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【第9回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】

2025.10.20

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

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第26章 無力化

 静城でのマルゾン収容作戦に参加して二週間が経った。
 おれたちは三千体ほどをダブルメッセにぶち込んだが、県内にはまだまだ多数のマルゾンが徘徊しており、依然終わりが見えない状況だった。
 ヒトフェロモンは未だにこれだという決定版の抽出に成功しておらず、おれたちは相変わらずバイザー開閉&ノーヘル作戦を愚直に繰り返すしかなかった。
 しかしさっさと静城を片付け、二ヶ月半後には日本全国での大量発生に備えなくてはならない。
 現在、〈特装機〉が予備役を含めて総勢百名を超えるに至っている。
 改良型ZIMは鈴木の会社でなんとか増産され、少しずつ納入されているようだが、まだ足りていないようだ。
 それでも装着者に関しては、子が孫に、孫がひ孫に教える形で徐々に熟練者が増えている。
 コツは〝着る〟〝体の一部にしてしまう〟という概念を徹底して理解させることだ。ここの人間たちの不得手とする部分だが、少しずつだが浸透し始めている。
 とにかく装着者本人のセンス次第でどうにでもなるのがZIMだった。
 おれはといえば、鈴木とコンタクトを取ることも減り、ましてや〈存対〉の会議に参加させてもらうことも無くなったから、マルゾン研究に関してどんな進捗があるのかもう皆目わからなかった。
 ただ、静城での作戦で得られた知見が一つある。
 マルゾンは罹患前の人間の状態がZIMの〝逆フィードバック機構〟のように、比例的に倍力されるらしい、というのだ。
 すなわち若い学生のマルゾンたちが、中年以上のそれらより動きも早く力強かったというのである。ということは、筋肉や運動能力が発達したアスリートなどもそのまま〝倍力〟されるのだろうか。だとしたら厄介な話だ。個体差を慎重に見極めなければならない。
 表向きは相変わらず〝局地的な謎の伝染病〟ということになっているようだ。
 だが、あと二ヶ月半もすればいやでも世間に真実が露呈してしまうだろう……。



 その日、久々に谷口警察士長じきじきのブリーフィングとなった。
〈存対〉の時には見せなかった猛禽類のような鋭い目が、会議室に集まったおれたちを睥睨した。
 おれは何事かと身構えた。


「本日ヒトニイマルマルのJHKニュースにて政府発表がされることになったので、それに先駆けて皆に示達する。マルゾンすなわち存命遺体を〝エサウ脳死〟なる一種の脳死状態と認定する法案がこの度の臨時国会で衆貴両院にて可決された。〝存命遺体〟は名実ともに〝遺体〟ということになる。これは即時公布・即時施行される」


 とうとう新変異型エサウ病であることを発表するらしい。しかしその感染経路まで詳らかにするのだろうか。
 谷口士長は続けた。


「ついては内閣総理大臣命令により、本隊は災害派遣から治安出動に切り換え、速やかに全マルゾンの〝無力化〟を実行する」


 冗談だと思った。


「つまり、殺せということでしょうか」


 と、誰かが拳で挙手して訊いた。


「否、〝無力化〟だ」


 やはり殺せということだろう。
 冗談ではなさそうだ。おれは唖然としていた。
 要は瀕死の人間にとどめを刺してもいいという法律が出来たということになる。
 そんな法律は聞いたこともない。安楽死とも意味が違う。合意を必要としないからだ。誰が言い出し、どういう経緯で決まったのだろうか。  
 やはりこの世界はどこかがおかしい。
 ともかくおれは出向の身なので、治安出動まで参加することはないだろう。なにしろ射撃訓練すら受けていないのだから。


「方法は? 銃撃ですか」


 と、誰かが質問した。


「遺体といえども国民に警予隊の銃を向けることはできないのでは……」


 と、誰かが答えた。
 大型モニターに画像が映し出された。人間の頭部側面の透視図だ。


「着眼! マルゾンの脳は概ねスポンゴス状になっているが、部分的に生きている。脳幹と運動野と後頭葉の一部だ。そこをピンポイントで破壊すれば無力化することができる。特に脳幹が有効だ。だが、たとえ銃で撃ったとしても命中させることは至難の業だ。スポンゴス状に変わった部分に当てても意味が無い。外した場合は流れ弾で国民や同僚を傷付ける可能性が大だ。従って銃撃はナンセンスである」


