【境界戦機 フロストフラワー】 第4話「I say a little prayer」
2021.11.04境界戦機 フロストフラワー 月刊ホビージャパン2021年12月号(10月25日発売)

その命は、北に咲く
北の大地で活動するレジスタンス組織“際の極光”に属する青年、北条カイと特殊なMAILeS「ビャクチ」の活躍を描く公式外伝『境界戦機 フロストフラワー』。兵頭一歩氏によるテキストと本編メカニックデザイナーが手掛けるAMAIMの作例による特撮写真で『境界戦機』の世界観をさらに拡げていく。
さらに東へ進むカイたち“際の極光”。日本最大の湿原地帯で彼らを待ち受けるものとは?
STAFF
企画
SUNRISE BEYOND
シナリオ
兵頭一歩
キャラクターデザイン
大貫健一
メカニックデザイン
小柳祐也(KEN OKUYAMA DESIGN)
海老川兼武
寺岡賢司
形部一平
メカニックデザインスーパーバイザー
奥山清行(KEN OKUYAMA DESIGN)
協力
BANDAI SPIRITS
ホビージャパン
『境界戦機』
公式サイト https://www.kyoukai-senki.net/
公式Twitter @kyoukai_senki
プラモデルシリーズ公式サイト
https://bandai-hobby.net/site/kyoukai-senki/
第4話「I say a little prayer」
ぬかるんだ大地に、ビャクチはその淡いブルーの機体を沈み込ませていた。夜明け前のひときわ暗い時間帯、月明かりもなく、周囲には霧も立ち込めている。
カイはコクピットから小高い丘の上に建つ監視塔を見上げていた。監視塔と呼べば聞こえはいいが、それはもともと観光用に建設された展望台だ。境界戦後、ユーラシア軍に接収され、地元民を監視する施設へと生まれ変わっていた。
そう、ここは日本有数の観光地だった。
総面積約二万八千ヘクタール。もとは国立公園にも指定されていた釧路湿原である。
無数の湖沼が点在し、野生動物の楽園でもあることから、近代になって国際的な自然保護条約に登録され、以降は開発も厳しく制限されて手つかずの自然が残っている。
境界戦前は観光スポットとして人気だったが、それはもはや過去のものとなった。
現在は、大ユーラシア連邦の監視を逃れて農作物の独自取引を行う地元民たちの、格好の隠れ場所となっている。
そんな地元民による共同体、北斗連盟と呼ばれる組織に、カイたち“際の極光”本馬組は、ひょんなことから手を貸すことになっていた。
話は数日前にさかのぼる。
網走で決行される大規模作戦に合流するため、カイたちは東へと向かった。ルートの大半はユーラシア軍によって制圧されていたが、作戦に何としても本馬組の力を必要とした“極光”本部は、戦力を割き、道を切り開くと約束してくれた。
だが、本部が派遣した部隊は予想以上の反撃を受け、カイたちが合流するまでにルートを確保することは叶わなかった。
やむを得ず、カイたちは南へと下った。
その先には大都市、釧路がある。
だが、当然こちらも自治権は大ユーラシア連邦によって掌握されている。カイたちはその手前、釧路湿原周辺で活動する北斗連盟と合流、協力を要請した。
あくまで地元民の共同体であり、北斗連盟はレジスタンスではなかったが、活動内容には似ているところが多くあり、協力は快諾された。
かくして本馬組は、本部が東へのルートを確保してくれるまで、しばし北斗連盟に身を寄せることになった。
そこで聞かされたのが、湿原監視塔の攻略計画である。
国際条約に守られた湿原を好きに開発できない大ユーラシア連邦は、そこに潜伏して独自の活動を続ける連盟にもまた手をこまねいていた。北斗連盟は、もともと湿原の自然保護を目的としたボランティア団体で、表向きはいまだその活動を主とする組織であることを標榜しているので、積極的に取り締まることが出来ないのだ。
よって、ユーラシア軍の連盟への対応は、監視塔からの動向観察のみにとどまることになった。これで大々的な摘発などはなくなったものの、連盟側にしてみれば、監視によって自分たちの取引が制限されているのもまた事実。その販路拡大のため、そして何より、自分たちの土地を勝手に踏み荒らすユーラシア軍に当てつけるためにも、塔を落として一泡吹かせたいという本音もあった。
そこに現れたのが、AMAIMを擁するカイたちレジスタンスだった。連盟はこれをまたとない契機ととらえ、カイたちに攻略計画への参加を持ちかけた。
監視塔ひとつを落としたところで、何が変わるというものでもないが───“極光”本馬組のリーダー本馬はあまり乗り気ではなかったが、そういう自分たちとて、ユーラシア軍の目から逃れるため、連盟に協力を求めている立場である。無下にするわけにもいかなかった。
