【第2回】『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.09.01第4章 旧友
ほどなくなくして東口近辺に着いた。
見覚えはあるが、やはり違和感が強い。
東口広場に立ち止まり、ぐるりと見渡す。
「どうしたんですか?」
「うん……」
超大型映像モニターのある〈スタジオアルタ〉はすぐにわかった。そこを中心に頭を巡らすと、右手の方向に線路がある。果物屋もそちらだ。左に視線を転じれば、ビックカメラのビル。完全に逆だ。
「アリウ、珍しいですか?」
じっくりと辺りを見回しているおれを、美伶は不思議そうに見ていた。
「え、ああ……」
ん? 今〝アリウ〟と言った? ビルの看板を見上げた。鏡を出して写してみる。
STUDIO ALIU
確かに〝アリウ〟だ。やはり元の世界とは細部も微妙に違うらしい。
「おじさんは地方の人なんですか?」
美伶が率直に訊いた。
「おじさんて……これでもまだ二十五だ。名前は鷲尾だよ」
「ワシオさん」
「地方というか、うーん……外国に住んでたもんでね」
おれはとりあえず誤魔化した。
「すごい! そうだったんですか」
美伶と話していると、異世界に独り放り込まれたという孤独感が紛れるようだった。真実を告白したい衝動にかられたが、彼女が混乱するだけだと自分を抑えた。
駅ビルに掛かったビルボードを見上げる。知らない女性モデルの顔が大写しになっていた。美人とは程遠い、とても個性的な顔だった。目が細くて鼻が大きい。口はカバのようだ。
今しがたまでCMを流していたアルタビジョン──ここではアリウビジョンというのだろうか──が、ワイドショー番組を流し始めた。やはりこの世界にもそういう番組があるらしい。基本は変わらないのだろう。
大げさなフォントのテロップが出る。やはり鏡文字だが、〝府内〟〝異常者〟〝殺人〟〝薬物〟〝同時多発〟の文字が判読できた。
スタジオのテーブルに、キャスターだかアナウンサーらしき三人の男女が並んでいる。いずれも知らない顔だ。その中の一人の女性にカメラが寄り、ニュースを読み始めた。
『先ほどからお伝えしておりますとおり、東京フナイ内藤新宿で同時多発的にトオリショウ的犯行が行われている模様です。市民が無差別に殺傷されている模様です。東京フケイは同時多発テロとの見方を強めており、内藤新宿区民に対し厳重な警戒を呼びかけています。よほど危急の用件が無い限り、外出を控え、戸締りを徹底するよう呼びかけております』
さっきの件だ、とおれは思った。そんなに多発していたとは思わなかった。
ニュースの中で、フナイ・フミン・フケイという聴き慣れない言葉が出てくるのが気になった。トオリショウとは何だろう。
テロップを見ると『通り傷か!?』とある。〝通り傷〟とは──通り魔のことだろうか。
「ワシオさん……」
美伶も病院の件を連想したようだ。おれを見上げて心配そうな声を出した。腕を掴まれる。
「うん……」
おれは改めて周囲を見回して異状がないか確認してから、引き続き画面を注視した。
『一体府内で何が起きているのでしょうか。──高山さん、これはやはりテロの一種と考えたらいいんでしょうか?』
司会者と思しき初老の男が発言した。頭は禿げて艶々と光っていた。ここまで堂々としている司会者も珍しいと、おれは場違いにも思った。
司会者に高山と呼ばれた中年男が画面に出た。こちらは逆に毛量が多く、無理やり横分けにしていた。〝ジャーナリスト 高山二郎〟とテロップが重なる。
『どうでしょうか……組織的なものとは思えませんが。刃物は使っているようですが、銃器や爆弾を使ったというわけではないようですし』
『ひところグレードラッグによる事件・事故が頻発して問題になりましたが──鈴木さん、これもそういった薬物が原因なんでしょうか』
鈴木と呼ばれた男が画面に出た。長髪の頭がひときわが大きいが、座高が低く、他の演者の肩くらいしかなかった。テロップに〝チャオファン起業家 鈴木鉄人〟とある。
〝チャオファン〟とは……何だ?
