【第6回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.09.29マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした
マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした
新型パワードスーツ、ZIMの開発にテストパイロットとして猿座と坊丸が新たに加わり、鷲尾と彼らによる歌舞伎町偵察を経て、存命遺体のサンプル入手に成功するとともに、ZIMの存命遺体に対する有用性も実証された。一方、政府は存命遺体の溢れる内藤新宿解放のため、「存命遺体対策進行委員会」通称“存対”を設置。存命遺体の“保護と治療”を目的とした大規模な捕獲計画の実施を決定するのだった……。
原作/歌田年
イラスト/矢沢俊吾
ZIMデザイン/Niθ
第6回
第15章 マルゾン収容作戦
おれたちテストチームの三名は、市ヶ谷の〈警予隊装備局〉にある〈先進技術推進センター〉に出向し、二十名の選抜警予隊員にZIM装着稼働訓練を施した。
とにかくおれたちは、ZIMが一種の〝服〟であり、〝着る〟物だというイメージを彼らにとことん叩き込んだ。
想像力の弱いこの世界の人間の頭に定着させるのは骨が折れる。〝逆フィードバック機構〟も難物だった。ひたすら、「何も考えるな」「操縦しようと思うな」と口を酸っぱくして言い続けた。
すると、彼らはある瞬間から急に動けるようになるのだ。
子供が自転車の練習中、急に漕げるようになるがごとく。
つい、おれは記憶にあるハインラインの小説のフレーズを引用して『〝風邪ひき〟程度の故障は自分で何とかできるようにしろ』と言ったが、『それならいつもやっている』と平然と返されてしまった。
おれはそれが本当の〝風邪〟という意味ではないことを説明してから、マニュアルにある三百四十七箇所の簡易点検項目を読み上げた。
一週間後、都市迷彩を施された出来立てほやほやのZIM二十機が揃った。
おれたちのテスト機も同様に塗装された。グレーを基調とした幾何学模様が、果たしてマルゾンに対して意味があるのかは大いに疑問だが。
ただちに警予隊員二十名による収容作戦が、谷口警察士長指揮の下、開始されることになった。
作戦部隊は二班編成で、一班の十名が歌舞伎町の回収任務。二班の十名が中央公園のカプセル収容任務だった。
おれたちハインライン社のテストチーム三名も、サポート役として現場を行き来することになり、一週間詰めた市ヶ谷に再び集合した。
ゴールデンウイーク明け。薫風吹く五月晴れのさわやかな陽気だったが、さわやかとは真逆の場所へおれたちは赴くのだ。
収容作戦の模様は、十五機のマルチコプターですべて撮影・記録されることになった。サトーコーポレーションが本格的に参画したお陰だ。
また、今回は〈国務・国際開発省〉通称〝国国省〟を通じて、アメリカ、いやアメリゴから取材が申し込まれたとのことで、撮影隊を同行させることになった。日本が〝人道的な国〟であることを示すよい機会だから、ということらしい。
とはいえ撮影隊はごく小規模だった。この世界は、思ったよりこの現象に関心を持っていないようだ。概念が無かったとはいえ、パワードスーツにも注目が集まっていない。
二人のアメリゴ人が、谷口士長に連れられておれたちの前にやってきた。一応、紹介してくれるらしい。
小柄なアジア系と、白人の大男だった。
「こちらがアメリゴ取材班の方々だ。あなた方の車に同乗させてもらいます。よろしく」
と、谷口士長。
「私はジョージ・ユアンです。ディレクターです」
と、アジア系の男が流暢な日本語で話しかけてきた。漆黒の髪はオールバックで、年齢はおれより少し上、三十前後に見えた。
「よろしくお願いします」
と、おれたちは順番に握手をした。
ユアンは自己紹介を続けた。
「私はウラジューゴ系アメリゴ人です。お父さんが日本の内藤新宿で生まれました。その後、お父さんはアメリゴに移住しました。お父さんが住んでいた街を見てみたかったのです。それで来ました」