 脳の図の中に部分的に赤くマーキングされた。脳幹は脳の下の深い部分にあった。


「心臓を狙うのではダメなのでありますか?」


 誰かがそう訊いたが、谷口士長は首を横に振った。


「ダメだ。マルゾンは暫時動くことが出来るからだ」


 やはり頭が弱点というのは正しかったのだ。


「“無力化”には斧か銃剣を使えということですか」

「うむ、切刺武器が有効だ。だが斧は使うな。頭部を必要以上に破壊してしまうから遺族が嫌がる。告別式の時に補修が大変だ」

「頸部の切断では?」

「それも遺族が嫌がるから回避せよ。そもそも切断はそう容易ではないぞ」


 葬儀──いや告別式に関しては鈴木からも聞いていた。この世界の死生観にあっては冥福という考え方が希薄で、現世利益が基本らしい。葬儀に経典や聖書の類を持ち出すことはなく、社会主義国のそれのように端的に故人の人となりや人生を称える内容に終始するのだという。したがって出来る限り綺麗な遺体が重要らしい。


「刺せる物ならば何でもいいということですか」

「概ねそういうことだ。今、実演して見せよう。出間、前へ」

「はい!」


 指名された出間がパイプ椅子から立ち上がった。


「今から音を、、立てず、、、にマルゾンを無力化する方法を教授する。括目せよ」


 谷口士長は予め用意してあった木短刀を掴むと、出間の背後に回った。左手で相手の首の前を掴むと、木短刀の切っ先をうなじの少し上に当てた。


「斜め上に突き刺す。すると小脳を貫通して脳幹に刺さる。一瞬で活動停止できる。ないしは少し上の後頭葉を刺せば視覚を封じることができる。ただ、やつらは視覚にはそれほど頼ってはいない節があるので、あまり有効とは言えない。が、時間稼ぎくらいにはなるだろう」


 次いで谷口士長は、木短刀の切っ先を出間の頭頂部に当てた。


「中央ではなく、可能ならば左右両方か、ないしは一方を垂直に刺す。すると手足の動きだけは封じることができる。──以上だ。爾後、各人新装備を受領するように。ZIM装着の上、ヒトマルマルマルに収容所にて予行演習をする。明日より〝狩り〟を実行する。時程・割振りについては追って示達する。質問は何かあるか」 


 ある。確認しておかなくては。おれは作戦とは関係ないということを。おれは挙手しようとした。


「なし!」


 全員が答えた。


「では別れ!」

「別れます!」


 有無を言わさず事が進んだ。隊員の中には急に張り切り出す者もいる。


「ようし、やったるでぇ!」

「皆殺しだ!」


 最後に谷口士長は〝狩り〟と言った。この世界では精一杯の喩えなのだろう。それで隊員たちの士気が上がったのだ。
 おれは廊下を歩き去る谷口士長を急いで追い駆けた。直接訊いてみる。


