外伝小説『勇気爆発バーンブレイバーン 未来戦士ルル』1話 【期間限定公開】
2024.05.23勇気爆発バーンブレイバーン 未来戦士ルル 月刊ホビージャパン2024年6月号(4月25日発売)
TVアニメ『勇気爆発バーンブレイバーン』の劇中10話で語られた、過去へと向かう方法を不器用ながらも探すことになったルルとスペルビア。このふたりが絆を深め成長していくことになった、知られざる「数年間」は本編では惜しくも語られることはなかった。本外伝ではこのふたりの『もう1つの物語』を描いていく。
原作/Cygames
ストーリー/横山いつき
ストーリー監修/小柳啓伍
協力/CygamesPictures、グッドスマイルカンパニー
ゾルダートテラー製作/六笠勝弘
episode 1
── introduction──
外宇宙より突如地球に襲来した機械生命体〈デスドライヴズ〉。
人類の技術力を大きく超えた力を前に、人々を助けるべく現れたのは〈デスドライヴズ〉に近い姿を持つ謎のロボット『ブレイバーン』だった。
ブレイバーンは地球人『イサミ・アオ』を搭乗させると凄まじい力を発揮。人類と手を取り合い、激しい戦いを乗り越えていく。
そしてブレイバーンは最後に現れた〈デスドライヴズ〉憤怒のイーラを自分の命と引き換えに倒すのだった。
こうして地球の平和は守られた──ブレイバーンとイサミ・アオの犠牲によって。
好敵手を失い、残された〈デスドライヴズ〉『高慢のスペルビア』と大切な人たちから未来を託された少女『ルル』。
二つの勇気が辿り着く先は、果たして──
── ハワイ:オアフ島近辺──
そこに広がる光景は、まるで地獄のようだった。
「なんとか間に合いはした ……だが、これでは……!」
機械生命体〈デスドライヴズ〉と世界を解放するために戦う多国籍任務部隊〈Allied Task Force〉──通称ATFのリュウジ・サタケは人型装甲兵器〈ティタノストライド〉の中で毒づく。
人類に味方する謎のロボット『ブレイバーン』と、彼に強く望まれ搭乗することになったサタケの部下『イサミ・アオ』3等陸尉の二人は、残った三体の〈デスドライヴズ〉を倒すため、単独でハワイへと向かった。ともに戦うため、すぐに追いかけたATFであったが、ブレイバーンの元へ辿り着くより早く、〈デスドライヴズ〉と遭遇 してしまったのだ。
『この星の有機生命体では、余の理想には届かぬ』
機体の頭上から響く声の主は残る二体 の内の一体、〈デスドライヴズ〉怠惰のセグニティス。
身体のパーツを分離した多角的な物理攻撃以外は特徴のない相手ではある。しかし、セグニティスの後方に位置する塔から、円盤のような飛行形態と人型の戦闘形態を持つ〈デスドライヴズ〉の雑兵〈ゾルダートテラー〉が際限なく生み出されていた。
今まで戦ってきた〈デスドライヴズ〉に比べれば、セグニティスの脅威度は低い。しかし、〈ゾルダートテラー〉の圧倒的な物量にサタケが指揮するATFのTS部隊は苦戦を強いられていた。
「TS各機、こちらダイダラ1! 絶対に防衛ラインを割らせるな。補給が絶たれれば、我々に勝機はない!」
既にATF側の戦力は2割以上削られている。陣形を崩されれば、一気に崩壊してもおかしくはない状況だった。
「スレッジハンマー、こちらダイダラ1。もう一体の状況はどうなっている?」
『ダイダラ1、スレッジハンマー。現在、黒い〈デスドライヴズ〉とはブレイブ1が交戦中です!』
サタケの問いかけに答えたのはE-8 J-STARSに搭乗する管制官、ホノカ・スズナギだった。
機体からサタケの肉眼で視認することはできないが、立ち昇る黒煙からただならぬ状況だということは確認できる。
「了解……!」
ブレイブ1──ブレイバーンとイサミ・アオ3等陸尉のバディは、今まで幾度も〈デスドライヴズ〉を打ち破ってきた。しかし──
「スミス中尉……君がいてくれたならアオ3尉は……いや」
それでも、彼はきっと飛び出してしまうだろう。
〈デスドライヴズ〉の一体『クーヌス』との戦いで、イサミとブレイバーンの良き理解者であったアメリカ軍の青年『ルイス・スミス』はこの世を去った。
