外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』 ep.06「+ELLIE」
2024.04.09SYNDUALITY Kaleido 月刊ホビージャパン2024年5月号(3月25日発売)
『SYNDUALITY Noir』のサイドストーリーが描かれる外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』。
今回は時系列的にはTVアニメ第15話の直後となるエリーのエピソードをお届け。
チュニス宇宙港にてギルボウとの決闘を終えたカナタとエリーたち。
その後も二手に分かれて探索を進めるが、エリーの心には靄がかかったままだった。
STAFF
ストーリー/波多野 大
デイジーオーガ アルター製作/ヨク
ep.06「+ELLIE」
「結局あいつはなにしに来たのよ、まったくもう」
薄明かりに照らされた宇宙港の中は迷路みたいだった。
あいつっていうのは、トキオのこと。ロックタウンからふらっといなくなったかと思えば、呼んでもいないチュニスまでやってきて、あの白いコフィンと戦ったかと思えば「あばよ」なんて言ってまたどこかへ行ってしまった。
だいたいなんで私たちがチュニスにいることを知ってたの?
「カナタと話すって約束はどこにいったのかしらね」
隣を歩いているアンジェは両手を広げて呆れ顔だ。
そうだよ。ほんと。まったくもってその通り。
あんまり考えたことなかったけど、トキオがカナタに話したいことっていったいなんだったんだろう。
「リヒト・アルター……」
通信から聞こえてきた名前をつぶやいてみた。
馴染みがなくて、つっかえそうになる。
「状況から考えると、それがトキオが持っている別の名前だってこと……なんでしょうね」
少し、ショックだった。
考えてみれば、私はトキオの事をよく知らない。
どこで生まれて、どこから来て、どうしてロックタウンに来たのかなんて気にしたこともなかった。記憶は曖昧だけど、私がトキオという存在を認識したのはお姉ちゃんとトキオが親しくなったからだと思う。詮索する趣味は無いし、知らなくてもいいことなんだけど……でも、あの白いコフィンに乗っていたドリフターと知り合いだったことは間違いなさそうだ。
カナタに話さなきゃいけないことって、そのことなのかな。
要するに、トキオは今までカナタやノワールに襲いかかってきた奴らの仲間だったってこと?
なんなのよ、それ。
隠し事なんてするタイプじゃないと思ってた。
余計なことは言わないタイプだったんだ。
お姉ちゃんは気づいてたのかな。
だとしたら、トキオの勝手な振る舞いはひとごとじゃない。
カナタに話すだけじゃなくて、お姉ちゃんにも、ロックタウンのみんなにもちゃんと話すべきだと思う。
もんもんと考え事をしながら歩いていたら、おでこにゴチンとなにかがぶつかった。
「いたっ! いったぁ……」
「エリー、そこ、壁よ?」
「気づいてたなら言ってよ!」
「すごーくすごーく真剣な顔だったから、見とれちゃって」
「仕事しなさいよメイガス!」
「ふふっ。でもほら、目的の場所にはたどり着いたみたい」
アンジェがホコリまみれでガタついた壁掛けのサインを、サッとひと撫でした。
あまり見覚えの無い字で私は読めなかったけど、アンジェが代わりに読んでくれた。宇宙……なんとか……どうたら……まあそれはいいとして。
開きっぱなしになっていた扉の向こうには、アヴァンチュールの大型キャリアよりひと回りもふた回りも大きそうな金属の塊が、いくつも置かれていた。
「お姉ちゃんに教えてあげないと」
そこにあるなにかのことはよくわからないけど、たぶんきっと喜んでくれるはずだ。
飛び上がるお姉ちゃんの満面の笑顔を思い浮かべると、トキオのことなんて「へーあっそ」くらいに吹き飛ばしてくれそうな気がしてくる。
そうだ。私があれこれ考えても仕方が無い。
「そろそろ合流の時間じゃない?」
アンジェが時刻表示を投影しながら言った。
「そうだね、戻ろ。カナタのところに」
▽ ▽ ▽
カナタはデイジーオーガに乗り込んで、キャリアに積み込んでいた。動きがどこかぎこちない理由は、片腕を失ってバランスを取りづらいからだけじゃない。メイガスを乗せてないんだ。
それでも時間をかけずに乗せきってしまうところに、カナタがここまで必死に腕を磨いてきた努力の証だと感じた。
降りてきたカナタはすぐに私たちに気づいてくれた。
「ミステルはまだ寝てるの?」
「うん、キャリアの中。まだショックの影響が残ってるみたいで」
「シエルは?」
「ミステルのそばに居てくれてる。ありがたいけど、おかげでキャリアに積むのもひと苦労だったよ」
「そんなふうには見えなかったけどね。カナタ、上手になったと思うよ。慣れないと案外難しいもん。片腕がない状態じゃバランスもとりづらいだろうし」
ちょっと上から目線すぎただろうか?
