ゴジラ造形の第一人者、酒井ゆうじ氏スペシャルインタビュー! 『ゴジラ-1.0』&「S.H.MonsterArts ゴジラ(2023)」について
2024.01.02怪獣造形作家
酒井ゆうじ
S.H.MonsterArts ゴジラ(2023)を語る。
ゴジラ造形のオーソリティ・酒井ゆうじ氏が、原型・彩色・造形プロデュースを手掛ける「S.H.MonsterArts」。最新作となる「S.H.MonsterArts ゴジラ(2023)」について、そのこだわりを語っていただこう。
(構成・取材:島田康治・井上雄史(TARKUS)
文:徳重耕一郎)
酒井ゆうじ
1958年生まれ。福島県出身。「(有)酒井ゆうじ造型工房」主宰。海洋堂が主催する「海洋堂アートプラ大賞」受賞をきっかけに怪獣造形作家として活動を開始し、現在まで自社ガレージキットから各メーカーのフィギュア原型まで、数多くの怪獣原型を手掛ける。90年代以降には映画制作の現場にも進出。1994年『ヤマトタケル』では川北紘一監督の依頼でオロチのひな形の造形を担当。1995年『ゴジラVSデストロイア』では造形スタッフとしてゴジラジュニアの造形に携わり、1999年『ゴジラ2000ミレニアム』ではデザインワークスとして参加し、ゴジラの雛形を造形した。円谷英二生誕の地である須賀川市市民交流センターに作られた円谷英二ミュージアムでは、すべての怪獣の展示物の造形監修を行っており、現存しない初代『ゴジラ』のスーツの復刻を成し遂げた。このスーツは同館のメインの展示物となっており同館で上映する映画『夢の挑戦 ~ゴジラ須賀川に現る~』に登場している。この初代『ゴジラ』スーツは後に氏の監修により立像にもなり(株)東宝主催のゴジラ展などで展示され、スーツは現在アトラクションスーツとしても活躍している。過去ホビージャパンからは作品集『GODZILLA DREAM』『GODZILLA DREAM evolution』を刊行。これまで手掛けた立体作品の9割はゴジラとも言われる、世界が認めるゴジラ造形の第一人者である。
新しいのにどこか懐かしくかっこいいですよね。
――まず最初に、今回の『ゴジラ-1.0』の印象からお聞かせください。
酒井 今回のゴジラは「新しい」のにどこか「懐かしい」……そんな印象を受けました。昭和の作品やVSシリーズを思い起こさせるような。最新のVFX技術で作られていますが、まるで人が入っているゴジラスーツかのような動きが印象的で、威嚇するときの仕草もそんな動きの様に感じて、そして何よりかっこよかったです。直立した姿勢が非常にドッシリとしていて、歩き方もシンプルでカッコいい。動いた際の威圧感や迫力にも、強く惹かれました。私は頭が小さめなゴジラが好きなんですけど、今回のゴジラは頭が小さく下半身が大きくて、VSシリーズなどのゴジラにも通じるイメージがあったので嬉しかったです。このS.H.MonsterArtsは山崎(貴)監督が想いを込めて作られたゴジラを、時間を掛けてこだわって再現しています。とはいえ作業を始めた段階では映像は完成していないので、3Dデータと資料を参考にするところから始めました。イメージとして参考にさせてもらったのは、同じく監督が作られた西武園ゆうえんちの『ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦』でした。あと『ALWAYS 続・三丁目の夕日』のゴジラの印象もありましたね。
――「S.H.MonsterArts」における「原型・彩色・造形プロデュース」という酒井さんですが、それはどのような仕事なのでしょう?
