外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』 ep.04「黒き翼と白き羽根」
2024.02.05SYNDUALITY Kaleido 月刊ホビージャパン2024年3月号(1月25日発売)
第4回は「マハト」という名が明らかになった黒仮面とコフィン・ギルボウの物語。
野良ドリフターのブライスはマンハンターの襲撃に遭い命の危機を悟る。
そこに現れた純白のコフィンは、彼の目にはまるで天使のように映った――。
STAFF
ストーリー/波多野 大
MODELS
ギルボウ製作/ふりつく
ep.04「黒き翼と白き羽根」
ドリフターにとって、脅威はエンダーズだけとは限らない。
マンハンター。
人間を襲い、積み荷やメイガスを奪おうとする者たち。
ネストの後ろ盾を持たないドリフター――野良とも揶揄される――彼らにとってマンハンターはエンダーズ以上に厄介であった。
「こちらブライス。弾薬が尽きた、そっちは? ……応答なしか、クソ」
ブライスはクレイドルコフィンを岩陰に滑り込ませ、息を殺していっときの静寂に身を委ねた。
ブライスの駆るクレイドルコフィンは、ジャンク品としてパーツが市場に流れたジャックボックスのボディをベースに組み上げられたオリジナルである。
「残ったのは俺たちだけらしい……せめて、お前だけでも今のうちにベイルアウトを」
「ネガティブ。ユナイターだけで彼らに対抗するのは不可能です」
「そういう問題じゃない」
「命に代替品はありません」
ブライスのパートナーメイガスは淡々と答えた。
「……っ」
ブライスは、返答できなかった。
アメイジアが崩壊し、地上はドリフター群雄割拠の時代を迎え、腕っぷしの強さが物を言わせる世界をどうにか生き延びた彼らの関係は、互いが互いの半身と言っても過言ではない。
「お前に命は無いって言いたいのか?」
「そう解釈できると思いますが」
ブライスの胸はいっぱいになり、締め付けられた喉から絞りだせるのは浅い呼吸のみだった。
「俺たちがなにしたってんだよ」
ブライスが吐いた言葉は今なお自身を追い詰めるべく接近するマンハンターたちに向けられたものだ。
彼らは見境なく、ターゲットを見つけては追い詰め、いたぶり、すべてを奪っていく。
十数年前は盗賊とも呼ばれた悪徳ドリフターたちは年月と共に淘汰されたが、それでもすべてが駆逐されたわけではない。
ブライスは彼らの手口をよく理解していた。
だから、この先に待ち受ける命運に、大切なメイガスを巻き込みたくはなかった。それによって、自身の命運が過酷なものになろうと痛くも痒くも無い。
ブライスは意を決した。
「契約は解除だ。俺以上のいい男はそういないだろうが……」
「待って」
「ん?」
ブライスははじめ、メイガスの発言を、自身の発言を止めようとしての発言かと勘違いした。
「全部言わせてくれ。照れくさいだろ」
「マンハンターたちの反応が消えていきます」
「!? なんだって?」
ブライスは視界の端に表示された地形図のホログラムを見た。
敵機を示すオレンジ色のマーカーが蛇行し、ときに急速な転回を繰り返していることがわかった。
「これは……回避行動? 奴ら、なにと戦ってる?」
そうこうモニタリングしている間にも、オレンジ色の輝点のひとつが停止し明滅、そして消失していく。
「確認できました。一機、異常に速い反応があります。エンダーズではなく、クレイドルコフィンです」
「どこのどいつかわかるか?」
「どのネストのデータベースにも無い機体です。速い……!」
岩陰に身を隠したまま、ブライスは固唾を呑んで戦況の推移を見守った。
「手も足も出せなかったマンハンターどもが、こんなに簡単に食われていく。これは……夢か?」
マンハンターたちが一機、また一機と消失していくたびにブライスの口元は弛緩していく。
助かるかもしれないという幸運に、そして積み上げた自信が崩れ去る悔しさに。
「助かるぞ」
「アンノウンに通信を試みますか?」
「邪魔になるだけだ」
ブライスは高鳴る鼓動に身を任せてコフィンの操縦桿を操作し、思いっきりアクセルを踏み込んだ。
急加速するコフィンが生じさせるGは、ブライスの体をシートに押し付ける。
「ぐううっ!」
「ユナイター、なにを?」
「伝説だ。伝説が目の前にある」
「まさかボウイラビット? しかし、データベースには……」
「撹乱してる可能性だってある。だが腕前を隠すことなんてできやしない。マンハンターどもをああも簡単に蹴散らせるドリフターを俺は他に知らない!」
オレンジ色の輝点に向けて、ブライスのコフィンは3連ローラーを地面にがっちりと噛ませて加速する。その勢いのまま、最後の一機となったマンハンターのコフィンの背後をとった。
