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【第6回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】

2025.09.29

マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした

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第16章 妨害

 収容作戦は午後五時前に完了した。
 部隊は解散し、おれたちテストチームは六時にはハインライン社でZIMの入念な洗浄と点検を終え、控室で一息ついていた。


「さっさとシャワーを浴びたいわ。体に匂いがこびり付いている気がしてならない」


 と、坊丸。


「同感」


 と、おれ。
 その時、猿座のインテリホンが鳴った。鈴木がテストチームを呼んでいる旨、秘書が伝えてきたという。


「あーあ、シャワーはお預けね」


 坊丸が肩を竦めた。



 おれたちが応接室に行くと、なぜかアメリゴ取材班のアンディがビデオカメラを膝に載せて座っていた。隣にはなぜか美伶もいる。


「みんな申し訳ない。もう一仕事頼むよ」


 と、鈴木はさして申し訳なさそうでもなく言った。
 鈴木によると、受付嬢が退社した後、アンディが独りで訪ねて来たのだという。今回のマルゾン収容作戦の主役とも言えるZIMを追加取材したいらしい。鈴木が谷口士長に確認を取ると、士長からも頼まれたという。


「英語が話せる受付のお姉さんはもう帰ったんだって。だから代わりにわたしが呼ばれたの」


 と、美伶。  
 鈴木は美伶のことを、親戚の子供を預かっているのだとアンディに簡単に紹介した。それを美伶自ら英訳した。
 受付嬢が定時を守り、小学生が夜間労働をしているとは、ずいぶんと奇妙な図だった。


「音声翻訳アプリがあるだろうに」


 と、おれは鈴木に言った。


「あれは信用できん」


 と、鈴木はきっぱり言った。
 アンディによると、作戦完了後にすぐ追加取材に取りかかりたかったのだが、内容について相棒のユアンとは意見が分かれてしまい、しばらく議論を戦わせていたのだという。
 結局決裂し、両者は別行動になってしまったらしい。
 マルゾンのほとんどが歌舞伎町に長く住んでいた同胞のウラジューゴ人だったことが、ユアンにとってよほどショックだったのではないか、そうアンディは考えているようだ。
 こんな時間になったのはそういうことがあったからだとアンディは詫び、すぐに質問を始めた。
 取材は美伶の通訳もあって順調に進んだ。
 鈴木も最後まで同席し、会社の成り立ちから始まって、RICOやZIMの構造、おれたちテストチーム各人の人となりまで詳しく訊かれていた。
 それは二時間近くに及んだ。
 取材が終了してアンディが帰り支度を始めた。機材を畳みながら美伶と世間話と思われる会話をしていた。
 身振り手振りを見ていると、美伶の腕の怪我についても触れているようだった。アンディも気になったらしい。美伶の話に何度も頷いてから、何かアドバイスをしているようだった。



 アンディがソファから立ち上がると同時に、鈴木のインテリホンが着信音を発した。  
 鈴木が通話を始めると、たちまちその声と表情が冷たさを帯びた。
 おれたちは何事かと思い、通話が終わるのを固唾を呑んで待った。


「〈存対〉からの連絡だった。中央公園が放火されたらしい」


 インテリホンを切って鈴木はそう言った。


「もしかして、マルゾンの収容所ですか?」


 と、猿座が訊いた。


「ああ。カプセル一つ一つにガソリンを注入して火を点けた。マルゾンが丸焼けだ」

「あの三百体余りがですか?」


 と、坊丸。


「ああ、綺麗さっぱりだそうだ」


 と言って、鈴木は少し可笑しそうに言った。
 もしかしたらライバル会社の減点が増えたのを喜んでいるのだろうか。
 確かにカプセルの構造の問題もあるのだろう。


「しかし誰が、何のために……」


 と、おれは呟いた。
 坊丸も首を傾げた。


「アンディが言ったとおり、収容されたマルゾンのほとんどがウラジューゴ人だとわかっている。もしかすると嫌ウ、、主義者の犯行かもしれない」


 と、鈴木は言った。
 アンディが、何事が起きたのかと美伶に訊き、英語の説明を受けると仰天していた。


「No way! What a fu──」


 言葉を発しかけて途中で飲み込んだ。美伶の前で汚い言葉を使いそうになったからだろうか。


「警備はどうなっていたんです?」


 と、警備会社出身の猿座が訊いた。


「警備員は殺された。防犯カメラには数人の人影が写っていた。動画が転送されてきたよ」

「だから四人は手薄だと思ったんだ」


 猿座が鼻を鳴らす。
 鈴木はインテリホンを操作し、画面を静止させた。おれたちは顔を寄せて小さな画面を注視した。
 カメラの前を通り過ぎる顔で止まっていた。
 見覚えのある顔だった。


「見てみろ、アンディ」


 鈴木がインテリホンを差し出した。おれたちはリレーをしてアンディに渡す。


「Yeun! Son of a──」


 画面を見たアンディは、再び汚い言葉を発しかけて口をつぐんだ。
 写っていたのは、アンディの相棒のジョージ・ユアンだった。


「どういうことだ?」


 鈴木は訝しげに言った。



 美伶が状況を察してアンディに訊くと、彼はポツリポツリと話し始めた。
 アンディが日本のマルゾンこと存命遺体のことを聴きつけて取材を企画した時、社内には日本に詳しいスタッフがいなかった。そこで緊急に募集をかけたところ、応募してきたのがユアンだったという。
 日本語がペラペラで、しかも撮影のこともわかるため、すぐに採用して取材行が実現したというのだ。というわけで、実のところアンディはユアンのことをよくは知らないのだという。
 アンディの言うことがすべて真実かどうかは疑わしい。だが、彼には少なくとも放火のあった時間のアリバイがあり、おれたちがその証人なのだ。
 日本語が通じないのをいいことに、鈴木とおれはアンディをどう扱うべきかあからさまに相談し始めた。
 しかしアンディもすぐにその気配を察したようだ。美伶に何かを話す。


「わたしはアンディを信用します。だって嘘をついている声じゃないもん」


 突然、美伶が言った。  


「そうだな……」


 と、意外にも猿座が同意する。


「でも、ユアンと一緒に来日らいじつして、直前まで行動を共にしてたのよ。必ず警察には呼ばれるわ」


 と、坊丸が言った。


「そのとおりだ」


 と、鈴木。
 美伶がそのことをアンディに伝えると、アンディも理解を示した。自分から出頭してちゃんと説明するという。


「それがいい、善は急げだ。──猿座、麻布署まで送ってやってくれ」


 と、鈴木は言った。


「押忍、了解です」


 猿座が立ち上がった。



 深夜、鈴木からインテリホンに連絡があった。アンディから鈴木にメールが届き、麻布署で零時過ぎまで事情聴取を受け、タクシーでホテルに戻ったという。おれたちに迷惑をかけたことを深く詫びていたらしい。
 そこでやっとおれは、ユアンのルーツだという〝ウラジューゴ〟について訊いてみた。


「なんでもウラジューゴはロシア語で〝南の領土〟という意味らしい。こちらでは昔は××と×××がロシアの一部だったんだが、二次世界大戦後に独立したのさ」


 鈴木は何でもないことのようにそう説明した。
 歌舞伎町にキリル文字が氾濫していた理由がそれでわかった。
 だが、ジョージ・ユアンが何のために同胞であるウラジューゴ人のマルゾンたちを焼き払ったのかは、謎のままだった。

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