カイたちは、北斗連盟のこの小さな作戦に参加することとなった。
申し合わせた時間になり、カイのビャクチと、ユキのセツロはゆっくりと移動を開始した。通信は使用せず、敵に気取られそうなセンサーの類も立ち上げていない。この暗闇の中、基本的に頼りにできるのは、赤外線カメラによる見た目の情報と、AIによる画像分析のみという心細さである。
出来るだけ音を立てるな───無数のモーターを抱えた人型兵器に乗りながら、そんな無茶な指示もあったものではないと、カイは自らにツッコむような気分だった。だが自律思考型AI、ルーからの返事は「あいよ」と軽かった。緊張感なく、次の行動に移る時間まで暇だとばかりに、雑談まで持ち掛けて来る。
「カンジキって言ってたっけ、脚に付けられた特殊装備。原始的だけど、なかなか使えるもんだね」
「人型には結局、人類の知恵が活きるってことだろ。極地に配備された部隊じゃ正式採用されてるらしい」
へぇ、とルーは感心した声を上げる。そういう情報こそAMAIMに搭載されたAIには知っておいてもらいたいものだが、相変わらずルーの“知識”の偏りはひどいものだった。宇宙では鉛筆を使えっていうアレだね、と、また古臭い話を持ち出して来た。
カンジキとは、雪上や水田、湿原での歩行移動の際に使用される“履物”のことである。着用すれば接地面積が広くなり体重が分散、ぬかるみなどに足が沈み込むことを防いでくれる。古くは縄文時代にも使用されていたとされ、素材の進化はあるものの、現代においても基本的には同じ作りで利用され続けている。
湿地帯でのAMAIMの移動にも、古代の知恵は、そのままの形で転用された。カイが知るように、熱帯や凍土に覆われた極地では比較的ポピュラーな装備ではあるが、日本において使用されたという例は、あまり聞かれることがない。
今回、ビャクチとセツロに取り付けられたものは、北斗連盟お手製だった。なんでも連盟に参加する好事家の若者が、趣味で組み立てていたものらしい。もちろんAMAIM用のものではなく、もとは水上バイクのようなものを作るための部品だったそうだが、意外にも少し手を加えるだけで、AMAIMの脚部にしっくり馴染んだ。聞けば参考にしたのがそもそもAMAIMの極地装備だと言うのだから、巡りあわせとは不思議なものだ。
「さすがの私も、これが無しでは移動どころじゃなかったよ」
「ただやはりクセは強いな。途中で換装するわけにはいかないから、戦闘になると厄介だぞ」
「まさか展望台にAMAIMが配備されてるわけでもないでしょ? 調べもついてるって言ってたんだよね?」
「まぁ、そうなんだけどな……」
カイはセツロの方を見た。ユキが器用なのか、装備と機体自体の相性が良いのか、移動は比較的スムーズに行われているように見えた。ビャクチが信号弾を装備したマルチランチャー、背にはミサイルランチャーを装備しているのに対し、セツロはライフルとシールドのみ。ならば身軽な分、今回はユキを先行させても良いかもしれないとカイは思った。
「そろそろ行動開始の時間だね。“お馬さん”のご機嫌はいかがかな?」
作戦の段取りはシンプルだった。
時間になれば、まずはカイたちが監視塔に向けて威嚇射撃。ユーラシア軍が混乱に陥った所で、北斗連盟が“馬”で突入する。馬というのは隠語ではない。生物としてのあの馬のことである。連盟が飼い馴らしているのは日本の在来種である「どさんこ」と呼ばれる馬で、サラブレットよりは一回り小さい。連盟はボランティア団体だった頃から馬を駆って湿原を見回っていたといい、騎馬隊を名乗っていたこともあるらしい。
なるほどこういう土地柄であれば足としては非常に有効なのかもしれない。いかにスピードの出るバイクなどがあったとしても、そこかしこにぬかるみがある環境では、特性を十二分に発揮することは出来ない。
「時間だよ、カイ」
「了解」
カイは、ルーがマークした監視塔近傍の土砂の山に向けて銃弾を放った。おそらくぬかるんだ道を整地するために用意されていたものであろう。命中すると、パッと、花火のように四散する土砂が一瞬だけ見えた。
音は届かないが、赤外線越しにユーラシア軍の兵士たちが慌てて出て来るのが見えた。
AMAIMが銃撃して来たということは、すぐにはわからないだろう。時限爆弾でも爆発したのかと思っているかもしれない。
続いて、ユキのセツロが第二射を放つ。
今度は飛来音にも気づくだろうから、こちらの場所がバレるかもしれない。しかしだからと言って、対AMAIMの装備などが用意はされているものでもないだろう。
セツロの銃弾は、停車していた一台の車両に命中、火の手が上がった。
その時点で、連盟の突入班はすでに監視塔に到達していた。
