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【第9回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】

2025.10.20

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

マルゾン9-サムネイル

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

 マルゾン化の原因物質がすでに全国で販売中の食品、ソイメイトに含まれていることが判明。存対は数ヵ月後に予測されるマルゾンの大量発生に備えて、マルゾンへの対応を保護から排除へと変更するため、法改正に向けた政府への働きかけを開始した。そんななか、坊丸の告白によって美伶の保護がサトーコーポレーションの佐藤社長による策略だったことを知った鷲尾は、彼女を奪還するべく、美伶の自宅アパートに突入するのだった……

原作/歌田年
イラスト/矢沢俊吾
ZIMデザイン/Niθ


第9回

第24章 美伶の帰還

 坊丸は、彼女を誤って撃った警官の付き添いで救急搬送されていった。
 おれと猿座も救急車に同乗すると言い張ったが、すぐ後から到着した警予隊に止められた。マルゾン発生が通報されたからだ。現場に留まって事情聴取を受けるよう言われる。あの警官はどうなんだと訊くと、警予隊の担当外だと言われた。
 仕方なくおれたちは指示に従った。アパートの室内に活動中の女マルゾンが一体と、頭を砕かれた巨体マルゾンが一体いることを伝えておく。ZIMを装着した隊員が一名いたので、恐らく問題はないだろう。
 おれと猿座と美伶の三人が兵員輸送車に乗せられて待つことになった。


「あんた、なぜここに来た」


 乗り込むや、猿座が不機嫌そうに訊いてきた。やはり経緯は知らないようだ。


「この子が自宅に帰ったと聞いて、日曜だから遊びに来たんだ」


 この場で詳しいことを言うのは避けた。猿座と坊丸が産業スパイであるのを知ったことも、今は黙っておくことにする。


「本当か?」


 猿座が美伶に問い掛けると、彼女は頷いた。冷静に状況を判断しているようだ。


「なぜ坊丸が一緒なんだ」

「彼女がこの子に会いたいと言うからさ」

「わたしも……坊丸さんに会いたかったの」


 それほど親しかったわけではないが、また美伶が合わせる。
 それにしても、両親がマルゾンになっていたことはショックのはずだが、信じられないほど落ち着いている。心はもうとっくに離れていたということか。


「そっちこそ、なぜここにいるんだい」


 と、おれは猿座に訊き返した。


「それは……あんたには関係ない」

「おれたちをつけてきたのかい」


 ストレートに言う。


「たまたまだ」


 猿座はとぼけた。


「まあ、いい。とにかく助かった。お礼を言っとくよ。ありがとう」

「……」


 分が悪くなったと見え、猿座は黙り込んだ。



 間もなく警務官を名乗る男が車に乗り込んできて、調書を取り始めた。
 美伶は、両親がマルゾン化したことについて心当たりを訊かれていたが、首を横に振るばかりだった。家族で内藤新宿で焼肉を食べたことがあるかとも尋ねられたが、やはりないと言う。そういう家庭でないことは想像がつく。
 おれと猿座は、ハインライン社の関係者であることや以前に警予隊に協力したことなどを強調したせいか、事情聴取は二〇分ほどで終わり、この件を口外しないよう念を押されて解放された。
 猿座は訳も分からず集まっていた野次馬を乱暴に押しのけながら、自分が乗って来たバイクに戻っていった。
 警察が来ないので、美伶が保護される流れになりそうもない。警予隊はまだ現場の処理に手こずっており、おれと美伶は居場所を失った。
 おれはインテリホンを取り出すと、休日も構わず鈴木に直電をした。
 鈴木はすぐに電話に出た。


「休日に申し訳ない」


 と、おれは言った。


「お前が日曜に電話してきたということは、何か問題でも起きたのか」


 さすがは鈴木だ。察しがいい。


「ああ。緊急に報告しておかなくてはならないことがあるんだ」

「電話で済まないのか」

「電話では済まない」

「わかった。ハイランドタワーにいる。会社を開けておこう」

「よろしく」


 おれと美伶は、坊丸が借りたレンタカーに乗り込んだ。


「六本木に行くよ」

「はい」


 改めて美伶の顔を見ると、顔色は悪いものの以前よりもいくらかふっくらしたようだった。
 おれがペットボトルのスポーツドリンクを渡すと、美伶はすぐに開栓してゴクゴクと勢いよく飲んだ。よほど喉が渇いていたらしい。
 気軽に車の運転を始めたものの、元の世界と違って右側通行だったことを忘れていた。ヒヤリとする場面が少なからずあった。助手席の美伶が身体を固くしたまま黙っていたのは、おれの運転が危なっかしくて怯えていたからだろう。
 やっと道に慣れてきたので、おれは美伶に言った。