「士長、自分は教育係としての出向ですので、治安出動になった時点でお役御免ということですよね」

「いや。誓約書には『OJTを含む』とあったはずだが」


 谷口士長は眉一つ動かさずに答えた。
 On the Job Training──


「しかし、Jとはjobのことでは……」

「警予隊のjobには治安出動も含まれる。否、むしろそちらが本体である」

「あ……」


 深く考えなかったが、確かにそういうことになる。誓約書にはきっちり署名捺印もした。


「理解したか」

「はい……」


 おれはそう答えるしかなかった。


「では、よろしく頼む」




 おれたちは小隊長から対マルゾン用に新規製造されたという〝一九式両刃警察短刀〟なるものを〝受領〟した。現行の89式多用途銃剣の倍以上の長さの三五センチの刀身を持ち、しかも両刃だ。黒く染められている。一見して凶悪極まりない。専用シースに収めてZIMの腰のハードポイントに装備できるという。
 とうとうおれにも〝殺しのライセンス〟が渡されてしまった。警察短刀を持つ手が小刻みに震えた。
 図らずも、鈴木が暗に名付けたZIMの正式、、名称〝存命・遺体・抹殺服〟が現実のものとなった。
 いや、それとも鈴木には、最初からそうなる確信があったのだろうか。
 そもそも〝存命遺体〟という呼称の発案者は彼なのではないかという疑念が一瞬頭を過る。
 おれたちは装備を整えると、三千体のマルゾンが収容されているダブルメッセに向かった。ZIMには既におれの提案した夏季用空調装置が追加装備されている。
 六千人が定員の北館では、密度は五十パーセント。マルゾンたちが理科で習ったブラウン運動のようにふらふら動いていた。エネルギーが残り少ないマルゾンは床にへたり込んでいる。
 六人の分隊ごとに入館すると、ZIMを装着した隊員がめいめいにマルゾンを選び、無力化を試みる。だが、皆手こずっているようだ。
 防衛本能が残っているのかマルゾンは押さえ込まれるとジタバタした。ZIMのマニピュレーターとはいえ、片手で首を掴んだくらいでは制圧しきれないようだ。
 結局、一人が正面から羽交い絞めにし、その相方が後ろから一突きするというパターンになった。


「死ねや、クソ虫がぁ!」

「このジンゴキレぁ!」

「ざまあみろ!」


 罵倒語が飛び交う。いくらマルゾンとはいえ、元は人間だ。すき好んでこんな状態になったのではないのに、あんまりではないか。やはり想像力が欠如している。そういえば、元の世界で観たゾンビ映画でもしばしばこんな場面があったっけ。あれにはいつも顔を顰めていた。
 おれも仕方なく一体のマルゾンを選ぶ。できるだけ憎々しい見た目のマルゾン──たぶんヤクザだ──を見つけると、背後に回り込んでから静かに忍び寄った。
 なまじ押さえつけない方がいいと思い、刺青がチラ見えするうなじの少し上に狙いを定めると、思い切って一九式両刃警察短刀を前に突き出した。
 パワーアシストのお陰でブレードは難なく頭部に刺さった。
 マルゾンは一瞬、板のように硬直してから、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
 おれはとうとう人を殺めてしまった……。
 まさか公然と人を殺める人生が待っていたとは思わなかった。
 想像していたよりずっとひどい気分だった。
 ZIMの中で手が震えていた。しかし手ブレ補正されるのでマニピュレーターの動作に影響は出ない。おれは機械の手で合掌した。
 それを見た隣の隊員が言った。


「あんた、何やってんの?」

「いや……」


 説明する気も起きない。
〝無力化〟されたマルゾンはその場でボディバッグに入れられ、館外に運び出された。コンベンションルームの床に並べられる。
 二巡し、百体超が並べられたところで演習は終了した。
 その他収容してある者の無力化は後回しでよいという。ここではこれ以上は悪さのしようがないから、とのこと。失禁を除いては。
 おれたちはZIMを除装すると、昼食を摂るため大通りの反対側にある静城総合庁舎の食堂へぞろぞろと移動した。
 十二時になった。壁に掛かったテレビでJHKのニュースが始まった。年配の男性アナウンサーが画面に映る。



『お昼のニュースです。今年四月に東京府・内藤新宿で発生し、また五月にも静城県・静清市を中心に発生が確認された集団感染の病名がこの度、特定されたと保社省が発表しました。この病気は〝新変異型エサウ病〟といい、狂牛病感染の食肉を使用した加工品を長年にわたり摂取したことにより、四年から五年の潜伏期間を経て発症するというものです。
 症状としては、脳細胞がスポンゴス状になることから認知機能が低下し、凶暴性を帯びてきます。また、満腹中枢の異常により食欲が治まらず、人を襲って生肉を食する傾向にあります。
 この状態の人は便宜的に〝存命遺体〟と呼ばれ、保護活動が行われてきましたが、この度、〝存命遺体〟を〝エサウ脳死〟なる脳死状態と認定する法案が臨時国会で衆貴両院にて可決されました。即時公布・即時施行されることになります。内閣政府はこの法制化により、ただちに警察予備隊内に専門部隊を編制し、各主要都市において〝存命遺体〟の無力化作戦を実施することを命じました』

マルゾン9-挿絵2

つづく

この物語はフィクションであり、実在する人物・団体等とは一切関係がありません。


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