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【境界戦機 フロストフラワー】 第12話「Ode to Joy」

2022.07.07

境界戦機 フロストフラワー 月刊ホビージャパン2022年8月号(6月24日発売)

境界戦機FFロゴ

その命は、北に咲く

 北の大地で活動するレジスタンス組織“際の極光”に属する青年、北条カイと特殊なMAILeS「ビャクチ」の活躍を描く公式外伝『境界戦機 フロストフラワー』。兵頭一歩氏によるテキストと本編メカニックデザイナーが手掛けるAMAIM の作例による特撮写真で『境界戦機』の世界観をさらに拡げていく。
 国のためでもない、組織のためでもない。それは、男同士の信念をかけた最後の戦い。その先にあるものは果たして…?

STAFF

 企画 
SUNRISE BEYOND
 シナリオ 
兵頭一歩
 キャラクターデザイン 
大貫健一
 メカニックデザイン 
小柳祐也(KEN OKUYAMA DESIGN)
海老川兼武
寺岡賢司
形部一平
 メカニックデザインスーパーバイザー 
奥山清行(KEN OKUYAMA DESIGN)
 協力 
BANDAI SPIRITS
ホビージャパン

『境界戦機』
公式サイト https://www.kyoukai-senki.net/
公式Twitter @kyoukai_senki

プラモデルシリーズ公式サイト
https://bandai-hobby.net/site/kyoukai-senki/


第12話「Ode to Joy」

 大ユーラシア連邦による次世代AI開発計画、ドヴォイニークは、ファルベルジェの卵と称される六つのAIのラーニングを個別に行い、最終的にひとつに統合して究極を目指そうというものだった。
 レジスタンスに奪われてしまった“喜び(ラーダスチ)”
 特別仕様機アクチャーブリュに搭載された“怒り(グニェーフ)”
 網走監獄で運用されていた“憎(ニェーナヴィスチ)”
 実験体チャイカの脳内に埋め込まれた“憐み(ジャーロスチ)”
 宗谷駅で稼働していた“楽(ヴェーセロ)”
 そして残るひとつは、ユーラシア軍の施設となった五稜郭中枢にあるという。
 しかしレジスタンス殲滅のため宗谷駅でヴェーセロをトラップとして使用し、自滅させたことにより、計画は瓦解した。今はチャイカを中心に残ったAIを五稜郭へと集め、新たなシステムを構築する計画へと変更された。
 大ユーラシア連邦が国を挙げて目指した究極のAIの誕生は夢物語となったかに見えた。
 だがそれは、まだ終わってはいなかった。
   
(ラーダスチが来る──あのパイロットも一緒だ──)
 予感に、チャイカは立ち上がった。
 五稜郭の中心に屹立するタワーの頂上部、いずれは道南地域全体の通信網を一手に引き受けることになる情報統括室には、今、チャイカ以外に数人のスタッフが常駐している。
 常にバイタルチェックが行われる専用シートから突然立ち上がったチャイカに、スタッフは一斉に驚きの目を向けた。だがいずれも技術系の人間ばかりであり、彼女の行動を制止する権限も無く、止める者はいなかった。
 無言で歩き、チャイカは、階下に向かうエレベーターの中へと入って行った。
   
