【第11回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.11.03マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした
第31章 作戦の正体
さらに数日が経過し、おれは立って歩けるようになった。
久しぶりに晴れ間が覗いたので、病院の中庭まで足を延ばしてみた。
芝生の中の白いベンチで上野が煙缶を抱えるようにしてタバコを吸っていた。そこが彼の定位置らしい。青空に白い煙が散っていく。
隣に座った。
「ずいぶん歩けるようになったんだな」
と、上野が煙の残りを吐き出して言った。
「ええ、お陰様で。──そちらは?」
「相変わらずだよ。まだ時々ひどい頭痛がする」
上野を見やると、依然、頭のネットが取れていない。そういえば、深夜に呻いていたことが度々あった。
「それで、タバコなんか吸っていいんですか?」
「いや、実は止められてる。これは内緒だぜ。──ところであんた、あのチャオファン鈴木鉄人の知り合いだったんだな。こないだはビックリしたよ」
チャオファン──ああ、〝カリスマ〟のことだった。
「ええ。古い知り合いなんです」
「俺は昔から彼のファンなんだ。ハインラインのプロダクトはどれも凄いよな。どこからあんな発想が出てくるんだろう。まるで宇宙人だ」
それを聞いておれは苦笑いした。かつての鈴木の仇名が〝リトルグレイ〟だったからだ。こっちにも〝宇宙人〟という喩えはあるらしい。
「宇宙人……かなりいい線行ってますね」
「冗談だ。彼には言うなよ。──また鉄人に会いたいな。色々訊いてみたいことがあってね」
「そのうちまた来るでしょう」
「今度は俺も話に混ぜてくれるよう、あんたから頼んでくれないか」
「覚えときます」
よろしく頼んだぜ、という声を背に受け、おれは散歩を再開した。
「Hello!」
「こんにちは!」
おれが病室に戻ると、なんと、美伶とあのアンディが入口の前に立っていた。見舞いに来てくれたらしい。
おれが負傷して入院したという知らせは、ずいぶんと広まっているようだ。
「ゴリさん、はいこれ」
美伶が小さな花束をくれた。
「ありがとう」
おれが二人を病室に招き入れると、アンディが入口の上端に頭をぶつけそうになった。
「またお客さんらしいね。あんた、知り合いが多いんだな。俺も出てようか?」
と、窓際の大浜が言った。
「あ、いや今日は別に……」
「まあいいって。いつものこった。タバコ行ってくるわ」
「申し訳ない」
大浜は出て行った。
「二人とも久しぶりだね。そこの椅子を使ってよ。もう一つはお隣さんのを借りて」
と、おれは言った。
「怪我は大丈夫? とっても心配したんだよ!」
と、美伶がかいがいしく二つのパイプ椅子を用意しながら言った。
「ありがとう。順調に治ってきてるよ」
美伶がおれの言葉をアンディに通訳する。
「It’s great!」
アンディが笑顔で言った。
「サンキュー」
「ゴリさん、あたし今、麻布の学校に通ってるよ。外国人の子やあたしと同じ〝混じっ子〟がいっぱいいるから、すごく楽しい。それからね、アンディの助手をやってるの。ただの通訳ですけどね。アメリゴから社員パスも送ってもらったよ」
ほら、と言って、首から紐で提げているパスを見せてくれた。
Mirei Yoshii Anderson
Assistant
LATENT IMAGE Co.,Ltd.
スラスラ読めた。もはやアルファベットは鏡文字になっているという意識すらなかった。確かにアメリゴの会社のようだ。顔写真も入っている。立派なものだった。
「子供が仕事をしてもいいのかい?」
と、おれは訊いた。
「もちろんボランティアですよ。交換条件は、あたしが高校生になって留学する時にステイ先になってくれることと、アメリゴのパパを探す手伝いをしてくれること」
「ボランティアに交換条件があるのかい。──しかしアンディがまだ東京にいたとはね」
「長期取材の許可が出て、延長したんですって。全部で三カ月なんだって。それでね、もうすぐ〈ハーメルン作戦〉やるでしょ。アンディが処理施設を取材したいって言うんで、案内して来たの。ゴリさん、その動画見る?」
さすが、フットワークがいい。
おれは身を乗り出した。
「ぜひ見たい」
「OK」
美伶から合図をされたアンディが、ビデオカメラをサイドテーブルに置いた。側面のモニターを開いて見せてくれる。
手持ちカメラによる画面は少しブレながら、大通りの歩道を歩いている。
行く手には障害物は無く、曇り空が広がっている。
左手には雲に遮られた太陽が薄ぼんやりと見え、右手には小田急、いや大東急線の二子玉川駅が見える。
カメラは歩道をずんずん進んで行く。
やがて道は橋になり、多摩川の上に来た。二子橋だ。
左手の車道の向こう側に大きな灰色の建物が見えてきた。次第に近付く。
二子橋は一部の欄干が取り外され、そこから直角に新造の橋が五、六〇メートルほど延び、建物の入口に続いていた。連絡橋だろう。
テレビクルーがもう一組いて、反対側から撮影する姿が写っていた。
画面は切り替わり、建物の間近に来た。急造りの倉庫といった感じで、いかにも安っぽい。正面には巨大なシャッターが四面あるだけだった。窓は一切ない。
入口上には赤色灯。両端にZIMを装着した警予隊員が一人ずつ立っている。鈴木の施設だけあり、S.A.T.O.は閉め出されているようだ。
カメラは建物の側面に移動した。そこにもただ灰色の壁があるだけで、窓は一つも無かった。
