【第10回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.10.27マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした
第29章 ハーメルン作戦
『まもなく内閣官房長官記者会見が始まります』
とキャスターが言い、画面には首相官邸の記者会見室が映し出された。大勢の記者たちがマイクとミニテーブルの付いた椅子に座って今や遅しと待ち構えている。
袖から内閣官房長官だという丸顔で異様な福耳の男が現れ、国旗と演壇にそれぞれ一礼して壇上に上がり、演台の前に立った。その左隣に手話係の黒服の女性が控えた。
『ではお願いします』
と、進行役の誰かが言い、官房長官が話し始めた。
『おはようございます。松本でございます。えー、わたくしから一点、国民の皆様、ことに府民の皆様にご報告がございます。先般、東京府都市圏主要地域における〝新変異型エサウ病〟大量感染による存命遺体大量発生に関しまして、その最終的な対応策が決定をいたしました』
会見室がざわついた。
『えー、来る六月二十六日午前六時より午後六時まで、第一回東京府都市圏存命遺体一掃作戦、通称〈ハーメルン作戦〉の実施をいたします。これは、国道二四六号線を主体に、百台余のヒトフェロモン噴霧車によって存命遺体の集団を東方面へ誘導、二子玉川に建設された大型処理施設により無害化処理の末、折しも梅雨期の降雨により増水している多摩川への放流を行なうというものであります。えー、この第一回作戦により、およそ一万五千体の存命遺体の処理を想定しております』
会見室はさらにどよめいた。
官房長官は続ける。
『作戦中は、六本木通りの溜池―代々幡間、国道二四六号線の赤坂見附―二子玉川間を始め、山手通りの初台―五反田間、明治通りの原宿―恵比寿間、その他の主要幹線道路の通行の全面禁止をいたします。さらに詳しい通行規制に関しては、最寄りの警察署にお問い合わせください』
おれも驚いた。
ついに特装機の処理部隊では間に合わなくなってしまったのだ。
まるでゴミ工場のようにまとめて処理をするという。しかもマルゾンを延々歩かせるらしい。まさに死の行進だ。そしてその日は一週間後だという。
それにしても、いつの間にかヒトフェロモンの抽出に成功していたとは……。
〈ハーメルン作戦〉というのは、ドイツの説話『ハーメルンの笛吹男』に因んでいるのは確かだろう。
だが、ふと思ってインテリホンで『ハーメルンの笛吹男』を検索してみた。案の定、何もヒットしない。この世界には存在しないのだ。
この説話はおれが子供の頃、絵本の読み聞かせで知ったと思う。
大昔のドイツのハーメルンという町で、大量発生したネズミの退治を依頼された男が、笛の音でネズミたちを川へ誘導して溺死させたという。しかし町の裏切りにより笛吹き男を怒らせてしまい、悲劇的な結果に終わっている。いわゆる教訓話だ。
おそらくこのネーミングを提案したのは鈴木に違いないだろう。この作戦は彼が参加する〈存対〉が計画したはずなのだから。
官房長官の話に合わせてカメラ目線の手話係が両手を目まぐるしく動かす。その中で何度も見せるパターンがあった。胸の前にグーにした両手を持ってきて脇を上げ、エキスパンダーを引くようにグーを近付けたり離したりした後、両の掌を合わせてパタリと倒す。もしかするとそれが〝存命遺体〟という意味なのだろうか。
記者会見は質疑応答の時間になった。
『えー、それでは、ご質問のある方、どうぞ挙手願います』
と、松本官房長官は言った。
『はい』
『えー、そちらの黒縁メガネの方』
官房長官が手刀で差し示すと、すぐに別の人間の声が入ってきた。
『日本工業新聞の木下と申します。よろしくお願いします。大型処理設備による無害化処理とは、具体的にどういうことですか。川に放流しても問題無いのでしょうか』
官房長官が頷く。
『えー、特殊な薬品により、短時間で存命遺体を溶解、つまり溶かして、放流するということであります。従いまして、河川への影響はほぼ無いと思われます』
『それは硫酸のようなものですか。大量の硫酸を川へ流すと大変なことになるのではないですか』