 五稜郭の敷地内、タワーのふもとに広がる緑地帯で、カイのビャクチ、ユーリのアクチャーブリュは、激しく刃を交えていた。
 炸薬が尽きた戦闘用の杭打機と弾切れのランチャーを放棄し、ビャクチは、身軽になった体で鋭く熱振刀を振り下ろす。
 その切っ先を、アクチャーブリュは相応の重量があるはずのチェーンソーを軽々と振りかざして受け止める。刃は回転しており、熱振刀の細い刀身は弾き返された。
 反動から立て直す隙に付け込まれるのを避けるため、ビャクチは身を翻して距離を取った。
 そこに、死角からの銃撃が来る。
「カイ、後方に二門、またゾンビだ!」
 ルーが「ゾンビ」と称したのは、緑地の至る所に設置された砲塔のことだ。砲とは言ってもAMAIMのパーツを流用しただけのもので、あるものはライフルを持つ腕だけが地面に突き立っていたり、あるものは機銃を備えた上半身だけが無造作に地面に置かれたりしている。その姿は確かに「ゾンビ」と言えた。
 それらはすべて、ユーリが設置したトラップだった。無人機を用意できれば良かったのだが、ほぼ単独行動に近い今回の作戦に、そこまで戦力を割いてくれるほど軍も寛大ではない。予備のパーツを寄せ集めるのが精一杯だった。
 砲塔は無数にあるが、急ごしらえのため、発射はオートではない。無人機のように戦術特化型のAIさえも積んでいないので、運用には外部からの操作が必要となる。さすがのユーリであっても、敵と斬り結びながらそれを完全に使いこなすのは不可能だった。アクチャーブリュに搭載されたグニェーフに任せることもできたが、それでアクチャーブリュ自身の稼働効率が下がってしまえば本末転倒である。
 今、トラップを操っているのは、最後に残ったファルベルジェの卵であるAIであった。
 その名は“愛(リュボーフィ)”
 やがては情報統括の中枢となる五稜郭のメインシステムとなるために設置された自律思考型AIだった。ファルベルジェの卵の中で最も後になって開発されたもので、それゆえ白眉の性能を誇るとされている。
 その実力の全てをつぎ込んで操作されるトラップに、ビャクチは──そしてそのAIたるルーは苦戦していた。
「ゾンビ」たちからの攻撃は常にルーの予測を上回り、回避しようと移動すれば、その先には必ずアクチャーブリュが待ち受けていた。

×   ×   ×

「早々にガトリング砲を捨てたのは、このトラップがあったからか……。ホンマが言ってた一騎打ちなんてやっぱり嘘っぱちじゃん!」
 コクピットの中に、ルーの悪態が響く。
 しかしカイは、苦戦する中でもどこか冷静だった。
「いや、一騎打ちには違いないさ。いまグリップを握って向き合ってるのは、オレとアイツのふたりきりに違いないんだから」
 ルーに返したはずのその言葉に、答えたのは別の人間だった。
 『その通りだ』と、オープンチャンネルを介して男の声が聞こえる。相対するパイロットの声だと理解し、カイは目を鋭くしかめた。
『因縁は……その機体と、そこに搭載されたAIが奪われたことから始まった。それを打ち倒してこそ、私の戦いに決着がつくのだ。手段など選んではおれん!』

×   ×   ×

 アクチャーブリュのコクピットの中、ユーリの感情は高ぶっていた。自分を、そしてチャイカを翻弄したAIの開発計画。計画を進めるユーラシア軍の中にありながら、それを馬鹿げたものとユーリは考えるようになった。だから、自らの手で終わらせると決心した。
 それはもはや、意地である。
「私の勝利は——人の理性の勝利でもあるのだ!」
   

境界戦機フロストフラワー 12-1

 リュボーフィのサポートを受け、トラップを駆使するアクチャーブリュの戦術は極めて巧みだった。対するルーは、トラップを回避することに忙殺され、狂暴な白兵武器で襲い掛かって来る相手の対応にまで手が回っていない。
 カイは、ひとりでアクチャーブリュと対するしかなかった。
 だがそんな孤軍奮闘に、ビャクチは良く反応してくれた。
 チェーンソーに比べて明らかにか細い熱振刀でビャクチが繰り出す太刀筋は常に鋭く、どうしても予備動作の大きくなる相手に対して互角以上の剣戟を繰り広げた。
 一文字に薙ぎ払われるチェーンソーの一撃を避け、ビャクチは敵の手元を狙って斬撃を放った。
 アクチャーブリュの回避は間に合わず、凶悪な武器の基部が破壊される。
 刃の回転が止まり、チェーンソーは重たいだけの鉄塊と化した。
 好機とばかりに、ビャクチはさらなる一撃を放つ。
 だが、それは受け止められてしまった。
 アクチャーブリュはチェーンソーを投げ捨て、瞬時に背中のマウントから巨大なナタを引き抜いて、斬撃を阻んだのだ。