乗り手を失った馬たちは車両の爆発に驚いて逃げ出したようだが、もとより帰り道のことは考えていないと、カイは突撃隊に志願した男から聞いている。
「どうする? もう少し驚かしとく?」
「いや、下手すりゃ味方に当たる。やめとこう」
「下手とか、私の前で言うかな」
「心配したのは、こういうのには多分慣れてないであろう突入班の方だ。ルーのことは信じてるさ」
「わかってんじゃん」
まんざらでもない声だった。今はコクピット内も最小電力しか使用していないので、いつものイタチの姿は現れてはいない。いたらきっと、いつものドヤ顔を見せつけられていただろう。
「応援がやってくる頃合いだ。道路を警戒するぞ、ルー」
「おっけー。じゃあシステムを通常に立ち上げ直すね」
もはや潜んでいる理由もない。いやもちろん、こちらの機体が小樽で強奪されたものであるとバレるのはマズいが、ひとまず作戦前のように息を殺す時間は終わった。
あらゆるセンサーが解放され、監視塔にいたる一本道の道路の状況が、カイのもとへと伝えられる。
「まだ来ないか……随分のんびりしてるんだな」
連盟は人質を取って、すぐに監視塔が取り返されないよう取引すると言っていた。好きな方法ではないが組織としての規模の差を考えれば仕方のないことだろう。連盟にしても、人質はあくまで交渉を有利に進めるためのもので、本意ではないとは言っていた。
もしかすると、もうすでに交渉が始まったのだろうか? だから、すぐに応援が駆けつけてこないのか?
カイが不審な思いで道路を注視していると、突然、あらぬ方向に警告表示が出た。
「カイ! 大物が来る!」
ルーはビャクチが向いた方向とは違うあさっての方向、湿地帯の奥の映像をピックアップ表示した。
少し白み始めたとはいえまだ暗い景色の中、迫りくる小さな影が拡大される。
ルーが言った大物、それはAMAIMだった。しかも、驚くべきことにたった一機。
「単機だと……!?」
「こないだの奴だ……!」
システムが通常に戻ったので、カイの隣に姿を現した白いイタチが、豊かな表情を再現して驚愕する。
「ダム湖で会ったアイツだよ。紺青色のAMAIMだ!」
ユーリは笑っていた。
まさか向こうから身をさらしてくるとは思っていなかったからだ。
実験機を奪ったレジスタンスが釧路方面に向かったという情報は得ていた。わざわざ都市部に入ることもないだろうから、その周辺に潜伏するものとして網を張っていた。いや、その表現は相応しくないかもしれない。彼は自ら望んで無人機の随伴を不要とし、単機での対応を決めたのだから。
彼は、ただひとりで待っていた。
ハバロフスクでも使用した経験のある湿地帯装備を取り寄せ、愛機アクチャーブリュを局地戦仕様に換装。自律思考型AI、グニェーフを搭載してからは初めての装備となるので手早く慣熟訓練を施し、そののちは数日間、湿地の中に潜伏した。
孤独であり過酷であったが、それ以上の戦地を何度も潜り抜けてきた彼である。目標がたった数日で現れたことには拍子抜けしたほどだ。
「向こうも“草履”を履いているようです。ランチャーなども追加されているようですが、詳細は不明です」
淡々としたグニェーフの声がユーリの耳に届く。
「正規軍では無いにもかかわらず、この期間で装備を整えたとは感心する。では、ドヴォイニークを実践しよう。“殻”を磨くぞ」
「Да(ダー)」
大ユーラシア連邦による次世代型AIの開発計画、ドヴォイニーク。アクチャーブリュのグニェーフ、ビャクチのルーも、その計画に属する開発途上のAIである。ビャクチが奪われたことで今は敵味方に別れてしまったが、その状況を利用してラーニングを進めようとしているのが現在のユーラシア軍であり、その尖兵がユーリであった。“殻”を磨くという彼の独自の言い回しは、計画に属するAIを“ファルベルジェの卵”と総称することからの詩的表現であった。
湿地帯を器用に駆け抜け、やがて射程距離に入ると、ユーリはアクチャーブリュが装備する機関砲を掃射した。
ビャクチの対応は遅れた。
慣れないカンジキのせいもあるが、監視塔をおいて紺青色のユーラシア軍機に向かって良いものか迷ったせいもある。
しかしどうやら、単機でやって来たAMAIMに他の応援はないらしい。警戒した道路にも敵の姿はない。
セツロに目を向ければ、ハンドサインで連盟のサポートに向かうと言って来た。紺青色は任せたということらしい。
機体を敵機の方向に向け、カイはマルチランチャーに装填されていた信号弾を打ち上げた。連携を離れ、単独行動に移るという合図を連盟に送ったのだ。
その間にも、敵機からの掃射は続いた。
こちらが自由に動けないことは見てわかるはずなのに、ちゃんと狙ってこないのは向こうもこの環境に不慣れだと言うことであろうか?