その悲しみは彼に深い傷を残し、さらには世界の行く末をも背負わせることになったのだ。
「生きて帰ってこい……アオ3尉」
サタケがイサミの上官となって数年が立つ。まるで年の離れた弟のように思ってきた彼は、この戦いの中で大きく変わりはじめていた。
「……ッ!」
敵機の接近にレーダーが反応すると、サタケは経験からくる冷静な動きで操縦桿を動かす。直後、彼の搭乗する烈華は時間差で二発の弾を打ち出した。一発目が右腕部にバリアを展開させ、二発目がバリアのない足部に命中し、〈ゾルダートテラー〉に致命的な損傷を与える。
『ダイダラ1! こちらスレッジハンマー!』
すれ違いざまに爆散するそれを横目に、サタケは無線に応答した。
「スレッジハンマー、こちらダイダラ1。どうした?」
『別の塔より多数のゾルダートテラー現出を確認! これ以上の近接航空支援は困難──』
ホノカの音声が唐突に途切れた直後、片翼を破損したE−8は不安定な軌道を描きながら落下しているのが視認できた。不時着できるかどうか、微妙なところだ。だが──
「TS各機、こちらダイダラ1! 防衛ラインを維持しろ! ダイダラ中隊はJ-STARS搭乗員の救出を援護だ! これ以上誰もやらせるな!」
応答するパイロットたちの声には焦りがにじみ出ている。だが、それは仕方のないことだ。E-8 J-STARSは地上のTS部隊とそれを支援する航空部隊の戦闘管制を担当している。その支援がなくなった今、戦況は更に不利になっていくだろう。サタケとて同じだった。いつ命が失われるかもしれない戦場で、ぎりぎりの戦いに身を投じているのだから。
「ここが正念場か……待っていろ、アオ3尉!」
どんなに苦しくても、サタケは、ATFの面々は決して退かない。ヒーローに護られるだけの存在ではなく、ヒーローと共に戦う仲間であるために。
──ハワイ:マウナケア火山付近──
サタケたちATFのTS部隊がセグニティスと戦いを繰り広げている頃、〈デスドライヴズ〉貧食のポーパルチープムを倒したブレイバーンとイサミ・アオは残る最後の〈デスドライヴズ〉憤怒のイーラと一歩も引かず戦い続けていた一進一退の攻防を繰り広げていた。
『うおぉぉぉぉぉっ!!』
『それじゃあてんで駄目だね、ブレイバーン』
どれだけ剣を交えても、ブレイバーンとイサミの一撃はイーラには届かない。決定打のないまま続く戦いに、イサミ・アオは消耗し肩で息をしはじめていた。
「一度距離を取るぞ!」
『ああ!』
後ろに飛び距離を離すも、イーラは追いかけてはこない。それが余裕の現れのようで、悔しさにイサミは唇を噛んだ。
「く……な!?」
だが、視界の隅──イーラの後方に落ちていく航空機が見えた。それが自分たちをサポートしてくれていたJ-STARSなのは疑いようがない。
「クソッ! どうしてだ!」
スミスの死を無駄にしないため、これ以上犠牲を出さないため、イサミはブレイバーンと二人で決着をつけるためにここに来た。
だがその選択は、かえって仲間たちを危険に晒すことになってしまっている。
『どんなに苦しい戦いでも、共に戦うのが仲間……だからこそ、彼らもここに来たんだ!』
「わかってる! さっさとあいつを倒して、助けにいくぞ!」
『もちろんだ、イサミ! ……私は誇りに思っている。キミと、キミたちとこうして世界の命運をかけ、戦えていることを!』
『ああ、見せてやるぞブレイバーン! 俺たちの勇気を!』
イサミはどこからか力が溢れてくるのを感じていた。
今なら、攻撃が届くかもしれない──そう直感できるほどの胸の高鳴りを。
『勇気? 怒ってるんじゃないのかい? ……まぁいいや。ようやく、僕の願いを叶えてくれる気になったんだね!』
「俺達はお前のために戦うんじゃない! 明日を護るために戦うんだ!」
『いいからさっさと来なよ、ブレイバーン!』
そう言うと、イーラはカプセルから〈ルル〉を補充してみせた。身体からエネルギーが溢れ、先程までより強大な力を感じられる。
だが、イサミとブレイバーンは動じない。目の前の敵がなんであろうと倒す──それだけだった。