でも素直にそう思ってるんだよ?
カナタはなんだか感慨深げに目をうるませて、うんうんと強くうなずきつづけている。
「どしたの?」
「エリーはわかってくれるなあと思って」
「わ、わかるわよ。ドリフターだもん。馬鹿にしてんの!?」
「褒めてくれるの、エリーくらいなんだよなあ。ありがとう」
オーバーだなあと思いつつ、最近カナタはミステルからへっぽこへっぽこと言われ続けて、自信を持てなかったのかもしれない。
こんなことで自信をつけてくれるなら、いくらでもカナタの褒めポイントを探したくなってくる。
「あんたの腕前はアヴァンチュールが認めてるんだから、ちょっとくらい堂々としなさいよねっ!」
カナタの背中をパンと叩くと、ちょっと間をあけて、
「ねえ、エリー」
「ん?」
呼ばれて見たカナタの顔が、いつになく真剣に見えた。
え? なに? なんか変なこと言った?
あ、痛かった?
言葉を探すみたいに伏せたままのカナタの目線が動いたかと思うと、バチっとまっすぐに私を見据えた。
ひぇっ! なによなによ。
「話したいことがあるんだ」
「は、話したい……こと?」
そんな真剣な顔して話したいことって、いったい!?
隣でアンジェが両手を合わせて目をキラキラさせている。
ま、まだなんにも言われてないから! まったくもう!
「ミステルが目覚めたわ、カナタ。あ、エリー、戻ってたのね」
そう言ったのは、キャリアから降りてきたシエルだ。
なんてタイミングなのよ……。
カナタは「わかった」とだけ短く答えると、キャリアに戻ろうとして、すぐに立ち止まった。
「エリー、帰ったらマリアさんの所に行くから、続きはその時に」
「あ、うん……」
足早に去っていったカナタの背中を見つめたまま、私は立ち尽くしていた。
大事そうな話……邪魔が入っても、続けたい話……。
それって、なんだろう?
「もしかして、もしかしちゃう?」
アンジェは後ろから私の両肩に手を乗せて、私の顔を覗き込むような格好で微笑んだ。
「カナタ、なにを悩んでるんだろう」
「え?」
アンジェは意外そうな顔で私を見た。
違うの。
私も最初はドキドキしたけど、けど違うの。
カナタがあんなふうに真剣な顔をするのは、いつも、自分じゃない誰かのために悩んでいる時だ。
カナタが必死になるのは、いつも誰かの為。
シルヴァーストームの時だってそうだったもん。
今までだったらそういう時、トキオが勘づいて発散させてあげていたのかもしれない。
けれど、今はそのトキオがいない。
しかも、あんなふうなカタチで現れては消えて。
「私を頼ってくれた……ってことかなあ?」
だとしたら、嬉しい。すごく嬉しい。
胸の奥の方から、指の先に至るまでエネルギーが湧いてくる。
シエルのキャリアのエンジンに火が入ったらしい、ドウドウと唸り地面をほのかに揺らしはじめた。
「私たちも行こ、アンジェ。デイジーは動かせないだろうから、なにかあったら私たちでサポートしないと」
「おっけー、エリー」
カナタたちのキャリーを先行させて、私たちは後ろからサポートするように連なって走った。
ロックタウンまでの道のりは決して短い時間ではなかったけれど、カナタの背中を守る充実感でいっぱいだった。
▽ ▽ ▽
宇宙港で受けた攻撃の影響でショック状態に陥ったミステルの検査をしたいと、カナタがお姉ちゃんのラボまでやってきた。
もちろん、私は先にお姉ちゃんのラボで待っていたのだ。
ロックタウンに帰ってきたその足で、宇宙港で手に入れた情報をお姉ちゃんに伝えたかったから。
そしたら苦しいくらいに私を抱きしめてくれて、ほっぺにたくさんキスされた。トキオのことも伝えたけれど、案の定「へーあっそ」という返答だったので笑ってしまった。
「あいつのことを深く考えちゃダメよ、泳がしておけばいいの。そうそう間違ったことはしないから。カナタにも伝えておいて」
お姉ちゃんは簡単に、突き放したように言うけど、それってすごく信頼してるってことじゃないのかな?