「なるほど」
と、猿座が頷く。
ユアンは〝ウラジューゴ系〟だと言ったが、何のことだろう。アジア系に見えるが、そんな国名は聞いたことがない。アメリゴ同様、この世界独自の名称なのだろう。後で鈴木に訊いてみるか。
「彼はアンディ。クバナカン系です。本当はファーストネームは私と同じジョージなんですが、コンフュージング──紛らわしいのでアンディと呼んでます。彼はDPです」
と、ユアンが隣に立つ白人の大男を紹介した。
背丈は二メートル近く、髭面に長めの髪だ。歳はおれより少し下といったところだろう。しかし〝クバナカン系〟もやはりわからなかった。
「ディーピー?」
と、猿座が訊き返した。
「あー、DPはディレクター・オブ・ファトグラフィ、つまりキャメラマンのことです」
「Nice to meet you」
アンディが人懐っこい笑顔で握手を求めてきた。毛むくじゃらの巨大な手だった。
「えーと……ナイストゥーミーチュー」
おれはおずおずと答えた。
三人とも握手が終わると、ハインライン社のキャリアーに乗り込んだ。今回は予め装着しておくことになっている。
偵察作戦の時と同じハンビーパトカー、おれたちのキャリアー、ZIMを装着した警予隊員を乗せた兵員輸送車が二台、そして大型トレーラー四台が警予隊装備局を出発した。
靖国通り──ここでは大正通りというらしい──を西、いや東へ走る。曙橋に差し掛かり、中央公園へ向かう収容部隊の輸送車はそのまま直進し、おれたちは職安通りに入った。
職安の手前で区役所通りに入って南下した。なにしろキャラバンには巨大なトレーラーがいる。広い道路しか通れないのだ。
おれたちは〈陰雷会館〉という古い歓楽ビルのある交差点の手前で車両を停めた。
「放置車両を排除!」
「了!」
兵員輸送車の運転担当の警予隊員二名が降りて、道路に放置された車を動かし始めた。
エンジンは隊員があっさり直結で動かした。そのくらいの技術は全員が持っているということか。動かした車を、東、いや西に曲がって六丁目方面へ続く道に停めて封鎖した。
その反対方向の道、つまり歌舞伎町方面にハンビーパトカーとおれたちのキャリアーは入って待機した。その後ろに兵員輸送車がくっ付けた。
次いで、トレーラー一号が区役所方面に鼻面をさらに突っ込み、後部が交差点に面する形で停止。扉を開け、金属製のスロープを引き出す。
区役所通りは南方向へ下り坂になっているので、スロープの仰角がある程度減殺される形になる。多少なりともマルゾンが昇り易くなるはずだった。
トレーラーの両脇は、マルゾンがすり抜けないように車で塞ぐ。輸送車から二名の警予隊員が降りた。彼らはトレーラーの脇で待機し、マルゾンの積み込みを担当する。
トレーラー二号から四号までは区役所通りに縦列駐車して待つ。一号が満杯になって発進したら、すぐに次が配置に着くことになっている。それが四号まで順次続けられるという段取りだった。
おれたちは警予隊の輸送車と共に歌舞伎町中心部を目指した。エンジン音を聴きつけて、マルゾンが物陰からぞろぞろと現れた。
「おいでなすった」
と、猿座が余裕の態度で言った。
相手が無機物だと知ると、マルゾンたちはすぐに興味を失くしてその場に留まる。〈クルマ劇場〉前の広場まで来ると、彼らはかなりの数に上った。
おれたちはキャリアーから降りた。輸送車からも警予隊員たちが出てきた。
マルゾンたちは、おれたちの姿を認識して一、二歩踏み出すものの、やはり無機物だとわかったとたんに歩みを止めた。
アメリゴの取材班は、キャリアーの窓からカメラを突き出して、おもむろに撮影を始めた。車外には出ない約束になっていたのだ。
「I don’t believe this……」
「How could this happen……?」
ユアンとアンディが小さく感嘆の声を上げていた。
〔曝露開始!〕
〔了!〕
無線からの指令を受け、八人からなる陽動部隊が、かつて坊丸がそうしたようにヘルメットを上げた。
次いで広場の四方に散り、携行したエアーホーンを一斉に鳴らす。
プォ───ン!