男の顔を眺めているうち、おれは心の中でアッと叫んでいた。
見憶えのある顔だったからだ。
『そうですね、薬物という線は充分に考えられます。しかしタイミングが重なり過ぎなのが気になりますね』
『確かにそうですよねえ』
『警察に知り合いがいるので訊いてみたんですが、何人かの容疑者を確保して調べたところ、どうもその……おかしな点があると言うんですね』
『おかしな点というのは?』
『その……容疑者が……既に死んでいたというんです』
高山が目を剥く。
『死んでいた? いつの時点で死んだんですか? それって過剰防衛にならないんですかね』
『いつの時点かはわかりません。でも死んでいるんだそうです。ただし、死んでいるのに動く、と言ってました』
『ええっ、死んでいるのに動く? そりゃまた、一体どういうことなんですか』
と、高山が安そうなペンを振り回す。
『言ってみれば、生きている死体です。警察は便宜的に〝ゾンメイイタイ〟と呼んでいるそうです』
鈴木がよれよれの分厚いノート──それにも見覚えがあった──の一ページに、マジックで〝存命遺体〟と大書してデスクの上に立てた。
『〝存命遺体〟? それはまたずいぶん矛盾した呼び方ですね』
『しかしそのとおりのようだから、仕方がありません』
この鈴木という男。
おれの高校時代の同級生にそっくりだ。
下の名前は確かに違う。当時は賢治という名前だった。それに年齢もだいぶ上のようだ。親類か? だが、どうしても別人とは思えない。特徴が似過ぎている。
おれは画面を見ながら、遠い記憶が脳裏に浮かんでくるのを感じていた。
『倉田さーん!』
スタジオの別のテーブルの前に立っていたアナウンサーが司会者に声を掛けた。
『はいどうぞ』
『実は似たような事件が最近フォルモサでも一件報告されていまして。こんな映像があります。こちらをご覧ください』
画面が切り替わる。パトカーの車載カメラから見た映像のようだ。外国らしい。車の前でアジア系と思われる二人の男が揉み合っている。片方がもう一人を地面に押し倒すと死角に入った。
録音された男声ナレーションが重なる。
『警官が急いで運転席から飛び出して行く。パトカーの前に回り込むと同時に、男が立ち上がった。口の周りが赤っぽく見える。血だろうか。警官が腰から拳銃を抜き、男に向けた。男は両手を前に突き出して警官に襲い掛かる。とうとう警官が発砲した』
銃口から二回、火が出るのが見えた。しかし男は少しよろめいただけで体勢を立て直すと警官に向かって行く。
警官がまた二発撃った。だが、男は倒れない。
『警官が至近距離から慎重に頭を狙った。また二回発砲!』
瞬間的に画面の半分にモザイクがかかった。モザイクの中で男が赤い血にまみれて倒れていくのがわかった。
『ようやく犯人の男は制圧された』
おれの後ろで「ああっ」とどよめきが上がった。
振り返ると、十人ほどの老若男女がおれたちと同様、真剣にモニターを見上げていた。
『──ということなんですよ。倉田さん、この映像をどうご覧になりますか?』
アナウンサーが司会者に水を向ける。
『お巡りさんがピストルを撃っても、すぐに倒れなかったよね。何も感じていないのかな。そんなことってあります?』
『そうなんですよ』
『高山さん、どうですか、この映像』
『ちょっとにわかには信じられませんね。本当なのかなあ』
高山がペンを突き出して言った。
『私が警察で聞いた話と一緒です』
と、鈴木。
「あの人、誰だか知ってるかい?」
と、おれは画面の鈴木を指差して美伶に訊いた。
「うーんと……有名な人。テレビによく出てます。発明家で、会社の社長で、すごいお金持ちみたい」
発明家で金持ち。
「ふーん、そうなのか……」
遠い、そして苦い記憶が、今度こそはっきりと蘇ってきた──。