【新連載スタート】書き下ろし小説『マルゾン 転生したらまるでゾンビを知らない世界でした』作・歌田年【異世界ゾンビバトル】
2025.08.25
おれは、あまり自分で言いたくはないが顔はかなり不細工だ。頭もよくないし、ろくに才能にも恵まれていない。
だがその代わりというべきか、おれは運というものにたいそう気に入られていた。
四歳の時、家族でドライブ中に大事故に遭った時も、おれだけはかすり傷一つ負わなかった。
小・中学校では、顔も頭も悪くてそのうえ貧乏なのに、たまたまよくマンガを描いていたというだけで、仲間内では唯一イジメに遭うことがなかった。もちろんマンガの才能だって本当は無かったけれど、とにかく描くのが好きだったのだ。
高校は公立の工業系で、レベルは高くなかったが、自宅の裏手にあって通学時間も交通費もゼロだった。だからアルバイトの時間もたっぷり取れた。生徒は不良ばかりで校内は荒れていたが、そこでもおれのヘタなマンガはけっこう受けた。容姿から〝ゴリ〟と渾名され、ゴリの描くマンガだから〝ゴリマン〟。
『ゴリマンの新作見せろよ~』
よくそんな風に言われて面白がられた。ここでもいじめられた経験は一度もない。
やはり運のいいことに、貧乏で頭のよくないおれでも大学には入ることができた。三流か四流程度の私大だったが、アルバイト代でなんとか賄えるほど学費が安かったのだ。
在学中もマンガを描き続けた。何度か雑誌の新人賞に応募したところ編集者の目に止まり、持ち込み常連になった。おれは就活をスルーし、本気でプロのマンガ家を目指した。
しかし大した才能の無いおれはいつまで経っても絵が上達しない。メカはともかく人物が致命的にダメだった。そのためなかなか雑誌掲載とはいかなかった。連載など夢のまた夢だ。そんなことがしばらく続いた。二年ほどだったろうか。おれはアルバイトで食いつないだ。
だけどまた運が向いてきた。担当者から「君はお話作りはうまいから」と言われ、〝原作〟をやることになった。マンガ家志望のおれはネームの切り方もわかっているので、お話ができたらそのまま作画の先生に渡せば仕事が早いということらしい。
※というわけで、この文章もおれの仕事の一環として書いている。基本的にマンガ原作は脚本のような構成のものであり、それは既に完成している。だがこの企画はまだ動いていない。というのも、かなりヤバイ内容のため出版社が二の足を踏んでいるからだ。最悪、マンガ化は無理かも知れない。その場合の保険として、こうして小説版として書き進めているのである。ただ、本当にヤバイので、この原稿の段階でも伏字になっている部分がままある。予めご了承いただきたい。こう書いてくればお察しのとおり、これはフィクションではない。おれの実体験だ。なぜ実体験をストーリー化するのかは、追々おわかりいただけるだろう。それに、あまりに数奇な体験ゆえ、広く公表したいと思ったということもある。どうか最後までお付き合いのほどを。それでは話を先に進めよう。
今から遡ること××年前。幸運にもおれは原作デビューとなる新連載のスタートを控えていた。
幸運は続くもので、不細工のせいで彼女いない歴イコール年齢だったおれに、ついに彼女ができた。出会い系サイトで知り合ったのだが、話はとんとん拍子に進み、先日、直接会うことができた。
名前は星野礼子といった。年齢はおれより少し下の二十二歳。ミスコン・クラスのちょっとエキゾチックな美女で、スタイルも抜群だった。しかも、どうやら資産家らしい。
客観的に見て、おれとはまったく吊り合いが取れないと思ったのだが、あちらはおれを気に入ってくれたようだった。理由を訊くと、『初恋の人に似ていたから』だと言う。自分で言うのもなんだが『蓼食う虫も好き好き』という諺もある。
ただ、彼女がちょっと性急気味なのが気になった。話は理路整然としていて淀みなく、やたらと早口なのだ。まるで何度もリハーサルしてきたように。
だが、もとよりおれに否はない。躊躇うことなく、本格的に付き合ってくれるよう申し込んだ。奥手の自分だったが、この時ばかりはなけなしの度胸を総動員した。これを逃したら後はないという焦りの方が大きかったのだろう。
その経緯を知人らに話すと、『騙されているだけだ』と口を揃えて言う。これもまた客観的にはそう見えるかも知れない。しかしおれには、とても彼女が嘘をついているようには思えないのだ。惚れた弱みと言わば言え。
話は簡単にまとまり、次回は彼女の家に招待してくれることになった。家と言っても別荘の方で、箱根の山中にあるという。景色がとてつもなく素晴らしいらしい。しかも得意の手料理を振る舞ってくれるという。
仕事も恋愛も順風満帆だった。
しかしそんなおれにも心配事が一つあった。