「いくぞ、ブレイバーン!! 俺たちが、この世界を護るッ!!」
『ああ!! 私とイサミでこの世界を救うんだ!!』
ブレイバーンの剣の煌めきが二人の勇気に呼応するように増していく。
『うおおおおぉぉおおおっ!!』
そして、渾身の一閃が放たれ──
──ハワイ:ATF旗艦コンステレーション:格納庫──
戦いが終わり、半日が過ぎた。
空母コンステレーションは〈デスドライヴズ〉の攻撃を受け座礁してしまい、航行不能となっている。しかし内部の機能は生きており、現在格納庫の一部は臨時の救護施設として使用されていた。
戦闘中に負った傷の処置を終えたリュウジ・サタケは、先程報告を受けたばかりの負傷者リストを眺めていた。
〈デスドライヴズ〉との戦いは、結果だけ見れば人類の勝利だ。
地球に飛来した全ての塔は破壊されており、確認された〈デスドライヴズ〉も戦いの末、撃破されている。
だが、その代償は大きかった。
「アオ・イサミ……」
サタケはリストを眺め、ブレイバーンのパイロットだった男の名を呟いた。
負傷者は数え切れないほどだが、奇跡的に死者は一人だけだ。
リストにはこう書かれている。
──Second lieutenant Isami Ao :K.I.A
限界まで力を振り絞りイーラを倒したブレイバーンとイサミはそのまま〈デスドライヴズ〉を全滅させ、力尽きたのだ。
戦いの最中、ブレイバーンがイーラから受けた一撃は彼らにとって致命傷であった。それでも仲間を護るため、剣が折れ、さらなる傷を受けようとも──コクピットから投げ出される最後の瞬間まで、戦い続けたのだ。
「……お前のおかげだ」
ダイダラのメンバーも、不時着の後に大破したJ-STARSの搭乗員も、みんな生きている。
だが、ヒーロ−だけが、そこにいなかった。
──ハワイ島:マウナケア火山付近──
「どうして……」
そんな言葉を零したのは、不思議な雰囲気で愛らしい容姿を持つ少女──〈デスドライヴズ〉の『ルル』。
本来〈ルル〉とは、〈デスドライヴズ〉が瞬発的なエネルギーの解放を補助するため体内で運用する人間の形をした有機生命体を総称する名前だ。だが、その名は今、彼女だけのもの。
ATFに保護された彼女は、彼らから様々なことを学習した。人間としての営みや、それに付随する感情──今までただのモノとして扱われてきたひとつはみんなから少しずつ、でもたくさんのものを貰って『ルル』というひとりになった。
「みんな、いっちゃった……」
そんな彼女にある最も大きい感情は、悲しみだった。
イサミもスミスもブレイバーンも──みんな、ルルを形作る大切な欠片たち。
それが失われる未来が訪れることを想像もしていなかったから。
「スミス……イサミ……」
いくら呼びかけても、彼らはもうこの世にはいない。
ATFのTSパイロット、ルイス・スミス中尉が〈デスドライヴズ〉の一体『クーヌス』と相打ちになったことを契機に、人類と〈デスドライヴズ〉の戦いは一気に終局へと加速していった。
ほぼ不死に近い命を持つ〈デスドライヴズ〉の悲願は、完全なる死を迎えること。彼ならば自分たちに相応しい死に様を与えてくれるだろう──そう考えた〈デスドライヴズ〉は『ブレイバーン』との戦いを望む。
〈デスドライヴズ〉たちは長き旅路の末に見つけた終わりのため、『ブレイバーン』は正義のため、全ての生きとし生けるもののため、そしてイサミのために戦い──
「みんな、いなくなった」──
最後の戦いの末、残されたのは『ブレイバーン』のエネルギーを司るコア部分のみ。
優しく語りかけてくれた彼らの声は、ルルにはもう聞こえてこない。
どれだけ叫び、訴えても、ルルの願いは届くことはなかった。ただ残酷な現実だけがそこにあって、無理矢理に自覚させられる。自分が、何も持っていないことを。
いつか何かを返すことができたはずの人たちは、もういなくなった。待っていてはくれなかった。
だが、ルルの心の火は、まだ消えていない。
「でも──ルル、やる」
未知のエネルギーに満ちたブレイバーンのコアは、奇跡を起こせるかもしれない。その奇跡は死んでしまった人たちを助ける力になるかもしれないと、ルルは信じている。
