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【最終回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】

2025.11.10

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

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第34章 作戦開始

 日を跨いで午前〇時半、おれと猿座は警予隊立川駐屯地にいた。
 現地で調達した百六十本のC-4爆薬と共に兵員輸送車で待機し、富士駐屯地の開発実験団から予備のS.A.T.O.が到着するや、即刻出発した。
 車体の前後左右には『災害派遣』のプレートと横断幕が付けてある。
 ハンドルは猿座が有無を言わさず握った。
 甲州街道と多摩沿線道路を辿って西南へ。
 約一時間後に二子玉川に着くと、駅の西側から処理施設に接近した。



 夜空には梅雨時の雲が厚く垂れ込め、まだらに地上の灯火を反射していた。
 多摩川の堤防を上ると、急に車体にガンガンと音がし始めた。
 河川敷を見下ろすと、無数のテントが張られており、何人かが石を投げ付けてくるのが見えた。
 テントの周辺にはプラカードや横断幕が張られている。


『存命遺体に人権を!』

『集団処刑反対!』

『存命遺体は美しい!』

『川を守ろう!』


 どうやら〈ハーメルン作戦〉反対派のデモ隊らしい。
 深夜なので大半がテントで寝ているが、不寝番みたいな連中がいたのだろう。
 実際のところ、おれたちと彼らは目的を同じくする者同士、つまり味方なのだが、表向きは敵にしか見えないのだから仕方がない。
 構わず二子玉川駅に近付く。作戦直前ともなると警備の手は厚くなっていた。
 堤防には蛇腹式のピケットラインがあり、戦闘服にライナーという通常装備の警予隊員が四人立っていた。河川敷の方にも十数人の警備の姿があった。


「ご苦労様」


 と、おれは言った。


「この時間にどうした」


 警備隊員が不審げに訊いた。
 おれは佐藤社長の部下が用意した偽造書類を提示した。〝警備増強〟を旨とする内容が書かれている。
 立ち番の隊員はL字型の懐中電灯を当ててそれを読んだ。
 その次に猿座が荷台を開けた。二機のS.A.T.O.が収まっているのを見ると、さすがに信用したようだ。


「通れ」


 首尾よくピケを通過すると、その先はブルーシートの幕に遮られていた。それは堤防から河川敷まで、河原を横切るように続き、川縁で途切れている。マルゾンの処理を見せない配慮のようだ。
 車を降りて調べると、一部がスライドするようになっていたので、人力で開けてから輸送車を通した。
 大東急線の鉄橋をくぐった所でおれたちは灯光器に照らされた。
当然ながら、ここにも警備がいたのだ。ZIM装着の特装機隊員らしい。二機だ。
 三機だったら少々面倒なことになっていたが、ついていた。
 おれたちは後部に移動し、手早くS.A.T.O.を装着した。おれの試着とアジャストは立川で充分に済ませてあった。
 ZIMの技術を丸ごと盗用しただけあって、内側の仕様はほとんど同じで、装着感も取り回しに関しても、驚くほど違和感が無かった。多少機能が増えていた程度だ。
 そしてアシスト・トルクのゲージは目盛りが倍になっていた。
 輸送車の後部ドアを開けて外に出る。ヘルメットの両サイドにある高輝度LEDライトを点灯させた。
 警備のZIM隊員たちは、S.A.T.O.を装着したおれたちの姿を見て驚いたようで、足早に近付いて来た。足早、と言ってもそれなりにだ。
 二対二で対峙する。


〔あんたら、どうした〕


 と、外部スピーカーでまた訊かれる。


〔ご苦労様〕


 おれは先ほどの書類をマニピュレーターで掴んで差し出した。
 相手の隊員が受け取り、ヘルメットのランプに当てて目を通す。
 その隙に、相手のZIMの脇腹にある緊急除装レバーを操作した。
 勝手知ったるZIMだ。 
 猿座も同時に操作した。
 二体のZIMは瞬間的にバクン! と二つに割れた。
 すかさず隊員の首元に右腕を突き出した。
 ここでマイクロパイルドライバーのスイッチを押せば瞬時にその頭を串刺しにできるが、もちろんそんなことはしない。人間は敵ではない。


〔OKサトー。右スタンバトン、オン〕


 おれはAIアシスタント・サトーに家畜用スタンバトンのスタンバイを命じた。予め猿座からレクチャーされていた新装備だ。


〔オンにしました〕


 右腕の内側から黒く細長い棒が瞬間的に伸び出た。


〔三十万ボルトで七秒〕

〔三十万ボルトの電流を七秒間放電します〕


 おれは隊員の首筋にスタンバトンの先端を押し付けた。
 隊員は痙攣した後、沈黙した。
 猿座の方も同様だった。
 ZIMを着ているお陰で、二人の隊員は立ったまま気絶している状態だ。
 一見すると何事も無かったかのように見える。好都合だった。