「なんかいいね。今のお姉ちゃんとトキオって」
「えええ? 無理無理、他人だから言えるんだって。そんなことよりいいの、エリー。カナタ、待ってるんじゃない?」
「あ、そうだった。お姉ちゃん、コレもらってっていい?」
机の上に置かれていたお菓子と飲み物のパックをとって見せると、お姉ちゃんはグッと親指を立ててウインクをした。
▽ ▽ ▽
鉄塔のいつもの場所で、カナタが待っていた。
前に話したときは、立場が反対だったな。なんて思ったりもして。
私はなにも言わずに、そっとカナタの右隣に座った。
「はい、これ」
「あ、これ好きなやつ」
「あ、そうなの?」
「もらっていいの?」
「はんぶんこしよ」
私がお菓子の包みを開くと、ふわりとバターの香りが漂った。
薄く切って揚げたじゃがいもに味をつけたお菓子。のプリント版。
フレーバーはいろいろあるけど、私もこのバターの風味が好き。
なんだか温かい朝の日差しみたいな、優しい気持ちになるからだ。
口に入れるとパリっと気持ち良い音がして、いっぱいに甘い香りが胸に広がる。
はぁ~! 旅で疲れた体に沁みる旨さ!
ちなみに本物だともっと土の味がするらしい。
土の味ってどんな感じなんだろう。
ふと見るとカナタもひと口たべてほんわかした気持ちになったらしい。自然なほほえみが浮かんでいた。
「あとこれね」
と、紅茶味のドリンクパックをカナタに渡す。
さあ、これで準備は整った。
実は、カナタがどんな悩みを抱えているのか、カルタゴからロックタウンまでの間に考え続けた。
時間はあったから、その答えのようなものは見つけている。
「カナタ。ノワールのこと、考えてたんじゃない?」
カナタは少し驚いたように目を見開いたあとで、小さく「うん」と言った。
「わかんないんだ」
それから、言葉は続かなかった。
カナタは言葉を探しているみたい。
今は誰にも邪魔されない場所だから、私は心ゆくまで待つよ。
紅茶味のドリンクに刺したストローを、カナタが口から離した。
ストローの先っぽが潰れてた。
「俺はノワールのマスターなんだ」
カナタが意を決したようにつぶやくと、そこから先は止まらなかった。
「俺の夢はイストワールに行くことで、ミステルはその夢に近づく一歩を俺に示してくれた。だからすごく感謝してるし、これからも力になってほしいって思ってる。でもそれって、いいのかな?
いいことなのかな? まるで俺の都合に合わせて態度を変えてるみたいで、そんなつもりじゃないけど……ノワールも、ミステルも、俺にとってはどっちも大事で大切で、ふたりとも良いメイガスだと思ってるんだ」
あふれるように出てきた言葉に、私は誠実さを感じた。そして、私が感じていたことと同じことを考えているんだとわかった。
「ミステルの修復が終わったら、ノワールはどうなるんだろう? ノワールがいなくなるなんて、考えられない。もちろんミステルにいなくなってほしいわけでもないんだ。俺、どうしたら……」
「まだ、そうなるって決まったわけじゃないでしょ?」
「そりゃあそうだけど……、今だって、ノワールかミステルのどちらかでしか居られないんだ。そういうものだって、仕方ないんだって思うしかないけど、それってふたりにとって良いことじゃないだろ?」
たしかに、そのとおりだと思う。
少なくとも普通じゃないし、健全だとも思えない。
ノワールやミステルは、メイガスだからと受け入れているのかもしれないけど。寝ている間に、別の人格の私が全然別のことをしていると思うと、それは正直、気持ち悪いし……怖い。
まして、別の人格の方が才能も実力もあって……なんて状態、私だったら塞ぎ込んでしまうかもしれない。
ただ……そんな時、誰かの言葉が届くだろうか?