いや……、カイは自らの考えをすぐに否定した。
この前の戦闘でもそうだった。紺青色のアイツは、どこかでこちらを試すような戦い方をしてくる。その意図はわからないが、今回は監視塔に乗り込んだ連盟のこともある。すぐに逃げるわけにもいかなかった。
直線的に迫りくる機体に、ルーは精密射撃を提案してくる。
「動きにくいのは向こうだって同じ。よく狙えば当たるよ」
よく狙え、か……。それはお前のサポート次第だろという言葉を飲み込み、カイは「頼む」とだけ返した。
照準はルーによって瞬時に固定され、カイはグリップのトリガーを押し込んだ。
一度だけではなく二度三度。
だが敵機は機体を大きく沈みこませ、体勢を低くしてそれをかわした。
「平行移動でかわすんじゃなくて、上下の動きでかわした! あれだと足場は関係ない、なるほどなぁ!」
ルーは素直に感心する声を上げた。
「何をのんきに」と非難するのは意味がないことをカイは知っている。そのラーニングを次に活かしてくれと願うばかりである。
監視塔から離れるように、ビャクチは移動した。
敵の狙いは奪われた実験機、すなわちビャクチ自体にあるはずだ。AMAIM同士の戦いに連盟の者たちを巻き込みたくはないと、カイは考えたのだ。
カンジキを付けた上での全力疾走は、かなりもどかしいものだった。機体は重く、激しくグラついた。少しでも気を抜けば転倒し、ぬかるみにはまり込んであっという間に動けなくなってしまうだろう。
カイはバランスを保つのに必死だった。ルーは射撃のためのサポートを続けてくれるが、とても落ち着いて狙えるものではない。ろくに照準を確認することもなくトリガーを押し込み、無駄弾を量産した。
敵機からの攻撃も続いた。
威嚇射撃のようだった掃射は止み、今は的確にビャクチの本体を狙ってくる。距離が縮まったことによって“手加減”が可能になり、大破させずに捕えようという腹か。
ビャクチは射撃をシールドで受けた。弾は貫通してくることはなかったが、それでも移動の足は止められてしまった。
湿原の真ん中で、二機は動きを止めて対峙した。夜はかなり明けはじめ、お互いの姿がかなり見えるまでになっている。
だが相変わらず霧は濃く、視認できるのはあくまでシルエットにとどまった。
敵機はマガジンを取り換える余裕さえ見せ、再び機関砲を放ってきた。
ビャクチはシールドを構え防戦一方となった。
シールドの耐久度も不安だが、射撃は徐々に精度を増し、次第に頭部や脚部に命中し始めた。このままではなぶり殺しだ。だが、素早い機動が望めないこの状況では、転進して逃げることさえできない。
ダメージが蓄積して行き、無数のアラーム音が鳴り響くコクピットの中で、カイは恐怖を感じた。
このまま───もてあそばれるようにやられるだけなのか?