 午前二時。おれたちは川の中央方向へ向かって河原を歩いた。農機メーカー、サトーコーポレーションが誇る不整地センサーのお陰で、石ころをものともせずスムースに進める。
 二子橋の道路灯の光が落ちている箇所以外の地面は真っ黒だった。


〔OKサトー、赤外線〕

〔赤外線ライトに切り替えました〕


 ディスプレイ画面が緑色に変わり、モノトーンの景色が映し出される。
 集音マイクが涼やかな川のせせらぎを拾う。いくつかの小さな流れを渡って行き、処理施設の間近まで来た。
 建屋周囲の警備の状態を慎重に確認したが、先ほどのZIM隊員以外は見当たらなかった。反対側の河川敷にもブルーシートの幕が張られているのがわかった。
 建屋の鉄骨製の脚は、堤防側の河川敷に六本。川の流れを跨ぎ、中洲に六本を確認した。建屋と二子橋を結ぶ新造の連絡橋も、同様の脚を計十本確認した。
 猿座の報告の通りだ。
 近くにタンクローリーが二台駐車していた。おそらくフェイクだ。タンクの中身は処理薬などではない。そもそも量が足りない。
 想像するに、処理されたマルゾンを放流していると見せかけるための塗料か何かが入っているのだろう。血の色の赤か。佐藤社長が見たらどう判断するだろうか。今からではもうどうしようもない。
 おれたちは輸送車に取って返すと、C-4の束が入ったバッグを提げて戻った。
 二人とも両手に四十五キロずつ。十二歳の子供二人分だ。だが、パワーアシストのお陰で苦も無く運べた。


〔マルニー、こちらマルヒト、送れ〕


 沈黙を破るようにインカムから猿座の声。警予隊の無線交信を真似ている。


〔何だ。遊んでいる場合じゃない〕


 と、おれは返した。


〔あんたとこんな風にして、元いた会社の設備を爆破することになるとはな……人生とはわからんもんだ〕


 殺しかけた相手に対してアッケラカンと言いのける。やはりここの人間はスイッチの切り替えが怖ろしく早い。


〔……おれも妙な気分だ〕


 それは偽らざる心境だった。
 おれたちは半分ずつ手分けして、鉄骨の脚にC-4を設置していく。
 やり方は道中の車内で取説を熟読しておいた。特に難しいものではない。
 羊羹のような長細い爆薬の包みを数本ずつガムテープで束ね、対象物にくっ付ける。一部包みを破り、無線点火式の起爆装置を白い粘土状の爆薬の中へ押し込む。
 これを二人が各十一箇所、トラス構造の隙間に詰めた。
 四〇分ほどですべてが完了した。
 おれは上体を反らせ、建屋を見上げた。


〔本当に上もやるのか? 脚さえ破断すれば、上の構造物は崩れ落ちるだろう。これ以上のリスクを犯す必要は無いぜ〕


 と、猿座が言った。
 確かにそうだ。しかしおれには建屋に入らなければならない理由がある。


〔念には念を入れたい〕

〔わかったよ。──じゃあ、さっさと行くぞ〕


 バッグを提げて、河原を元来た方向へ戻り、堤防を上る。
 二子橋の脇の階段を慎重に上った。パワーアシストマシンにとって、階段は一番の難所だ。
 橋の上に出た。赤外線ライトをLEDライトに戻し、川方向へ歩く。
 橋の途中では、やはり通常装備の警予隊員が警備をしている。
 三たび、偽造書類を見せる。


「S.A.T.O.まで配備なのか?」


 と、隊員はおれたちの姿を見て言った。


〔ZIMでは手薄だという判断だそうだ〕


 と、猿座が気を利かせて返す。


「テロリストなど出るわけがない」

〔念のためらしい〕

「そうか……了解した。通れ」


 橋を横断し、連絡橋を渡って処理施設へ。
 午前二時四〇分、ゲートに到着。アンディのビデオのとおり、シャッターの両脇に仁王像の阿形吽形よろしくZIMが一機ずつ立っている。
 先ほどと同じように、おれと猿座はそれぞれ左右のZIMに近付く。


〔交代の時間だ〕


 と、外部スピーカーで伝える。


〔……早くないか?〕

〔早くなったんだ〕


 おれと猿座はそれぞれの相手とそんな会話をしながら、例によって脇腹の緊急除装レバーを操作した。ボディを開け、高電圧で〝立ち往生〟させる。
 シャッターはロックされていたが、安普請の建屋だ、力技で開錠するのは造作もなかった。