助けてあげたい、なんて言われたらもっと苦しくなりそうだ。
アンジェならどうするだろう、私が踏み出す時をじっと待っていてくれそうだ。準備万端、整えたうえで。うん、そんな気がする。
考えがまとまってきたところで、思ったことを伝えようと思った。
冷たい言い方になるけれど。
「カナタが考えても、仕方がないことなんじゃないかな?」
カナタの印象は良くなかったらしい。ほんの少し、心外そうな目を私に向けてきた。
つらい。お腹が痛くなる。
できれば、優しくて温かい、いつものカナタの目で見られたい。
でも私はカナタに伝えたいことがある。
「そこまでカナタが考える必要、あるのかな?」
「俺はマスターなんだ。だから!」
「考えないといけない? なにかしてあげないといけない?」
あえてカナタの言い分を遮った。
できるかぎりまっすぐ、心をこめて、カナタを責めたいわけじゃないから。届け届けって、心の中で念じながら。
「それって全部背負ってるふりしてない? ノワールの為、ミステルの為? 本当は自分の思い通りになってほしいって思ってない?」
カナタがスッと息を吸って言い返そうとした素振りが見えた。
だけど、力が無くなった目が泳いで、鉄塔のはるか下の方をじっと見つめたまま固まってしまった。
「そう……かもしれない。だけど……」
カナタの悩みと比べるのはどうかとは思いつつ、頭の中にはほんの少し前までの自分の姿がよぎっていた。
「誰かのためにとか、誰かを基準で考えるとさ、満足できる答えなんてないのかもしれないね」
――例えば、料理をがんばったときは、カナタに喜んでほしかった。プールで一緒の時間をたくさん過ごしたかった。ノワールがカナタの所に来た時もそうだ。
うまくいかなくてモヤモヤしたのは、私の思い通りじゃなかったから、慌ててわめいた。
その原因は、言葉にすると簡単だ。
「自分のことも相手のことも信じるって、大事じゃない?」
だけど、実行するのは本当に難しいと思う。
シルヴァーストーム戦の時、私はシエルにヨシヲちゃんを託して、信じて待つことに決めた。自分で決めた。
そしたら、すごく心が軽くなったのを忘れてない。
その背中を押してくれたのはアンジェであり、そして、シエルだ。
私ひとりではできなかったこと。
いまカナタの背中を押せるのは私しかいないなら、そうありたいと思う。だって、カナタなら絶対できると思うから。
「私たちは人間で、メイガスのことはよくわからないけど……でも、いつかノワールもミステルも、自分のことを決める時が来るんじゃないかって思うの。そのときに、カナタがしっかり受け止めればいいんじゃないかなって、私は思うよ」
言い切った。今日は涙は出ない。
言葉を絞り出すのに勇気は必要だったけど、心から伝えたいと思ったことだからかな。
「エリー……」
カナタはゆっくりと顔をあげた。さっきまでの重さは感じられなくて、その横顔はほんのすこし微笑んでいるようにも見えた。
ちょっとは、元気出たのかな?
カナタの心に届いたのかな?
だとしたら、嬉しいな。
私も一緒に空を見上げた。
あのどこかにイストワールがあるのかな、なんて思いながら。
「綺麗だね」
カナタが、ぽつりとつぶやいた。
すっかり暗くなった夜の空には、まんまるの満月が浮かんでる。
#07につづく
【SYNDUALITY Kaleido】
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ⒸSYNDUALITY Noir Committee