生唾を飲み込むカイに、それまで黙っていたルーが、耳打ちするように発声した。
「カイ───敵の斜め後ろ」
言葉とともに、ルーが告げた場所が拡大表示された。最初こそ深い霧によって判然としなかったが、すぐに補正がかけられ、湿地の一部分が深く黒ずんだ色になっているのが見て取れた。
「これは……」
「“やちまなこ”だよ」
聞きなれないその言葉だが……しかしカイには閃くものがあった。まるで秘密の合言葉のように、そのキーワードは、ルーの思惑を端的にカイに伝えた。
「反撃するぞ、ルー。細かい調整は、いつも通り任せっきりになっちまうが……」
「今さら何言ってんの。大丈夫、上手くやるよ」
「信じてるぞ、相棒」
「だからその呼び方は……まぁいいや」
ビャクチは防戦一方の状態から攻撃の態勢を移る。ライフルを構え、敵に狙いを付けた。
防御を解いたことで、敵の弾丸が次々に直撃し、いくつかのパーツが吹き飛ばされる。
この近距離では使えたものではなかったが、背中のミサイルランチャーも接続がやられ、作動できなくなった。
まさに満身創痍、それでも構わず、カイは残り少ない弾丸を紺青色の機体めがけて放った。今度は上下運動での回避が出来ないよう、ルーは狙いを調節する。
すると敵は、仕方なく足を使って移動し、攻撃をかわした。局地での戦闘によほど慣れているのであろう、仕方なくの動作であるにもかかわらず、その機動は滑らかだった。
素早い動きで二、三歩後退。
だが、そこでさすがにバランスが崩れたのか、機体が背中側によろめく。
恐らくオートの制御機能が働いて、相手は斜め後ろに足をついて立て直そうとした。
そして足先が、再び地面を着いたその時───
相手の機体は、まるで足場を外されたかのように、突然ガクンと地に沈みこんだ。
湿地帯仕様の装備を付けているにも関わらず、敵機の片足は、湿地の中深くに飲み込まれていた。
沈下はそれだけにとどまらず、機体は瞬く間に半身ほどが沈み込み、敵は、あっけなく行動不能に陥った。
時同じくしてビャクチのライフルも弾切れ、カイは攻撃態勢を解いた。
「おぉ……やった……」
自分が提案したプランによる結果であるのに、ルーは信じられないと言う風な声を発した。
“やちまなこ”……湿地帯に点在する、いわゆる底なし沼。
その存在や見分ける手段は、北斗連盟との作戦会議の中で知らされ、カイはそれをルーに伝えていた。
移動時における注意事項の申し渡しでしかなかったが、それがここに来て、逆転劇のカギとなるとは───
カイはルーの発想力に驚いたが、同時に瞬時にそれを理解した自分自身にも驚いていた。
詳細に確認し合うこともなく、戦いの中で、心が通じ合ったかのごとく、一瞬で思惑を理解することが出来た。
まるで、長年連れ添ったまさしく相棒ではないか。
動けなくなった敵……だかそれでもその銃口はまっすぐにビャクチを捉えていた。
向こうはまだ残弾もあるだろう。移動不能だからといって近づけば、必ず撃ち返してくる。こちらとて満身創痍なのだから、とどめを刺すというわけにもいかなかった。
だから、カイは監視塔へと戻るルートを提示するルーに、大人しく従った。
今回は痛み分けで上等──自分にそう言い聞かせて、目の前の敵に背を向けた。
ユーリもまた、去って行く実験機の姿を見送るしかなかった。その背中に残弾を撃ち込むこともできたが、もとより相手の完全破壊が目的ではない。
ユーリは機体の攻撃態勢を解いた。
局地での戦闘に慣れた彼であったが、釧路の湿原に、小さな底なし沼がこれほど多く存在しているものとは知らなかった。
霧がこれほど濃くなく、いつもの注意深さがあれば、ユーリも気づいてはいたであろう。
しかし、待ち焦がれていた目標を目の前にして、浮足立ってしまった。相手の自律思考型AIの出方に興味をそそられ、冷静さを欠いてしまった。
自らの軽率さに、ため息しか出ない。
それでいてユーリは、今回の相手の“勝ち方”が気になっていた。
底なし沼の存在に気づき、残弾もわずかな中、そこへ追い込む射撃を実現した実験機。搭載されたAIは、こちらのグニェーフと同じ開発途上のものであるはずだが───
「面白い“思考”をしている。乗り手に影響されているのか? だとするなら、これはとても興味深い事実だ」
敗北を喫してなお、ユーリはどこか清々しい気持ちで、対したパイロットのことを思った。
(つづく)
【 境界戦機 フロストフラワー 】
第4話「I say a little prayer」 ←いまココ
第8話「Want To Know What Love Is」
第9話「Fortress Around Your Heart」
第10話「Can’t Fight This Feeling」
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