だから諦めない。諦めてなんてやらないと、ルルは心の奥で叫び続ける。〈デスドライヴズ〉も、『ブレイバーン』も消えた世界でも、まだ希望が残っていると。
『……よもや、〈ルル〉が意志を示すとはな』
そこに、高慢な声が響いた。
ATFの隊員とは異なるイントネーションでルルと発した声の主は〈デスドライヴズ〉の最後の生き残り『高慢のスペルビア』。
幾度となくブレイバーンを苦しめた機械生命体であり──ルルが元々搭載されていた〈デスドライヴズ〉でもある。
「そう。ルルのいし」
ルルはさも当然とばかりに即答した。
「イサミと、スミスと、ブレイバーンから、おそわった」
『ブレイバーン、か……我と推して参りもせず先に逝きおって……』
「まだ、ブレイバーンたち、いる……ここに」
そう言って、ルルは自らの胸に手を当てた。
彼らの勇気は、意志は、魂は──ルルの中に確かに灯っている。
その言葉に、スペルビアの心は小さくざわめいた。
「……それで、人間の真似事か?』
「ちがう。ルルはルル」
『〈ルル〉ひとつで、何ができるというのだ』
「できない」
「……ぬ?」
ルルの言葉にスペルビアは初めて関心を寄せた。スペルビアは『ルル』を知らない。自分を構成する部品のひとつとしか考えていなかった〈ルル〉が、物事の成否を判断するなど、到底考えられないものだったのだ。
「だから、てつだって」
『手伝う……? 今、手伝えと言ったのか?』
続く言葉に、スペルビアは困惑をみせた。その感情は、彼女が自分の知らないルルだという確信めいた予感。
「そう。ルルとスペルビア、イサミとブレイバーン、なる」
『ブレイバーンになる、だと?』
「そう。ゆうきばくはつで、おしてまいる!」
『それが、〈ルル〉に宿った魂の選択か……ふっ……はははっ! 面白い、実に面白い! この身を討ち滅ぼす者が現れぬなら、自らがそれを成す存在となれと!」
「ん?」
「ふっ……はっはっは! 果てられぬ命の使い道は、ここにあったか!』
「スペルビア、うるさい」
『ぬっ!?』
ルルはふふん、と満足気な笑顔を浮かべる。
これからは誰かの──自分にとって陽だまりだった人を護るのだ。たくさんのものをくれた、ヒーローたちのように。いつかまたイサミと、スミスと、ブレイバーンに出会えたとき、胸を張れるように。
そのために、まずは──
「とにかく、やる」
『そうだな……まずは一度、よいな?』
「ん」
「ならば、まずは我の中へ戻れ』
「わかった」
ルルがスペルビアのカプセルに入り、スペルビアの内部──操縦席に近しい場所へと移動させられた。
「おー」
『驚きだな、こんなにもあっさりと……』
「ルル、もともといた」
『だとしても、それだけではなかろう』
スペルビアの中では、それは若干ながら結論が出ていることだ。今現在も、スペルビアが抱いていたルルの情報は変化している。エラーが起きた道具ではなく人格を持った人としての認識が出来上がりつつあった。
『さぁ──眠るのだ』
「ガガピ?」
わけがわからないまま、ルルの意識は闇へと溶けていく。
そしてスペルビアもまた、海底へとその身を沈めていった。
それは、戦うために必要な準備──ブレイバーンへと至る、最初の一歩。
──半年後:東京:横田基地:格納庫──
人型装甲兵器〈ティタノストライド〉──通称TSと呼ばれる機体が立ち並ぶ格納庫で、整備を担当するミユ・カトウは淡々と自分の仕事を進めていた。
「これで、今日の作業も終わりですね」
現在担当している機体の装備確認を終えたミユは、ふぅと小さくため息をついた。
自分の仕事を丁寧に、確実にこなす責任感の強い彼女にしては、珍しい光景だ。しかし、それも今の時勢を考えれば無理もない。彼女は仲間たちと大きな戦いを終えたばかり。
それが過ぎた今は平時、いうならば凪である。
「みんな、どうしてるかな……」
ミユが思い出すのは、共に戦いを乗り越えた仲間達のこと。今もどこかで元気にしている者もいれば、帰らない者もいる。彼女が担当していた機体のパイロットもまた、帰らぬ者となった。
