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外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』 ep.05「落日の彼方を望んで」

2024.03.05

SYNDUALITY Kaleido 月刊ホビージャパン2024年4月号(2月24日発売)

 『SYNDUALITY Noir』のサイドストーリーが描かれる外伝小説『SYNDUALITY Kaleido』。
今回は少し時計の針を戻し、本編から数年前のエピソードが描かれる。
イデアールに身を捧げる男、マハト・エーヴィヒカイト。
彼の乗る巨大なキャリアは彼の殉ずる使命に泥を塗ろうとする者のもとへと向かっていた。
そして訪れた粛清の時、漆黒のコフィン・ギルボウが空を舞う!

STAFF
ストーリー/波多野 大


ep.05「落日の彼方を望んで」

 ――遡ること、数年前。


▽   ▽   ▽

 陸上を突き進む巨大キャリアは、イデアールの技術の粋だ。
 四本の脚部は車輪ではなくドリルを履き、その回転によって地面を噛み、その巨躯を動かす推力となる。
 それは踏破、あるいは蹂躙と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
 複数機のクレイドルコフィンを収容、整備を行える立派なハンガーが内包され、船で言うところの甲板は哨戒と前線へのクレイドルコフィン輸送をこなすVTOL機の発着が可能である。
 当然、キャリアには戦術的な運用をこなすために様々な分野のスペシャリストが数多く乗り込み、生活するための居住区も含まれることからさながら動く要塞といった風情だ。
 その「要塞」の戦闘指揮所では、マハト・エーヴィヒカイトが広大なモニターを一望できるキャプテンシートに座していた。
 目の前にはイデアールの頂点に君臨する男、ヴァイスハイトの威容がホログラムで浮かび上がり、向き合う格好になっていた。


「君の意見を聞かせてほしい」

「殲滅もやむなし、かと」


 過激な言葉をごく自然に放ったマハトの口元は、すぐに真一文字に引き締められた。表情の大部分は仮面に覆われ、抑揚の無い声色もあってその言葉に絡みつく感情は排除されて伺いしれない。


「理想郷へのきざはしをよごす禍根であるならば、我の手で雪いでご覧に入れるまで」

「そこまで言うのなら、君に任せるよ」


 マハトはやや顔を伏せて、言った。


「仰せのままに」


 その言葉を聞き届けたヴァイスハイトの虚像は霧散した。と、同時に暗かった室内は規則正しく連なるライトに照らされて均一に明るくなった。
 マハトはシートに深々と座り直した。
 ヴァイスハイトがイデアールの実権を握って以来、彼らはゼロ型と呼ばれるメイガスを「回収」して回っていた。
 イデアールの、いや、ヴァイスハイトが提唱するあるべき世界の姿のために、ある特徴を持つゼロ型メイガスが不可欠であるからだ。
 彼らはそれを「鍵」と呼んだ。
 回収の手段には、口にするのも憚られるような類もあった。
 マハトは自身の手が汚れていくことを自覚したうえで、それでもなお立ち止まることはしなかった。
 その階段に足をかけた以上、立ち止まる理由は排除された。
 昇っているのか、降っているのかは問題ではない。
 すでにその身はイデアールに捧げている。
 曇りなき純粋な、崇高なる決意と共に。
 マハトが身につけた仮面はその決意の現れである。
 戦闘指揮所で交わされたヴァイスハイトとマハトの会話は、そんな彼らの道のりに現れた障害に関する話題だった。
 メイガスを不当に扱うイデアールを「欺瞞の象徴」と名指し、一方的に宣戦を布告してきたのである。


「高貴なる者の継承者と自称しているそうです」


 後ろに控えていたシュネーが、収集し選別された情報をマハトの端末に送信しながら言った。


「大義無き者ほど傲慢な冠をいただくものだ」


 組織の名は≪シャンベルタン≫。
 送り込まれた諜報員から届いたレポートによると、すでに敵はイデアールに対し戦備を整えつつあるらしい。放置しておけば、イデアールの「活動」に支障があるかもしれない。気勢を削ぐには、今をおいて他にない。
 指に装着していた情報端末から画像データを取り出し、空中に投影させる。ブンッと小気味よい音を立てて、画像が連続で現れた。
 そのうちのひとつ、観測された航空写真を眺めて言った。


「奸賊にしては本格的な基地さながらだ」

「旧時代の遺構に増改築を繰り返したものと思われます。画像解析の結果、トーチカの存在は確認できますが対空防御能力は皆無。マイロードとギルボウであれば、上空からの斉射で壊滅も容易かと」

