外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』 Last episode「その先へ」
2024.05.09SYNDUALITY Kaleido 月刊ホビージャパン2024年6月号(4月25日発売)
『SYNDUALITY Noir』のサイドストーリーが描かれる外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』最終回。
イストワールから帰還したカナタとノワールたち。
長い旅路を終え自分を見つけたノワールの心には、ひとつの願望が芽生えていた。
STAFF
ストーリー/波多野 大
ノワール製作/よしゅあん。
Last episode「その先へ」
人類史には決して残らない、宇宙の旅が終わった。
カナタ、トキオ、マハトの3人。そしてノワール、ムートン、シュネー3体のメイガスは、ミステルの導きによって地上に帰還した。
地平線の彼方めがけ、音よりも速く駆け抜ける脱出艇から飛び出た3機のクレイドルコフィンが、滑空しながら地上に戻る様を見たロックタウンの面々は興奮を隠せなかった。
エリーはアンジェと抱き合い、「時代は宇宙だ」と豪語するマイケルをボブがおちょくり、マムたちは作業そっちのけで祝杯をあげた。
海面に着水したであろう脱出艇を、マリアはラボから感慨深げに見つめ、クラウディアとフラムはその残骸回収に関するギャラ交渉をした。
それから文字通り丸一週間続いた宴に誰もがお腹いっぱいになり始め、ほどなくロックタウンに新たな日常が帰ってきた。
ロックタウンを覆う天蓋を踏みしめながら風を浴びていたノワールは、絶えず形を変えながら流れ行く大きな雲を眺めていた。
「私は、ノワールです」
誰ともなくつぶやいた言葉は、ぬるい風にまぎれて消えた。
ミステルと交わした約束を果たすために、もう一度イストワールへ行く。終わりなきカナタのライフワークを支えたい決意に溢れるその一方で、なにかが欠けているような、満たされないような不思議な焦りをノワールは感じていた。
ロックタウンで暮らす人とメイガスたちは、あの流れ行く雲のように抵抗を受けながらしなやかに変化し続け、今を生きている。
誰かに命じられたわけではない。自ら選んで。
また風が吹いた。その風が、ノワールの後ろ髪をなびかせる。
その毛先は銀色から金色へのグラデーション。
いつの間にか雲はどこかへと消え、澄み渡る青空が広がる。
天蓋に立つノワールを包み込むように。
ノワールは、ぽぅと内側が温まるような気がした。
▽ ▽ ▽
「カナタ、お願いがあります」
同居人が去り、少しこざっぱりとしたカナタのハンガーに抑揚乏しいノワールの声が響いた。
「お願い? またマイケルさんから仕事?」
「違います」
「あ、もしかして、マリアさん? そういえば新しいロケットの実験がどうのこうのって」
「そうではありません」
やや神妙さを帯びた表情を浮かべるノワールを見て、カナタはノワールに向き直り、先を促した。
「どうしたの? なにかあった?」
「私、もう一度、歌いたいです」
▽ ▽ ▽
ノワールの申し出をカナタは尊重し、支援することに決めた。
ただその一方で、気になることがあった。
ノワールが歌うと言い出したのはこれで2回目だ。
前回が素晴らしいライブだったことは言うまでもないが、歌いたいと思うに至る理由が理由だった。
ノワールは自身の拠り所を失い、本人の預かり知らぬ状態でシエルのボディの中へ移されるという結末を迎えた。
その現実を受け入れるための、いわばノワールのイニシエーションだった。
事実、あの舞台を経てノワールはノワールとしての一歩を踏み出したのだから。そしてそれは、シエルという存在の喪失を、カナタ自身が受け入れる為にも必要な時間だったのかもしれないと思うようになった。
「もう一度、か……」
別に歌うことを否定したいわけではない。
しかし、あり得ないとも言い切れない気がする。
ノワールの中でシエルのなにかが作用しているのではないか。
そしてそれは、かつてミステルという素体の中にノワールが同居したことで起きた、多くのトラブルのもとになるのではないか。