×   ×   ×

 アクチャーブリュの損耗度を報告するグニェーフの声に、ユーリは歯噛みした。
 今や、武器は前時代的な刃物だけとなった。
 それでもその刀身は硬く、熱を帯びた敵の攻撃を見事に受け止めて見せた。
 焼き斬られる前に力で押し返し、次の瞬間ユーリはアクチャーブリュに身を伏せさせた。
 背後にあったトラップのひとつである砲塔が、身を伏せたことで空いた空間を貫くように攻撃を放つ。
 相手がそれをかわす間に体勢を立て直し、アクチャーブリュは巨大なナタを中段に構え、隙のない状態で静止する。
 鼻先の距離で二機はにらみ合う形になった。
 ユーリは、苦々しくつぶやく。
「貴様の介入でAIの開発計画は無駄になった──」

   ×   ×   ×

 敵の声が、またしてもビャクチのコクピットの中に響いた。
 カイは黙ってそれを聞く。
 知りたかったのだ、トラップまで用意して、自分を待ち受けていた相手の真意を──
『チャイカは……このままでは単なる生体デバイスとして、一生、施設につながれて生きることになる』
 声は、苦渋に満ちていた。
「それを止めたいってんなら、目的はオレたちと一緒じゃないか……」
『しかし私にだって意地がある。手を組むわけにはいかん』
 意地……?
 国を背負って戦っていたはずの男が、意地だと?
 カイは信じられないような気持ちだった。
 だが同時に、一騎打ちの理由としては妙に納得が出来るとも感じていた。
「受けて立つしかない……力でわからせるしかないよ」
 ルーがカイの耳元でささやく。
 ナタを構える敵機に倣うかのように、今はトラップも動いていない。意地だと言ったからには、敵にも矜持があるのだろう。こちらの出方を待っているのだ。
「なら──とことんまで付き合ってやる!」
 カイは叫び、勢いのままに身を乗り出した。
   
 ビャクチは突進した。しかしアクチャーブリュにではない。今、二機を取り囲んでいる近傍のトラップに向かって熱振刀で斬りかかった。
 ここまでずっとトラップに対応していたルーは、その間にリュボーフィによるオペレーションのパターンを解析、反撃の手段を見出していた。
 そのルーのサポートを受け、ビャクチは複数の砲塔を斬り倒すことに成功した。
 だが息つく間もなく、アクチャーブリュが斬りかかって来る。
 素早く繰り出される連撃に押され、ビャクチは緑地の奥へと追い込まれた。
 そこにはまた新たな砲塔が待ち受けており、それこそがアクチャーブリュの狙いでもあった。
 またも、ビャクチはトラップの砲火にさらされる。
 パターンを解析し尽くしたと思っていたルーであったが、リュボーフィの能力は、それを上回った。
 回避が追いつかず、ビャクチは集中攻撃にさらされた。両肩にかろうじて残っていた増加装甲が吹き飛ばされる。
 そこにアクチャーブリュもナタを振りかざし、襲いかかってくる。
 なんとか受け止めるビャクチだったが、コクピットには、悲鳴のような警告音が鳴り響いていた。
 過剰なまでにエネルギーを放ち続けた熱振刀のバッテリー残量が、尽きつつあるのだ。