「色々大変だったね」


 すると美伶が、何の前触れもなく火が着いたように「うわーん!」と泣き出した。


「うわーん! うわーん!」


 まるで、だだをこねる幼児のようだ。
 内藤新宿の病院で出会ってからこれまで、ずっと冷静だった美伶のそんな姿を初めて見たので、おれは少なからず狼狽した。
 しばらく美伶は全身を震わせながらわんわん泣き続けた。おれはなすすべもなく前方を凝視しつつ、アクセルを踏み続けた。
 ふと横目で美伶を窺うと、可愛い顔が涙と鼻水でグショグショになっていた。今、おれたちの様子を他人に見られたとしたら、児童誘拐事件だと思われたかも知れない。おれは周囲の車からの視線を気にしつつ、腰を浮かせて尻ポケットのハンカチを抜き取り、美伶に差し出した。


「ありがと……」


 そう言って、おれの体温で生温かくなったハンカチで顔を丹念に拭くと、美伶はようやく泣き止んだ。
 湿ったハンカチを返され、おれは訊いた。


「大丈夫かい?」


 美伶は小さく顎を引いた。


「怖かったよね」


 美伶は今度は首を横に振った。怖かったから泣いたのではないらしい。


「だって、メッセージを見たからゴリさん来てくれると思ったもん」

「やはり見てくれたかい。──お母さんは……残念だった。病院に連れて行かれると思うけど、たぶん……もう……」


 美伶はまた小さく顎を頷いた。


「うん……しょうがないもん」


 思った以上に割り切っていた。


「そうか」

「それより……坊丸さんが心配です」


 と、美伶は言った。いつもの気丈さを取り戻したようだ。


「うん。たぶん大丈夫だよ。彼女、鍛えてるし」


 根拠は弱いが、ひとまずそう言っておいた。
 美伶はまた小さく頷いた。
 結局、先ほど彼女が泣いたわけははっきりしなかった。
 たぶん理由は一つではなく、複合的なものなのではないか。──いじめ、虐待、別離の連続、そして母親の死。あるいは周囲への申し訳ない気持ち──?
 だが、やはりおれにはわからない。とにかく、美伶からは滓のように溜まったものが一気に吐き出されたのは確かなようだ。もうすっきりした顔を見せている。
 首都高へのハンドルを切った時、美伶が訊いた。


「──ゴリさんはどうして今日のことわかったの?」

「うん? そりゃあ……いろいろ方法がある」


 おれは誤魔化した。大人たちの冷酷な思惑は知らない方がいい。


「そうなんだ」

「それより、あちらではどうだったんだい? 嫌な思いはしなかったのかい?」


 話題を変えた。


「うん。学童保育みたいなものかな……。本があまり無くて退屈だったけど」


 そうは言ったが、本当のところはどうなのだろう。


「そうか。食事は?」

「おいしかったよ。お肉が多かった」


 肉と聞いて一瞬ギクリとした。しかし佐藤社長のことだ、そこは慎重だろう。


「ふうん。──腕の怪我の方は?」


 見ると、まだ薄いサポーターのような物を巻いていた。


「もうなんともない。全然治ってるのに、看護師さんが毎日見てくれたの」


 やはりサトー社は観察を続けていたらしい。



 お喋りをしているうちに、おれたちはハインライン社に着いた。時刻はもう十一時に近かった。
 鈴木は社内の一部を開けて電灯を点け、休日らしくゴルフに行くようなスタイルで待っていた。初めて見る姿だった。


「用事があったみたいだね。大丈夫なのかい」


 と、おれは訊いた。


「いや。どうせヤボ用だ。どっちにしろ寝坊して遅刻だった」


 鈴木は社長室におれを促した。


「ちょっとここで待ってて」


 と美伶を応接室に残し、鈴木とおれは社長室で向き合った。
 先ほどの一件については、まだ〈存対〉から通達が来ていないようだった。
 おれは、まず坊丸と猿座がサトーコーポレーションのスパイだったことを伝えた。 
 そして美伶を迎えに来た児相が、同社が彼女を確保するための偽装だったこと。無用になった彼女が今日放逐される予定だったこと。美伶の両親がマルゾン化していたこと。それらを順番に報告した。
 鈴木は終始黙って頷いていたが、おれがすべて話し終えると、立ち上がって壁に立て掛けてあるゴルフセットに歩み寄った。チャックを開けて先が平たい金属のクラブを抜き取る。アイアンといったか。