お袋のことだ。
交通事故の後遺症でお袋は肝臓に障害があった。親父亡き後、それを押して仕事をしてきたため、とうとう肝機能が末期的レベルまで低下してしまった。後は移植しか道は無かった。この半年間、お袋はドナーを待ちながら新宿の〈東京女子医大病院〉で入院生活を送っていた。
ところが運のいいことに、とうとうドナーが決まりそうだという話になった。なんでも×国の人とのことだ。お袋の命が助かるなら何人だろうと関係ない。ただ『見つかりそうだ』と書いたのは、今回のお袋の優先順位が二番手だったからである。一番手の人の意志とコンディション次第でお袋に順番が回ってくるという流れらしい。おれとお袋は焦れながらも希望にすがって待っていた。
そんな時、礼子の別荘に行く日取りが決まった。彼女からの指定だ。まだお袋の方の動きは無さそうだし、二、三日ならいいだろうと承諾した。
箱根へは新宿駅から小田急線で行く。新宿なら行きがけにお袋の面会もできると思い、礼子にはその時間に合わせてロマンスカーのチケットを取ってもらった。
その日が来た。東京女子医大病院は新宿駅から見て北東の方向にある。バスか地下鉄で行けるが、おれは学生時代に一時、病院の近くにある絵画教室に通っていた時の癖で、徒歩で行くようにしていた。二十分ほどの道のりだ。たいしたことはない。
区役所通りとゴールデン街の間にある遊歩道を歩いていた時だった。
ヴゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウ……
突然、聴き慣れない電子的なサイレンの音がどこからともなく響いてきた。どうやら街頭スピーカーだ。次いで、ゆっくりした口調のアナウンス。
『ミサイル発射情報。ミサイル発射情報。当地域に着弾する可能性があります。屋内に避難し、テレビ・ラジオを点けてください』
録音されたと思しきアナウンスが繰り返された。
訓練か……?
だとしたらそう言うはずだ。しかしそんなことは一言も出てこない。
まさか……? まさか……!
おれの頭は急速に熱くなり、心臓が早鐘を打ち始めた。
こめかみから脂汗も垂れてくる。胸ポケットではチロリロリーン、チロリロリーンと音がする。
スマホだと気が付いた。震える手でそれを取り出し、画面を見た。それもまた見慣れない画面だった。
国民保護情報 詳細
【発表時間】2019年04月03日10時15分 政府発表
【内容】発射情報。先程、×××からミサイルが発射された模様です。情報がはいり次第お知らせします。
【対象地域】東北・東関東
ふと振り返ると、後ろを歩いていたスーツの男も立ち止まってスマホを見ている。
すぐに飛行機の音が聴こえてきた。
違う。
新宿の上空を飛行機が通るなんて聞いたことがない。音が次第に近付いてくる。
ミサイルなのだ。
とうとう飛んできた。
これまでも×××は飛翔実験を繰り返しており、その都度世界を騒がせたものだった。大半は北方の洋上に落下した。
しかし、それが今、ここに……!?
スーツの男が顔を上げると辺りを見渡し、おれと目が合った。すぐさま男が踵を返して走り出す。その方向に公衆トイレがあった。
そうだ。建物に隠れなければ。自分も辺りを見回したが、遊歩道を挟む両側のビルはこちらに背を向けた状態で出入口の類はない。入れそうな建物はやはりトイレ以外には見当たらなかった。急いで男に倣う。
甲高い音が耳を聾した。
男はトイレに飛び込むと、一つしかない個室に入り、ドアを閉めてしまった。おれは慌てて女子トイレに回り込む。この際関係無い。
が、そのドアも閉まっていた。
空気をつん裂くような音の中、おれは逃げ込む場所を探して必死に走り回った。
遊歩道沿いの商業ビルの一つに非常階段を見付けた。その五階辺りの非常口が開いている。そこから建物の中に入れば、あるいは……!
おれは非常階段に走った。ジョギングで鍛えた脚と火事場の馬鹿力で一気に駆け上がる。
おれは運がいい。おれは運がいいんだ。──知らないうちに口の中でそう唱えていた。
ようやく三階に達した時だろうか。
ドゴゴゴーンンンンッッ!
聞いたこともないような轟音。
腹の底に響く振動。
まるで大地震だ。東日本大震災の恐怖の再来だ。いや、それ以上だった。
空が真っ黒になった。
空だけではない。闇が辺り一面を覆い始めた。
地響きが続き、暴風が荒れ狂った。
木々がザワザワと鳴る。ビルがミシミシと軋む。
塵や埃や何かの破片がバチバチと身体に当る。
暴風で身体が浮いた。錆びた手摺に掴まったが、もの凄い風圧で引き剥がされた。
身体が宙に放り出される。
竜巻のような気流にただ翻弄される。
ガツン! 硬くて重い物が頭に当った。
目の前が暗くなる。気が遠くなっていく……。