×   ×   ×

 カイのもとに、またしても男の声が届く。
『チャイカのことは私に任せておけばいい。国に還っても悪いようにはしない』
 その言い分が癇に障り、カイは怒りとともに怒鳴り返した。
「あんな国にまだこだわり続けるアンタを、信じられるかよ!」
『チャイカもそれを望んでいる!』
「勝手に決めるな! 結局お前も軍と一緒だ! チャイカの心を、無視するな!」
 一瞬、言葉に詰まるような男の息遣いをカイは聞いた。同調するかのように、機体の動きも止まった。
 しかしそれはあくまで一瞬のことで、すぐに怒涛の攻撃が再開される。
 ビャクチは、またも追い込まれて行く。
 会話に気を取られたことをカイは悔やんだ。
 反撃の糸口さえ見つけられず、このままでは、熱振刀のバッテリーが尽きた瞬間にすべてが終わってしまう。
 焦りと絶望が思考を蝕み、カイは急激に気力が萎えて行くのを感じた。
 その時、ルーが場違いなほど抜けた声をあげた。
「——チャイカ?」
 まさかの名前に、カイも目を見張る。
 ルーは、カイではない誰かと会話していた。
「うん、わかった……。お願い!」
 相手は、恐らくチャイカ。
 チャイカが体内に備えたAIを通して、意識がつながったとでも言うのか?
 カイがその疑問を口にしようとした次の瞬間、コクピット内に異変が起こった。
 明滅する計器が、瞬間、まぶしく輝いた。次々に表示されるモニターに、カイには把握することのできない速度でデータが流れて行く。
(高速で……システムが再構築されている?)
 やがてビャクチのステータスを表すモニターに、見慣れぬメッセージが表示されるのをカイは見た。
「フルブースト……」
 コクピットが、激しく駆動する各部からの音に満たされる。バッテリーが尽きかけていた熱振刀さえ、今は唸り声をあげ激しく震えている。
「カイ! 勝負は一瞬だ、決めるよ!」
「決めるって……」
「チャイカが力を貸してくれる……!」
   
 チャイカは、タワーの下層から外へと歩み出ていた。数百メートル離れた場所では、ビャクチとアクチャーブリュが戦いを繰り広げている。
 祈るかのように、チャイカは目を閉じた。
「ルー……あなたと一緒に……」
 彼女の脳内には、今、ジャーロスチとニェーナヴィスチ、ふたつのAIが共存している。
 ジャーロスチを用いてルーとつながり、同時にチャイカは、かつて網走監獄の囚人監視システムとして運用されていたニェーナヴィスチを使って、トラップをオペレーションするリュボーフィと対した。
 チャイカのAIは、タワーを中心としたシステムに組み込まれるにあたり、あらゆるリンクから切断されているはずだった。
 しかし脳内にふたつのAIを合わせ持つことの出来る潜在能力をフルに使い、チャイカは強引にリンクを復活させた。
 結果、ジャーロスチはビャクチに機体性能の限界突破──フルブーストの状態をもたらし、そしてニェーナヴィスチは、リュボーフィからトラップの操作権限を奪い取ることに成功した。
「これ以上、私たちが戦う必要は無い。武器を捨てて──!」

×   ×   ×

 ユーリは、アクチャーブリュのコクピットから驚愕の光景を目にした。仕掛けたトラップの砲塔が、お互いに狙いを定め、同士討ちを始めたのだ。
 次々に破壊されて行く砲塔を見て、ユーリは、システムが奪われたことを──リュボーフィが敗北したことを知った。
 そして、それを成したのが誰であるかも、彼は理解していた。
「チャイカ……なぜだ……。なぜそこまでして、あのパイロットに加担する……」
 そのユーリの疑問に、チャイカの声が答える。グニェーフがAIを介した通信を受け取り、その声を再現しているのだ。
(彼は、私の心に寄り添ってくれた……欠けていた“喜び”の意味を、知らせてくれた)
「喜び……ラーダスチか?」
(カイは……心を形作る自由が自分にはあると言ってくれた……人であれ、と)
「……そうか、それがお前の喜び……」
 ユーリは、深く腰をシートに沈めた。
 脱力と、それに反した充実した気持ちが、なぜか押し寄せて来る。
 表情には、笑みさえ浮かんでいた。
(私は知った、喜びを……歓喜を……! ユーリ、あなたがくれた自由だ!)
「チャイカ…………」

