻りたかったんだ」


 なぜ教えてくれなかったのだと、おれは恨みがましく鈴木を睨めつけた。


「本当にどこへ跳ばされるかわからないぞ。深海かもしれない。真空の宇宙空間だってこともありうる。無意味に終わる可能性があるぞ。それでも命を懸けられるのか。二回も、、、死にかけたんだろう。せっかく拾った命だ、大事にしろよ。──それに、忘れたのか。お前の話では、都心に核ミサイルが落ちたらしいじゃないか。今頃は焼け野原だろう。放射線だってやばい」


 鈴木の言うことにも一理あるから恨めしい。


「ううむ……それだって確信はない。最後まで見たわけじゃないからな」

「そんなに言うなら、ゴリが飛び出てきたという新宿の〝裂け目〟でもなんでも探したらいいだろう」


 言われて気付いた。爆発エネルギーが関係無いのなら、確かにそうだ。しかし。


「なるほど……その案を採用させてもらうよ。空中なので探すのは難しいから時間がかかるかもしれない。だがやってみる価値はあるだろうね」

「わかってくれたか」


 鈴木が溜息をつき、アイディアノートに手を伸ばした。
 おれは続けた。


「だけどその前に、裂け目にマルゾンを棄てるという計画を見過ごすわけにはいかないよ」

「どうせ死の街だ。マルゾンを棄てるくらい、いいじゃないか」


 鈴木は両の手のひらを上に向けて肩を竦めた。


「だから! 死の街と決まったわけじゃない!」


 大声を出したらまた胸の傷が疼いた。手で押さえる。


「とにかく何度でも言うが、僕はこの世界が好きで、なんとしても僕の世界を守りたいんだよ」


 と、鈴木は淡々と言う。


「だからって、あっちの世界がどうなってもいいというのは許されない。そうする権利はスーさんには無い。スーさんにとっちゃ、ヘドが出るのかもしれないが、おれにとっては大切な世界だ。大切な人たちが暮らしている。──なあ、考え直してくれないか」


 言いながら、おれは病床のお袋や礼子、そして出版社の担当編集者の顔を思い浮かべていた。
 鈴木が不意に立ち上がった。
 執務デスクの後ろに回ると、酒棚からウイスキーのボトルとショットグラスを二つ取って来た。いつぞやのポートシャーロットか。


「まあ落ち着け」


 と言って、鈴木はグラスを差し出した。
 おれは首を横に振った。


「医者に止められてる」

「そうか。じゃあ僕は勝手にやるよ」


 鈴木は再びソファに腰を下ろすと、片方のグラスに酒を注いだ。一口舐める。


「──だが、ゴリがどんなに切望しても、いろんな面で阻止できる可能性は低いぞ」


 おれは無視して言い募る。


「なあ……頼むよ。中止にしてくれないか。他にも方法があるだろう。これまでのようにZIMで一体ずつ地道に〝無力化〟していったっていいじゃないか。そうすれば遺体が残るから告別式だってやってやれるし、墓だって作れる。まとめてポイなんて人のやることじゃない。こっちの世界の人たちのことも考えてやれよ」


 鈴木がまた芝居がかった仕草で肩を竦める。


「ZIMか……ふふ。早晩、S.A.T.O.にシェアで負ける。だからその方法でやったとして、すべて終われば佐藤の手柄になるだろう。だから、僕の処理施設でひっくり返してやらねばならん。それにあのマイクロパイルドライバーだってサトーコーポレーションの特許だ。うちで作るには莫大なパテント料を払わなければならないんだ」

「……それが本音か。結局は金と名声の話かよ。スーさんはそこまで腐っていたのか!」


 鈴木がウイスキーを残らず喉の奥へ放り込んだ。壁の時計をチラと見る。


「何とでも言え。好きなだけ罵れ。だがな、言葉で僕をいくらヘコませたってまったくの無駄だ。そんなことにはとっくに慣れっこだからな。それに──たとえ僕が折れたとしても、もはや僕の一存ではどうにもならない段階に来ている。すべてが動き出しているんだ。あと一日、いや十八時間しかない。僕が一人でストップと言ったところで止まらんよ。どうしてもと言うなら、僕以外の関係者を全員説得してみろ。ほぼ不可能だろうが、奇跡でも起きてどうにかなるかもしれん」