『えー、硫酸ではありません。極めて無害な特殊な薬品であると承知をしております』
『何という薬品ですか』
『えー、こちらは民間企業に協力を得ておりまして、企業秘密であると承知をしております。よろしいですか。──ではそちらの女性の方』
『東京めさまし新聞、加藤と申します。まるで人をゴミ扱いにしていると思うのですが、いかがでしょうか』
『えー、こほん。例えば海に散骨する海洋散骨、海葬といった弔い方がありますね、ああいったものの大規模な形だとご理解いただければと思います。──ちなみに葬儀を行いたいご遺族の方は河川敷にて行っていただけるようにしますが、なにぶんスペースに限りがありますので、先着順になるかと思います。よろしいですか。──はい、そちらの縞のネクタイの方』
『東京日日新聞の日下部です。作戦時間は十二時間ということですが、どういう計算によるものですか』
官房長官は手元の資料をパラパラとめくった。
『えー、まず、午前六時から午後六時までとしたのは、日照下で実施する必要があったからであります。夜間ですと大量の照明機材とそれに伴う電力が必要となってきます。また、どうしても目視による確認が困難になり、事故の原因を増やすことにもなります。
えー、さて、存命遺体には一三から一五キロメートルほどを移動させます。健康な人が速足で歩くと時速五キロメートルほどですが、存命遺体の場合は平均三キロメートルと見ています。疲れを知らない存命遺体ですから、ノンストップで歩けば五時間ほどの所要時間です。ヒトフェロモン噴霧車に反応し始める時間や、不慮の問題発生を想定して倍の十時間と見積りました。さらに前後の整理時間を二時間加えて十二時間としました。えー、これは関係者や国民の皆さんの記憶しやすさも考慮しています。よろしいですか。──はい、そちら』
『JHKです。関連してお訊きします。第一回ということは、二回、三回があるということですか』
名乗らないが、アナウンサーだろうか。活舌がひどくいい。
『えー、まさにそういうことであります。今回は主に発症率の高い東部地区ですが、西部地区、北部、南部も行わなくてはならないと考えております』
『処理施設は二子玉川だけなのでしょうか。遠方の存命遺体の処理は困難ではないでしょうか』
『えー、現在のところ一か所のみでありますが、当然、各地に増設することも検討中であります。また遠方の場合は、数にもよりますが様々な輸送機関を利用することも考えております。よろしいですか。ではそちらの方──』
ガシャーン!
突然、モニターに何かがぶつかった。画像がひび割れたように乱れる。
「チクショウ! こんな所で呑気に寝てられっかよ!」
隣の上野が湯呑み茶碗を投げ付けたのだ。おれは怯んだ。
「また出たよ。落ち着けって」
大浜が上野を諌めた。また出たって……よくあるのか。
まあ、焦る気持ちはわからんでもないが。
「これが落ち着いていられっかっての!」
「まあまあ。タバコでも行くか?」
二子玉川という土地について、おれは先ほどからどうも引っかかると思っていたのだが、ようやく思い出した。
鈴木が多摩川に飛び込んで行方不明になった場所だ。
国道二四六号線が多摩川を渡る橋で、〈二子橋〉といった。東急田園都市線の鉄橋と並行していた。
おれの家は川崎市高津区で、通っていた工業高校もそこにあった。鈴木と彼をいじめる集団は、向ヶ丘という町から多摩川沿いに通っていたのだ。そして彼らの通学路の中間地点にあるのが二子橋だった。
鈴木は因縁のあるあの場所に、なぜか今でも執着があり、自社の施設を作ったのだ。
いや、施設がハインライン社のものと決まったわけではない。
それに西部、いや東部のマルゾンをまとめ、処理して川に放流するには二子玉川は確かにベストな位置だと、おれも思う。
偶然の一致だろう、この時はそう考えていた……。
つづく
この物語はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係がありません。
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