カナタはある人物にコンタクトを取ることにした。
「なにか起きてからじゃ遅いもんな」
▽ ▽ ▽
トレーダーズネスト。ドリフターならば一度は訪れたことのある、生活用品からコフィンの武装までなんでも揃うネストだ。
その広大なパーキングに、2台のキャリアが並んでいる。その間に幌布を張って作られた日陰に、アルバとカナタは居た。
「シエルは完全に機能が失われていたし、その情報をすべて除去したうえでノワールを移植した。ミステルの時とは条件が全く違う」
カナタは、自身が知る中でもっともメイガスという存在そのものに深い造詣を持つアルバを頼ることにしたのだ。
「お前が心配しているようなことは起こらない」
アルバは、自身のキャリアに積まれたコンテナを下ろしながら言った。
「そうですか、良かった。ところで、これなんですか?」
小さなモーターに、折りたたみの楕円状レール。それらの支柱となるであろういくつかのパーツがごっちゃになって入っていた。
「昼食の準備だ」
アルバはカナタにも手伝えと言外に訴えながら、テキパキと部品を組み上げていく。ノワールはエイダと一緒にキャリアの中で別の作業をしているらしい。
「そもそもミステルは特殊だった。あれは元々、人格の不思議のひとつ。人間でいう多重人格の原理に対し、アメイジアの研究者たちがメイガスでアプローチしていた可能性が考えられる」
「多重人格?」
「ひとりの人間の中に、名前も性格も違う人格が存在する。そういう症例が過去にはあったらしいが俺も良くは知らない」
カナタはマハトの事を想像したが、なんとなく違う気がしてその例を出すのはやめた。
「他にも考えられることはある。かつて人間同士で臓器や皮膚の移植を行っていた。その結果、移植された側に無いはずの記憶が蘇ったり、食の好みや人格の変化まで起きたという記録は残されている」
「不思議ですね。要するに、体が覚えてた?」
アルバは一瞬、どこともない一点を見つめて沈黙したあと、「そうだ」と小さくつぶやいた。
キャリアからエイダが降りてきた。
手には、重ねられた複数枚の小さな皿があった。
エイダのあとを追うように割烹着姿のノワールが両手にお盆を抱えて降りてきた。お盆には色とりどりな四角いブロック上のフードが乗っていた。
「ノワールが握ったんですよ」
エイダがにっこりと笑う。
「スシ……ですか?」
どうやらカナタの返答は、エイダの狙い通りだったようだ。
「チッチッチ。宇宙帰りのお祝いです。豪勢にいきましょう」
エイダはアルバとカナタが組み上げた装置のスイッチを入れると、ごぅんとモーターが回り出した。連動してレーンが回転しだし、その上に載せられた皿がレーンのコースに合わせてぐるぐると循環していく。
「レッツ! スシゴーラウンド!」
カナタが眺めていると、スシブロックを乗せた皿がぐるぐると同じところを回っていく。
「どんどん流しますから食べたいものがあったら、好きにとってください」
アルバは紅白のスシブロックが乗った皿をとって、言う。
「メイガスが人間を模倣して造られたことは言うまでもない。人間で起こり得ることは、メイガスでも起こり得ると考えておく方が見誤ることは少ない」
カナタはなんとなく理解した風にうなずく。
「理屈としてはそれで十分に正しいと私も思いますが、もっと別の言い方もできるのではないですか、アルバ」
アルバに言ったように見えて、その実エイダはノワールのぽやんとした表情をにこやかに見つめていた。
「シエルの歌を聴き、舞台に立つ姿にノワールは憧れた。人が人に出会い変化が生じるように、メイガス同士にもそういうキッカケがあります。人とメイガスの間は言うまでもありませんね」
その考え方は素敵だなとカナタは思った。
自身の生涯が、多くの人々との出会いと別れで成り立っていることをカナタは強く実感している。
「あこがれ」
反芻するようにノワールがつぶやいた。
「そうなの? ノワール」
「わかりません。でも……」
ノワールは答えに窮した。それは理由が定まらないのではなく、言葉を探しているのだとカナタにはわかった。
だから、待った。
ノワールは、今まで通りにカナタのメイガスとして、支え合っていくことはできるだろう。