〔あとはおれ一人でやれる。外で見張っていてくれ〕


 と、おれは言った。
 猿座には中を見られたくなかった。


〔押忍、了解〕

マルゾン12-挿絵1




 シャッターを一つだけ必要な高さまで開けた。新しいだけにシャッターはあまり音を立てなかった。
 頭が当たらないように気を付けて中に入り、赤外線ライトを点けた。
 想像以上に殺風景だった。
 五メートルほど先に、黒いラバーを短冊状にしたカーテンが下がっているだけだった。それを潜る。
 予想したとおり、本当に何も無い。
 目の前に幅の広いスロープがあり、それを五メートルほど下がると何も無い床が広がっていた。造りかけの体育館のようだ。大きさはテニスコート三枚分といったところだろうか。
 奥の壁には簡単な棚があり、プロパンガスのボンベによく似た赤いそれが三つ並んでいた。たぶんマルゾン誘導用のヒトフェロモンだ。
 あとはただそっけない灰色の天井があるだけだった。
 だが……おれにはわかった。
 下の床のあたりの空間がぼんやりしている。奥の壁も歪んで見える。
 そこに時空の〝裂け目〟があるのだろう。集音マイクにはヴーンという微かな振動音のような音が入ってきた。
 しかし鈴木はどうやって〝裂け目〟の大きさを知り、正確にその周囲に建屋を造ることができたのか。本人が死んだ今となっては知りようもない──。
 恐らくこの裂け目は、一日のうち一定時間だけ出現するのだ。工事は〝裂け目〟が消えている時間帯に少しずつ進められたと思われる。
 おれはC-4を手前の三方の壁に二束ずつ、スロープの真ん中にも二束設置した。
〝裂け目〟があるので、下の床と奥の壁には行けない。残りの二束もスロープに設置してしまう。
 慣れたせいか二〇分ほどで完了した。
 急いでラバーカーテンを潜り、外へ出る。




〔早かったな〕


 と、猿座が言った。


〔意外と狭かったので、手間が少なかった〕

〔じゃあ、さっさと離れて爆破だ〕

〔待ってくれ。この二人を移動させなければ〕

〔──そうだったな〕


 おれたちはそれぞれ一機ずつZIMを〝お姫様だっこ〟で持ち上げた。やはり馬力のあるS.A.T.O.にとっては造作もないことだった。
 連絡橋を歩き、二子橋まで戻る。さらに橋の中央まで移動。
 ここまで来れば彼らは巻き込まれないはずだ。二人を下ろす。


〔さあやってくれ〕


 猿座が言った。


〔ああ〕


 おれは腰の前にある物入れを開け、マニピュレーターでインテリホンを取り出した。C-4の起爆装置に電話をして信号を送るのだ。
 なんとS.A.T.O.のマニピュレーターはインテリホンの操作にまで対応していた。人差し指からタッチペンの先が伸び出すのだ。
 番号リストから予め登録しておいた番号を呼び出す。
 だが、おれはすぐにはタッチしなかった。
 建屋に行かなくては仕上げができないからだ。
 戻るための言い訳を猿座にしようと、口を開きかけた時だ。
 突然インテリホンに着信した。もちろん音は出しておらず、バイブだけだ。表示を見た。
 なんと美伶だった。
 もう深夜の三時だ。たまたま何かの拍子に目覚め、メッセージを見て思わず電話を掛けてしまったのだろう。まさかこんな時間に起きるとは考えなかった。思わぬ誤算だ。


〔待ってくれ。電話だ〕


 と、おれは猿座に言った。


〔おい……何だ?〕


 猿座に構わず、シールドを開けて電話に出た。


「美伶ちゃんか」


 と、おれは言った。


『ひどいよ、ゴリさん。メッセージだけで行っちゃうなんて』

「……仕方がなかった」

『本当にあっち、、、に行っちゃうの?』


 驚いたことに、美伶は並行世界の存在をちゃんと信じているらしい言い方をした。


「でもおれの故郷、、なんだ。どうしても帰りたい」


 猿座が耳をそばだてているので、ぼかして話した。


『本当にこれでお別れなの?』

「うん」

『寂しいよぉ』

「おれもだよ」

『ちゃんとお別れもしたかった』

「ああ……おれもだ」

『じゃあ、手だけでも振って見せて』


 おれはギクリとした。美伶にはこっちが見えている?


「えっ……今どこにいるんだ?」

『橋だよ』


 と、美伶が言った。


「いったいどこの橋だ?」

『隣の橋』


 そんなに近くにいるのか。こんな時間に小さな女の子が、いったいどうやって……。


「隣って……鉄橋か?」

『違うよ。後ろを見て』


 おれは振り向いて川の上流を見つめた。二つめの橋、新二子橋の方で小さな光がチラチラ揺れている。インテリホンのライトか。
 カメラ映像に切り換えて望遠で見る。
 いた。
 小さな人影が手を振っている。
 そして隣には大きな影。
 そうか、アンディが連れて来たのか。
 彼はこの顛末も取材してやろうと思ったのかもしれない。いいだろう。今となってはおれにはもう関係ない。何でも撮ってくれ。
 おれはS.A.T.O.のマニピュレーターを大きく振った。


〔あの子供か……だが、急ごうぜ〕


 猿座も気付いておれを促した。


〔そうだな〕


 おれは答え、美伶に言った。


「じゃあ、そろそろメイン・イベントだ。さよなら。アンディにも上手く撮れよって言っといてくれ」

『あっ!』


 美伶が小さく叫んだ。

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