「結局あれから、みんなバラバラになって……お墓参りだって、まだ……」
戦いの後、役目を終えたATFは解散された。元よりタスクフォースとは限定的な作戦のために編成される混成部隊である。これから行われる各国の政策への障害となる可能性もあり、すぐに解散されたとミユは聞かされている。だが、元々同じ原隊にいたメンバーすら再編成の結果、離れた部隊に配属されることになった。
「でも……どうしようもないか」
ミユはまだ、ATFでの戦いを引き摺っている。周りには一見立ち直ったように見せているが、心の傷は簡単に癒えてくれはしなかった。
すべての始まりは半年前。ハワイで行われていた世界各国が集まる合同軍事演習中、外宇宙からの来訪者──機械生命体〈デスドライヴズ〉が突如地球に飛来した。
〈デスドライヴズ〉は現段階の人類の技術を遥かに超越し、迎撃するTSを圧倒。人類の敗北が予見される中、正体不明のロボット『ブレイバーン』の介入と、彼に搭乗した自衛隊のTSパイロット、イサミ・アオの卓越した操縦技術によって〈デスドライヴズ〉を撃退し、最初の交戦は人類側が勝利する形となった。
イサミと共に人類の味方として戦うことを公言したブレイバーンに対し、ATFは唯一〈デスドライヴズ〉に対抗しうる力を持つ彼を補助する形で協力することを決定。世界各地の〈デスドライヴズ〉を排除するため共に行動し、幾度となく激戦を繰り広げていく。
ミユがATFで担当していたのはブレイバーンをサポートするTSの整備や修理だった。度重なる戦いに、損傷しない機体など存在しない。パイロットが命を預ける機体を常に完璧な状態にしておくために、彼女は忙しく働いていた。みんなで力を合わせて、一つのことを成し遂げようと頑張ることは、彼女に確かな充実感を与えていたのだ。
それに比べ、今は簡単な点検をするだけで終わり。そんな変わらない毎日の連続は、色々なことを考えさせられてしまう。
際限なく浮かんでくる暗い気持ちを打ち消すために、ミユはぶんぶんと首を振った。
「平和な方がいいに決まってる……そうですよね」
今はいない誰かに語りかけた言葉は、格納庫の静寂を微かに震わせて、消えていった。
──東京:横田基地:ブリーフィングルーム──
ヒビキ・リオウは報告書を確認すると、気に入らないとばかりに目を細めた。
そこに記載されているのは、各政府が発信している最新の復興状況。その中で、復興には似合わない項目が一つだけあったのだ。
「出撃の可能性あり、ね……」
そこがヒビキにとって望まない戦場であることは明白だった。それでも、今の自分に断る理由など存在しない。
「ほんっと、何してるんだか」
ヒビキとしては今の状況に歯痒さを感じずにはいられない。
ヒビキは自衛隊、そしてATFのTSチーム〈ブレイブナイツ〉の一員として〈デスドライヴズ〉と戦ってきたパイロット。それ故に、道具にされることとなったのだから。
半年前──〈デスドライヴズ〉との最終決戦で人類に与する『ブレイバーン』と〈デスドライヴズ〉最後の敵性個体との激しい戦闘の末、戦いは一旦の終わりを迎えた。
最初に現れた〈デスドライヴズ〉の大型母艦は先の戦いで外殻が損傷しているものの、衛星軌道上で圧倒的な存在感を残したまま沈黙している。つまり、地球から直近の危機は去ったのだ。地上に大きすぎる爪痕を残して。
それから、すぐに国連を主体とした復興が開始された。しかし、攻撃を受けた都市の復旧はその被害の大きさもあり早々に鈍足化。結果的に難民の発生にも繋がり、各国の政府機関は人々の不興を買うこととなる。
外宇宙からの侵略者という誰もが経験したことのない未曾有の事態でさえ、いつだって国の指導者は最善を求められてしまう。だが、それは簡単なことではない。続々と発生するトラブル──都市機能の麻痺や食料供給の遮断、難民に対して圧倒的に不足した避難所──そのどれも、すぐに解決できるような問題ではなかった。
だが、そうした状況が続くうちに人々の不満は増幅し──爆発する。次に起こるのは、自分たちのための暴動と、その正当化──即ち、テロリズムの発生だ。