「また都内にも出たのか。内藤新宿のラムリス肉の影響か、それとも例の非常食か……」


 と、鈴木は言った。


「わからない」

「あの子は大丈夫なのか」


 ドアの方をアイアンで指す。美伶のことだ。


「異状はないよ。ここしばらくシェルターにいたから親の影響下にもなかったわけだし」


 おれは断言した。ただ、若干の希望的観測──美伶と両親との条件の違いについてはだいぶ後に判明するのだが──は混じっている。
 鈴木は一つ頷いてから、アイアンを振った。


「猿座と坊丸は即刻解雇しよう」


 当然の判断だろう。だが証拠は無い。おれはそう言った。


「証拠は要らない。お前の話で十分だ」


 またアイアンを振る。


「そうか……。だが、テストチームはどうなるんだい?」

「そうだな……曲がりなりにもZIMの拡販、、は済んだ。君らは御役御免というところだろう。パワーアシスト事業も軌道に乗ってきた」


 マルゾン様々ということか。


「つまりチームは解散ということかい。そうしたらその……そろそろ〝次元転移〟の件、本気で考えてくれないか」


 おれはおずおずと切り出した。


「ああ、わかっている。──それについては最近、一つの光明が見えてきたんだ」


 おれはソファから飛び上がった。


「本当かい? それはどんな風に? どうやって? いつ出来る?」


 鈴木は両の眉を下げ、親指にアイアンを引っ掛けたまま両の掌を挙げて見せた。


「慌てるな……ここで理論の詳細を説明したとて、お前に理解できるだろうか」


 たぶん、それは無理だ。


「つい舞い上がってしまった……ゴメン」

「いや、いい。ただし、もう少しだけ時間が欲しい」


 おれは頷いた。


「ごもっとも。──何かおれに手伝えることは無いか」

「それに関してはまだ何も。そうだな……ゴリには引き続きZIMの改良点を探ってもらえないか」

「お安い御用だ。──早速いくつかある」


 おれは気をよくして答えた。
 ひとまず口頭で、SiriやAlexaのようなAIアシスタントを組み込んで音声で細かいコマンドができるように提案した。左腕のインターフェースでは間に合わない時があるのだ。
 また、空調についての提案もした。元の世界で昨夏から流行り出した野外作業用空調服のアイディアの借用だ。循環水と冷却ファンで構成され、コンパクトかつ低コストで実現できる。これからの季節、必ず必要だ。


「──うむ、了解した。早速製図にかかってくれ。AIアシスタントの方は進めておく」


 と言って、鈴木は立ち上がった。


「了解。それからもう一つ」

「何だ」

「──あの子、美伶ちゃんをどうしよう。両親がああいうことになってしまったので……やはり養護施設行きということに?」


 鈴木はしばらく考えていたが、やがて口を開いた。


「当面、以前のようにここに置いてもいい。──それと、未成年後見人の件を考えてみることにしよう。そうすれば学校もここから通える。弁護士に相談しておく」

「そうか。よかった!」


 美伶が特異体質だと思って、ここに匿っていたのではないか? ということについては触れないでおくことにした。今もまた、両親の件を受けて何かしら考えているかもしれない。それに乗ることにする。
 おれは美伶を応接室から呼び、鈴木の意向を伝えた。
 彼女は安心した笑顔を見せ、おれたちにペコリと頭を下げた。


「またよろしくお願いします」




 その晩、鈴木経由で坊丸が出血性ショックで死亡したことを知った。
 おれは少なからず衝撃を受けた。
 わずかの間とはいえ、共に厳しいトレーニングを乗り越え、また何度も死線をくぐった仲だ。
 そして憎からず思ってもいた。だからこの喪失感はちょっと口では言い表せない。
 美伶の家で、あの時、自分はもっとうまく立ち回れなかったのかと、自責の念に苛まれた。その晩は一睡もできなかった。
 おれでさえこうなのだから、あの猿座の耳に届いた際の心情は察するに余りある。
 同様に、美伶に伝えれば、やはり自分をひどく責めるだろうと思った。両親と坊丸の死……あの年齢には重過ぎる十字架だ。
 坊丸は怪我の療養のため退職し、故郷に帰ったということにしておこう。鈴木にも口裏を合わせてもらう。おれはそう心に決めた。

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