×   ×   ×

 ビャクチの目が、まばゆく輝いた。
 チャイカのジャーロスチの力を得てフルブーストの状態となった機体が、唸りをあげて駆動する。
 そのスピードはまさに神速。
 ビャクチは、フルブーストによって最大出力となった熱振刀を、片手一本突きの構えにして敵へと突撃する。
 相手は回避を試みようとした。
 しかしその挙動は、カイの目には圧倒的に遅く見えた。ビャクチの神速に、まるで自分の知覚が追いつくかのような錯覚にとらわれる。
 すべてがスローモーションのように流れて行く視界の中──
 カイは、熱振刀の切っ先が、敵の機体を貫くのをはっきりと見た。
   

境界戦機フロストフラワー 12-2

 ビャクチが放った渾身の一撃は、的確にアクチャーブリュの駆動系の中枢を破壊した。爆発は起こらず、アクチャーブリュは膝を落とした状態で動かなくなった。
 機体から脱出し、ユーリは地面に降り立つ。
 カイもまたビャクチから降り、地面に立った。
 初めて、彼らは生身で対面する。
 そしてそのふたりの間には、今、チャイカが立っていた。
「若いな……」
 ユーリは素直な感想を漏らした。そして伝えねばならんことがある、と続けた。
「私が敗北したことが伝われば、軍はここを包囲して、貴様たちの捕縛に乗り出してくるだろう」
 ユーリは、一度チャイカに目を向ける。
「チャイカを頼む……何とか逃げのびてくれ」
 チャイカの表情がピクリと反応する。
 が、すべて覚悟の上だったのか、何か言葉を発するようなことはなかった。
 ユーリは満足そうに微笑み、手にしていたグニェーフのAIユニットを、カイに向けて差し出した。
「これもまたファルベルジェの卵だ。共に連れて行ってやってくれ」
 今は清々しくさえ見える男の顔を、カイは確認するように見つめた。
 ユーリは黙ってうなづく。
 だがそこに、グニェーフの声が割って入った。
「拒否します」
 ユーリは驚き、ユニットを見た。
「AIにも……感情が許されるというのなら……。ユーリ、私は最期まで、あなたと共にありたい」
 ユーリは戸惑いの表情を見せる。
 それを、「聞いてやりなよ」と、カイが持つ端末から発せられたルーの声が促す。
 ユーリは黙って、ユニットを自らの傍らに戻した。
「アンタは……やっぱり国に還るのか?」
 カイは、ユーリに尋ねた。
「当然だ。還る場所はそこしかない」
 それは彼の別れの言葉でもあった。
 だがそんなユーリの顔を、チャイカは見ようとしない。
 カイはチャイカの気持ちを気にしたが、だからと言ってかける言葉も見つからず、ただ立ち尽くした。
 ついにはルーに「時間がない」と促され、カイはチャイカに、「行こう」とだけ告げて、ビャクチを振り返った。
 チャイカもそれに続く。
 その背中に、ユーリはつぶやいた。
「──より深き愛あればこそ」
 かつては国に対して捧げた、友人の詩にあった一節だった。
 チャイカは振り向かない。
 だがその小さな肩は震えていた。
 その頬には、流れるものがあった。
 ──愛あればこそ
 まるで上官の命令を復唱するように、チャイカもまたつぶやいた。
 カイはチャイカに手を貸し、ふたりの姿は、ビャクチのコクピットへと消えた。
  

  

 数ヵ月の時が過ぎ──
 北海道は、もっとも厳しい季節を迎えようとしていた。
 カイとチャイカ、そして本馬組の面々は、あの五稜郭から、ユーラシア軍の包囲が完全になる前に脱出し、その後、道内各地へと散った。

×   ×   ×

 晴矢ユキと砂小間ホホロは、大学に復学した。学内のAI研究センターに所属する陰で、ふたりはオンラインを中心に活動するレジスタンス“果(はて)の極光”を組織し、そのリーダーとなった。組織のシステムを管理しているのは、かつてセツロに搭載され、ユキとともに戦ったあのモブである。