もうひとりの自分との大切な約束だってある。
レールの上を回り続けるお皿のように、役割を果たし続けることだって立派な生き方である。
しかし、記録された記憶がノワールを巡る。
高揚し震える手のひら。高鳴る鼓動。
音に合わせて揺れる地面。まばゆい原色の光の洪水。
手にした花束の感触。観衆の笑顔。割れんばかりの拍手。
それは確かに、ノワールが自らの手で掴み取ったものだ。
それを成長と呼ぶのなら、ノワールはカナタと共に生きる隣人として、同じようにありたいと思う。
メイガス三原則に刻まれた成長律はノワールに適応されない。だからこそメイガスとしてではなく、ノワールとして。
「私が、やりたいこと。私にしか、できないことを見つけたい。誰かの代わりではなくて」
「そうか。そういうことか」
同じところを堂々めぐりしていた皿の中からひとつを手に取ったカナタは、黄色と白のスシブロックを思い切り頬張った。
カナタの表情が明るくなると、小さくアルバが微笑んだ。
それをエイダは見逃さなかった。
▽ ▽ ▽
「ど、どうも。ノワールのプロデューサーのカナタと申します。そして」
「私がノワールです」
サテライトアクアのミーティングルームで、カナタとノワールは音楽関係者と打ち合わせを行っていた。繋いでくれたマイケルも同席している。もちろん、彼のメイガスであるボブも。
「君がノワール君か」
動物に例えると十中八九タヌキが浮かぶような顔をした男性が、目を細めてノワールを見た。
「見たよ。ロックタウンでのライブ」
彼はノワールがシエルの代わりに立ったステージを、偶然にも観ていたのだという。
「シエルに比べれば未完成だ。だが、それがいい。客はストーリーが大好きなんだ。小さなハコをようやく埋めたあどけないヒロインが、夢を掴み、サテライトアクアのメインステージに立つ。そんなデビューストーリーが思い浮かんだね。これは売れるよ」
「売れる」という言葉にキラリとマイケルの目が光った。
「ほう。そういうものなのか」
「なにより、姿を消してしまったシエルに代わる歌姫をファンは求めているからね」
喜色満面に青写真を語る関係者だが、あまり信頼できそうにないとカナタは感じていた。
『シエルに代わる歌姫』などど簡単に言葉に出してくる相手を受け入れたくはなかった。
転がし上手のトキオならば口でなんとでも言いながら、己の持っていきたい方向に仕向けるのかもしれないが、カナタはそんな世渡りの術を持ち合わせていない。まして、シエルの喪失感を一番感じていたのは、他でもないカナタなのだ。
そのカナタ自身は、一切代わりを求めてなどいなかった。
そんな簡単な話にされてたまるか。
「ノワールは、シエルの代わりじゃない」
たった一言を絞り出した。
カナタはギュウっと膝を握る。
ノワールが歌う機会を奪ってしまうかもしれない。だが、もっと大切なものを汚すわけにはいかない。譲れない。
カナタから勇気を得たノワールが続く。
「はい。私はノワールです」
しっかりとした口調と意志の宿った瞳を光らせた。
「よく言った! その通りだ!」
さらにマイケルが援護射撃する。
「ノワールは我々アヴァンチュールがプロデュースする! この件は白紙だ!」
「さすがはマイケル様。清々しく漁夫の利を地で行かれる」
相手方関係者はメンツを潰された格好となり、憤慨してその場を去り、打ち合わせは3分もかからなかった。当然、破談だ。サテライトアクアは使えなくなった。
「マイケルさん、すいません。こんな風になるつもりはなかったんですけど。やっぱりロックタウンでやりましょうか。ノワールだって大きいところでやりたいから歌うわけじゃないし」
「肩を落とすなカナタ。このマイケルに二言は無い。ライブ会場は私が作る」
「は?」
得心したボブがマイケルを補足する。
「実は旧ボーンヤード周辺地区の再開発事業の話がマイケル様のご実家で討議されております。今が商機と見たのでしょう。こういった嗅覚の鋭さはマイケル様の家芸。まさに野良犬の如し」
カナタは、予想だにしないスケールの話にとまどった。
「ほ、本気ですか!? マイケルさん! そんな思いつきで」
「思いついたから本気でやるんだ、馬鹿者!」
▽ ▽ ▽
