【第7回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.10.06マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした
第19章 静城
静城県に多数のマルゾンが出現した。
静城とは、おれの知っている静岡のことだという。ただちに存対メンバーが招集されたが、東京府外ということで副知事も防災課局長も不参加だった。冷徹なものだ。
大型モニターに、中部地方の太平洋側、金魚のような形で括られた地域が表示された。もちろん左右反転している。
「静城に出たって、本当にマルゾンなのかね」
と、商工省の吉田部長が開口一番に訊いた。
「内藤新宿のマルゾンと同じ症状が報告されています。数は内藤新宿の三倍の九百体とのことです」
と、議長の山田委員長。
「九百体ですか! やはり異常ダピオンによるエサウ病ですか」
と、教科省の高橋課長が訊いた。
「病理解剖は──無論まだだろうね」
と、桝博士が訊いた。
「はい、亡くなってはいないのでまだです……」
返事を聞いて桝博士は頷き、答えた。
「ということは、厳密には新変異型エサウ病かどうかは未確認というわけだね?」
「またサンプルを捕獲して観察、延々死ぬのを待って解剖という段階を踏むのかね」
と、吉田部長が苛立たしげに言う。
「いや」
と桝博士が遮ってから続けた。
「それについてはささやかな朗報があります。つい最近、我が国の〈野母大学〉で新変異型エサウ病の検査法が開発されたのです。異常ダピオンは髄液に混じっているらしいので、腰の髄液を採取して異常ダピオンの有無を見ればいいそうです」
「おお」
どよめきが上がる。
「そうでしたか! 実に簡便な方法ですね。早速、保社省を通じて通達します」
と、山田委員長。
「もう頭を開かなくていいわけか……」
と、高橋課長が呟いた。
「しかしなぜ今度は静城県なんでしょう。県内に大きなウラジューゴ街があるのですか?」
と、環保省の市原女史。
「いや。ウラジューゴ街は中部・東海地方では名古屋県愛知市にしかありません。それに先日も申したように、ウラジューゴ統一以降は内藤新宿以外はウラジューゴ人が多くは入って来ていませんし」
と、山田委員長。
「ではウラジューゴ人は関係ないと?」
「それはまた、なぜ……」
「一応、県庁所在地の静清市に集中していますが、マルゾンの目撃例はかなり散在しています。また、内藤新宿のように閉鎖的な場所ではないため、二次的な被害は多くはないです。が、それでも十数人の死傷者が出ています。
マルゾンのうち三十体ほどは地元警察の機動隊と警予隊によって保護され、警察署の留置場や病院の隔離病棟などに収容しているようですが、人手も場所も足りず、まだ野放し状態のマルゾンがほとんどのようです。県下には緊急事態宣言が発出され、市民の外出が禁止されています。現在、警予隊のZIM部隊が現場に急行中で、到着次第、西部方面隊統合任務部隊に合流予定です。──以上が概略です」
と、流れるように警予隊の谷口士長が状況を説明した。
「内藤新宿の状況や対処法が通達されていたので、対応が比較的迅速だったようです」
山田委員長がやや得意げに補足した。
「ずいぶん数が多いようだが、二十名のZIM部隊で大丈夫だろうか」
吉田部長が心配した。
「あれからZIM装着訓練を拡大し、対応隊員を増員していますが、ZIMそのものの員数を増やさないことには……。実は警予隊内に新しく〈特殊装備機動中隊〉を構想中でして──」
と、谷口士長。
「ZIMですか。──鈴木社長、増加生産は可能なんでしょうか」
山田委員長が訊くと、鈴木はおれにしかわからない程度に微笑して言う。
「生産は可能です。一週間以内に、段階的にですが百機は対応できます。いつでもご発注ください」
「そうですか。頼もしい。では早速、上の者に稟議書を提出します」
「こちらも書類を出します」
と、谷口士長。
「了解しました」
「ところで出現場所は、具体的にはどういう所ですか」
と、高橋課長が訊いた。
「えーと、自宅・職場・学校・飲食店・遊戯施設と……バラバラですね。感染者は老若男女とこれもバラバラではありますが、若い人の割合が多いようです。二次被害者は近くにいた家族から、まったくの無関係者までこれも色々です」