×   ×   ×

 猫宮メイと叉羽ツネマルは、ユキたちの伝手で大学が所有する練習船に乗り、大ユーラシア連邦の目の届かない場所で、次なる戦力の開発に着手している。その中心にビャクチの強化改良型があることはもちろん極秘事項だが、その進捗を、ふたりはいつもドヤ顔でユキたちに報告してくる。相変わらずの緊張感のなさだと、ユキたちは苦笑するしかなかった。

×   ×   ×

 本馬とケンゴの年長組は、いまだ道内各地に潜入し、泥臭い活動を続けているという。
 情報を集め、協力者を探し、反抗の火を絶やさぬよう駆け回っている。
 成果は確実に上がっているようで、極光に合流したいというメッセージの数は、日に日に増えていた。

×   ×   ×

 そして、カイたちは───
 阿寒湖の近く、雄阿寒岳には、ユキたちの大学が所有する山小屋がある。かつては研修などに使われていたが、老朽化し、今は訪れる者もほぼいなくなっていた。
 カイはそこで、チャイカと共に暮らしている。
 チャイカが持つふたつのAIは、彼女の神経的なネットワークとほぼ同化したような状態にあったため、体内から完全に取り除くことは出来なかった。しかしルーによる外部からのサポートにより、精神的な負担はかなり減ったという。最近になって笑顔を見せることが増えたことがその証であると、カイは信じていた。
 六つのファルベルジェの卵の統合を目指した、大ユーラシア連邦の開発計画は、ルーとチャイカの共存──つまり半分の統合を実現しただけに終わった。
 それでいいと、カイは思う。
 戦いのためのAIを手に入れるのではなく、チャイカというひとりの人間の心を救えたことで、自分の戦いに意味があったと思うことが出来るのだ。
 カイは、これからもそばでチャイカを見守りたいと思っていた。
 もちろん、ユーラシア軍も自分たちを放ってはおかないだろう。
 その時のために、ユキたちは果の極光を作った。そしてカイとて、このまま隠居を決め込むつもりもない。
 北海道の地は───まだ、何も変わってはいないのだ。
「水を汲んで来る」
 暖炉の側でお気に入りの本を読むチャイカに手を振り、カイは、携帯端末と木桶を持って、外へと出た。

×   ×   ×

 山小屋の前には、早朝の日差しを反射する阿寒湖の雄大な姿がある。
 湖面には、いくつもの花が咲いていた。
 生物的な花ではない。
 この時期、この湖にだけ咲く結晶化した霜の花だ。
 それは、フロストフラワーと呼ばれていた。
「まったく……今日も寒いな」
「ううん、私はあったかいよ」
 白い息を吐いたカイに、ルーが答える。
「カイ──キミといるとね、私は正義や平和といった、人間らしいことを想像するんだ」
「想像……?」
「キミやチャイカとの共存で生まれたあったかい気持ち……希望だよ」
「…………」
 フン、と照れたようにカイは鼻を鳴らす。
 そして大きく息を吸ってから、背後の山小屋を振り返った。
 木々に囲まれた小屋の隣に、膝を折って座る雪原色の機体がある。
 カモフラージュ用の幌を被せられてはいるが、隙間からのぞくその目は、陽光を反射して輝いている。
 それは湖面の花と同じく、カイにはまぶしく見えた。

境界戦機フロストフラワー 12-3

( 終 わ り )

【境界戦機 フロストフラワー】

第1話「absolute beginners」

第2話「material girl」

第3話「Under Pressure」

第4話「I say a little prayer」

第5話「Life in a Northen Town」

第6話「Set Them Free」

第7話「Everything But The Girl」

第8話「Want To Know What Love Is」

第9話「Fortress Around Your Heart」

第10話「Can’t Fight This Feeling」

第11話「With or Without You」

第12話「Ode to Joy」(終) ←いまココ

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