「試すには、お誂え向きの機会だな。良い、シュネー。ギルボウを仕度させろ」

「イエス、マイロード」


▽   ▽   ▽

 基地まで数キロの距離を保ちながら、VTOL機が旋回していた。
 夜が明けるまで、まだ数時間はある。辺りは闇に包まれている。
 まさか上空から敵が現れるとは思ってもいないシャンベルタンの兵士たちはまだ床の上だ。


「クリア。いつでもいけます、どうぞ」


 副操縦士の声が、コックピットに収まったマハトの耳に届く。


「マイロード、初手は?」

「名乗りもあげず背中を撃つような真似はせん」


 マハトが操縦席のスイッチを操作すると、ギルボウの肩部を掴んでいた懸架アームの爪がガコンと外れた。
 重力に従ってギルボウが一気に降下、加速度的に地面が近づいてくる。
 あわや地面に激突する、その瞬間だった。


「展開」


 シュネーの目が妖しく光ると、ギルボウの背に搭載されたスラスターユニットに光が灯り、その時を待ちわびたかのように勢いよく開いた。
 翼竜の滑空を思わせる姿になると、スラスターユニットから勢いよくエネルギーが噴出。ほぼ直角に近い形でギルボウが方向を転換、地表すれすれを飛んだ。

シンデュアリティ SYNDUALITY Kaleido 5-1


「これほどとは……!」


 ビリビリと襲うGが、マハトの口に苦悶の息を吹かせた。
 一気に基地上空にまで接近すると、可動式スラスターユニットがブレーキをかけるために機体前方に動く。
 逆噴射のような形で急制動をかけられたギルボウは、つんのめるような格好で空中に停止した。


「ハァ、ハァ……」


 重力から開放されたマハトは、荒く息を吐いた。
 普段の落ち着いた姿とはかけ離れたマハトの姿に、シュネーは思わず手を伸ばしそうになる。


「気遣いは無用。慣れねばならん」


▽   ▽   ▽

 基地内では、突如現れた敵の姿に混乱が生じていた。
 シャンベルタンの首魁、ウィリアムはすぐに迎撃準備の指示を出し、自身もコフィンへと乗り込む。


「敵は?」

「一機です」

「一機? 伏兵に注意しろ、索敵を厳に」

「ですが……」


 歯切れ悪く言い淀む通信士に苛立ちながら、ウィリアムはコフィンに火を入れた。指揮所のあわてふためく様子を無線の奥に感じる。


「なんだ?」

「コフィンが、飛んでいます」

「はあ?」


 クレイドルコフィンは大地を疾駆するものだ。
 常識では考えられない。


「冗談じゃない」


 舌なめずりをして、ウィリアムは格納庫から出撃した。
 すると基地内に複数設置された投光器が、空に向けて放たれる。
 幾本もの光の筋が、一点に向けて集中する。
 そこに、ギルボウが居た。


「バカな……!」


 コフィンが飛んでいる。本当に。ウィリアムは目を疑った。
 漆黒の闇に溶け込むように、全身を艶のある黒に染められた機体。
 尖った角を思わせるテンタクルセンサー。
 主武装である試作エネルギー・カノンは、そのシルエットもあいまって巨人の大太刀のごとく。
 炎のようなエネルギーを吐き続ける背部スラスターユニットは、翼の骨格標本のように伸びている。
 それは、旧時代の神話に語られる悪魔のようなシルエットだった。


「この基地のリーダーと話がしたい」


 ウィリアムは天空から声が届いたのかと錯覚した。
 外部スピーカーを通じて、ギルボウが語りかけてきたのだ。
 くぐもった音声だが、強い圧力を感じさせた。


「この期に及んで話だと?」


 様子をみることにしたウィリアムは、返答せずに続きを待った。


「貴兄らの行動は許しがたいものであるが慈悲はある。我らはイデアール、武装解除し我らに従うのであれば攻撃は加えない」


 イデアール。
 その言葉に、ウィリアムは震えた。
 恐怖ではない。ふつふつと湧き上がる使命感にだ。


「迎撃開始!」


 迷いなく宣言されたウィリアムの指示に呼応し、基地内に展開されたクレイドルコフィンが構えた銃口が一気に火を噴く。


「……残念だ。これより、貴様たちを粛清する」


▽   ▽   ▽

 眼下に広がる基地の至る所から、発砲の光がまたたいた。
 だが、マハトもシュネーも慌てるそぶりはない。
 彼らの弾は、ギルボウには届かない。
 その破壊的な運動エネルギーも、重力には抗えない。
 空を支配する。
 その感覚に、マハトは形容しがたい恍惚を覚えた。
 空に憧れたことなどただの一度も無かったのだが、不思議とマハトに達成感を与えていた。
 それは、彼の遺伝子に刻み込まれた本能的な解放感だった。