そうなると元々各国に不平不満を持っていた過激派組織も動き出し、市民は彼らの掲げる自由と権利、保証や解放といった甘い言葉に扇動され激化していく。その制圧にTSが運用されることとなったのだ。
しかし各国の過激派組織も黙ってはいなかった。対抗するために周辺国の武器密売人や専用のネットワークを駆使して、テロ地域に自分たちのTSを配備し始めたのだ。
その結果、TSでの交戦が世界各国で激的に増加した。人間同士が命を奪い合う戦場が生まれてしまうこととなったのだ。
そこで必要になってくるのは、優れた戦闘経験を持つパイロット。
そう、TSによる暴動を制圧するために招集された傭兵部隊のTSパイロット──ヒビキはその一人だった。
「撃ちたくない……とも、そのうち言ってられなくなるかな」
ヒビキはそんなことをするために、パイロットに志願したわけではない。いつだって、大切な人たちを守るために命を賭けてきた。
だが、ヒビキの心は荒んでいく一方だった。人間相手にトリガーを引いた記憶は、否応なく焼き付いていくのだ。
だからヒビキは一度たりとも、操縦席を直接狙ってはいない。だからきっと、誰も殺してはいないと信じている。
「そう、だといいけどね」
時には、揺らいでしまいそうになることもあるけれど。
「はぁ……」
こんな時、気軽に話せる同期はもういない。
世界を守るために戦って、大切な仲間と自分自身の意地のために散っていった。
そんな彼──イサミ・アオ3等陸尉の姿を思い出して、ヒビキの口元は小さく緩んだ。
ヒビキは彼を誇りに思っている。他人のために本当に命を賭けられる人なんて、そんな勇気を持った人なんて、そういない。彼のようになりたいと願っても、まるで追いつける気はしなかった。
「背中くらい、預けてくれれば良かったのになぁ……」
そうしたら今、独りぼっちじゃなかったかも──そんな考えが頭を過ぎり、ヒビキはそっと自分の頭を小突いてみせる。
「勇気、爆発……だもんね」
〈ブレイブナイツ〉の仲間が残した言葉は、いつもヒビキの心を強くする。もうひと踏ん張りする勇気をくれるのだ。
「ん?」
ヒビキは通信端末の通知に気付くと、すぐにその内容を確認する。
それは、次なる戦いの幕開けを意味するものであった。
──東京湾:埠頭付近──
「こんなとこに緊急配備なんて……何事なんでしょうねぇ」
ヒビキ・リオウは、真夜中の招集に毒づいた。
彼女がいるのは愛機である第二世代TS・24式機動歩行戦闘車〈烈華〉のコクピット。緊急の出動命令があり、現地で待機中の身だ。
夜戦は初めてではないが、どことない緊張が身体を伝うのがわかる。
「本当に来るの……また?」
〈デスドライヴズ〉──数ヶ月前、世界を襲った悪夢のような存在。
地球に降下してきた〈デスドライヴズ〉はブレイバーンとATFの活躍で全て撃破されたが、その母艦はいまだ衛星軌道上に残ったまま。それは現在も休眠しているような状態であり、世界各国の研究機関は完全に破壊する方法を模索している。
そんな母艦が動きを見せたことが、調査用の人工衛星の観測データから判明した。動けるTSのパイロットは総動員させられたというわけだ。
「やばいのが来たら、今度こそ……終わりかもね」
もう、人類側にブレイバーンとイサミはいない。次の襲撃には今ある戦力で対抗せざるを得ないのだ。
だが、最新鋭のTSであっても〈デスドライヴズ〉を簡単に撃破することなどできない。破壊する手段は存在するが、それを人類だけで実行することは難しい上に、時間も人員も何もかもが足りていないのだ。
「ルルちゃん……」
敵対をやめた〈デスドライヴズ〉『高慢のスペルビア』とATFの仲間だったルルは、ATFがブレイバーンのコアを回収した日、忽然と姿を消してしまった。
今はどこで何をしているのか、そもそもまだ地球にいるのかすらわからない。
「お?」
『空中より高速で飛来! 識別名〈ゾルダートテラー〉!』
レーダーに現れたのは円盤のような飛行形態と人型の戦闘形態を持つ、〈デスドライヴズ〉の雑兵たち。
だが、肝心のヒビキは敵の出現よりも管制から聞こえた声を懐かしんでいた。