酒井 簡単に言ってしまうと、商品化に関わるトータル的な立ち位置になります。まず「原型」は原型を作る作業で、「彩色」とは、私がデコマス(デコレーションマスター=工場生産の元となるもの)を塗っています。彩色試作が上がった段階でデコマスと見比べて確認し修正点があれば指示します。製品化する上で可動も含めて仕様を考えるのが「造型プロデュース」です。企画の立ち上げ段階から生産される金型まで含めて、すべての工程を確認させていただいているんです。最近はパッケージや表に出る写真もカッコ良く撮っていただきたくて撮影に立ち合ったりアングル指定したりしています。製品化にはもちろん私だけではなく、BANDAI SPIRITSの企画担当者さんや、可動や分割を担当している細川(満彦)さんたち、多くのスタッフとともにそれぞれの立場で意見を出し合って行っています。関係者みんなで、自信を持って送り出せる立体物にすべく、想いを込めて作り上げています。それが「S.H.MonsterArts」ということです。
――ではまずは「S.H.MonsterArts ゴジラ(2023)」の造形から具体的にお聞かせください。
酒井 実際の作業としては、劇中に使用された3Dデータをもとに私が手を加えてディテールを造形しています。というのは単純にデータを「S.H.MonsterArts」のサイズに縮小し出力したものが製品の原型としてそのまま使用できる訳ではないんです。出力品は消えてしまっているモールドや省略されているディテールがあり、そのままではモールドが甘かったり荒かったりするのでその修正や凹凸にメリハリを加える必要も出てくる。基準はあくまでも3Dモデルですが、そこに各種資料なども参考にしながら見えなくなっているディテールを加える。サイズ感や可動にも配慮しつつの作業なので、単純なディテールアップとはちょっと違って、私としてはいつもと同じように造形しているという感じです。またフィギュアは大きさによって見え方が変わるので、私はそれを模型映えと言っているんですが、そこを考慮しながら新たに手を入れています。例えば背びれに関してもけっこう入り組んだデザインになっていて、ゴジラ独特のモールドが入っているんですけど、これもディテールアップし調整しています。余談ですが、当時この背びれの資料を読み込んでいる時、この背びれは上下に動くんじゃないかと思いましたね。その後試写で思った通りに動いたので嬉しかったです。牙についてはデータを縮小するだけでは細くなりすぎてしまいそのまま製品には出来ないので、太くすることは嫌だったので細い歯の印象を変えずに歯の内側を太めにするようにイラストを描いて丁寧に指示しました。またデータでは手の指に表情が付いていたのであらゆるポーズに対応できるスタンダードな状態を意識してデータとは表情を変えて私が作り直しました。そうやってフィギュアの大きさや後々の生産のことも踏まえてモールドを盛ったり埋めたり削ったり全体に手を入れて原型を作っているんですね。ただ、手を加えることは言うほど簡単ではないんです。そのために電熱ペンの先端をスパチュラの形状に加工して使用したり、道具を自分で作って加工したり試行錯誤しました。近隣のほぼすべてのホームセンターには一時期毎日のように通いました。
――固定フィギュアと可動するものとでは、造形の際に意識の違いはありますか?
酒井 いざ作るとなって造形と向き合うと、結局どちらも一緒で簡単ではないですね。3Dデータをもとにするにしてもデータさえあれば良い製品が出来るわけではなくて、最終的には人の手を加えることで命が吹き込まれると私は思います。
――そうして作られた原型に、「可動」が組み込まれるわけですね。
酒井 まず基本的な私のポリシーとしては、「スタンダードなシルエット厳守」です。基本型となる姿、ゴジラで言えば上半身をしっかりと起こした素立ちの状態ですね。そのときのシルエットを崩さない。その上で、どんなポージングでもシルエットは極力崩れないようにする。そして分割可動有りでも美しいゴジラであるために分割ラインにもこだわって綺麗に入れる、などそうした絶対守るべきこと、仕込みたい可動、分割ラインの形状などについてを、「S.H.MonsterArts」ではまず私が画像付きのA4版3~4枚の「可動分割仕様書」としてまとめます。
――どんな可動をどのように組み込んでいこうと方針を立てたのでしょうか?
酒井 劇中のあらゆるポーズを再現するというのが「S.H.MonsterArts」のコンセプトなのですが、新作映画の場合は映像が完成していない段階から開発が始まります。映画とほぼ同時進行で進めなければならない場合の難しさがあるんです。そこで参考になったのが『ゴジラ・ザ・ライド』ですね。顔を大きく上に向けるシーンが印象的だったので、きっと今回の映画でもそんなシーンがあるに違いないと、首の可動を盛り込みました。それから『三丁目の夕日』のゴジラの威嚇する動きも参考にしました。シルエットを崩さずに首を動かすために、後頭部には目立つ分割を入れたくなかったので首から胸にかけてモールドに沿って自然な分割ラインを入れました。それから口を開いたときに口角部分が動いて形を崩さないようにしているところもこだわりですね。下アゴと口角は別パーツで可動するんですけど、その辺もできる限りリアル感も含めて再現しています。可動はなかなか写真で見ただけでは分からない部分なので、ぜひ直接商品でチェックしていただけたら嬉しいです。
――監修はどの段階で行われたのでしょう?