静まり返った歌舞伎町に野太い音がこだました。
やがて小さな嵐のような呻き声と共に、音につられて来たマルゾンたちが姿を現した。そして、陽動部隊の放つ生肉の香りなのかフェロモンなのかは不明なもの──食料の存在──を感知して動きを速めた。
マルゾンは他の同類が動き出すと、それにつられて動く習性があるようだった。まるで南洋の魚群のようだ。
陽動部隊は、マルゾンが数メートルの距離に近付くとヘルメットを閉じ、別の場所へ移動する。そしてまた同じ手順を繰り返してマルゾンを引き寄せる。
隊員たちには、坊丸の轍を踏まないように、建物には近付き過ぎるなと言ってある。やむを得ず近付く時はくれぐれも頭上を気にするようにと補足した。
彼らはなかなかのフットワークでZIMを操っていた。隊員によっては嬉々として働いているようにも見える。
フィクションとしての〝ゾンビ〟を知らないせいなのか、恐怖心はあまり無いように思われた。病人か老人の介助くらいに捉えているのかもしれない。
早晩、ZIMを標準装備とした専門部隊が警予隊に創設されるだろうと、おれは思った。
〔誘導開始!〕
マルゾン三十体ほどが塊になると、トレーラーへの誘導が始まった。ヘルメットを開けた隊員四名が先導する。
マルゾンの群れの後方からヘルメットを閉じた隊員二名が、歩みを止めそうになるマルゾンの背中をどやしつける。後の二名は歌舞伎町内に留まり、周辺の状況を監視していた。
キャリアーに乗ったアメリゴ取材班は車を前進させ、マルゾンの後ろから撮影していた。
そうしてトレーラーの前まで三十体の群れが到着すると、ヘルメットを開けた隊員がスロープを昇ってトレーラーの中に入る。マルゾンたちもつられてスロープを昇り、入って行った。
予定どおりの展開だった。中の隊員はすぐさまヘルメットを閉じて外へ出て来る。
群れで行動するマルゾンは、ほぼ三十体がスムースにトレーラーの中に納まった。
中は暗く、マルゾンは闇の中では行動のしようがなくなり、おとなしくなる。そこまでで四十分ほどだった。
ドアを閉めればマルゾンの詰め合わせが一つ完成。
〔出発!〕
一号車は発進し、区役所通りを下って行った。
陽動隊員たちは駆け足で歌舞伎町方面へ戻って行った。再び同じオペレーションに入るのだ。
おれたちのキャリアーはトレーラー一号車の後を追って区役所通りを南下。その後にトレーラー二号車が配置に着いた。
おれたちは靖国通り、いや大正通りに出ると、大ガード方向に曲がった。そのまま西新宿ならぬ東新宿方面へ。
都庁の脇を掠めて中央公園に到着した。
正面の〈水の広場〉は全体がサーカステントのような巨大な幕で覆われていた。入口には太い警棒を握った四人の警備員が見張っていた。対マルゾンではなく対人警備だ。
スライド式の扉を開けてもらい、キャリアーを中に入れる。広場の中央にはトレーラー一号車が頭を手前にして停まっていた。
広場の周囲にはクリーム色をした樹脂剥き出しのカプセルユニットが放射状にズラリと並んでいた。ホームレスが見たらきっと羨ましい光景だろうなと、おれは思った。
今のところ、カプセルホテルのような二階建てにはしていない。マルゾンの収容が困難だからだろう。
すべてのカプセルはマルゾン収容専用に改造されている。入口にはロックがかかる頑丈なハッチが取り付けられている。中が見えるように小さな窓が開けられていた。手が入る程度の大きさしかないので、ガラスの類は嵌められていない。カプセルの奥にも同様の窓があった。
おれたちはキャリアーを降りた。アメリゴ取材班の二人もカメラを担いで出てきた。トレーラーの後部へ向かう。ZIMを装着した警予隊員が取り囲んでいる。後方には、ヘルメットを外した隊員が四人。
片方のドアが開けられた。中から徐々にマルゾンが姿を現した。スロープの傾斜でバランスを崩し、転倒する。後ろに続くマルゾンも同様だった。
警予隊員が老人を介助するように立たせて、カプセルに運ぶ。カプセルの奥の窓の向こうに通常戦闘服の隊員が立つことでマルゾンをおびき寄せ、カプセルの中へ誘導する。
身体が収まったらすかさず入口のハッチを閉じる。
思ったよりも簡単なことだった。同じ作業を一体ずつ地道に繰り返していく。
アメリゴ取材班はその様子をつぶさに撮影していた。
四十分ほどすると、トレーラーが空になった。テントの入口から出て行く。
すぐさま、外で待機していた満杯の二号車が入って来た。
再び同じ作業が始まった。