「仕返しだっ!」
なけなしのコンバットナイフを右腕に構え、振りかぶる。
『下がりなさい』
それは冷たい声だった。
『ここは静謐なる泉。私たちはそこに舞い降りし白き鳥。美しき水面に汚泥を撒き散らすような真似は許しません』
氷の塊のような声が無線機を通じてブライスの耳に届く。
ゾクリと身を震わせたブライスは、ほとんど反射的に制動をかけてコフィンを停止させた。本能的なものと言っていい。
すると、ビキビキビキと不気味な音が地面を伝って轟いた。
地面が瞬時に凍結しているのだ。
その音源はまるで生き物のようにうねり、地面を這う氷の蛇のようだった。その『蛇』は、ブライスの目の前に立つマンハンターのコフィンを的確に捉えている。
危険を察知し緊急回避行動をとろうとしたコフィンだったが間に合わず、まず地面に接地している脚部が瞬時に凍結。耳を塞ぎたくなるような機体の軋む音と共に、コフィン全体がまたたく間に氷塊に呑み込まれた。
「凍りついた……?」
マンハンターのコフィンは氷漬けとなり、末端に至るまで完全に停止している。
巨大な氷塊と化したコフィンは支えを失い、無限にも感じられるほどゆっくりと時間をかけて後方に倒れ、地面に倒れ伏した。
モニタ上のオレンジ色の輝点がゆっくりと静かに消えた。
「全機、沈黙」
メイガスの報告に対し、ブライスの返答は無い。
ブライスはマンハンターを一掃したコフィンを探していた。
だがどこにもそれらしき姿は見当たらない。
ふと、地面に落ちる影を見つけた。
ブライスの瞳はゆっくりと上に向けられ、釘付けになった。
いた。
真っ白なクレイドルコフィン。
白き鳥と自称することに一切の疑いを持てないほど、白く輝くそれはブライスだけでなくメイガスの視線をも奪った。
「飛んでやがる」
「見たことの無い形状です」
「ああ、違う。あれはボウイラビットじゃない……」
純白のクレイドルコフィンの背後から差し込む早朝の陽光は、機体の輪郭を示す凹凸に遮られて影を生み、その複数の筋はスラスターユニットが吐き出す排気と相まって翼のようでもあった。
その威容から、ブライスは目が離せなかった。
まるで、人智の及ばぬなにかを目にしたかのように。
「アンヘル……」
ブライスは思わず呟いた。
▽ ▽ ▽
「アンヘル?」
一機でマンハンターたちを壊滅させ、物言わぬ氷にしてみせたドリフターが呟いた。
「旧時代南欧を中心に扱われた言葉で、天使を意味するものかと。マイロード」
色素の薄い肌のメイガスが、水色のロングヘアを耳にかけながら答えた。
マイロードと呼ばれた男の顔には、彼の搭乗する純白の機体とは正反対の漆黒の仮面に覆われている。表情は伺えない。
「天使。神の使いか。皮肉にしても笑えん」
「もうひとつ、ジャックボックスが残っています。どうされますか?」
黒仮面が目にするモニターには、自機のほぼ正面方向にオレンジ色の輝点が残っている。
「我の敵ではない」
それは侮りではなく、無抵抗の者に対する慈悲であった。
黒い仮面に、黒革の手袋で包まれた指が伸びる。クッと力が込められ、本人にしかわからない程度にわずかにずれていた仮面が正位置に戻された。
「見事な支援だった、シュネー。帰還する」
黒仮面に名を呼ばれ、その補佐を称賛されたシュネーは、至福の極みかのごとく頬を赤らめて応じた。
「御心のままに。マイロード」
『待ってくれ』
「ん?」
黒仮面は届いた無線に応じ、チャンネルを開く。
『救ってくれた礼を言いたい』
無線の声の主はブライスであった。
「君に差し向けたわけではない」
『ほかに目的があったってことか? そんなこと関係ない、助けられたことが事実だ』
「ならば拾った命を大切にするといい。旅の安全を祈る」
『あんたがやったマンハンターたちは元々俺の仲間だった。ああ、待ってくれ。俺はもう足を洗うつもりだった。信じてくれるかはわからないが、あいつらの言いなりになるしかなかったんだ。我慢できなくて逃げ出して、追われてたんだ。ネストに所属してないドリフターが生き残る道は限られてる。あんただって、それくらいは理解してくれるだろう?』
黒仮面は黙して語らなかった。
もちろん世情を理解していないわけではない。
この男がなにを伝えようとしているのか、見極めようとしているのである。その手は操縦桿に置かれたままだ。不審な言動があればすぐに対応できる準備は心身共にできている。
『あんたについていきたい』
「我に?」
「生きるために手段を選ばぬ輩です。信用に値しません」
シュネーの言葉を受け止めた上で、黒仮面はあえてコックピットの『蓋』を開き、外気にその身を晒した。
「マイロード!?」
真意を推し量れず慌てたシュネーを、黒仮面の声が制した。