 おれは目を瞑って鈴木の言ったことを考えた。
 本当だった。
 絶対的に時間が無い。
 そこで今更のように気が付いた。──鈴木がおれに警予隊への出向を促したのは、おれが鈴木の傍にいればいずれ〈ハーメルン作戦〉の正体に気付き、反対することを予期していたからではないのか。
 時間さえあれば、やはりおれはあらゆる手段を使って妨害しただろう。それを避けるためだったのか。道理でおれの周りでとんとん拍子に物事が進んだわけだ。このおれが警予隊なんておかし過ぎた。すべて鈴木の差し金だったのだ。
 しかし、今それを確かめる気にはなれなかった。
 もうこれ以上ショックを受けたくない。
 とにかく鈴木にはもう何を言っても無駄だった。おれは時間を空費したことを悔やんだ。あとはこれからでも〈存対〉の人々を順番に説得するしかない。
 だが鈴木にもできないということを、果たしておれが独りでやってのけることができるのだろうか。この世界では何者でもないただの若造のおれが。
 想像してみる。
 おれや鈴木が時空跳躍してきたこと、並行世界が存在すること、他の世界へマルゾンを棄てようとしていること、そしてその犯罪性──それらを彼らに全て信じ込ませなければならない。そして、しかもその後に政府を説得してもらう……。
 気が遠くなりそうだった。


「うう……」


 呻いた。胸の傷もひどく疼く。おれはまた肩を落とした。


「わかったか」


 と言って、鈴木はグラスに酒を注ぎ足した。




「わかった……もう帰るよ。時間を無駄にした」


 おれは踵を返し、ドアノブに手を掛けた。
 開かない。ロックされている。出さないつもりなのか。


「開けてくれ!」


 おれが焦ってノブをガチャガチャ回すと、カチリと音がした。


「慌てるな」


 鈴木はあっさりとリモートで開錠してくれた。
 ということは、本当におれが動いても無駄らしい。いよいよ絶望的になった。
 力無く部屋の外へ出る。
 すると、上野がバネ仕掛けのようにソファから立ち上がった。一緒に来ていたのをすっかり忘れていた。


「帰りましょう」


 おれは吐き捨てるように上野に言った。


「そんな……約束が違うぞ」

「予定変更です」


 おれは早くここを出たかった。


「長々と待ってたんだ。話をさせろよ」

「駄目だ!」


 鋭く言う。


「うう……ヒャッハーッ!」


 上野が叫ぶや、腰の後ろから黒い塊を取り出した。
 拳銃だ。
 おれは思わず飛び退った。傷が鋭く痛んだ。
 銃口が社長室の方を向いた。
 パ――ン!
 銃声一発。
 振り返ると、鈴木がソファから崩れ落ちていくところだった。
 手が掛けられたアイディアノートが一緒にテーブルから滑り落ち、その上にグラスの酒が降り掛かった。


「やってやった! あのチャオファン、鈴木鉄人を撃った! 俺はヒーローだぁ!」


 おれは反射的に上野の腕を押さえ、拳銃を掴んだ。警予隊の制式拳銃だった。
 上野は脱力し、簡単に手を離した。おれは銃を部屋の隅に放り投げた。
 入口近くのデスクにいた秘書が目を丸くして固まっていた。


「セキュリティを呼んで! それから救急車!」


 と、おれは叫んだ。


「は、はいっ!」


 すぐに屈強な警備員が二人飛び込んできた。上野の身柄を任せると、秘書と共に鈴木の状態を見にいく。
 鈴木は仰向けに倒れ、目を見開いてこと切れていた。
 警予隊で習った通りに呼気と脈を確認したが、いずれも感じられない。
 上等の絨毯には血が沁み込み始めていた。



 上野はセキュリティが呼んだ麻布署の警察官に現行犯逮捕された。
 駆け付けた警予隊警務官たちは、上野の乱心は脳の損傷が原因ではないかと囁き合った。
 おれ自身も警察の事情聴取に三時間取られた。改めて、鈴木の死亡が確認されたと知らされた。秘書の証言もあっておれの共犯疑惑はなんとか晴れた。
 迎えに来た看護師長にはお目玉をくらい、取り調べが終わり次第、車で病院に戻された。病室で迎えた大浜も状況を聞いて仰天していた。
 古い友人を亡くし、おれは気持ちを多少なりとも落ち着かせるのにさらに時間を要した。 
 彼の死は間違いなくおれのせいだった。
〝死〟を連れてきたのだから。
 確かに鈴木は最後に反逆的な企みをした。
 だが、過酷な運命を、誰に頼ることもなくこれまで独りで切り拓いてきたのだ。その勇気と知恵と行動力は、この世界の人々が知る以上の貴いものだ。
 おれが一番よくわかっている。真の意味で称賛されよう。
 マルゾンさえ出現しなければ、彼はこの世界でずっと幸福だっただろう。
 しかし……おれには彼のために泣いてやる時間は無かった。
 貴重な時間をさらに浪費し、おれは焦っていた。リミットまであと半日余りしか無い。〈存対〉メンバーを順番に説得する機会も余裕はまったく無くなっていた。
 おれはベッドの上で考え抜いた。
 そしてある結論に辿り着いた。
 単純なことだった。
 鈴木の対敵、サトーコーポレーションの佐藤社長を頼るのだ。

マルゾン11-挿絵2

つづく

この物語はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係がありません。


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