建物は川面から二メートルほどの位置まであり、その下はトラス構造の鉄柱が何本も川底に突き立っていた。
おれは想像してみた。
──マルゾンの大群は、ヒトフェロモン噴霧車に誘われ二四六号線を遠路はるばる歩いてきて、この処理施設の前まで辿り着く。
たぶん、その先はバリケードで封鎖されていて行けず、マルゾンたちは連絡橋を渡って、入口から建物の中へ入って行く。
当然建物の奥にもヒトフェロモン噴霧器があるのだろう。
彼らは地獄の大釜に落とされ、特殊薬品と混ぜられて溶け、ドロドロしたタンパク質やらなんやらのゾル状態となり、多摩川へ放流される。
あとは魚の餌になるのだろう。
そこまで想像したら胸が悪くなってきた。
「あのね、アンディが何かおかしいって言うんだけど」
と美伶が言って、さらにアンディとやり取りをしていた。
「あのね、特殊薬品ってたぶんたくさん使うはずになのに、施設に運び込んだ様子が全然ないんだって」
「知らない間に運び込んであるんじゃないのかい? 夜とか」
再び美伶とアンディの会話。そして返答。
「あのね、新しい橋にタイヤの跡が全然無いんだって」
アンディがビデオを戻して見せてくれた。確かにアスファルトはピカピカのままだ。
「じゃあ、これから運び込むんじゃないのか?」
「でもあと二日しかないよ。ギリギリ過ぎない?」
と、美伶が自分の考えを言い、アンディがまた耳打ちした。
「──それにアンディは、あの建物の大きさだと中に薬品をあまり置いておけないだろうって。途中で補充する必要があるって」
実際に建物を見た人間が言うのだ。そうなのかもしれない。
オペレーション中に補充しようとしてもマルゾン用の道しかない。同時に通すのは無理だった。運搬車専用の通り道が必要だが、特に無かった。
おれの胸にも不安がもくもくと湧き上がってきた。
結果的に、人払いをしておいてよかったのかもしれない。
「確かにそうだね……」
おれは慎重に答えた。
「Check this out」
と、アンディがビデオを操作した。河川敷に降りて撮った映像だった。イレギュラーな撮影だったのか、手ブレがひどく画角が安定していない。アンディは画面をポーズにして、画面の一部を太い指で示した。
遠目で分かりづらいが、川面に面した建物の底が見えていた。どうやらそこは灰色の平らな面になっているようだった。
「あのね、溶けた存命遺体を落とすはずなのに穴が無いって」
おれは頷いた。
まだ蓋で塞いであるのだろうと反論もできるが、おれの頭の中にも完全に不信感が渦巻き始めていた。
何にせよ薬品で物を溶かす場となれば、そこは一種の化学工場だ。なのに排気設備が周囲にまるで無いのもおかしい。屋根に集中させている可能性はあるが、どうしてもそうは見えなかった。
この施設は、マルゾンを溶かすつもりもなければ、川へ流す気もないのではないか。
だが、〈ハーメルン作戦〉は確実に実行される。
いったいどうやってマルゾンの大群を消すのだろう……。
おれは、はっとした。
そして邪悪な企みの存在に気付き、震えがきた。
この二子橋は鈴木が川に飛び込んだ場所だ。
本人はあくまで偶然だと言ったが、ここを選んだ理由はまさにそれなのだ。
鈴木が時空跳躍したのは、飛び込んだ川の中でもなく、流れ着いたどこかでもない。
たぶん〝空中〟なのだ。橋から身を投げ、そこで裂け目に落ちた。
なぜ早くそれに気が付かなかったのか。
施設の建物の位置がその〝裂け目〟に当るのだ。
そしてその裂け目は、たぶん今でも──限定的にかもしれないが──活動している。鈴木はそれを知っていたのだ。恐らく、ずっと前から。
二子橋から上流に向けて五、六〇メートル離れていたから、おれは無意識のうちに両者を無関係とみなしていた。
だが、この世界は左右が反転している。駅方向に五、六〇メートル移動すると、元の世界の二子橋のすぐ川側に当る。鈴木が飛び込んだ位置だ。
つまり鈴木は、自分やおれが元いた世界にマルゾンを棄てようとしているのだ。溶かして川に流すなどと言い、その実、生きたまま時空を跳躍させるつもりなのだ。
あの凶暴なマルゾンたちを、大群で。
なんという悪魔的な企みだろうか!
おれは鈴木を……親友を見損なっていたと言うしかない。
なんとしても止めさせなければ。
しかし、おれにあの鈴木が説得できるだろうか……。
「ゴリさん、どうしたんですか? 急に怖い顔をして」
美伶が無邪気に訊く。
無理もない。建物が変だとは思っても、大犯罪が計画されているとは思いもしないだろうから。
「うん……アンディの言うとおり、あの施設はおかしい。〈ハーメルン作戦〉はやっちゃいけないのかもしれない」
「やっぱりそうなんだ……。作戦はうまく行かないのかな」
「そうだ。それどころか大変なことに──」
言いかけたが、美伶たちには──この世界の人々にとっては関係無いといえば無い。むしろ、予定通り作戦が実行された方が救われる立場だ。
「ゴリさん、どうしたらいい?」
と、美伶が真剣に訊く。
そこへ、同室の上野たちがどやどやと戻ってきた。話を聞かれるのはまずいだろう。急いで切り上げる。
「とにかく──おれが鈴木社長と話してみるよ」
「ほんと? 他にいい作戦があるといいんだけど」
美伶が健気に言い、おれの心は千々に乱れた。
「そうだな。今日はありがとう。アンディもサンキュー。何かわかったら連絡するよ」
楽しい気分は完全に消え失せ、おれはせっかく来てくれた美伶たちを早々に追い出した。