酒井 まず無可動で作ったものを基本形として監修していただき、その後可動を仕込んだものを改めて監修していただいて、OKが出たら次は彩色という流れになります。実は可動の段階で今回、東宝さん経由で山崎監督から要望をもらったんです。『ゴジラ-1.0』のプロモーション用に作られた高さ2メートル超えのゴジラ立像があったんですが、そのポーズを取れるようにして欲しいという要望でした。あの立像は少し前傾姿勢になっていて、これを再現するために足の指に可動を入れています。
――足指の可動は「S.H.MonsterArts」シリーズでも初めての試みだそうですね。
酒井 そうなんです。無事OKをいただけましたしポージングの自由度も広がって、何より「S.H.MonsterArts」のコンセプトである「劇中シーンの再現」にも、非常に有効な可動になりました。開発の途中で試写を観ることができたのですが、自分が想定していた可動で劇中のポーズを再現できることを確認できたのでホッとしました。全体としては修正指示や要望のようなものはそれくらいで、全体の作りや細かいディテールに関しては、そのままOKをいただいています。
――そしていよいよ彩色に掛かるわけですね。
酒井 彩色も資料を参考にしながら塗料を決めていくのですが、今回はかなり時間が掛かりました。シーンによって色味が違うので、どのシーンを基準にするかというのが難しいんです。まず基本色なんですけど、資料によっては少し暗い色の中に若干青っぽさを感じたので、最初はその色で塗ったんです。でも違うということで、最終的には数パターン用意してその中からOKをいただきました。体色の中で少し明るく見えるドライブラシ処理の部分も、何度か試作を提出しましたね。そして一番時間が掛かったのが、胸や頬の傷状になった部分の色です。資料によって色がけっこう違うので難しくかなり悩んだのですが、なかなかOKが出ない。今回幸運だったのは、この段階で山崎監督にお会いして直接監修していただけたことですね。直接監修していただけたのは、良い経験になりました。お会いできる機会自体が貴重ですし、私の事も知っていて下さったようで本当に細かい部分まで見ていただいた上でOKをもらえましたので有り難かったです。
――そのときの様子が、ここに掲載した写真ですね。
酒井 私と企画担当さんとゴジラライセンスチームの方の3人で山崎監督のいる白組へお伺いしました。そこで数パターン用意していた彩色した胸パーツを、監督に直接お見せしたんです。すると作業中の映像を見せてくださって、「この色なんです」と教えてくれたんです。それでやっと答えに辿り着くことができました。監修用の彩色パターンでいえば、これまでの「S.H.MonsterArts」の中でも一番多かったと思います。
――改めて酒井さんとゴジラの最初の出会いについてお聞かせください。
酒井 小学生の頃にリアルタイムで観た『三大怪獣 地球最大の決戦』が最初のゴジラ体験ですね。特に想い入れの強い作品です。スクリーンから怪獣たちが飛び出してきたような印象が強烈に残っています。そのとき劇中と同じゴジラの立体物が欲しいと思ったことを今でも覚えていますし、そのときの欲求不満が今につながっているのかなという気はします。
――造形を始めたきっかけは、「モスゴジを作りたい」という想いからだったそうですね。
酒井 ゴジラを好きになった原点は『地球最大の決戦』なんですけど、この世界に入ったきっかけは『モスラ対ゴジラ』なんです。大学生の頃に新宿でリバイバル上映を観て、「やっぱりモスゴシはかっこいいな」と改めて思ったんです。その後は専ら買う側だったんですが、原点である「映画の中のゴジラが欲しい」という気持ちから実際に造型を始めたのはそれから数年後の社会人になってからでした。モスゴジまた作りたいですね。
――原型製作だけでなく造型プロデュースに携わるきっかけは何だったんでしょうか?
酒井 もともとこのシリーズは私が作った原型を可動化するという形でスタートしたんですけど、その立ち上げの頃に川北(紘一)監督と対談させていただいたことが大きいかも知れません。監督が「平成ゴジラも含めて、怪獣はスタンダードポーズが大事」と仰っていて、そこからシルエット、各ゴジラの特徴と、劇中シーンを再現するための可動を両立させたいと強く思うようになりました。それもあって途中から「原型・彩色・造形プロデュース」という形で原型だけでは無く製品ができるまでの全てに関わらせていただくようになったんです。「可能な限り可動させたい」というオーダーの上で、シルエットを保ちながら私が思う適切な位置に可動を入れることを最重要のコンセプトと考えて、毎回臨んでいますね。分割のラインはどうやってもできてしまうのですが、極力目立たないように抑え綺麗に入れる。製品化迄には各種のハードルが有り毎回苦労しています。
――では最後に最新のゴジラを「S.H.MonsterArts」で作られた感想をお聞かせください。
酒井 今回の表紙や記事写真もそうですけど、「S.H.MonsterArts」は商品よりも大きく見えますよね。かなり緻密に作り込みましたし、カッコ良く再現できたと思います。山崎監督の想うゴジラを「S.H.MonsterArts」でどこまで再現できるかというのが、私も含めた開発スタッフ全員のテーマでした。山崎監督には造形についてもかなり気に入っていただけたようで「本当に良かった」というのが、正直なところですね。
酒井ゆうじ造型工房を立ち上げて今年でちょうど30年。工房は自分が作ったゴジラで溢れかえっています。ホビージャパンさんでも作品集を2度ほど出させていただきました。それでも正直まだまだゴジラを作りたいんですよ。今でもいろいろなゴジラ作品を観直すと「このシーン作りたい」と思いますし、いまだに「このシーン、かっこいいな!」みたいな新しい発見があるんです。最近は製品プロデュースも多いですが、造型の仕事もやりたいことだらけで時間が足りないのを感じています。これからも自分が欲しいもの欲しいゴジラを作り続けて、それをゴジラファンの方々が喜んでくれたらこんなに嬉しいことはありません。
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