と、山田委員長が手元の資料を見ながら報告した。
「学校もか……」
教科省の高橋課長が苦しげにつぶやいた。彼らの管轄なのだ。
「完全に日常生活の中で発症しているということですね」
「やはり汚染食材による経口感染だろうね」
と、桝博士。
「つまりラムリス人間の肉ですか。ウラジューゴ料理店以外にも出回ったということですかね。とすると、飲食店だけではなく、精肉店やスーパー等々が考えられます。……しかしどういう経路で静城に入っていったんでしょう」
と、高橋課長が問う。
「通販の可能性もありますね」
「伊勢牛とか黒毛和牛のようにお取り寄せですか」
と、市原女史。
「いや、どう考えてもそんな高級肉とは思えないなあ。第一、ウラジューゴ産の肉が一般的に人気があるとは聞いたことがない」
と言って、高橋課長が腕を組む。
「そうですね。内藤新宿で使われていたのも、たぶん安価だから経費節減のためでしょう」
「しかし、独特の中毒性があるのかも」
「気持ち悪い」
と、誰かが言った。
「そんな一部の愛好家向けに頒布されたとは思えません。対象はランダムです」
と、山田委員長。
「うーん、ランダムですか……」
「やっぱりスーパーの安売りとかですかね」
「その可能性は高いですな。定期的なセールスデー用に使われたとか」
「だとしたら長期間、流通ルートがあったということですね」
「ですね。しかし、いったいどういう……」
口々に言う。
「とにかくサンプルを採れるだけ採り、感染経路を特定しなければ」
と、桝博士が進言した。
「すぐに手配します」
と、山田委員長。
「対策はそれからですな」
「それでは早速実行に移すということで、今日はこのあたりで……」
と、山田委員長が締めようとした。
「ちょっと待ってください」
と、市原女史が手を挙げる。
「あ、はい……どうぞ」
「何度も訊くようですが、なぜ今回は静城に限定されたんでしょう……」
話が蒸し返され、誰かが溜息を漏らす。
「とにかく、それはサンプルを採取して──」
「あ! ……そうか……」
ふいに高橋課長が言った。
「何でしょう」
山田委員長が促す。
「静城といえば、テストマーケティングの対象地域じゃなかったかな」
「テストマーケティング……?」
市原女史が訊くと、高橋課長が頷いた。
「普通、食品・日用品の新製品を発売する前にテスト販売をするわけなんですが、静城県はその好適地として昔から利用されていると聞きます」
「それは常識なんですか」
と、谷口士長が訊いた。
たぶん、三~四割の国民にとっては常識だ。おれも聞いたことがある。ビール・タバコ・スナック菓子・ファストフードの新メニュー・スマホ関連用品……。もちろん、実際に知っているのは元の世界の静岡の話だが。
すると商工省の吉田部長が口を開く。
「高橋課長の言われた通りだ。テストマーケティングは実施されている。理由はまず、色々な分野で統計的に全国平均と同じ数値だということ。気候温暖で気象条件に左右されにくいこと。市場規模がちょうどいいサイズだということ。周知宣伝する場合のコストが低いこと。あとは、他県に頼らずに経済活動が独立していること──」
悪代官面だが、さすがはこの分野については専門家だと思った。
「なるほど」
「それで、静城限定のテスト商品に問題があったと?」
「こうなると、確かにその線は有力ですな」
と、山田委員長。
「ということは、物は生肉じゃなくて加工品ということになりますよね。ハム・ソーセージ・ハンバーグ……」
と、市原女史が言う。
「ベーコン・チャーシュー・角煮・ジャーキーとか」
高橋課長が引き継ぐ。
「ケバブ・冷凍カツ・コロッケ・しぐれ煮・レトルトシチュー……」
「タンシチュー」
「うっぷ」
また口々に言う。
「キリが無い。ここでは調べようがないので、会社に戻って調査させよう。保社省さんにも手伝ってもらいたい」
と、吉田部長が頼もしく言った。
「承知しました。潜伏期間がありますから、過去十年は遡る必要がありますね。よろしくお願いします」
と、山田委員長。
「了解」
「それでは、これにて……」
山田委員長が今度こそ締めくくった。