声の主は昔から管制を担当してくれていたホノカ・スズナギだ。久し振りの会話に花を咲かせたいところだが、今はそうも言ってられないとヒビキは敵へ意識を切り替える。
「市街地へは絶対近づけさせない!」
気合を込めて、操縦桿を前へひねる。
ブレイブナイツの一員として、ゾルダートテラーとは幾度となく戦い、撃破してきた。その礎を築いた隊長──ルイス・スミス亡き今でも、その遺志はヒビキの中に生き続けている。
だから、何度だって戦う。自分の手で大切なものを護るために。
──東京:横田基地:航空総隊作戦指揮所──
ホノカ・スズナギは苦虫を噛み潰したような表情で、拳を握りしめていた。
その原因は、モニターに映し出された今の状況だ。
「そんな……」
TS部隊は〈ゾルダートテラー〉との交戦開始から三分で、既に半壊していた。
TS要撃管制官である彼女は本来パイロットたちをサポートする役目を持つ。だが、こうなった戦場においてホノカにできることはほとんどない。
『アルファチーム、全機戦闘不能。ブラボーチーム、動ける機体は後方へ──ブラボーチーム!? 応答せよ、ブラボーチーム!!』
連携も上手くとれず、急いだ者から墜ちていく。周りの管制官から聞こえてくるのも、ほとんど悲鳴だけだった。
「……っ……このままじゃ……」
ホノカが担当する機体は昔からの仲間であるヒビキ・リオウだ。まだ撃破されていないが、それも時間の問題といえた。冷静でいなければならないのに、どうにも焦りが浮かんでしまう。
東京湾に集まったTS部隊は決して実力がない者ではない。だが、ほとんどのパイロットは実戦経験がなかった。
それでも最初は拮抗していたのだ。ATFが収集した実戦データの活用により、接敵からしばらくは優位な状況が続いた。だが、〈ゾルダートテラー〉はアップデートされていたのだ。数的優位を利用した連携により、最新の機体と優秀なパイロットたちが軒並み撃墜されていく。その結果が自衛隊の旧型が耐え凌ぐ戦場というわけだ。
個々人の能力では、もはや戦局を変えることはできないのは誰の目にも明らか。ホノカにできるのは、奇跡を祈ることくらいだった。
目を逸らしてしまった方が、きっと楽になる。でも、それはできなかったのだ。
だから彼女は、見つけられた。誰も気付ずにいた、その光を。
「流、星……?」
対空レーダーに突如出現した輝点が、高速で接近していた。
──東京湾:埠頭付近──
ホノカから伝えられた正体不明の輝点。それは直後、ヒビキの頭上に現れた。
目の前の光景が信じられずヒビキは思わず息を呑む。視線の先にあるのは、真っ赤な太陽のような光。それは、真っ直ぐここへ落下し──
閃光が、爆ぜた。
視界を埋め尽くした光の本流。そして続く激しい衝撃がヒビキが乗る〈烈華〉を襲う。
一体何が起こったのか、ヒビキには理解できていなかった。だが、今いるのは戦場だ。止まっていれば、ただの的になってしまう。光が止み視界が回復すると、ヒビキはすぐに〈烈華〉を立ち上がらせた。
「……意外に、損傷はないみたいね」
機体は問題なく動く。だが、ヒビキの頭を巡るのは、最悪の予想だ。
この状況で墜ちてきた何かは、宇宙から落ちてきた。
即ち、それは──
「〈デスドライヴズ〉、なの?」
震えるヒビキの声に応えるかのように、それは動いた。
炎と煙に塗れた視界の中で、TSに襲いかかっていた〈ゾルダートテラー〉を無造作に蹴り飛ばし、踏み潰していく。
「……っ!?」
どうしようもなく見覚えがある姿に、ヒビキ はその光景から目を離せないでいる。
一体、また一体と〈ゾルダートテラー〉は破壊されていった。まるで神話に残る世界を焼き付くさんとする巨人のように。
それから、僅か一分。全ての〈ゾルダートテラー〉はその活動を停止した。
それを成したのは、今は静かに佇んでいる機械生命体。その名は──
「〈デスドライヴズ〉──高慢のスペルビア」
消息を絶っていた最後の〈デスドライヴズ〉、その一体であった。
episode 2 へつづく
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