「我は神の使いではない。神とは程遠き者。貴君を導くメシアですらない。あえて言えばただの人ですらなく、イデアールの悲願に殉ずる者。それでも良いというのなら自ずから道を選べ。その道は続くであろう。我ら、イデアールの御旗のもとに」
黒仮面が言い切ると共に身を翻した純白の機体ギルボウは、姿を現し始めた太陽へ吸い込まれるように消えた。
「イデアール……」
ブライスの駆るジャックボックスは、ギルボウの影を追うように発進した。
――それから、少しの時間が流れた。
▽ ▽ ▽
黒仮面ことマハト・エーヴィヒカイト専用クレイドルコフィン≪ギルボウ≫はイデアールのハンガーの中にいた。
マハトは機体から降りるとすぐに後部にまわりコフィンを開くと、手の平を上に向けて音もなく差し伸べた。
その手を取ったシュネーは、シルクが風に揺れるかのようにふわりと地面に着地した。
「シュネー、我が剣を頼む」
「はっ」
シュネーは長い髪がすっかり顔にかかることもいとわず、深々と頭を下げた。
マハトが作戦司令室に向かい、巨大なゲートを通り過ぎるまで、頭は下げられたままだった。
ゲートが封じられると同時に頭を上げたシュネーの瞳は鋭く、その様子に気づいた整備士たちは背筋を伸ばした。
「完璧に修復すること。それがあなた方に与えられた責務です。何度穢されようと、その度にマイロードの翼は輝きを取り戻す。その一端を担える歓びを噛み締めなさい」
整備士たちは弾け飛ぶようにそれぞれの仕事に取り掛かる。
だがその中でたったひとり、ギルボウを上気した顔で見つめて佇むドリフターが居た。
「ブライス」
シュネーはその正面に立って問い詰める。
「そこで何をしている?」
「私は、マハト様の後ろをついてまわるだけで、まるで何もできませんでした。腕には自信がありましたが」
「憧れている暇はないぞ」
「憧れ……それだけじゃないんです。私は、以前このギルボウに助けてもらいました。今でも忘れません、朝日の中で羽ばたく、この真っ白のギルボウを」
ブライスは、機体についた傷に目をやった。
「けど、眼の前でみるとこんなに傷だらけだったんですね」
「輝きも、傷も、すべてはマイロードの覚悟」
「覚悟……?」
「これを御覧なさい」
シュネーは手にした端末に、ギルボウの設計資料を展開した。
数々のスペックが表示されていく中、ある画像で止めた。
ギルボウのプロトタイプである。
「これが……ギルボウ?」
その機体は、カラスを思わせるほど真っ黒に塗られていた。
ブライスが戦場でみた神々しいまでの姿とは正反対の、見るものに畏怖を与える黒い鎧に身を包む姿。その瞳にあたるサブヘッドのセンサーは赤く光り、地上に君臨する黒鉄の巨人のようにも見えた。
「機体色を変えたってことですか?」
「イデアールの剣であり旗印として立つ為に、マイロードは御身に枷を与え続けた。自らの剣に至るまで。幾度傷つこうともすべての穢れを受け入れ、理想を求め、気高く」
ブライスは散文めいたシュネーの言葉の真意に到達できなかったが、それでも崇高な想いは嗅ぎ取ったつもりだった。
ブライスとて自分の手でコフィンを組み上げたことのある身だ。
そこに生き様や願いのようなものを込めない理由が無いとも思っている。
「全部、自分で背負うつもりってことか。あれほどの腕前があれば納得できる部分もあります」
「そうであれば傲慢です。マイロードは、違う」
シュネーが瞳を閉じると、長いまつげがわずかに震えた。
マハトとシュネーの間に筆舌に尽くしがたい絆があることを理解したブライスは問答をやめた。
自らに生きる道を与えてくれた者たちに敬意を表さずにはいられない。
「マハト様の為に。私はイデアールのなんたるかまで理解しているとは思いませんが、マハト様の為ならなんだってできます」
「それは忠誠とは言わないな」
会話に割って入ったのは、マハト自身であった。
「マイロード!?」
作戦司令室でのひと仕事を終え、マハトが戻ってきていたのだ。
ブライスは一歩下がって、直立不動の体勢をとる。その緊張した肩に、マハトの黒革の手袋に包まれた手が掛けられた。
「我は、イデアールの崇高なる悲願に殉ずる者。君も、そうであると願いたい」
その言葉の語気は強かった。
なにかから、迷いのようなものを振り切るかのように。
ブライスはその揺るぎない言葉に胸を打たれ、イデアールの兵士としての決意を新たにした。
一方のシュネーは、マハトの伺えない表情を心配そうに見つめながら、着物の袖口をきつく握っていた。
その反応には、本人ですら気づいていなかった。
#5につづく
【SYNDUALITY Kaleido】
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