名目上、プロデューサーという肩書を得ることになったカナタは、ノワールの背中を押そうとドリフターの仕事そっちのけで各所との調整にあたった。後援としてアヴァンチュールがついてくれたのは心強いが、それは損失が出たら迷惑をかけることに繋がる。
「これよくトキオさんやってたな……」
こんな形でかつての同居人の凄みを実感するとは思っていなかった。カナタは息抜きがてら訪れたエドジョーでぐったりとしながら、注文したエナジードリンクを一気に飲み干した。
「おまたせ」
ちょうどそこへ、エリーがやってきた。
実はカナタは、ある件をエリーに依頼していた。
今日ここで待ち合わせていたのだは、その結果を知るためだった。
「どうだった?」
カナタは祈るような気持ちで問うた。
エリーはスっと息を止めて、いじらしい間を空けた。
「……ダメだった?」
「オッケーでした!」
パンッ! と、エリーはクラッカーを鳴らした。
「おわぁっ!」
驚いたカナタは勢いあまってグラスを倒した。中身が残っていなかったのが救いだ。
「大変だったんだよ! マムとクラウディアがいろんな所をあたってくれて、たまたま知ってる人が居たんだって。あとでとんでもない請求が来るかも」
カナタはタハハと乾いた笑いで返すしかない。
いたずらっぽく笑うエリーはいつの間にか注文していたストロベリーソーダで喉を潤す。
「みんな、協力したいって言ってくれたんだって。あ、シエルの代わりだからじゃないよ。カナタの気持ちも、ノワールの気持ちも、みんなわかってくれたから。ノワールのための、ノワールだけの曲とステージを用意する。良かったね、カナタ」
「エリーに頼んで良かった」
「カナタとノワールの頼みだもん」
エリーの首元にさがるドッグタグが、室内灯をキラリと反射した。
エリーは端末を操作し、データをカナタの端末に移動させた。
「R×Rが、ノワールの曲をつくってくれたんだよ」
続けて、エリーは「ただ」と言い淀む。
「歌詞は自分で考えて欲しいって。歌う人が書くべきだからって」
エリーはノワールを見た。あまり状況は飲み込めていなそうだ。
「歌詞……ですか?」
「ノワール、できる?」
カナタは恐る恐る確かめた。そんな気を知ってか知らずか、ノワールは抑揚のない声で淡々と答えた。
「やってみたいです」
エリーとカナタは目を合わせ、アイコンタクトで喜び合う。
そこへ、マイケルがやってきた。
「決まったぞ、カナタ」
「決まったって、まさか……」
「サテライトアクアに勝るとも劣らない、巨大ライブハウスだ」
▽ ▽ ▽
「1分前!」
そう叫んだのは、サテライトアクアで長年舞台監督を務めてきたスタッフだった。彼はノワールがロックタウンで行ったライブを見ていたらしい。そのステージに感動し、そのノワールを商売道具のように扱ったサテライトアクアのオーナーと決別したそうだ。
「シエルの時と同じくらい、いや、それ以上か。こんな光景を見るのは初めてかもしれん」
舞台袖から見えるアリーナは黒山の人だかり。それだけではない。アリーナの向こうに広がる円形の客席は三階建て。
暗闇に輝く無数のサイリウムは、かつてカナタが見た宇宙を彷彿とさせた。
「ノワールさん入ります!」
誘導スタッフの声とほぼ同時にノワールが舞台袖に現れ、淀み無く歩き所定の位置に立った。
高まり続ける客席のボルテージとは対象的に、ノワールが纏う雰囲気は静かで近寄りがたい鋭さがあった。
目を閉じて佇むノワールが喉元のナブラにそっと指をあてがった。
その姿を見て、スタッフたちの胸は懐かしさでいっぱいになる。
「ここでいいのか、本当に? 一番前の特等席だって用意できたのに。お仲間たちもみんなそっちなんだろう?」
舞台監督は、袖で見守るひとりの青年に声をかけた。
「ここがいいんです。今日は、俺が背中を守る番なので」
ノワールの堂々とした立ち姿を見つめるカナタは、誇らしい気持ちでいっぱいだった。
ノワールがスタンドマイクの前に立ち、新たな一歩を踏み出す。
「聴いてください。KALEIDO」
おわり
【SYNDUALITY Kaleido】
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