「初撃で敵の戦意を断つ。シュネー」

「イエス、マイロード。エネルギー・カノン、最大出力。エネルギー・マグネット・ミサイル、全弾装填」


 閉じていたシュネーの瞳が開かれると、マハトの視界に広がるヴァーチャルスクリーンに照準器が現れた。
 8つの照準が意志をもったように動き回り、展開する敵コフィンの姿に食らいつき重なっていく。
 マハトの目が、そのひとつひとつをしっかりと認識した。
 そしてもっとも大きな照準は、基地のエネルギータンクを捉えた。


「ロックオン。よしなに」


 シュネーの声を受け、マハトは迷いなくトリガーを引いた。
 ドン!
 試作エネルギー・カノンから吹き出したのは、ギルボウ本体と同等の太さをもつ極大のエネルギーの奔流だった。
 それはいともたやすく金属を溶かし、地面をえぐる。
 射抜かれたエネルギータンクは瞬時に気化し、粉塵爆発のような広範囲の大爆発をもたらした。


「ぐぅっ!」


 発射の反動はギルボウ自身にも及び、衝撃を誤検知したエアバッグが一気に膨らんだ。


「これほどの威力が……!」


 エネルギー・カノンの銃口は完全に融解していた。
 続けてギルボウの右肩部円形ラックから8つのマグネット・ミサイルが飛び立つ。
 姿勢制御用スラスターがブンブンと小刻みに噴き上げて、8つの塊は一斉に散り散りになった。
 いずれもが弧を描きながらターゲットへと自律的に追う。
 そのひとつが、敵コフィンへと吸着した。
 超磁力を帯びたマグネットがコフィンに張り付いたのだ。
 バシュン!
 マグネット・ミサイルの先端に備えられた砲塔から、収縮されたエネルギーが勢いよく撃ち出された。
 それはコックピットのみを貫き、コフィンは完全に停止した。
 その末路を見たシャンベルタンの兵士たちは、追尾してくる飛行物体から逃げ惑う。
 だが、闇に紛れた黒いミサイルは視認しがたく、シュネーの予測軌道計算速度も相まって回避は不可能と言えた。
 残る7つのマグネット・ミサイルが敵コフィンを捉え、そのうち6つがエネルギーを噴射し、コフィンを沈黙させた。
 そして、戦場は静かになった。
 ごうごうと炎を噴き上げるエネルギータンクと、その余波で爆ぜる火花の音が響いている。


「見事でした。マイロード」

「うむ」


 マハトはフットペダルと操縦桿を器用に連動させ、ギルボウをゆっくりと地面へ降ろしていった。
 噴き上げるスラスターの残光は、ギルボウの後光の如く。
 裁きの雷によって大地を焼き尽くした神の化身のようだった。

シンデュアリティ SYNDUALITY Kaleido 5-2




▽   ▽   ▽

 地上に立ったギルボウの前には、一機のコフィンが佇んでいた。
 その機体の腹部にはマグネット・ミサイルが吸着したままだ。


「武装解除に応じればこれ以上の攻撃はしない」


 マハトの通達に、ウィリアムが応じた。


「モグラのクソどもに従うつもりは無い」


 ふと、マハトはヴァーチャルスクリーンに映る基地の様子を見た。
 旧時代の遺構に増改築を繰り返した基地。
 画像で見る限りはただそれだけの情報だったが、直視するとあわれなほど痛みきり、そこは暮らしの場所とは思えない。


「ここでなにをしていた?」

「俺たちはアメイジア政府と戦った。当時は反政府組織なんて言われたりもした。面白いもんだよな、気味の悪い政府をどうにかしようと戦っていたが、いざ政府がなくなると自分たちの存在意義がわからなくなって、そのままのらりくらりだ」


 たしかに、ウィリアムが乗っている機体はかなりの旧式だ。
 識別された情報に、リタダークナイトという機体名が浮かぶ。
 かつて地上でテロ活動を行っていた反政府組織が使用していた機体だったという説がある。ウィリアムの告解は信憑性を増した。


「我らイデアールに宣戦布告した理由を問いたい」

「宣戦布告? なんの話だ? 言っただろ、俺達は意味を失った。だがここを離れる気にもなれないし、今さらネストで呆けた生活に投じるような気にもなれない」


 すると、ウィリアムはコックピットを開いて、姿を見せた。
 シワひとつない襟付きのロングコートに、背広を窮屈に感じさせるほど隆々とした肉体。ピンと伸びた背筋はおよそ野良の賊には見えなかった。両頬のラインに沿うように生えたいかめしい髭面に浮かぶ表情には、積年の疲弊と誇りが同居している。
 マハトは相手指揮官に対する礼儀とばかりに、自身もコックピットを開き、対面を果たした。


「仮面……く、ははっ。そうか、なるほどな」

「なにがおかしい?」

「イデアール……。お前たちが俺たちを看取ってくれるのなら、それはある意味で運命だったのかもな」

「どういう意味だ?」


 独りよがりな言いざまに、マハトが問い直した時だった。
 ウィリアムは隠し持っていたなにかを振りかぶり、ギルボウに向けて投擲した。


「マイロード!」


 ギルボウの右手がマハトを守るように覆った。
 敵の挙動に危機を察知したシュネーが、最速の反応でギルボウを制御したのだ。
 それとほぼ同時に、マグネット・ミサイル最後の一発からエネルギーが噴き出した。
 ドウ!
 リタダークナイトはエネルギーに貫かれ、その衝撃で地面に倒れ伏した。
 やや遅れてウィリアムが放ったなにかが放物線を描き、ギルボウの右手に当たり、砕け散った。
 それは、ワインボトルだった。
 ギルボウの指から、赤い液体がぽたぽたと滴り落ちる。
 その一滴一滴がコックピットハッチに赤い水たまりをつくり、機体表面のパネルラインを伝いながら地に落ちた。
 半身を焼かれ、倒れたコフィンに挟まれたまま突っ伏したウィリアムが、血を吐きながら言った。


「白い、光……。俺達は、アメイジアが崩れていく地獄の中で、白い光を見た。バケモノみたいなエンダーズを溶かしていった。あれこそ……救いだ。お前たちは神にでもなった気分だろうな。だがな、お前たち悪魔とは……違う」


 ウィリアムの顔はその惨たらしい姿とは裏腹に、解放感に満ちた柔和さを帯びたまま動かなくなった。


▽   ▽   ▽

 イデアール本拠に戻ったマハトは、ハンガーに鎮座するギルボウの手を見つめていた。
 乾いたワインが赤黒い染みを残したままだった。


「これではただの虐殺だ」


 マハトは憤懣やる方ない怒りに、拳を強く握り込む。
 シュネーは言葉を選べず、目を伏せる他なかった。


「彼らは何者かに泳がされ、我もまた……」


 瞳はめらと揺れ、昏くなる。
 何者か。答えは知れている。
 しかし、身につけた仮面はその覚悟そのものではなかったか。


「シュネー」

「はっ」

「ギルボウの改修を頼みたい。エネルギー・カノンの出力は大きすぎる、あれは我の剣にふさわしくない。それから」


 マハトは、ウィリアムの今際の言葉を思い返した。
 白い光。救い。
 安易なすがり方だとは思う。だが、今できる精一杯の選択だった。


「機体を塗り直せ、白く。全身に至るすべてだ」

「白に? しかし、それでは戦場で目立ちすぎます」

「構わん。白は容易く染まる、だからこそ強くあらねばならない。その覚悟の色とする」


 そう語ったマハトは、自身の言葉に居心地の悪さも感じていた。
――黒の上に白を塗る。上っ面だけで満足かよ? マハト。
 忘れようにも忘れられない、軽薄な声が聞こえてきたからだ。


「笑いたければ笑え。我は進む、前へ」


▽   ▽   ▽

「すべて計画通りに事が運びました。ヴァイスハイト様」


 吹きすさぶ寒風のように、冷ややかな声だった。


「シャンベルタンの基地深くには、多くのメイガスが隠されていました。しかし、「鍵」となるメイガスの存在は確認できません」

「そうか、ならすべて焼き払え」

「はい」

「引き続き、諜報活動を続けるように。シエル」

「はい、マスター」

#06につづく


【SYNDUALITY Kaleido】

ep.01「ジョンガスメーカー」

ep.02「ノワール」

ep.03「名もなき機体」

ep.04「黒き翼と白き羽根」

ep.05「落日の彼方を望んで」 ←いまココ

ep.06「+ELLIEプラスエリー

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